72.個人イベント開催 ~ラックを殺せ~
僕たちラックがGレイヤーに来てから、早いことに一ヶ月が経とうとしていた。
「――それでね、やっと今日Gレイヤー三度目のグループ戦が終わったのよ」
「た、大変でしたね」
現在、僕たちラックの三人とココでいつも通り夕食後の雑談をしている。
あの日、サラが戻って来た日以降、毎日のように夕食後は雑談をしており、もう習慣化していた。
ココもこの時間帯は忙しくないようで、このようにいつも付き合ってくれている。
と言っても、この雑談は基本リアがずっとベラベラと一日のことを話していて、僕たち三人はそれに対して軽く相槌を打っているだけ。
時折、ココも話をしているが、それも本当に少しのこと。
で、僕とサラはほとんど喋らず空気になっているという感じだ。
「そうそう、大変なの! 一ヶ月にグループ戦を三回もしたのよ、はぁ……」
リアはそう呟き、疲れ切った表情で最後にため息をこぼす。
でも、そうなるのも仕方ない。
なぜなら、今リアが言った通りダックスとのグループ戦の後に、僕たちは二度もグループ戦をする羽目になり、この一ヶ月の間に三度もグループ戦をすることになったのだから。
前にココはGレイヤーではグループ戦があまりないと言っていたが、それは全くの逆で僕たちはずっとグループ戦を申し込まれている。
僕たちラックだけが怖いぐらい集中的に申し出をされており、ダックスの後に二度グループ戦を行ったのも他のグループ戦の申し出を断るための口実。
もちろん二戦とも無事勝利したが、イベント並みに疲れたことは間違いない。
それにしても、異常なまでものラックへの集中的なグループ戦の申し出は正直言って怪しさしか感じない。
というか絶対に何かあると見ていいだろう。
これで何もなかったら、逆に怖いぐらいだ。
不運というレベルを優に超えているからな。
そういうわけで早くその『何か』を知り、このグループ戦の申し出を受ける日常から解放されたいのだが、なかなかその手がかりは見つからない。
「毎日のようにグループ戦を申し込まれる原因は一体何なのかしら」
「それが分かったら苦労しないよ」
「まぁそうね……」
僕が苦笑交じりでそう言うと、リアも苦笑いしながら言葉を返した。
はぁ……明日は外に出たくないな。
今日グループ戦を終えたということは、明日からまた申し出が殺到するということ。
もちろん、断ることも出来るが、あまりの申し出の多さに断っているだけで日が暮れることは間違いない。
というかダックスに勝った次の日は実際にそうなった。
だから、明日はココの宿のお風呂で僕たち三人一緒に水着で半身浴をするのも悪くない。
グループ戦の申し出を避けられ、同時に疲れを癒すことも出来る。
一石二鳥だ。
そんなことを考えていると、ココがいきなり真面目な声のトーンで話し出した。
「あの……もしかしてこれが原因じゃないですか?」
「ん?」
「えっ?」
「……」
ココがポケットから取り出した折れた紙に、僕たち三人の視線が集中する。
「ココ、これは触ってもいいの?」
「もちろんです」
ココの了承を得たリアはその紙をゆっくりと開いていく。
その紙は炙られたような黄ばんだ色をしている。
あまり見かけない紙色だ。
「こ、これは……」
リアはそれを一目して息を呑み、紙を上下反対にして僕とサラにも見せてくる。
「個人イベント開催?」
「おいおい、何だよ……これ」
僕はついそんな言葉が口からもれ、額に手を当て頭を振る。
サラはポカーンとしていたが、僕とリアは一瞬でその紙に書かれていたことを理解していた。
紙に書かれていたことは最悪の中の最悪とも言える内容。
一種の『手配書』だった。
『個人イベント開催 ~ラックを殺せ~
参加資格:不問。
内容:下の写真のグループ――ラックを殺すこと。
期間:ラックが死ぬまでorイベント管理グループの非常事態時まで。
報酬:1億ポイント&2000スコア。
最後にイベント参加者の死亡に関してイベント管理グループは一切責任を負いません。
質問なども受け付けておりません。
イベント管理グループ――マーキュリー』
紙にはそれだけ書かれており、下の部分に僕たち三人の写真が載せられていた。
「ココ、これはどこで手に入れたの?」
「一ヶ月前にポストに入っていました」
「な、何で言ってくれなかったの!?」
リアは部屋中に響き渡るほど大声でそう言い、ココの肩を両手で強く掴んで睨みつける。
「そ、その別に言わなかったわけではないです。ボクは皆さんが既に知っていると思っていたので……」
ココは弱々しくそう言うと、怯えるような瞳を見せてリアから視線を逸らす。
「リア、その手を離せ。ココが悪いわけじゃない」
「あ、うん……ごめん」
僕の言葉を聞き、頭が少し冷えたのか、リアはすぐにココの肩から両手を離して申し訳なさそうに下を向いた。
「ココ、既に知っていると思っていたということは、それだけこの紙は、いや、この個人イベントというものはGレイヤー中に広がっているということか?」
「は、はい、そうみたいです。ボクは皆さんを泊めているからか、個人イベントに興味がある人たちからよくラックの皆さんがどういう人物なのか聞かれています。も、もちろん何も言っていませんし、ただのお客様としか言っていません」
「そうか。なんか悪いな、知らないうちに迷惑かけて」
「いえ、そんなことないです」
僕は一度食後の定番であるココナッツジュースで喉を潤す。
それにしても、まさかこんなものが広がっていたとはな。
正直、かなり驚いているが、それよりも僕たちが知るのに一ヶ月もかかったことの方が衝撃的と言えるだろう。
