6.初心者とベテラン
リアのおかげでグループ戦に勝利し、ホッとしたのも束の間。
現在、僕たち三人はアルコールライフの店員であるおばさんと店の裏で机を挟み、対面していた。
「あんたら、初心者さんでしょ?」
「はい、そうです。昼間にこの世界に来たばかりで」
「あーそうなのね」
おばさんと喋っているのはリア。
僕と貧乳はそれを静かに見つめながら聞いている。
「わたしの名前はアンナ。アルコールライフの店長よ。よろしくね」
「私はリアと言います。よろしくお願いします」
「僕はゼロです」
「あたし、サラ」
リアの自己紹介に僕たちも続く。
って、貧乳ってサラという名前なんだな。
やっと知れたって感じだ。
「それにしても、初心者でいきなりグループ戦するなんてね」
「だって、ウザかったし」
「ちょ、そんな理由なの! ひ……サラってば!」
「まあまあ、あのビギナーズキラーというグループは初心者狩りでね。初心者を挑発してグループ戦に持ち込んでいつも勝っていたのよ」
なるほどね。
それは賢い手だ。かなりの数を殺ったのだろう。
あの余裕な態度、慣れたイカサマ。
当然、今回も勝つ気だった。いや、勝つ予定だったはずだ。
「あの、さっき死んだ三人を運んでましたよね? どこへ?」
「店のゴミ捨て場よ。この世界で死んでもアバターは残るの。だから、燃やすか、動物の餌にするのがこの世界のアバター処理方法ね」
アバターが残る……か。
人間の死を似せたのか?
アバターなんて普通に消せるはずだからな。
恐らくこの世界はどこまでもリアルを追求しているのだろう。
「死体をよくあんなに躊躇なく触れますね」
「まぁ、慣れたものだし。アバターと思えば、気にならないわ」
「そう……ですか」
リアは少し引き気味だったが、まぁこれが普通の反応だろう。
サラの平然とした態度が逆に恐ろしい。同じ態度の僕もそう見えてるかもだけど。
「それであんたら、宿は決めたのかい?」
「いえ、サラを探していたら、いきなりグループ戦になったので」
「なら今日はここに泊っていくといいわ。もちろん、Gポイントは取るけどね」
「アンナさんは商売上手ですね。では、ここに泊らせてもらいます」
そうリアが言うと、アンナは「案内するわ」と一言。そして椅子から立ち上がり、慣れた足取りで歩いていく。
僕たちはそんなアンナを追う。
「アンナさんはいつからこの世界にいるんですか?」
「七年前ね。だから、最初の転送者ということになるわね。でも、七年も経つとこの世界の生活にも慣れたものだわ」
「そうなんですね。じゃあ、お店は七年目ですか?」
「いいえ、七年前はアンドロイドが店を経営してたわ。けど、三年前に出来た『実力協力制度』によってこの世界は変わった。全てのことに一人一人の実力が必要となり、三人で協力しなければ生きていけなくなったわ」
三年前に実力協力制度が出来たのか。
僕がこの世界を監視していたのはたったの一年だけ。だから、その前のこの世界のことは全く知らない。
「わたしたちのグループ――アルコールライフは酒場を経営してGポイントを稼ぐことにしたわ。もちろん、最初は大変だった。だって、知らない人たちと急にグループを組まされ、何から何まで三人でやらなければいけなかったからね。けど、一年もすれば慣れたわ」
「大変だったんですね」
アンナの気持ちを理解しているような口調で返事をするリア。
こいつが同情なんて出来るはずもないから、アンナに好かれるための態度だろう。
リアは先ほどのグループ戦を見る限り、かなり頭がさえる女だ。
常に今できるベストの行動をするタイプだと考えていい。
「ここがあんたらの部屋よ。広くはないけど、綺麗になっているわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、わたしは行くわね」
