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75.公開グループ戦【1】

「おい! 出て来いっ!」

「早くしなさいよ!」

「扉、開けろって!」

「何時間待たせる気だぁ!」


 午前九時。

 朝食を食べる僕たちの耳にはそんな声が入ってきていた。

 その声の数は予想以上に多く、扉を叩く音や水が跳ねる音が鳴り止まない。

 こんな早朝から何とも迷惑な奴らだが、外にいる奴らも半端な気持ちでここへ来ているわけではないはずなので、別に文句を言うつもりはない。

 ココに聞く限り出待ちは午前四時頃から集まり出し、そして午前六時からこんな感じで叫び倒しているらしい。

 それを聞いた時は、流石の僕たちもココに罪悪感を覚えたので謝罪。

 ココはそんな僕たちに「気にしなくていいです」と優しい笑みで許してくれた。


「ゼロ、やっぱり止めない?」

「おじづぶざれる」

「食べながら喋らないの、サラ」


 リアがそう注意するとサラは大きく喉を動かし「うん、気を付ける」と言う。


「で、ゼロ。どうするの?」

「どうするも何も昨晩の作戦通りに行く」

「本当に言ってる?」

「ああ、準備は出来ているんだ。それに人は多い方がこちらとしても都合が良いしな」

「はぁ……確かにそうね」


 リアは嫌そうにため息をつき、残り少なかった朝食を口の中に入れる。

 サラの方はもう完食済みで、僕の目の前にある朝食を見つめていた。


「サラ、食べるか?」

「い、いいの?」

「ああ」


 僕がそう言った瞬間、一瞬にして目の前にあった二つのサンドイッチが消えた。

 まさか二つとも取られるとは予想外だ。

 普通、遠慮して一つだけしか取らないだろ。

 いや、サラに普通を求めた僕がバカだったか。


「んぅ~! 美味しい!」

「なら、良かったよ」


 この幸せそうな表情を見られたので今回は許すとするか。

 あ、もしかして、僕って甘い?

