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50.海が見える宿

「あぁ~、美味しかったぁ~」


 いつもより少し出たお腹をポンポンと手で叩きながら、満足気にそう言うリア。

 それに対し、僕は口に残る旨味を感じながら軽く返事する。


「だな」


 それにしても、海鮮丼はとても美味かった。


 僕たちは海鮮丼屋に行き、超豪華海鮮丼というものを頼んだ。

 その海鮮丼にはマグロ、サーモン、タイ、甘エビ、イクラ、ホタテ、ウニが大量に白飯の上に乗っており、しかし白飯は全く見えず、まるで色とりどりの海鮮が集まる宝石箱。

 それだけでも充分だと言うのに、自由に大葉やキュウリを乗せることもでき、頼めば無料で別皿に持ってきてくれるシステムもあった。

 だが、リアは大葉やキュウリを頼むことはなく、相当お腹が空いていたのか、すぐにその海鮮丼を食べ始め「んぅ~」と声にならない声を出してとろけるような笑みを浮かべていた。


 一方、僕は半分は海鮮丼のまま、もう半分は大葉とキュウリを入れて二種類の味を楽しんだ。

 正直な感想を言うと、最初は海鮮という『生もの』に対して思った以上に戸惑った。

 Iレイヤーで食べて来たものは全て『焼いた食べ物』か『煮込んだ食べ物』だったので、口が違和感を覚えたのだと思う。

 でも、別に苦手という感覚はなく、すぐに慣れて醤油を少量ずつかけながら、海鮮という新たな味を舌、いや、口全体で味わった。

 結果、僕は海鮮丼というものをかなり気に入った。


 特に甘エビが僕のお気に入り。

 あんなプルプルとした感触をしながらも歯応え抜群。

 そして醤油と甘エビの甘さが絡み合い、その味が口の中に広がったと思うと、甘エビはいつの間にか口の中から消えている。

 本当にそれがたまらなく美味い。

 思い出しただけでも、笑みがこぼれるほどだ。


「ゼロ、顔が気持ち悪いわよ」

「ん……気持ち悪い? そんなニヤケ面のリアに言われたくないんだが」


 僕がそう言葉を返すと、思わず二人で吹き出した。

 自分たちの顔が面白くて面白くて。

 もう腹の底から笑った。

 周りからは冷たい目で見られていたが、そんなのは気にならない。

 だって、笑いすぎて周りがはっきり見えないのだから。


 それにしても、僕たちをこのようにした海鮮丼という美味な料理は恐ろしい。

 まだ口に残った旨味が顔を勝手にニヤケさせる。

 何かニヤケが止まらなくなる薬でも入ってるかと思うほどだ。


 と、そんなことを考えている時だった。


「ちょ、どいてどいてどいてぇぇぇぇぇえぇ~!」


 一人の少年? いや、少女?

 どちらか分からないが小さな子が、食べ物の入った袋を持って地面の水を激しく揺らしながら、こちらへ猛ダッシュで向かって来ている。


「リア、前! 前見ろって!」

「え?」


 ――ドンっ!


 リアは一人涙を流すほど爆笑していたせいでその子に気付いておらず、それに気付いた僕がすぐに声を掛けたのだがそれは遅く、その小さな子と勢い良くぶつかってしまった。

 綺麗な正面衝突である。

 車だったら、大事故だっただろう。

 まぁ一応、これも事故ではあるがな。


「おい、大丈夫か?」

「い、いてて……」


 僕はその子に優しく声をかけるが、まだ当たった時の衝撃があるようで、額を手で抑えて痛がっている。

 よく見ると少し額が赤い。

 まぁでも、意識はあるようなので大丈夫か。


「立てるか?」


 僕はその子の様子を見ながら、そう言って手を差し出すと「ありがとうございます」と言い、その子は僕の手をギュッと握りゆっくりと立ち上がった。

 改めて見た感じ大きな怪我は無さそうだが、転んで尻餅をついたので服はびしょびしょ。

 それに袋に入っていた食べ物が周りに散らばってしまっている。


「あ、食材が……」

「僕も拾うよ」

「そ、それは助かります」


 僕は水に浮いている野菜や果物を拾って、その子の袋に入れていく。

 数分後、二人で拾ったこともあってあっさりと拾い終わった。

 その子は僕にもう一度感謝の言葉を述べ、ホッとしたのか額の汗を手の甲で拭う。


「ちょ、ゼロ! 私の心配はないわけ?」

「あ、そう言えば、リアも転んでいたんだったな」

「そう言えば? 私は食べ物より下なの? 食べ物を拾うより私を助けるのが先でしょ?」

「悪い悪い、忘れてた」

「忘れるな! それと目がエロい!」


 いや、目がエロいってなんだよ!

