53.嫌われ者
「やっぱり慣れないわね」
「そうだな」
僕たちはココの宿を出て、現在はメニューバーのマップを見ながら、サラのもとへ向かっている。
それにしても、リアが言う通りこの裸足で水の中を歩く感覚は重さを感じるせいか慣れない。
でも、水は鏡のように透き通っていて、冷たくも温くもない丁度良い温度で気持ち良く、水を足で切る音は涼しさを感じさせていい感じだ。
まぁそのうち慣れることは間違いないので、今はひたすら歩くしかない。
「ちょ、あいつらよ」
「早く離れようぜ」
「だ、だな……面倒だしな」
なんか街の人たちが昨日よりやけに騒がしい。
というよりも、途轍もなく嫌なものを見たような感じの表情、態度である。
そして皆が僕たちが歩いている方向の反対方向へ歩いて行く。
まるで、何かを避けるように。
「リア、この先は何もないよな?」
「ええ、メニューバーのマップは普通の道よ。もう少し行くと海があるぐらいだけど」
「まぁそうだよな。でも、おかしくないか?」
「この周りの人たちの歩く方向?」
「ああ」
リアも流石に気付いていたようだ。
僕たちはあくまでもサラのもとへ向かってこっちに歩いているが、普通なら海がある方へ歩く人が大勢いてもおかしくない。
むしろ、大勢いるはずなんだ。
実際、昨日は大勢の人が海の方へ、今僕たちが歩いてる方向へ歩いていたからな。
「軽く見る感じ誰一人として海がある方向へ向かっていないしね。それにさっきから見ているけど、私たちのことを先ほど追い抜いて行った人たちが何故か戻ってきているわ」
「何かしらの工事や事故があるなら、何かアナウンサーがあってもおかしくないよな?」
「ええ、そうね」
そう軽く言葉を返し、深くため息をつくリア。
薄々何かを察しているのだろう。
いや、察しない方は無理な話か。
大勢の人が海から遠ざかっていく行動、そして分かりやすい嫌な表情と何かを見つけてしまったというような内容のコソコソした話声。
それらを推測するに、この先にGレイヤーの嫌われ者でもいるのだと考えるのが妥当だ。
Iレイヤーで言うビギナーズキラーのような存在と考えるべきだろう。
しかし、この道を通らずサラのもとへ向かうのは不可能、いや、それはないが倍以上の時間と移動を伴うことになる。
それでも引き返すことが正しい判断なんだろうが、僕たちには関係ない。
周りが恐れている存在であろうとも関わらなければいいのだ。
あのビギナーズキラーもサラが関わってしまったから、面倒なことになっただけだしな。
「このまま前に進むつもりだが、それでいいな?」
「もちろん、当然よ」
リアも僕と考えは同じのようで、堂々と胸を張りそう言う。
恐らくリアからすれば、早くサラと仲直りしてこのグループ内の雰囲気を戻したいのだろう。
リアのことだから、心の中では僕にかなり申し訳なく思っているはずだからな。
別に僕はそのことを一切気にしてはいないが、それをわざわざ言うつもりはない。
どうせ強がる姿は目に見えているしな。
数分後、街並みから海ゾーンに入る手前辺りに来た時にはもう誰も人はいなくなっていた。
「誰もいないな」
「急にゴーストタウンね」
リアの言葉で分かると思うが人だけではなく、なぜか店も一切開いていない。
何故そうなのかは全く分からないのだが、ある場所を境に一店舗も開店していないのだ。
でも、それを見て言えることは一つ。
その嫌われ者がビギナーズキラーとは比較にならないほど嫌われているということ。
いや、もう嫌われているという次元じゃないかもしれない。
見ただけで最悪、すれ違ったらアウト、関わったら終わり。
それぐらい思われていてもおかしくないし、むしろ納得できてしまう。
それにしても、さっきも言ったが誰もいない。本当に誰もいない。
周りを見渡しても、その嫌われ者すらいないのだ。
どう考えてもおかしい。
数分前の記憶を思い出すに、大勢の人たちは海の手前辺りから戻って来ていた。
そろそろ姿が見えても、いや、見えないとおかしいんだがな。
「リア、どう思う?」
「そうね。警戒されているか、もしくはどこかに行ったか。そのどちらかじゃない?」
「んー、僕もそう思うんだが何か違和感を感じる。このまま出会うことなくラッキーで終わると思えないんだ」
「そんなの私だってそう思っているわよ。でも、いないのだから無理に待つ必要はないと思うわ」
淡々とした口調でそう言い、メニューバーを見ながら足を進めるリア。
僕はそんなリアの背中を追い、そして横に並ぶ。
確かにリアの言う通りかもしれない。
何で嫌われ者をわざわざ待つ必要があるというのだ。
関わらないことが最善で、というか関わらないことが前提だというのに。
僕は何を血迷っていたんだろうか。
いや、その理由は分かっている。
恐らく僕は一目見てみたかったのだ
嫌われ者と聞き、どんな人物なのか少し興味が湧いてしまったと言うべきか。
全く、僕の好奇心も相変わらずのようだ。
自分のことながら笑えてしまう。
これは僕も反省しなければいけないな。
でも、治る気はしない。
だって……
――好奇心を失ってしまったら、生きる意味がなくなるだろ?
