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86.ココナッツジュース

「そう言えば、ライトアップってなくなったのね」

「いつの話をしているんだ。あの公開グループ戦の晩からないぞ」

「へー、最近ずっと遊んでいたせいで気付いてなかったわ」


 僕とリアはそんな会話をしながら、街灯と月光に照らされる夜道を歩いていた。

 一方、現在サラは僕の背中の中。

 眠たそうにしていたので、仕方なく背負ってあげている。


「やっと着いたわね」


 時刻は午後九時。

 僕たちは大型プール施設の中にある温泉で体の疲れを癒し、夕食をあのダックスとのグループ戦でお世話になった高級寿司屋で済ませ、やっと今ココの宿に戻って来た。

 今日は朝から夕方まで派手に遊んだせいか、いつも以上の眠気が襲ってきている。

 瞼を数秒でも下ろせば、間違いなく夢の中だろう。

 と言っても、お風呂と食事はもう済ませているので寝ても別に問題はない。

 むしろ、寝る以外に選択肢などない。

 そう思っていたのだが……


「ココ、ココナッツジュースをお願い!」


 リアにとってココナッツジュースを飲むことが寝る前の習慣になっているらしく、帰って来たと同時にココに頼んだのだ。

 もちろんココは「分かりました」と返事し、すぐに奥のキッチンの方へ。


「ココナッツジュースを飲まないと寝れないわね!」

「うぅーん、寝れない。ねぇ……れなぃ」


 サラはリアの言葉に一応反応はしたものの、口は全く開いておらず口調も弱々しい。

 先ほどまで僕の背中でウトウトしていただけあって、瞼がほとんど上がっていない。

 だが、眠気と必死に戦っているようで、意識が飛び首がガクっとなっても、その度に瞼をパッと開け、閉じようとする瞼を上げて何とか耐えている。

 正直そんなサラの姿を見ていると、先に寝かすべきだったかと思ったりもしたが、リアの頼みでココは現在進行形で四杯のココナッツジュースを作っているので、サラには後少しの間だけ頑張ってもらうことにした。


