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71.二人の秘密

 私はサラの質問に対してすぐには返答できなかった。


 ――私がゼロをどう思っているのか。


 そんなこと……言えるわけがない。

 うん、絶対に言えない。

 だって、言ってしまえば何かを失いそうだから。

 だから、私は卑怯かもしれないけどサラの質問を質問で返す。


「サラの方こそ、ゼロのことどう思っているのよ」

「私は未知の存在だと思ってる」

「み、未知の存在?」


 私が想像していたような返答ではなかったせいか、思わず聞き返してしまう。

 未知の存在……ゼロをどう思っているってそういうことね。

 頭の中でサラの言葉の意味を理解し、少しホッとする。


「そう。ゼロって何考えているか分からないから」

「確かにそうね。けど、絶対に間違ったことはしない。むしろ、怖いぐらい正解の方である答えへ導いてくれるわ」

「うんうん。それに戦闘能力も計り知れない」

「そう言われれば、そうかもしれないわね」


 ゼロはスキルなしで熊を倒し、Iレイヤー最強のグループを一人で倒している。

 熊の方は自分の目で見たが、Iレイヤー最強の方は壁で何も見えなかった。

 だから、どうやって勝ったのかは分からない。

 でも、実際に勝っているということは事実。


「それにリアが放心状態だった時にあたしがあたしをコントロールできなくなって、全く関係のない人間を殺そうとしたの」

「そ、そんなのことがあったのね」


 私が放心状態だった時にそんなことがあったとは初耳だ。

 正直、驚いているが今なら仕方ないと思える。


「うん。だけど、それを防がれた」

「防がれた?」


 その言葉に流石の私も姿勢を正す。

 この話は思っていた以上に真面目な話かもしれない。

 真面目な話というかゼロを知ることができる話というか。

 とにかく私とサラにとっては重要な話ということに変わりはないだろう。


「そう、防がれた。あたしはその人間を拳銃で撃ったけど、ゼロが地面に落ちていた石を親指で弾いて銃弾の方向を変えて防いだ」

「それは凄いの?」

「凄い。あたしが拳銃を撃った後から石を弾いたから、銃弾より石の方が速かった。それに小さな銃弾に石みたいな小さな物を正確に当てるなんて普通は出来ない」

「確かに……ね」


 私は顎に手を添えながら、ゆっくりとそう返事を返す。

 サラが言ったことが本当なら、サラがゼロを『未知の存在』と言った理由も分かる。

 銃弾を越えるスピードと正確に石を飛ばすテクニック。

 どう考えても常人に出来る技ではない。


「あたしはそのおかげで関係のない人間を殺さずに済んだけど、同時にゼロに対して謎の恐怖を感じた」


 サラのその一言を聞き、私は驚きを隠せなかった。

 なぜなら、まさかサラの口から恐怖という言葉が出るなんて思っていなかったからだ。

 でも、逆に言えばそれだけゼロは凄いということ。


「サラがもしゼロと戦うことになったら勝てると思う?」

「勝てない。絶対に勝てない」


 はっきりとそう即答した。

 迷いがないことからもうそのことを確信しているのだろう。

 それにしても、ゼロがサラに勝てないとはっきり二回も言わせるなんてね。

 初めはスキルなしで使い物にならないと思っていたけど、それは違ったのかもしれない。

 否、違った。

 実際にゼロに救われたことは何度もある。

 そう。何度も、だ。


「でも、それなら良かったじゃない」

「ん? どういうこと?」

「敵より仲間で良かったってこと」

「うん、あたしもそれは思う」


 そんなサラの言葉の後、その場に沈黙が訪れる。

 静かで風の音、水滴の音しかしない。

 私は綺麗な星空を見上げ、チカチカ光るライトアップに照らされ、ゆっくりと一度目を閉じる。


 私とサラはゼロという存在を知らなさすぎる。

 今、二人で改めて話してそう思った。

 BNWに来てから約三ヶ月。

 ほとんどの時間を一緒に生活して会話をした。

 けど、何も知ることはできなかった、否、させてくれなかったと言うべきかな。