「はい」
「あ、言い忘れてたけど、ご飯とお風呂は外で済ましてきてね。ここにはないから」
「分かりました」
そう言い残し、アンナは速足で仕事に戻っていた。
それにしても、ご飯なし、お風呂なしの宿か。
まぁそらそうか。
一階で酒場を経営し、二階では宿を経営。
流石にそこまで手が回らないという感じだろう。
「私の部屋かぁ~」
「僕たちもいるんだが」
「あ、完全に忘れていたわ」
「どんな記憶容量してるんだよ」
と、僕がツッコミを入れるが無視し、ゆっくりと「いざ、マイルーム!」と言って扉を開く。
「え~」
「いや、外観を見て中は予想できてただろ!」
「うわ、ベッドってやつじゃない?」
リアが残念そうに肩を落としているのに対し、サラはベッドに飛び込み子供のようにはしゃいでいる。
「ベッドだよ、ベッド! 凄くない?」
「いや、凄くないでしょ! サラって貧乏の極みなんですか?」
「地球では藁の地面で寝れたら、ラッキーみたいな生活だった」
「だから、服がそんなボロボロ……って、どこ出身?」
「アフガニスタン」
「どこ?」
リアは頭の回転は良くても、知識量はあんまりなのか。
いや、リアの場合だと知っていて聞いてる可能性もあるな。
性格悪いし。
それにしても、サラの出身は南アジアか。確かに言われてみれば外見はそう見える。
しかし、僕はアフガニスタンの言語なんて知らない。でも、理解できている。
と言うことは、この世界は地球上の言語を全て自動翻訳し、会話を成立するようなプログラムがあるってことか。
流石だな。てか、それがないと言語の壁でこの世界がおかしくなるか。
「はぁ……知らないならいい。で、巨乳は?」
「リアですぅ~! 巨乳は事実だけど、名前じゃないですぅ~」
少しキレ気味にそう言うリア。それをジト目で見るサラ。
本当に仲が悪いな。
「で、どこなの?」
「アメリカですよ」
「あー、アメリカね」
「反応薄いなぁ~。世界で二番目の国なんだけど」
「金持ち国家は好きじゃない」
嫌そうな目でそう言うサラ。
そらアフガニスタンで生活していたなら、アメリカ出身者を好きになれないのは当然だ。
それに加えて、こいつが言うと嫌味にしか聞こえないもんな。
「あっそうですか。じゃあ、ラスト! ゼロはどこなんですか?」
「僕は地球」
「確かにこの世界に来たら、理論上はそうなりますけど! って、思わずツッコんじゃった」
「面白くないボケはそこらへんにして、どこ?」
真顔で面白くないボケとか言うなよ。
傷付くだろ。
「イギリスだよ」
「嫌い」
「私もこれに関してはサラと同意見です」
こう言われることが分かっていたから僕は言いたくなかったんだ。
2043年にアメリカから世界のトップを取った国。
中国でも、インドでも、日本でもなく、それは『イギリス』だった。
そして僕はそこで産まれたらしい。
「はいはい。それより暗くなる前に晩飯とお風呂に行かないか? それとサラの服も買いに」
「そうですね。夜に少しこの世界での方針も語りたいですし」
「あたしはここにいる。パンだけ買ってきて」
「晩飯はリアの奢りだぞ」
「なら行く」
アフガニスタン出身なら、飯をお腹いっぱい食べれるなんて夢だからな。
しかし、これでリアの奢るGポイントはかなり高くなりそうだ。
やり返しは倍返しじゃないとな!
「即答とは良い度胸してますね。毒でも入れてやろうか、この貧乳が!」
「巨乳は黙ってあたしにご飯食べさせればいい」
はぁ……本当にこのグループ大丈夫か?
「ほら、喧嘩してないで行くぞ」
「むぅ~、絶対に次は奢らせてやるんだから!」
「奢らないよ、バカ巨乳」
そんな会話をしながら、僕たちは街に出かけるのであった。