54.隠れ鬼ごっこ
彼の口から「グループ戦」という言葉が当然のように出て来てから数秒後、潮風と共に沈黙が流れていた。
それにしても、上手いことやられたな。
別行動、もしくはグループ内の状況が悪いことを使い、一人のグループメンバーを誘拐拉致し、言葉巧みにグループ戦まで持って行く。
流石、『嫌われ者』扱いされているだけあると言える。
恐らく何度もこんな感じでグループ戦を挑んできたに違いない。
だがしかし、そんな彼らもここまでだろう。
選ぶ相手を間違えたと言うべきか。
グループ戦は正直言って、あまりしたくない。
命をかける勝負など馬鹿馬鹿しいからな。
でも、もう後に引ける状況ではない。
それにここで彼らを潰しておくのも悪くないだろう。
もちろん、『嫌われ者』を倒した勇者みたいな扱いはもうされたくないが、それに関してはどうにでもなるはずだ。
まぁまだ勝ったわけではないが、負ける気はないので別に後のことを軽く考えるぐらい問題はないだろう。
油断しているわけでもないしな。
じゃあ、そろそろ口を開くとするか。
「そのグループ戦、受けるよ」
「は? ちょ、ちょっとゼロ!?」
「リア、心配するな。それに選択肢はそれしかない」
目を大きく開けてこちらを見ていたリアの目がゆっくりと下へ向く。
そして「だ、だよね。ごめん」と僕にだけ聞こえる声で呟いた。
恐らく自分のせいでグループ戦になったと反省しているのだろう。
正直、「そうじゃない」と言いたいけど、「そうじゃない」とも言えないラインなので、ここは無言でそのリアの言葉をスルーする。
「じゃあ、決まりだな!」
「ああ」
「お前、ゼロと言ったか。俺の名はフェダーと言う。隣のこいつはサムだ」
フェダーはそう言うと、隣のサムが軽く頭を下げる。
サムって奴、終始無言だが何のためのいるんだろうか。
てか、いるなら少しは喋ったらどうだと思う。
「わざわざ自己紹介か」
「俺らだけお前らを知っているのも不公平だろ?」
「確かに。それもそうだな」
恐らく僕たちを待ち伏せしていたのだから、僕たちの名前、その他の情報はある程度把握しているはずだ。
正直、名前だけで公平になるかは別だが、知らないよりかはマシである。
名前さえ知っていれば、後から幾らでも調べられるからな。
「それで早速、グループ戦についてだが内容は全てこちらが決めさせてもらう」
「ちょ、そんなの――」
「リア、別に気にするな」
「は? 気にするなって絶対に私たちが不利になるグループ戦になるわよ」
そんなことは百も承知している。
というかまず僕たちはグループ戦などしたくないので、内容なんか考えていない。
だから、相手に決めさせるしかないのだ。
実際、今までもずっとそうだったしな。
「フェダー、それでグループ戦の内容は?」
「ゼロ、無視する気?」
「少し黙っていろ、リア」
「……」
僕の言葉に返答することなく、ただため息だけをついて視線を逸らす。
完全に「もう好きにしたら」と言われているような態度だ。
こちらからすれば、その方が有り難い。
一々、横から文句を入れられるのは邪魔でしかないからな。
「悪いな、話の途中に」
「別に気にするな」
「で、グループ戦の内容はどんな感じだ?」
「グループ戦の内容は『隠れ鬼ごっこ』。昔に流行った子供の遊びの一つだ。しかし、今回はその応用バージョン」
隠れ鬼ごっこ――『かくれんぼ』という遊びと『鬼ごっこ』という遊びを融合させた遊びの一種で、1900年代から2000年代初頭に小学生や中学生に流行った遊びである。
分からない人のために軽いルール説明をしておく。
1.まずは鬼の人を決める。
2.次にもう一方の人が隠れる。
3.もう一方の人が隠れ終われば、鬼の人は探すのを始める。
4.鬼の人はもう一方の人を見つけ、タッチすればこの遊びは終了となる。
連続して遊ぶ場合は鬼にタッチされた人が次の鬼になる。
ルールとしてはこんな感じだ。
基本ルールはかくれんぼで、見つかってからは鬼ごっこと思えば、分かりやすいと思う。
まぁその隠れ鬼ごっこの応用バージョンらしいが、フェダーの不気味な笑みがとても嫌な気しかしない。