 でも、昨晩サラには今日の作戦で使うもの準備してもらった。

 だから、これはそのお返しってことにしておく。


 僕は最後にコーヒーを飲み干し、紅茶を飲むリアに話しかける。


「昨晩、準備した物はもう持って来たか?」

「ええ、ちゃんとあるわよ」

「そうか。じゃあ、朝食を食べ終わったらすぐにここを出るぞ」


 僕の言葉に二人は軽く頷く。


 それにしても、また一段と外が騒がしくなってきたな。

 これは早めに出ないと色々と問題になりそうだ。

 加えてこの宿主のココにこれ以上の迷惑はかけたくない。


 そう思い、朝食を食べ終えた僕たちは出る準備を始める。


「皆さん、もう出られるのですか?」

「そうよ。これ以上は迷惑かけられないもの」

「別に今日はこの宿から出なくても――」

「そうはいかないわ。逃げていても現状は変わらないしね!」


 ココが心配そうな顔をするのに対し、満面の笑みでリアはそう答える。

 リアだって本当は笑える気分ではないだろう。

 でも、弱音を吐かないところを見る限り、もう覚悟は出来ているに違いない。

 いや、さっき弱音を吐いていたし、ココの前だから強がっているだけかもな。


「ココ、そういうことだから心配するな」

「ちゃ、ちゃんと帰ってきますよね?」

「ああ、帰って来るさ」


 僕の言葉に続いてリアとサラが大きく頷く。

 そして僕たち三人は立ち上がった。


「ココ、今日も朝食美味かったよ。ありがとうな」

「本当に美味しかったわ」

「うん、最高!」

「み、皆さん……ありがとうございます」


 ココの表情が心配していた時の暗い表情からパッと輝く光のように明るい表情へ変わる。

 そして胸の前で強く握られた両手の拳を振りながら「頑張ってきてくださいね!」と元気にそう言った。


「まぁ外の奴らを軽く黙らせてくるわ」

「じゃあね、ココ!」

「美味しい夕食期待しとく」

「はい!」


 そんな外の騒がしさに負けないほどの大きなココの声に見送られながら、僕たちはこの宿を後にした。


「おい! 出て来たぞぉ!」


 僕がゆっくりと扉を開けると同時にそんな声が聞こえ、大量の人が押し寄せてくる。

 まるで、大地震の津波のよう。

 押し寄せる人の波は激しく、耳が痛くなるほど大声で叫ばれ、もう身動きすら取れない。

 それに足もバンバンと踏まれ、顔面には平手打ちと思うほど強く手が当たり、四方から挟まれて暑苦しい。

 正直、やり返してやろうかと思うが今は我慢だ。


 とにかく、まずはこの押し寄せる人混みを止め、人々を黙らさないとな。

 じゃないと、作戦とか以前にこれでは話にならない。

 このままでは押し潰されれて疲れるだけだ。


 そういうわけで僕は大きく息を吸って口を開ける。


「お前たち! 道を開けろぉぉぉぉお!」

「おい、触るなって! 離れろや!」

「黙れ、お前が離れろ!」

「どこ触ってるのよ!」

「邪魔だ、デカパイ!」


 僕史上一番の声量だというのに、全く皆には響かず周りは止まらない。

 もう押されて押されてなんか凄いことになっている。

 それは二人も同じのようで揉みくちゃにされており、今にも死にそうな顔をしていた。

 これは本当に何か手を考えないと……そう思った瞬間、サラと目が合う。


「サラ! 一発頼む!」


 僕はサラの方を向き、人差し指を立ててそう言う。

 すると、サラはすぐに拳銃を持った右手を天に掲げて引き金を引く。


 ――パンッ!


 街中にいきなり響き渡る銃声に、今まで虫の羽音並みに耳障りだった声が一瞬にして消え去り、腰を抜かした人が倒れる水しぶきの音だけがこの場を包み込む。

 そしてサラの周りを囲んでいた人たちはゆっくりと足を動かし、一歩、二歩と後方へ下がっていく。

 僕はそんな沈黙を逃すことなく、口を開いた。


「お前たち、聞けっ!」


 普通の叫び声だというのに、銃声の後だからか皆がこちらを向き、体をビクっとさせて息を呑む。


「お前たちが僕たちとのグループ戦を望んでいることはもう理解している。それに関しては別にどうも思っていない。ただ一つ疑問に思うことは、相手が誰だろうと結果が変わらないというこをお前たちが理解していない点だ!」

