8.パジャマパーティーに試練?
銭湯で湯あたりしたサラを僕が背中に背負い、午後十時過ぎに宿に帰宅した。
外はもう真っ暗で夜空には満天の星空が広がっている。
帰って来た時にアンナから聞いたのだが、この街には電気が通ってなく、夜は電気ではなくてロウソクで過ごしているらしい。
確かに晩飯を食べた場所も、銭湯もロウソクかオイルランプしか明かりはなかった。
クラウド上の世界だというのに不思議な話だ。
まぁ、そういう仕様なのだと思うけど。
「あったかいぃ~」
まだ湯船に浸かっている気なのか、ベッドで目を瞑っているサラがそんなことを口にする。
「アンナさんから貰ったマッチでロウソクに火つけましたよ」
「助かる。で、どうする?」
「どうするって……夜の運動会ですか?」
「……こいつはバカだ……」
呆れて小声でそう呟く僕。
「何か言いましたか?」
「いいや。それよりこのまま寝るか? それともサラを起こして話し合いをするか?」
「そうですね。サラを起こしましょう! まぁその貧乳は既に起きていますけど」
リアのその発言でサラはゆっくりとベッドから体を起こし、ニヤっと笑みを浮かべる。
そして僕とリアがいる床の方に来て、僕の隣に腰を下ろした。
「いつからだ?」
「銭湯でゼロに背負われる前からです」
この貧乳、ただ歩きたくなかっただけのようだ。
背負われてる時に、僕に聞こえるぐらいの声で「温かい水、気持ちいい」とか言ってたのも演技だったのか。
気持ち良さそうに寝てると思っていた僕がバカみたいじゃないか。
「はぁ……」
「おっぱいの感触で許して」
「骨の感触では許せない」
「私だったら許されてましたね!」
「リアは重そうだから、引きずる」
「何で私の対応、そんなに雑なんですか!?」
いやいや、リアは最初に僕のことかなりバカにしてたよね?
だから、もう心に誓ったんだ。リアには冷たくすると。
「嫌われてるんじゃない?」
「これはある意味、好かれてないと言われないセリフです」
こいつら本当にどうでもいいことで言い争いするなぁ~。
もう少し仲良くしろよ。
てか、いつの間にかサラの奴、普通に喋るようになったな。
キュベレーやグループ戦の時はかなりキレ気味に話していたが、今は少し言葉に棘があるぐらいで想像していたより案外普通だ。
変な冗談も時々挟むし、僕たちには警戒心がないのかな?
それともリアが晩飯をお腹いっぱい食べさせたおかげか?
何にしろ、グループ内が荒れなくて良かった。
「なぁ、そろそろ始めないか?」
「夜の運動会?」
「それって交尾?」
「わざわざ訳すな、サラ。リアもボケはいらん」
僕のグループにいる女子たちは二人とも変態なのか?
もう話が全然進まない。てか、今日会った気がしないわ。
「じゃあ、そろそろパジャマパーティー始めますか!」
「賛成」
えー、寝巻着てるだけでパーティーじゃないじゃん。
「まずはゼロ、パジャマの感想をどうぞ!」
「寒そう」
「何その感想? 褒めてくださいよ」
いや、そう言われてもな。
リアが着ている寝巻は上は真ん中にボタンがあり、胸元は閉まらなかったのか、谷間さんが「こんばんは」と挨拶している。そして下は先ほどサラが着ていた短パンより短い短パン。隙間からパンツが「どうも」と言ってきそうだ。
「あたしはどう?」
「うん、サラは良い感じだな! とても似合ってるよ」
「……褒めすぎ、バカ!」
いや、何で怒るんだよ。
じゃあ、聞くなよ。
まぁサラの寝巻がどんな感じか言っておくと、膝ぐらいまで丈があるグレーのワンピース。
谷間も見えず、足もパンツもしっかり隠れていて、とても健全な格好だ。
「そうだ、パーティーにはお菓子が必要ですね」
「そんなものはない」
「私が昼間に買ったポテトです」
いつの間にそんなもの買ったんだ?