恐らくだがGレイヤー中の人たちが協力し合い、僕たちラックにバレないようにしていたに違いない。
まぁでも今回、こういう形で知れたことはある意味、不幸中の幸いと言える。
これでグループ戦の申し出が異常に多い理由が分かったし、この最悪なイベントを開催しているグループが『マーキュリー』という名だということも知ることが出来た。
大きな収穫があったことは間違いないと言えるだろう。
だが、残念なことにこのイベントを止める手立て存在しない。
つまり、僕たちラックがこの状況をどうにかすることは不可能ということ。
とにかく今はココから情報を聞き出すしかないか。
「ココ、質問いいか?」
「はい、もちろんです」
「マーキュリーというグループが何者なのか知っているか?」
「あ、あまり知りません。まず本当に存在していたことに驚いてます」
「それはどういう意味だ?」
「マーキュリーというグループはGレイヤーを裏で動かしていると言われている都市伝説のような存在だったのです。だから、最初にこの紙を見た時は正直言って目を疑いました」
なるほど。
それは厄介な奴に僕たちも目を付けられたものだ。
Gレイヤーを裏で動かしているとか、確かに都市伝説のような存在と言える。
でも、そのような存在だからこそ、今回のような『不可能と思える点』が多いイベントに対して誰も疑いの目を向けることがなかったのだろう。
そう、Gレイヤー中のほとんど人間がこのイベントを疑っていない。
この紙に書かれたことが『事実』で『実現可能なこと』だと信じ込んでいる。
「なぁ一つ疑問があるんだが、個人イベントというものは事実上開催できるのか?」
「分かりません。聞いたことないです」
「まぁ、そうだよな」
ココが「聞いたことない」と言ったということは初めての開催ということ。
そうなると、個人イベントという存在が存在しない可能性は高いと言える。
僕が予想するにこの個人イベントとは、マーキュリーがラックという存在を手を汚さずに殺すための策略だと思う。
そう予想した理由は三つ。
一つ目は『個人イベント』という存在しそうなものを使ったということ。
二つ目は『マーキュリー』という名を使い、個人イベントというものの信憑性を高めたこと。
三つ目は『報酬』が異例と言えるぐらい豪華ということ。
一つ目と二つ目は先ほどの話で大体理解できるだろう。
問題は三つ目の報酬だ。
報酬に1億ポイント&2000スコアなんて破格としか言いようがない。
まず1億ポイントなど普通のグループが持っているとは思えない。
いや、普通のグループじゃなくても手に入れるのは困難と言える。
加えて報酬に2000スコア。
Gスコアは僕が知る限り、グループ戦かイベントでしか手に入らない。
確かに個人イベントには『イベント』という言葉が入っているが、スコアを受け渡す方法など聞いたことがない。
というか存在しないはずだ。
なぜなら、そんなことしてしまうと実力協力制度というものが大きく歪んでしまうからな。
そんなことをBNWの支配者であるキュベレーが許すはずがない。
そういう理由からこの『個人イベント』というものが存在しないと推測できる。
だがしかし、Gレイヤーの人間たちは疑うということを忘れたように信用しきっている。
その要因として少なからずこのGレイヤーの治安の良さが関係していることは間違いない。
加えてこんな好奇心を湧かせるような面白いイベントだ。
もし、マーキュリーがそこまで考えていたのならば、Gレイヤーの人間たちが策略にハマることは必然だったとしか言いようがない。
で、ここまで考えて言えることは一つ。
「これはもう詰んでいるな」
「ゼロ、それはどういうこと?」
僕の独り言に反応するリア。
問いに答えないのも不自然なので、仕方なくその意味を説明する。
「まぁ詳しい説明は面倒だからしないが、簡単に言うとこの個人イベントをどうにかすることは不可能ということだ」
「じゃあ、グループ戦を続けるしかないということ?」
「そういうことになるが、僕たちラックにとってはそうなることの方が望ましいかもな」
「……」
僕の言葉の意味が分からなかったのか、無言で首を傾げるリア。
そのままの意味だったのだが、グループ戦が望ましい理由が浮かばなかったのだろう。
まぁ簡単な話だ。
個人イベントが終わる方法は紙に書かれていた『ラックが死ぬまでorイベント管理グループの非常事態時まで』以外にもう一つある。
それはラックがGレイヤーの目標Gスコアを達成し、ランクアップして次のレイヤーに上がること。
だから、このままグループ戦を続けることが僕たちにとって望ましいのだ。
と言っても、もちろんそんなことは相手も百も承知だろう。
何かしらの手を打ってくることは間違いない。
「よし、今日はそろそろ雑談はお開きにしようか」
「時間も時間だしね」
「ああ、それに明日について色々と話をしておきたい」
僕がそう言い、立ち上がると他の三人も立ち上がる。
「ココ、今日は色々と話してくれてありがとうな」
「いえ、感謝されることは何も。むしろ、言うのが遅くなったのですから申し訳なかったと思っています」
「そんなことは気にしなくていい。また何かあった時は話を聞かせてもらうよ」
「はい、分かりました。では、ボクはこれで失礼します」
ココはトレイに四人分のココナツジュースのグラスを乗せ、丁寧にお辞儀をして去って行った。
そんなココの背中が見えなくなってから僕たちも動き出す。
「じゃあ、また後で」
「うん、また後でね」
「またね」
そう一言だけ交わし、僕はお風呂へ。
リアとサラは部屋へ戻るのであった。




