88.二ヶ月半の真相
僕は難しそうな表情で黙り込んでいるココに視線を向けて話を続ける。
「まぁ最初から怪しすぎたと言っても、計画を気付く第一歩になったのはライトアップだ」
僕のその言葉にココは大きく眼孔を開け、軽く舌打ちをして視線を逸らす。
すると、代わりにずっと黙っていたリアが反応した。
「ゼロ、どういうこと? アレは新規グループの歓迎じゃないの?」
「それは表向きの話だ。あのライトアップは……モールス信号だったんだよ」
モールス信号――モールス符号というものを使った信号のこと。
もっと簡単に説明するなら、音や光を用いた信号のこと。
基本、長符と短符を使う。
昔は夜の海で船同士が会話するためやSOSなどに使われていた。
で、今回はそのモールス信号がライトアップを利用して使われていたのだ。
「それでモールス信号を使って何を伝えられていたの?」
「個人イベントの詳細。と言っても、それだけではココの計画に気付くことはできない。なぜなら、誰がライトアップしているのか分からないだから。だが、ある日それが分かってしまう魔法の紙を手に入れてしまったんだよ」
「まさか……」
ココは逸らしていた目をこちらに向け、啞然とした表情を見せる。
「ココ、そのまさかだ。ココが僕たちに見せたあの個人イベントの詳細が書かれた紙。アレの存在によって全てが分かることになった」
「でも、紙はボクが管理して……ってない」
「ああ、知っている。だって、僕がこの世に一枚しか存在しないその紙を奪ったからな」
ココにとってあの紙は、僕たちの感情を揺さぶるため、次のステップへ進ませるための一つアイテムにすぎなかった。
ということは、僕たちに見せ終わった瞬間、その紙はココにとってゴミ同然となる。
そんなゴミ同然の紙を誰かが取るとは想像もしていなかったのだろう。
その証拠として、ココは今まであの紙が無くなっていることに気付いていなかった。
「……ふ、フハハハハハっ! やってくれたな、ゼロ」
「やってやったよ、ココ」
絶望を越えて笑いを浮かべるココに、僕は口角を上げながらそう返事を返した。
全てを説明する。
あの公開グループ戦。
僕が何故あのタイミングで敵に二回攻撃=二度も点数を与える真似をしたのか。
理由は二つある。
一つ目はマーキュリーの存在を知りたかったから。
二つ目はあの紙の存在を他のGレイヤーの人たちが知っているのか確かめたかったから。
で、本命は二つ目の方。
一つ目はあくまでも減点目的だ。
それで結果がどうなったか、それは言わなくても既に知っていると思うが、一応振り返っておく。
あの時カジキはこう言った「あん? 個人イベント~ラックを殺せ~? 何だよ、これ……」と。
このカジキの言葉からしてカジキはあの紙の存在を知らなかったということが分かる。
加えてカジキというGレイヤーの中で有名な存在が知らなかったということにより、他のGレイヤーの人々も知らないと推測できた。
よって、あの紙は最初に持っていたココが自作した物だと想像がつく。
このことが分かれば、あのライトアップのモールス信号にココが関係していることも必然的に分かることになる。
それらの情報から、僕はココが個人イベントの関係者=マーキュリーの関係者であることを確信。
後はマーキュリーの関係者なら、どこかしらのタイミングで僕たちを殺しに来るということは自然と予想することができ、対処することが可能となる。
つまり、この時点でココの計画は終わっていたというわけだ。
ついでに小話でもしておくと。
グループ戦の申し出が急になくなったのは、本当の個人イベントの詳細が伝えられたモールス信号の方に答えがある。
ココの紙には期間は二種類しか書かれていなかった。
しかし、モールス信号の方には「花火が上がる時まで」というもう一つの個人イベントが終わるルールが存在した。
だから、公開グループ戦が終了する瞬間に上がった花火を見て、周りにいたグループがあっさりと帰ったのだ。
その日にライトアップが終わったのも個人イベントが終了したから。
これが全ての真相。
絶望の笑みが消えたココが「ふぅ~」と息を吐き、また僕に問いかける。
「ゼロに一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ああ、もちろん」
「ゼロはボクがサラを毒で殺すことまで分かっていたのか?」
ここに来てどんな質問かと思えば、そのような質問か。
死に際に聞くことかよ、それ。
そう思ったら自然と頬が緩んだ。
「カッコ良く『もちろんだ』と言いたいところだったが、毒で殺すということだけしか分かっていなかったというのが事実だ。あの公開グループ戦でカジキを毒銃弾で殺した点から次も毒ということは確信していた」
「なるほど、そうだったのか。まぁそこまで分かっていれば、ボクに勝ち目はなかったということになるな。完敗だよ、ゼロ」
ココはそう言い、天井を見上げて「はぁ……」と重々しいため息をつく。
それから数秒、沈黙があってココが僕を見つめて口を開いた。
「そろそろ時間のようだ。ボクはサラを毒で殺そうとした殺人未遂行為で死刑ということらしい」
「妥当だな」
「そうだね。あーあ、演技だった日々も意外と楽しかったんだけどなぁ……」
目頭から涙を流しながら、涙声でそう呟くココ。
そんな言葉に同情などしない。
同情のしようもない。
先ほど「ストレスが」とか「吐いた」とか言っていたしな。
それよりもココが死刑になる前にまだ聞くことが一つだけある。
だから、僕は涙を流すココに声をかけた。
「ココ、最後に聞かせてくれないか」
「ん?」
「お前がマーキュリーでいいんだよな?」
「……」
「おい、答えろ! 答えろよ、ココっ!」
僕の叫びながらの問いにココは瞼を閉じる。
その瞬間、目端から湧き出した涙が頬へ、頬から顎へ。
ゆっくりと流れて地面にポツンっという音を鳴らして落下。
音が耳に入ると同時に、ココの瞼がゆっくりと上がり、重そうな口を開く。
「ボクは……マーキュリーの一部に過ぎないよ」
――ドッ……サッ!
最後にそんな中途半端な言葉を言い残し、ココは意識を失い床へ倒れた。
今この瞬間、死刑は実行されたようだ。
「ココ……何でこんなことを」
「ココの料理……」
二人は信じられないという感じでそんな言葉をこぼしながら、ゆっくりと歩いて倒れたココに近付く。
そしてサラがココを椅子に座らし、涙や鼻水でぐちゃぐちゃな顔をリアがハンカチで拭いた。
「ココは僕が処理する」
僕の言葉に二人は頷き、最後にココに向かって別れの言葉を告げる。
「ココ、ありがとう。そしてさようなら」
「ココの料理をまた食べたかった。それだけバイバイ」
二人は目を閉じて一礼。
殺されかけた敵によくここまで出来たもんだ。
少し二人が優しすぎる気もしたが、それだけココという存在が二人とって大切だったということなのだろう。
「じゃあ持って行く。二人は先に寝といてくれ。今日の詳しい話は明日だ」
僕はそれだけ言い、ココを担いで宿を出る。
もう外は真っ暗で街灯と月の光しか明かりはない。
人一人いなく、とても静かだ。
耳に入ってくるのは風の音と僕が切る水の音だけ。
宿近くの路地裏に入り、投げるようにココを捨てる。
その近くにはカジキやジンベイ、クリオネの姿も。
他にも知らない死体がたくさん。
前に聞いた話だとここは死体処理の有名どころらしい。
そんな大量の死体を目の前にして、僕はココだけを見つめ呟く。
「……ココ、さっきの答えはどういう意味だよ……」
死体から返答があることなく、僕は天を一度見上げその場を後にした。