「ど、どどど、どういうことだ?」


 目の前にいたオッサンが動揺しながらそう聞いてきた。

 僕はその言葉にニヤっと口角を上げて軽く鼻で笑い、その問いに答える。


「そのままだ。僕たちラックは現在三戦三勝。そんな僕たちに勝てるとお前たちは本気で思っているのか?」


 僕のその質問に答える奴は誰一人としていない。

 ハッとしたような表情を浮かべ、静かに皆が下を向く。

 夢を見ていた子供が現実を知ったような反応。

 少しは目が覚めたか。

 だが、ここで言葉を終わらす気はない。

 なぜなら、間違いなく夢や希望を持っている奴がまだ少なからずいるはずだからな。

 そんな奴らには現実というものをこの場で分からせる必要がある。


 僕は周りにいる人々に「邪魔だ」と一言告げ、固まっている人々を払いのけながら進む。

 途中でリアを捕まえ、そしてサラのもとへ。

 二人はやっと三人で集合出来たことにホッとしたのか、小さくため息をつく。

 僕はそれを見て苦笑し「よく頑張った」と言うのにはまだ早いので、二人の頭を軽くポンポンとだけ叩いた。

 では、そろそろ続きを始めるとするか。


「僕たちは今この場でグループ戦を歓迎する」


 その言葉に思わず顔上げる人々。

 しかし、何かを発する前に僕が言葉を続ける。


「だが、ルールなどはこちらで決めさせてもらう。それと……」


 少し間をおいて口角を上げ、周りいる人たちをぐるっと見渡して言葉の続きを言う。


「グループ戦はこの場で皆の前で行う。つまり、公開グループ戦だ」


 僕の「公開グループ戦」という言葉にざわつく周り。

 そらそんな反応になって当然だ。

 だって、ここにいる皆がそのようなグループ戦は初耳だったと思うし、公開グループ戦で負けるということは公開処刑と同じなのだから。


「面白いグループ戦だろ? それでやりたいグループはいるか?」


 皆は僕たちの自信満々の姿や発言に戸惑っているのか、口を閉じて目だけをキョロキョロと動かしながら、周りの動きを伺っている。

 結局、こうなるとビビり出すのが人間だ。

 すぐさま名乗り出る奴らなどほとんど存在しない。


 今、周りにいる人たちは僕たちラックが強いという現実を知らされ、公開グループ戦というものを聞き、あらゆる想像していはずだ。

 皆の前でグループ戦に負け、恥ずかしく死ぬ自分たちの姿。

 ラックが強すぎるあまり手も足も出ない自分たちの姿。

 周りから笑われる姿。

 この場には多くの人がいるのだから他にも色々な姿が想像されているだろう。

 だが、けして良い自分たちの姿を想像する者はいないはずだ。


 予定ではこれで解決するとは思っていなかったのだが、沈黙の長さからもうグループ戦を申し込んでくる気配はない。

 正直これではマーキュリーを挑発すら出来ていないので困る。

 だって、僕たちの作戦はここからであり、ここで終わってしまえば意味がないのだから。

 もちろんここで終わることは悪いことではない。

 むしろラッキーと言える。

 だが、僕たちの目的はマーキュリーだ。

 出来れば公開グループ戦を行いたかったが、こうなってしまった以上は仕方がない。


 僕はもう一度周りをぐるっと見渡して反応がなさそうなことを確認。

 そして大きく息を吸って言葉を発する。


「じゃあ、いないということで――」

「何勝手に決めてんだよ!」


 僕の言葉を遮り、後ろの辺りからそのような声がした。

 周りの人たちは一斉にそちらを向き、その声主の前にいた人たちは道を譲るように横へ動き出す。


「俺たちが相手してやるよ、ラックの皆さん!」

「お前は?」

「俺はカジキ。グループ名――ペンギンのリーダーだ」


 僕たちの目の前まで歩いて来た三人のうち真ん中の男がそう口にした。

 男の横には下駄の鳴らす男とタバコを口にする女がいる。

 どちらも派手で自信に満ち溢れている感じだ。


 それにしても、グループ名がペンギンって可愛いな。

 ギャップ萌えってやつなのか?

 と思っていると……


「ペンギンだ」

「ペ、ペンギンってあのペンギンか!」

「うわぁ~、本物だぁ~! 凄すぎるんですけど!」


 死んだように静かだった周りからは急にそのような声が飛び交う。

 周りの反応から予想するに、このペンギンというグループはGレイヤーでは有名のようだ。

 ということは恐らく、いや、間違いなくやり手と見ていいだろう。


「で、こちらの紹介はいらないよな」

「ゼロとリア、サラだろ?」

「よくご存知で」

「まぁな。おい、お前たちも自己紹介しておけ」

「はーい! うちはクリオネ。よろよろ!」

「わしゃ、ジンベイだ。よろしくな」


 カジキの横にいた二人が軽く名前だけ自己紹介する。

 クリオネとジンベイ。

 どちらも堂々としている。


「ああ、よろしく」

「じゃあ早速、その公開グループ戦ってやつをやろうぜ!」

「もちろん、最初からそのつもりだ」


 その瞬間、先ほどまで静かだった周りが狂ったように騒ぎ立てる。

 まぁターゲットであるラックとGレイヤーでも実力者と思われるペンギンのグループ戦だ。

 このような反応になるのは当然だろう。

 それに公開グループ戦はこうじゃないと。

 盛り上がらないと注目されないと意味がないからな。

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