 確かに水に濡れた太ももや谷間からは謎の色気を感じるが、そんな目では見ていない。

 というか、そろそろリアのビキニ姿にも慣れてきたところだ。

 慣れとは怖いもので、先ほどの乳の吸引力はどこに行ったのやら。

 今は全くと言っていいほど、目が吸い込まれない。


「あ、あの……なんかごめんなさい」

「いや、謝ることはない。リアの前方不注意のせいだからな」

「ゼロが顔芸で笑かしてくるからでしょ!」


 顔芸など一度もしたことはない。

 先ほどの僕の顔は至って普通だったし、勝手に普通の顔を顔芸呼ばわりするのは止めてもらいたい。

 本当に失礼極まりない発言である。


「人のせいにするな。それに僕は注意喚起しただろ?」

「遅いわよ。赤信号で止まれるわけないでしょ!」

「アレはギリギリ黄色だ」


 全く、人のせいにするのは止めてもらいたい。

 僕は全く悪くない。加えて、この子も悪くない。

 今回に関しては全てリアのせいである。避けないリアが悪いのだ。


「喧嘩は止めてください。ボクが悪かったんです」


 下を向いてそう言う少年?

 ボクだから少年でいいよな?


「気にしなくていいわ。私も前を見てなかったしね」


 あっ、その少年の発言は否定してあげないのな。

 あくまでもお互い様と。


「いえ、ボクが走っていなければ……って、あっ! 急がないと!」

「何かあるのか?」

「今、買い出し中で」


 なるほど、それで急いでいたというわけか。

 じゃあ、今の正面衝突はかなりのタイムロスだな。


 と思っていると、リアが胸を張って口を開く。


「そういうことね。なら、手伝うわ! 袋持つから案内してくれない?」

「いいんですか!」

「もちろん!」

「じゃあ、お言葉に甘えて。こっちです!」


 嬉しそうにそう言い、少年はまた水しぶきをあげて走り出した。

 僕とリアはその小さな背中を見ながら、同じよう水しぶきを上げて走る。

 はぁ……それにしても、リアの胸が横で弾んでいるのはやはり気になるな。

 弾まないビキニはないのか、いや、弾まない走り方はないのか。

 僕はそう思わずにはいられなかった。


        ⚀


「いやぁ~、ありがとうございます。何とか間に合いました」

「それは良かったわ。この袋はここに置いておくわね」

「はい、分かりました」


 数分後、横目でボールが弾む光景を見ていたら、いつの間にかオシャレなお店に着いていた。

 壁や天井、家具は全て木材で出来ており、少しカルロスの家が脳裏を過る。

 そんな木材たちに囲まれ、色鮮やかな花や雑貨が所々に飾られていた。


 それよりもこのお店の内装はとても面白い。

 カウンター席とテーブル席がはっきりと分かれているという珍しい造りなのだ。

 まずカウンター席の方はバーのような造りになっており、薄暗い色合いが大人の雰囲気というものを醸し出し、カウンター席の奥には大量のお酒が綺麗に並べられている。

 それに対し、テーブル席の方は大きく開放的な窓から、どこまでも続く海が見えるという絶景スポットとなっている。


「えっと、少年――」

「ボクはココって言います」

「そうか。ココは一人で商売しているのか?」

「昼間は基本そうですね。グループメンバーは魚類などの食材集めに出ているので」


 買ってきたものに傷がないか確認しながらそう言うココ。

 昼間は、か。

 大体、この店がどういう店なのかは分かった。


 現在の客数は0。

 時刻は午後五時過ぎ。

 恐らく夕方から深夜にかけて開店している店(少し大人の店)と考えて間違いないだろう。

 ココがこんな時間に買い物をして、急いでいたのもそれだと納得ができる。


「それにしても、オシャレな店ね。Iレイヤーでは有り得ないわ」

「あ、ありがとうございます」


 リアのそんな発言に、ココは頬を少し赤らめ、照れながらそう答える。

 そして「あっ!」と何か思い出すように口を開く。


「もしかして、Gレイヤーは今日が初めてですか?」

「ええ、よく分かったわね」

「まぁボクの店を知らないGレイヤーの方は少ないので」


 自慢気にそう言うココ。

 なかなか有名店らしい。自称だから本当かは知らないが。


「そうなんだ! 確かにこの海の景色は凄いものね」


 リアが青い瞳を輝かせ海を見ながら、柔らかな口調でそう呟く。

 でも、リアがこのような反応になるのも当然と言える。

 海が一望できる店など探してもそうそうないはずだからな。

