74.籠るか、逃げるか、戦うか
「まぁスキルとレベルの話はここらへんにして次は明日について話していくか」
僕がそんな言葉を口にすると、あからさまに嫌そうな表情をする二人。
ここ一ヶ月の忙しさを考えれば、二人がそういう反応になるのは仕方がないことだ。
むしろ、普通だと言える。
そして今、二人の頭の中ではグループ戦を申し込んでくるグループの大群が浮かんでいるに違いない。
確かにアレは想像するだけでも、おぞましい光景だ。
もちろん明日そうなるとは限らないが、いや、そんな夢を見るのは止めよう。
必ずそうなることは避けられない。それが現実。
だからこそ、今から明日について話をするのである。
僕がそんなことを思っていると、リアが低い声で話しかけて来た。
「私、明日はこの宿から出たくない」
「あたしも同じく」
僕を睨みつけながら、ハッキリ強い口調で二人がそう言う。
別に嫌そうな表情をするのはいいが、僕に対してその嫌というの気持ちを向けるのは止めてもらいたい。
実際、悪いのは僕はじゃないからな。
そこは理解してほしい。
「まぁそれも一つの選択肢だな」
「ゼロ、違うわ。これしか選択肢はないのよ」
「うんうん!」
この二人の『明日はこの宿から出ない』という気持ちは強いようで、もう必死に僕に訴えかけている。
まるで、宿から出ると死ぬとでも言ってるような瞳だ。
いや、確かに死ぬ可能性は少なからずあるので、実際にそう言っている瞳なのかもしれない。
てか、二人ともどんなけ嫌なんだよ。
もうなんか今からピラニアが生息する川に飛び込みますみたいな表情になってるぞ。
「二人の気持ちも分かるが、選択肢は他にもある」
「「ない」」
「ある」
「「ないないない!」」
「二人そろって駄々をこねないでもらえるか?」
「駄々こねてないし!」
「こねてない」
この二人、今まで見たことないほど超必死だ。
昔はこんな感じで駄々をこねる子供がお菓子売り場に沢山いたそうだが、これが大量発生していたと思うと想像するだけで寒気がする。
もう地獄絵図としか言いようがないな。
そんな目の前の光景に呆れながら、僕は心の中でため息をついて重々しい口を開く。
「明日逃げても結局はいつか戦うことになるぞ?」
「「ならない」」
「はぁ……まぁいい。話を聞くだけ聞いてくれ」
僕はもうどうしようもならないと思い、自分の考えを勝手に話すことにする。
別にこれなら文句はないだろう。
それに聞いているうちに心変わりする可能性もあるしな。
期待はしてないけど。
「選択肢は他に二つある」
「「……」」
お、おー反応なしか。
ずっと睨まれてる。
別に構わないけど、その手に持った水だけはかけないでくれよ、サラ。
「一つはグループ戦をもう一戦して勝つこと。もう一つは個人イベントが存在しないということを証明して説得することだ」
「二つ目がよく分からないんだけど……」
流石のリアもその発言に口を開けずにはいられなかったようで話しかけて来た。
サラも少し興味を持っているようで、体が前のめりになっている。
「まぁそう焦るな。先に一つ目を説明する」
僕は一度、呼吸を整えてベッドに座り直す。
そしてゆっくりと口を開いた。
「グループ戦ををもう一戦して勝つと言っても、前回と同じなんじゃないかと思ったかもしれないが、はっきり言って全く違う」
そう全く違う。
天と地の差ぐらい違う。
「二人は僕たちラックの現在のGスコアを知っているか?」
把握してなかったようで、すぐさまメニューバーを開く二人。
それから少し間があり、リアがゆっくりと答える。
「えっと……2560スコア」
「そう、2560スコアだ。じゃあ、Gレイヤーの目標Gスコアは?」
「3000スコア! つまり、残り一戦すれば次のレイヤーに上がれるってことね!」
「リア、正解だ」
僕たちがGレイヤーの目標Gスコアを達成するのに必要なGスコアは残り440スコア。
Gレイヤーにいるグループの最低Gスコアは600スコア。
そういうわけで、グループを一戦して勝てば、リアが言った通り次のレイヤーに上がることができ、個人イベントから解放されるというわけだ。
「そう言えば、夕食後の雑談でゼロが『望ましい』って言っていたのはそういうことだったのね」
「まぁそういうことになるな」
「確かにこの選択肢はいいかもしれないわね」
「あたしも賛成というかこれがいい」
リアとサラは顔を見合わせて、嬉しそうな笑顔を見せてそう言う。
一発で釣れるとは、何ともチョロい奴らだ。
正直、簡単に釣れすぎてこれから色々と心配になる。
「一応、もう一つあるんだが聞く気は――」
「「ない!」」
さっきから二人とも仲が良いな。
双子かよってツッコミたくなるほど言葉が重なってるし、表情もずっと一緒だ。
そのせいで僕に対する圧力がいつもの二倍になっており、こちらとしては次の話をすることに少し気が引ける。
「話は全て聞いてからの方がいいぞ」
「大丈夫よ!」
「うん、大丈夫」
「はぁ……なら、先ほどと同じく聞くだけ聞いてくれ」
