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82.流れるプールで浮き輪にハマる少女

「十秒準備体操始め!

 一、一、三、死、バターン……五六、七、蜂チーン……!?

 ニ、九、食べたい! 一、五、食べたい!

 ワン、ツー、パンツ! ツー、ツー、タイツ!

 右、左、右、左、上、下、上、下、回って走って、そのままハイ! ポーズッ!」


 サラの謎の十秒準備体操(十秒ではない)に僕とリアは付き合わされ、周りにいる人たちから注目を浴びてから数分。

 準備体操で顔も体も温まった僕たちは浮き輪を購入し、まずは流れるプールに来ていた。

 リアはサラに生成してもらったサングラスを付けながら、今は浮き輪にお尻だけ入れて優雅に浮かんでいる。

 同じくサラも浮かんでいるのだが太陽の日差しが眩しいようで、リアとは違い浮き輪に体を入れてぷかぷかと子供っぽく浮かんでいた。

 一方、僕はその二人の浮き輪を両手で掴み、人を蹴らないように注意しながら、スローモーションかと思うぐらいゆっくりと足を動かして平泳ぎ。


「思っていた以上に人が多いわね」

「うんうん、前に進まない」


 流れるプールは意外と人気で二人が言った通り人が多くて前に進まない。

 本当にゆったりとしたスピードで、オルゴールの音でも聞いてしまったら、即寝てしまいそうな感じである。

 接触も多く、男的にラッキーなことも多いが、二人の浮き輪を持っていないとはぐれてしまうことは間違いないだろう。


「何分ぐらい経ったかしら」

「さぁーな。それよりも流れるプールって静かで癒されるイメージがあったけど、完全に真逆で何もしてないのになんかもう疲れたよ」

「分かるわ、それ」

「いや、サングラスかけながら、浮き輪に挟まっているだけのリアには分からないだろ」

「そんなことないわよ。なんか肩とか肩とか肩とか痛いし」


 はぁ……それはどこぞの体の部位が異常に大きいからだろ。

 てか、肩を手で揉みながら、三回も『肩』って言わなくてもいいわ。

 まずここまで『肩』という言葉を強調されると、嫌でも遠回しに自慢しているのだと分かる。

 直接的だと「どうよ、私のおっぱい大きいでしょ~」みたいな感じだろう。


「ねぇ、アレって何?」


 僕がリアの言葉を頭の中で自動変換していると、サラが何もない場所を指差してそう言ってきた。


「サラ、何もないわよ。熱中症で幻覚でも見えてるんじゃないの?」

「違う! ある! なんか長細い板に乗って波に乗ってる」

「私には見えないわ。ゼロは見える?」

「僕も見えないがサラは僕たちよりも視力が良いからな。恐らくだがサーフィン系の何かがあるんじゃないか?」

「あー言われてみれば、サラの説明からしてそれはあり得るわね。じゃあ、次はそこに行きましょうか」

「うんうん! そうする!」


 プールにゆったりと流されること数分、サラの言った通りの光景が僕たちにも見えて来た。


「おっ、アレね! いいじゃない!」

「あたし、先行く!」


 それだけ言い残すと、サラは浮き輪から抜け出して完全にマスターした美しいフォームの泳ぎで、人をかき分けながらプールサイドの方へ。

 それを見てリアもサラの宣言に続き言葉を発する。


「私も行くわ!」


 元気良くそう言いながら、リアはカッコ良くサングラスを頭にかけ、浮き輪から降りようとする。

 だがしかし、浮き輪にお尻がハマってしまったようで、全然抜け出せない。

 その必死にもがく姿はとても面白く、まるで沼にハマった小鹿のよう。

 リアは数秒間、恥を忘れ色々と暴れるように試行錯誤を繰り返したがその成果は……0。

 最終的にリアは抜け出すことを諦め、サングラスをかけ直して僕に向かって口を開く。


「ゼロ、特別に命令するわ。私を背負ってあの場所まで連れて行きなさい」

「はぁ……全く、仕方ないな……と言うとでも思ったか?」


 僕の了承する言葉にリアは一瞬ホッとした表情を見せたが、続きの言葉を聞いてすぐにその表情は驚きの表情に変わった。

 そんなリアは動揺を隠すように小さく咳払いをすると、それから何度も僕のことを横目でチラチラと伺う素振りを見せる。

 恐らく「助けて」というアピールだと思う。

 しかし、そう簡単に助けるほど僕はリアに優しくはない。

 まぁ無言でアピールする理由も分かる。

 浮き輪にお尻がハマってしまって恥ずかしいが、女としてあまりそういうことは直接的に口にはしたくない。

 と言ったところだろう。


 このままだと状況が変わりそうにないので、僕はもう一度口を開く。


「しかしまぁ、よくサングラスをかけながら執事に命令するような口調でそんなことが言えたもんだな。今の状況を理解した方がいいぞ。浮き輪にハマった……お・嬢・様!」

「うっ……」