 それにGレイヤーが水の街とは分かっていたが、海を見るのは初めてだ。

 興奮するのも無理はない。

 実際、僕は人生初の生海で内心テンションがあがっている。

 生の海とは本当に凄い。

 手前は薄い青色をしているくせに、奥に行くほど濃い青色になっているのだ。

 その分かれ目がハッキリしているのが、凄く幻想的で個人的には見ていて飽きない。


「景色だけならこの店はGレイヤーの中でもトップに入るんじゃないでしょうか。そこがこの店の売りの一つなんですけどね」


 買った食材をキッチンの方に置きに行き、そう言いながらこちらに寄ってくるココ。

 そしてゆっくりと喋り出した。


「先ほどはすみませんでした。本当にボクってこういうこと多くて……」

「大丈夫よ。気にしないで」


 リアはそう言い、子供に向けるような優しい笑みを浮かべる。

 その後、一瞬だけ沈黙が訪れ、リアが僕に視線を送って口を開けた。


「じゃあ、私たちは――」

「あ、あの……」

「ん?」


 リアが足を一歩前に出し、店の扉に向かおうとした時だった。

 ココがリアの言葉を遮って声を発する。

 それにリアと僕は不思議そうにココを見つめた。


「も、もし良かったら、泊っていきませんか?」

「この店は宿もやっているの?」

「はい。宿がメインなので」


 なるほど。メインは宿か。

 この景色は商売するにあたって、強みしかないからな。

 恐らく宿となっているのはこの店の二階部分。

 一階のこの窓から見える景色よりも更に景色は美しいこと間違いない。

 しかし、オシャレな店に絶景スポットの宿だ。

 一泊の値段はシャレにならないだろう。


 いくらお金があるとは言え、一度ここに泊ってしまえば、Gレイヤーにある他の宿に泊まれなくなり、Gレイヤーで生活する限りは一生ここに泊ることになるのは目に見えている。

 そうなれば、笑えない額が飛んでいくこと間違いない。

 だが、それぐらいはリアも分かっているはずだ。

 実際、今の表情がそう言っている。


「そうなのね。でも、こんな絶景スポットの宿だと高いと思うし、他の場所を探させて――」

「ぶ、ぶつかったお詫びに一泊、食事とお風呂付きで一人1000ポイントで大丈夫です」

「え、あ、え!? 1000ポイント? そんなの悪いよ」

「いいんです。それに今から探してもこの辺りではもうどこも宿は空いていませんし」


 ココはそう言い、何とも断りづらい瞳を僕たちに向けてくる。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな?」

「おい、一泊だけしか1000ポイントにならないんだぞ?」


 これはどう考えてもおかしい。

 恐らくだがココは一泊だけは1000ポイントにして、その後は高額な宿代を払わされるつもりなんだろう。

 商売でよくある手口だ。


「いえ、これからずっと1000ポイントでも構いません」

「は?」


 そのココの言葉に、僕は驚きを隠すことが出来ず、ココを二度見して変な声を出してしまった。

 だって、1000ポイントってIレイヤーの宿と同じ額だぞ?

 それがこれからずっとなんて……有り得ない。


「もう友達みたいなものですし、この店は高いので常に部屋は空いているので」


 やはり本当は高いのか。

 周りにある他の店が空いてなくて、この店が常に空いているということはかなりの値段がすると考えていい。

 本当に大丈夫だろうか?

 信用してもいいのだろうか?


 そんなことを考えていると、リアが僕に顔を近付けてくる。


「ねぇ、ゼロ。ココもこう言ってることだし、この宿に泊ろうよ」


 ニコニコと嬉しそうに、僕の耳元でそう囁くリア。

 はっきり言って最高に有り難いお誘い。

 でも、怪しさがないと言えば嘘となる。

 Iレイヤーで僕たちはそれを学んだ。

 リアだって分かっているはずだが、日常において警戒する必要はないと考えているのだろう。

 確かに実力協力制度のルール上は日常ではグループ戦以外は何も出来ないからな。

 ここはココを信用するか。


「分かった。そうしようか」

「やったぁ!」

「というわけで、ココ。今日からお世話になる」

「うん! こちらこそよろしくです!」


 満面の笑みでココはそう言い、僕たちに部屋を案内するのであった。

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