「お待たせしました。ココナッツジュースです」

「待ってました!」


 数分後、サラの意識がどこかへ行きかけていた頃、キッチンの方からココの声がした。

 リアはその声を聞いた途端目を輝かせ、パッとした笑みを浮かべて大きな声で反応。

 ココはゆっくりと歩きながらトレイに乗せたココナッツジュースを持ってくると、そのまま丁寧に僕たちの前に置いて行く。

 そしてココはいつも通り余っている椅子をこちらに持ってきて腰を下ろした。


「皆さん、今日はいつもより眠そうですね」

「一日中バカみたいに遊んでいたからな。まぁ一人元気な体力オバケもいるが」

「誰が体力オバケよ! 私だって眠たいんだからね」

「どこがだよ! 眠たいというのはな、サラのような状態を言うんだ。ほら、あの顔を見てみろ!」

「し、白目……ね」


 目を細めながらそう言い、ココナッツジュースを口に付けるリア。

 それに続いて僕とココもココナッツジュースを喉を鳴らしながら飲む。


 相変わらずココの作るココナッツジュースは美味い。

 このサッパリとした感じが本当に飲みやすく、だけどふんわりとした甘さがちゃんとあるのが最高。

 毎日飲んでいるというのに、全く飽きる気配がしない。

 何かにハマるとはこういうことなのかもしれないな。


「サラさん、完全に寝ちゃいましたね」

「そうね。最近は良く見る光景だわ」

「本当にな。何度、僕が背負ったことか」


 僕がため息交じりにそう言うと、頬に左手を当てながらサラを見ていたリアと目が合う。

 その瞬間、僕たち二人の頬が同時に緩んだ。

 恐らくリアも頭の中で僕と同じことを思い浮かべたのだろう。

 最近よく見ていたサラが寝息を立てながら僕に背負われる光景を。


「まぁでも、この緩んだ寝顔が意外と可愛くて許せてしまうんだよな」

「分かる、分かるわ。頬とか触っても起きないし、寝ている時だけはいくらでもぷにぷに出来るのよね」


 僕の言葉に大きく二度頷き、寝ているサラの頬を右手の人差し指でツンツンするリア。

 それに対してサラは「むぅ~」と少し反応するが、起きる気配は一切ない。

 というか、何だその「むぅ~」って普通に可愛いな。


「二人はサラさんの親みたいですね」

「私とゼロがサラの……お、おや!? つまり、ゼロが私の夫!?」


 リアはココのそんな言葉を聞いた途端、右手を頬から離して分かりやすく動揺する。

 その姿に僕は少し呆れながら口を開いた。


「誰もそこまで言ってないだろ。被害妄想は止めろよな」

「だ、だって……」


 頬を茹ダコのように赤くしたリアは弱々しくそう言い、顔をゆっくりと下げてココナッツジュースで顔の熱を冷やす。

 それを見た僕とココは顔を合わせて苦笑い。


「なんか、ごめんなさい。ボクが少し冗談を言ったせいでリアさんがこんなことに……」

「気にすることはないさ。リアはこういう話には弱くてな、いつもこんな感じだ」

「へー、乙女ですね」

「乙女と言うか被害妄想女というか」

「誰が被害妄想女よ!」


 さっきまで意気消沈していたリアがいきなりツッコんできたので、僕は一瞬ビクッとしながらも苦笑いで流す。

 僕がどうにかその場を無言で乗り切ろうとしていると、リアはココナッツジュースで喉を潤して急に大きな胸を張り、堂々とした表情で口を開いた。


「ふんっ、私は被害妄想女じゃなくて乙女なの! 恋する乙女なのよ!」

「リアさんは恋をしてるんですね! ということは、ゼロさんのことが――」

「ちがっ、な、何言ってるのよ!? ココったら勘違いしないでよね! それとゼロも!」

「どこを見て僕が勘違いしてると思ったんだよ。てか、ココもリアで遊ぶのは止めろ」

「いやぁ、ちょっと気になっちゃいまして聞いてしまいました」


 ココはそう言うと「あはははは……」と頭をかきながら笑みを浮かべる。

 リアの方はまだ「本当に違うのよ」とか「勘違いしないでよね!」などと一方的に語り中。

 そんなリアに声をかけるのはどう考えても面倒なので、僕はココナッツジュースを飲みながら適当に頷き続けた。


「んっ……うるさいなぁ~」


 リアの騒がしい声が耳に響いたのか、そう言って眠たそうに目を擦るサラ。

 まだ眠りは浅かったようで起きてしまったようだ。


「さ、サラ聞いて! ゼロがね! 私がゼロのこと好きって勘違いするのよ!」

「うんうん、それは大変。ふわぁ~」


 軽くリアの言葉を流し、大きな欠伸をするサラ。


 そんなことよりリアの脳内では、まだ僕がそんな勘違いをしていることになっているのか。

 パニック状態になるのは勝手だが、被害妄想は本当に勘弁してほしい。

 リアの脳内に存在する僕が可哀想だ。

 というわけで、リアにはそろそろ落ち着いてほしいのだが、サラの絶対零度ぐらい冷たい対応でどうにかなるだろう。


「それでサラはこの状況をどうしたらいいと思う?」

「知らない。後うるさい。ココナッツジュース飲んで早く寝て忘れて」

「あ、は、はい。寝て忘れます……」


 リアは縮こまるように、その言葉を最後に黙り込む。

 サラの冷え切った言葉がかなり深く刺さったようだが、どう考えてもこれはリアが悪い。

 なぜなら、寝起きのサラは機嫌が超絶悪いと知りながら、バカみたいに騒ぎ立てていたのだから。

 そらガチトーンの「うるさい」が飛んできて当然だ。


 それよりもサラが言ったように早く寝ないとな。

 僕の方もそろそろ頭と目が限界。

 サラの大きな欠伸につられて珍しく欠伸も出たし。

 ベッドに入ったら、それはもうぐっすり眠れそうだ。

 僕はそんなことを思い、残り少ないココナッツジュースを一気に飲む。

 同じくリアとサラも。


「んっ……ゲホゲホッ!」


 サラが珍しくむせた。

 寝起きにココナッツジュースを一気に飲もうとしたせいで、変なところにでも入ったのだろうか。

 一応、声をかけておく。


「サラ、大丈夫か?」

「本当に大丈夫? 背中トントンしようか?」


 リアも続いて少し苦笑交じりでそんなことを言う。

 だがしかし、サラの口から返事は返ってこない。

 口から出るのは「ゲホゲホッ!」という苦しそうな咳のみ。

 そして……


「うっ――」


 サラは両手で首を抑えながら、ココナッツジュースを吐き出した。

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