 私たちのことは知られたのに、これでは平等ではないと思う。

 まぁそれに文句は言うことはしないけどね。


 私は「ふぅ~」と長々と天に向かって息を吐き、美しい沈黙を壊して口を開く。


「でも、それなら何でゼロは力を隠しているんだろうねぇ~」

「分からない。だから、未知の存在」

「なるほどね」

「けど、いつかゼロの全てを知る時が来ると思う」

「そうね。でも、まだまだ先だと思うよ」

「あたしもそう思う。なんかガード硬いし」

「ホントそれね!」


 私の言葉にサラは「うんうん!」と笑みを浮かべて反応する。

 それを見て私もつい顔がいつも以上に緩んだ。

 恐らく、話の内容はゼロのことだったけど、女子二人で同感し合って話をしたのが楽しかったんだと思う。

 それに私とサラが同感することも珍しいしね。


 それよりもゼロの全てを知る時、ね。

 今の私にはあんまり想像できないな。

 でも、その時が必ず来るということは間違いない。

 なぜなら、サラに『過去』や『隠し事』があったように、私とゼロにも『過去』や『隠し事』が存在するのだから。

 そして『過去』と『隠し事』をグループメンバーで共有することになった時、私たちラックはもっともっと強くなれると思う。

 だけど、今は別にこのままでいい。

 その二つのことを共有する時というのは必ずラックが変わる時。

 変わる時というのは、ラックが何かを得るタイミングでもあり、何かを失うタイミングでもある。

 だから、私は無理矢理そんな変化を求めたりはしない。

 私がその『いつか』が来る時までにしておくこと。

 それは『全てを受け止める覚悟をする』ということだけ。

 ただそれだけだと思う。


「あ、今の話ゼロには内緒」

「そんなことは分かっているわ。それにまず言えるわけがないでしょ!」

「うん。二人の秘密!」


 何だか嬉しそうに、サラは口角を上げてそう言った。

 私はそれに対し「いいね、二人の秘密!」と言い、口元に右手の人差し指を付けてシーっというジェスチャーをした。


「サラ、そろそろ上がる?」

「んー、そうする」


 サラは少し考えていたが、のぼせた経験から上がることを選択。

 私たちは月光とライトアップに照らされながら、滑らないようにゆっくりとその場から立ち上がる。

 そのまま無言で洗い場の方へ行き、シャワーで軽く体を流す。

 キュっという音を立ててシャワーを止めると、絞ったミニタオルで体の水滴を拭き取る。

 拭き終わると同時に私はサラに話しかけた。


「ねぇ、サラ」

「ん? 何?」


 サラは歩き出していた足を止め、私の方へ銀髪をふわりと揺らして振り返る。

 その姿は見惚れほど美しかったが、今は見惚れている場合ではない。

 私は今この場でサラの最初の質問を答えるんだ。

 さっきは色々と驚いて逃げてしまったけど、今なら言えると思うから。


「わ、私はゼロのこと――」


 言えると思ったのに、途中で言葉が止まり、息が苦しいなる。

 だけど、サラはそんな私に何も言うことなく、真剣な眼差しだけを向けて続きの言葉を待ってくれていた。

 それを見て私は次は言葉を止めないようにと思い、呼吸を整えるように息を吸って吐く。

 そして右手に持っていたミニタオルを強く握り、もう一度重い口を開いた。


「ゼロのことが……やっぱ何でもない」

「そう。ならいいけど」


 サラはそれだけ言うと、もう足を止めることはなく、すぐにお風呂場を後にした。

 別に追求してほしかったわけじゃないけど、なんかこうもあっさり「ならいいけど」と言われると妙にモヤモヤする。

 普通、そういう感情になるのはサラの方なのにね。


 ――はぁ……。


 つい心の中でため息がもれた。

 二度も逃げてしまった自分に腹が立つ。

 でも、質問の答えを口にしなかったことにホッとしている自分もいた。


「……私のバーカ……」


 私はそれだけ呟き、頬を両手でパンパンっと叩いて、サラのいる脱衣所に向かうのであった。

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