「詳しい内容を頼む」
僕がそう言うと、フェダーは「もちろん、今からするつもりさ」と言い、一呼吸してから説明を始める。
「まず鬼はゼロのグループだ。そして隠れるのは俺らとサラ。
制限時間は今日の午後十二時から二十四時間。
だが、これでは圧倒的に鬼側であるゼロのグループが不利になる。だから、俺らが隠れる場所はGレイヤーに存在する三ヶ所の小屋うちのどこか一ヶ所にいるというヒントを与える。
そして勝利条件だが、鬼側は俺らを倒してサラを救い出せば勝利。
俺らの方はグループ戦の期間を無事に逃げ切り、サラを取られなければ勝利とする」
なるほど。
シンプルで分かりやすい内容だが、所々隠れ鬼ごっことは内容が変わっている。
一つ目は制限時間が二十四時間という点。
二つ目はフェダーたち隠れる側が三ヶ所のうちどこか一ヶ所に必ずいるという鬼側にヒントを与えている点。
三つ目は勝利条件がタッチではなく、サラを救うという点。
ルールとしては悪くない。
絶対に戦いをしなければならないという点は面倒だが、それ以外は公平性がある。
でも、それは見せかけで、このグループ戦にも何かしら裏があるはずだ。
まぁそれは後から考えるしかないな。
とにかく今は少しでも質問をして、もう少し詳しく内容を理解しておくことが大切だ。
というわけで、僕は「なるほど」と一言呟いてから、フェダーに話しかける。
「内容は把握した。でも、分からない点が少しある」
「何だ?」
「三ヶ所というのはどこだ?」
「それはグループ戦開始時にメニューバーに赤い点として表示されるから心配しなくていい」
「それならいいが、もし間違った位置情報だった場合は自動的に敗北というルールを追加したい」
流石に「心配するな」と言われても、それだけでは信用性に欠ける。
それにグループ戦とは何でもありの自由戦。
最初の時点で負けが確定する可能性は排除しておきたい。
「信用されてないなぁ~。まぁ、もちろんいいさ。そのルールを追加するよ」
「あっさりだな。意外だったぞ」
「そうか? それより他に何か質問とかないのか? 開始まで残り二分だ」
「特にもうない。リアは?」
僕は一応リアにその質問を振っておく。
反応しないかと思ったが、リアはゆっくりと顔を上げて「別に私もないわ」と一言。
「ならこれにてルール設定は終わりだ。おっと、残り一分か。まぁ精々頑張れよ、ゼロと美人な姉ちゃん……じゃなくてリア」
そう言うと、ポケットから取り出した丸い物体を地面に投げる。
すると、視界は青色の煙で覆われた。
「す、スモークグレネードか」
そう一言だけ呟き、僕は半目になりながら口と鼻を手で抑える。
リアの方は咳込んでいるが、まぁそこまでスモークグレネードに害はない。
問題はなさそうだ。
数秒後、視界は晴れ、辺りが露になる。
が、もちろんフェダーと横にいたサムの姿はない。
恐らくサムのスキルによって、逃げたのだろう。
スモークグレネードと言っても、こんな浸水している街で足音を立てながら逃げればすぐに逃げた方向がバレるからな。
だが、スモークグレネード中に足音は一切聞こえなかった。
つまり、サムは瞬間移動か高速移動のスキルを使ったと思われる。
それにサムがそのためだけに連れて来られたと言うのなら、終始無言だった理由も納得できるしな。
そんな考えを脳内に巡らさせながら、メニューバーで時間を確認すると、丁度時計が午後十二時に変わった。
『<情報>グループ戦が開始されました。
相手:ダックス
内容:隠れ鬼ごっこ
制限時間:二十四時間
場所:Gレイヤー』
Gレイヤーのアンドロイドの声がいつも通り耳に響き渡る。
もうこの違和感にも慣れたものだ。
しかし、本当にマーガレットやキュベレーと瓜二つの声である。
まだ姿は見ていないが、Gレイヤーのアンドロイドもキュベレーの色違いに間違いない。
それよりも始まったか……グループ戦。
Gレイヤーに来てからは初めて。
まさかこんなに早くグループ戦をする羽目になるとはな。
でも、個人的にはこれはピンチとは思っていない。
僕たちラックが変わるチャンスだ。
――それにこのグループ戦の勝利は見えている。