「はっきりと海が見えて来たな」
「ええ、とても綺麗だわ。水着を着ていることだし、入ろうかしら」
「最初の目的を忘れてないか?」
「もうっ、忘れないわよ。それに私だけ海に入っても楽しくないもの。サラと一緒じゃないとね!」
「だな……って、僕も入れろ!」
僕の言葉にリアは「どさくさ紛れて胸を触りそうだし無理かな」と、いつもより柔らかな子供みたいな笑みでそう言った。
失礼なことを言われたが、まぁその笑みを見れたから別にいいさ。
「おっと、カップルさんじゃん!」
「か、かかか、カップルさん!?」
店の路地裏から二人の男が、ゆっくりと出て来て僕たちの前に立つ。
それよりリアの奴は何で動揺して頬を茜色に染めているんだ。
カップルなんてただの冷やかしの挨拶みたいなものだろ。
そんなので動揺して分かりやすく照れられると困る。
「そうそう、カップルさん! で、今からどこへ?」
「う、海の方へ少し用事があって……」
「あ、二人で海水浴? あの海は綺麗でいいよ!」
おい、リア。普通に会話をするよ。
しかし、話が得意な『嫌われ者』もいるもんだな。
最初に話を繋げるやすい言葉を吐き、自然と会話が成立するようにしている。
その後の返答も全て、台本か、何かを読むようにスラスラ話しやがる。
その姿、態度は完全に常習犯。そしてこれが彼らのやり方なんだろう。
まぁ長話をする気はない。
早いこと要件を聞こうではないか。
どうせ彼らが待っていた客は僕たちなんだから。
「で、何の用だ?」
「いやいや、別に俺は初々しいカップルさんに話しかけただけだよ」
「『雑談は時間の無駄だ』と直接言わないと分からないのか?」
僕が少し低い声音でそう告げると、ニヤっと笑って両手を頭の後ろに組む一人の男。
それからわざとらしく「はぁ……」とため息をつき、首をポキポキと鳴らす。
「何? 俺らのこと知ってるの?」
「いや、初めて見たよ」
「本当にそうなら、噂以上になかなか察しの良い新人さんだね」
噂以上?
引っかかるワードだな。
だが、今はそれよりこいつらの目的の方が重要だ。
「褒め言葉と受け取っておくよ」
僕は笑うこともなく言葉を返し、続けて口を開く。
「それでもう一度言うが何の用だ?」
「いやいや、用って言うほどじゃないけど……グループ戦してくれよ」
「それはいきなりだな」
なるほど。グループ戦が目的か。
ということは、こいつらはGレイヤーバージョンのビギナーズキラーという感じになるな。
そんなことを思い懐かしさを覚えていると、急にリアが一歩前に出て口を開く。
「私は断るわ。今はそんな暇はないの!」
「暇じゃない理由はこいつか?」
口角をゆっくりと上げ、不気味な表情で手に持っていた写真をこちらに見せつけてくる。
そこに写っていたのは……
「サラ! 何でサラの写真を持っているわけ!?」
「そう焦るな、美人な姉ちゃん。ただ今はお世話をしてやっているだけだ」
「どういうこと?」
「シンプルにご飯を奢って、寝床を用意してやったんだよ」
「そ、そうだったのね」
リアはそれを聞き、落ち着いたのか「ふぅ~」と安堵のため息をつく。
そして言葉を続ける。
「本当にサラがお世話なったわね。じゃあ、サラのもとまで案内してくれ――」
「はぁーい? 何か勘違いしてないか?」
「えっ?」
「誰がこの女を返すと言った?」
写真をひらひらとさせながら不気味に笑う男。
それよりサラをグループ戦をするための脅し道具に使われたか。
相変わらずこういう奴らは悪知恵が良い。
だがしかし、それは脅しにはならない。
なぜなら、彼らがやっていることはれっきとした誘拐&拉致という犯罪なのだから。
「おいおい、自分で言ってること分かっているのか?」
「あん?」
「お前がやっていることは誘拐からの拉致だぞ? つまり犯罪だ」
「いやいや、失礼だな。まだ俺らは保護しているだけだぜ?」
「保護?」
「そう。別にサラって子には何も手を出してないからな」
なるほど。
こういう場合は誘拐からの拉致ではなく、保護という扱いになるのか。
しかし、犯罪ギリギリの絶妙なラインだな。
厄介としか言いようがない。
まぁ追い打ちでもかけておくか。
これで相手がどう出るかだが、上手いこと流されそうな気しかしない。
「だが、返さないとなれば拉致は成立するぞ?」
「確かにそうだが、帰る意思がサラにない場合はそれが成立することはない」
やはり上手いこと流されたか。
ここまではテンプレみたいなものなんだろう。
――そしてこの言葉を言わされるのだ。
「じゃあ、どうしたら返してくれるんだ?」
「もちろん、俺らとグループ戦をして勝ったらに決まってんだろ!」