全く知らないんだが。
「あたしもお菓子ある。ほら、カブトムシの幼虫」
「ちょ、な、なな、何ですか!? それ!」
「カブトムシの幼虫。美味しい」
「どこから持ってきたんだよ、サラ」
「スキル? それで手に入れた」
サラは虫を手から生み出すスキルなのか?
シンプルに嫌なんだが……でも、何か使えそうな。
いや、やはり嫌なものは嫌だな。
てか、リアのやつかなり虫はダメなのか、僕に涙目で抱きついてきたぞ。
そのおかげで……そのせいでマシュマロのような双丘が僕の腕を挟んでいるのだが、これは少し男として困るな。うん、本当に困る。
う、嘘じゃないぞ? 本当だぞ!
「わ、私、虫はダメなんです! 早く外に!」
「勿体ない。食べる」
……サ、サラのやつマジで食べやがった。
サラの国では当たり前なんだろうけど、僕とリアにはかなり衝撃的な光景だ。
「なぁ、サラのスキルは虫を生み出すみたいな感じなのか?」
「違う。『生成』と言って記憶領域にあるものを作り出すことができるスキルらしい」
「な、何ですかそれ! チートですか! チート!」
リアは僕の腕から離れ、青い瞳を輝かせ、興味津々という感じでサラに近付く。
「チートとは?」
「まぁ強いってことだ」
確かにサラの『生成』というスキルは反則級だ。
これがあれば、商売もできるし、このレイヤーにない物まで作りだし、他のグループより優位に立てる。
「でも、まだ手のひらサイズの物を一日に三個しか作れない」
「そらそれぐらいの制限はあるか」
「じゃあ、後二個作れるんですね!」
「いや、もう他に二個作った」
それを聞いたサラは残念そうにしている。だが、そんなことを無視し、サラは服を買った時に貰った袋から茶色のカバーに入った長細いものを取り出す。
そして僕たちに見えるように床に置き、ゆっくりと茶色のカバーを外す。
「ナ、ナイフですか……」
「それは何に使う予定で生成したんだ? しかも、二本も」
「この街には大柄の男が多い。襲われた時にこれで殺そうと思って」
二本のナイフの刃を擦り合わせて、鳥肌が立つような音を鳴らすサラ。
こいつ本気だ。
「ふふっ、その体じゃその心配もいらないでしょ」
「黙れ、巨乳」
「まあまあ、落ち着け。確かにそっちは心配ないが、もしサラが人を殺せば、BNWのルール上は僕たちは死刑だぞ」
「ゼロの心配はそっち? 死ね」
あー、はいはい。今のは僕の言い方が悪かったな。
でも、グループメンバーに「死ね」は酷くない?
「ごめんって。でも、サラは恐らく人間を殺すのは普通なんだろ?」
「アフガニスタンの時は内戦があったから人間を殺すのはゼロの言う通り普通」
それを聞き、僕とリアは息を呑む。
真顔でこんなこと言われれば、流石にみんなこうなるだろう。
そして僕は知った。
このサラの常識は僕たちとずれているのだと。そしてそれを直さないとBNWのルールを破り、死刑になる可能性が大いにあると。
「サラ。この世界、いや、地球でも人間を殺すのは犯罪だ。サラの生きて来た環境では普通だったかもしれない。けど、それは普通じゃない」
「そうです。それにこの世界では人を殺せば、自分もグループの仲間も死刑になるルールがあります。争いをするなら、今日のようなグループ戦にするって約束してください」
僕とリアは雰囲気を変え、真剣に説得する。
これは僕たちグループの最初の試練。
ここをミスれば、僕たちは恐らく死ぬ。
「それは……人間を殺すのはダメってこと?」
「そうだ。リアの言ったことを約束できるか?」
「う、うん。あたしも無理して殺しはしない。あくまでも生き残るため。この世界で殺さないことが生き残るための条件なら、約束する」
そう言い、サラはゆっくりとナイフにカバーをし、袋に戻した。
「「ふぅ~」」
それを見て僕とリアは安堵のため息をする。
かなり冷や冷やしていたからか、ホッとして少し疲れた。