 僕が超絶煽り口調で口角を上げてそう言うと、リアはサングラスをしていても分かるほどハッキリと顔を引きずらせる。

 こういう時にしかリアのことをからかえないからな。

 それにいつもからかわれている分のお返しは盛大にやらないと勿体ない。

 これぐらいは普通だろう。

 いや、優しいぐらいだ。


「僕はもう行くからリアも頑張って早く――」

「う、ううう、嘘でしょ!? い、嫌だ、嫌だ! ごめん、ごめんって! お願いだからここから出して! 出ーしーてぇー!」

「駄々をこねる面倒くさい子供みたいになってるぞ」

「それでもいいわよ! とにかく出して!」

「出して?」

「うっ……出して、くだ……さい」

「ちゃんと言えるじゃないか! 最初からそう言えばいいんだよ。そ・う・言・え・ば!」


 僕は「ふんっ」と鼻で笑い、悔しがるリアをお姫様抱っこする。

 リアって見た目以上に細くて柔らかくて軽いな。

 日焼け止めクリームを塗っている時も思っていたけど、イイ感じにプニプニとした感触。

 それが僕の手や腕、体に当たって意外と気持ちが良い。

 って、何考えているんだ、僕は。


 それにしても、何と言うかこの距離感……思っていた以上に凄い。

 リアの体の熱は伝わってくるし、鼓動も若干感じる。

 加えて大きなスイカが僕の真下にドーンとあるし、ドーンと!


 それよりもなんかリアの体が少し熱い気がする。

 顔もサングラスで隠れているが、茜色に染まって来ているような。

 気のせいならいいが、一応聞いておくか。


「なぁ、リア大丈夫か? 顔が赤いけど体調が優れないのか?」

「べ、別にそんなことない……ていうかさっきまで盛大に煽っておいて急に心配するのね」

「煽りとこれは別だからな。まぁ体調が悪くないなら良かったよ」

「う、うん」

「でも、もし体調が悪くなった時はすぐに言えよ。自分で治せるかもしれないけど、やっぱり心配だからさ」

「あ、うん……ありがとう。その時はすぐ言うね」


 リアはそう言いながら、僕から視線を逸らすように顔を下に向けた。

 その瞬間、リアの顔が一段と赤くなったような気がするが気のせいか。

 体調の方は本人が大丈夫と言っていたしな。

 そうなると体が熱く、顔が赤っぽいのはこの日光のせいということだろう。

 とにかく体調不良じゃなくて良かった。

 しかし、リアのやつ急に弱々しい口調になったが、先ほどのことを反省したのだろうか。

 それならとても有難いが、恐らく一時的なものに違いない。

 またどうせからかってくるはずだ。


「……いきなり優しくするなんて、せこいよぉ……」


 リアがボソッと口を動かした気がした。

 けど、アリが喋っているのかとツッコミたいぐらい声が小さい。


「今、何か言ったか?」

「ま、まぁちょっとね……ただの独り言よ」

「そうか」


 その会話を最後に僕とリアは黙り込む。

 僕はそのまま流れるプールから上がり、リアをお姫様抱っこしながらサラのもとへ。

 道中では少し周りから視線を浴びたが、先ほどの十秒準備体操に比べれば全然マシだったので何とも思うことはなかった。


「遅い。二人で何してたの?」

「実はリアが――」

「流れるプールから上がるのに苦戦してね。それで遅くなったって感じ!」


 サラには浮き輪にハマっていたことを知られたくないようで、必死にそんなことを口にするリア。

 確かに普通に恥ずかしいもんな。

 浮き輪にハマっるって……改めて考えるとやっぱり超面白い。

 もしあの場にサラがいたら、間違いなく「お尻がデカいから」とか大声で言っていただろう。

 それを考えるだけでもう笑えてくる。

 本当にあの場にサラがいなくて残念だ。


「そう。で、何でゼロに抱っこされてるの?」

「こ、これは!?」


 僕はすぐにリアを地面に降ろし、口にする言葉に迷うリアの頭に手を置いて口を開く。


「リアが派手に転んでな。回復している間に僕が抱っこして移動してたんだよ」

「そうなんだ。じゃあ今からあたしとリアはコロコロぶっ転び仲間だ!」


 サラはそう言いながら、少し頬を緩めて静かに親指を立ててグーっとする。

 リアはそれに苦笑いしながら、同じように親指を立ててグーっと返した。


 ところで「コロコロぶっ転び仲間」って何だよ。

 サラのネーミングセンスは相変わらず酷いな。

 それともこれはネタだったのか?

 笑った方が良かったのか?

 その真相は……闇の中。


「それより早くしよ!」

「そうね! ゼロも早く行きましょ!」

「あ、ああ」


 笑顔が戻ったリアにそう言われ、その切り替えの早さに少し驚きながらも、僕は返事を返して二人の背中を追うのであった。

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