もうどうにもならないことは理解しているので、僕はそれだけ言って話を続ける。
「二つ目は個人イベントが存在しないということを証明して説得すること。恐らく二人にはこの言葉の意味が分からないと思う」
「「……」」
二人とも眉を寄せ首を傾げているので、やはり分かっていないのだと思われる。
そういうことなので軽く説明をすることに。
「まず個人イベントは存在しない。もちろん、そう判断した理由はあるが、説明していると長くなるのでそこは今回は省く」
僕がそう言うと、一瞬にして二人が瞳の色と態度を変えた。
間違いなく興味を持ってくれたようだが、だからといって説明をする気はない。
もちろん二人の信用を得るためにも、説明をした方が絶対にいいことは分かっている。
だが、そんな時間はないのだから仕方がない。
それにあの紙と僕の言葉。
どちらが信用できるのかと考えた時、今の二人なら後者を選ぶはずだ。
だから、心配はしていない。
「で、説明する前に言っておくが、正直こっちの方が一つ目より色々と面倒が多い上に確実性に欠けることは間違いない。その意味は『説得』という二文字で分かるはずだ」
「じゃあ、何で話しているの?」
リアが不思議そうな表情でそう質問してくる。
このような疑問を持つのは当然だ。
二人からしてみれば、意味のない話をしているようにしか思えないはずだからな。
しかし、僕からしてみればこちらが本命。
一つ目の選択肢などただの雑談にすぎない。
だから、ここからが僕にとっての真面目な話。
「それはな、一つ目と二つ目で目的が違うからだ」
「目的が違う?」
僕の言葉をオウム返しするリア。
続けて「それってどういうことなの?」と言い、眉間にしわを寄せて難しいそうな表情でこちらを見つめてきた。
サラの方も全く同じ表情だ。
それを見て思わず笑いそうになったが、我慢して話を続ける。
「か、簡単に言うとだな、一つ目の話はあくまでも今の現状から逃げることが目的。一方、今話している二つ目の話は正々堂々と戦うことが目的なんだ」
「戦う? 戦うって何と戦うのよ」
「それは……マーキュリー」
そう、マーキュリー。
この個人イベントを開催したのはマーキュリーだ。
ということは、マーキュリーの目的は僕たちを『殺す』こと。
そうなると、マーキュリーの目的が終わる条件は二個しかない。
僕たちラックが死ぬか、マーキュリーが死ぬか。
残酷だがそれが現実。
今逃げたところで、今後あらゆる形でマーキュリーは僕たちラックを殺しに来ることは間違いない。
だから、僕は今のうちに倒しておくべきだと思っている。
マーキュリーが途轍もない大きな存在だとしても……絶対に。
「そんなの無理よ。姿さえ知らないのにどうやるの!」
「それを突き止めるための第一歩として、二つ目の話をしているんだ」
「つ、つまり、長期戦ってこと?」
「ああ、どうせ逃げても、どこまでも追いかけて来て何度でも殺しに来るはずだからな」
リアは悪夢を見るような表情で、思わずため息をついて目を閉じる。
恐らくもう逃げられないのだと理解したのだろう。
最悪の相手から逃げられないという現実。
そらこのような表情になって当然だ。
「リア、心配するな。そこまで深刻になることはない。今回はマーキュリーを軽く挑発するだけだ」
「だ、だけって……」
今のは流石に言葉が悪かったか。
ここは「挑発する」ではなく、「様子見をする」と言う方が良かったかもな。
まぁでも、僕からしてみれば、相手の姿を確認できてからが本番。
だから、僕にとって今回の第一歩とは簡単に言うなら練習のようなもの。
それも初期の初期ぐらいの練習だ。
もちろん敵がやり手なのはもう理解している。
だが、やり手だからこそ、あっさり姿を見せて迂闊に攻撃してくるような真似はしてこないはずだ。
長い沈黙が流れていたが、僕がバッサリと切るように口を開く。
「それよりも二人はどうする? 今回は逃げるか、それとも……戦うか」
「……」
「……」
この質問の選択肢は残念なことに一択しかない。
なぜなら、マーキュリーから逃げられる保証などないのだから。
数分後、長い沈黙を破ったのはサラだった。
「あたしは……戦う。そして勝つ」
サラから出た声は思った以上に力強く、いつも以上に自信に満ち溢れていた。
表情の方も覚悟が決まったようで、もう何の迷いも感じさせない。
そんなサラの言葉に続いてリアも口を開ける。
「わ、私は……逃げたい、逃げたい。けど、もう目の前のことから逃げたくない!」
リアは最初は弱音を漏らしていたが、最後は歯を食いしばってそう言い切る。
涙がいつ零れてもおかしくないようなぐらい瞳は潤んでいたが、それでも強い視線を僕に向けていた。
「そうか」
僕は目の前の二人の姿を見て、それ以上の言葉は必要ないと思った。
だって、もう二人とも覚悟は出来ているのだから。
後は僕が戦うための準備をするだけだ。
そう、それだけ。
「じゃあ、二つ目の話、いや、マーキュリーを倒すための第一歩となる作戦会議を始めるぞ」




