45.新天地へ
――ビビィー……ビ、ビビィー
いつもの転送音と共に四日ぶりに真っ白な部屋へ。
四日ぶりだというのにとても久しぶりに感じるのは、イベント中に色んなことがあったからだろう。
リアとグループ戦のことでもめたり、熊と戦ったり。
他にもカルロスたちと再会し、カルロスたちの死を間近で見ることになったり。
後はハンスと死闘を繰り広げたりもしたな。
ティラノサウルスを狩り、意外にもその肉が美味だったこともあったか。
そして最後はIレイヤーで仲間だと思っていた人たちに裏切られ、約150人という大量の人たちとサラが一人で戦い、無事に勝利してイベントは幕を閉じた。
今思えば、今回のイベントは相当ハードで、別れもあり、BNWという世界をよく知らされた四日間だったと思う。
BNWの日常がどれだけ平和だったのか思い知らされた。
まだ最下層のIレイヤーだというのに、イベントを終えての僕の正直な感想を言うと、先が思いやられる。
このBNWのスキルという名の無限の可能性。
それは本当に脅威であり、その可能性がない僕は存在価値がないに等しいと感じた。
例えるなら、プロ野球の場に素人がいるような、そんな感じ。
――でも、それぐらいのハンデがないと僕とBNWは共存できないと実感した。
「ぜ、ゼロ、さっき言ってたことは本当なの?」
僕の肩を両手で掴み、鬼気迫る表情でそう聞いてくるリア。
思わずその迫力に驚いてしまったが、一度ゆっくり呼吸し、口を開く。
「ああ、本当だ」
「み、みんな……みんな死んじゃったの?」
「死んだよ。サラが全員殺した」
僕はリアの輝く青色の潤んだ瞳を見つめ、そう力強く言う。
すると、急に僕の肩を掴んでいた手が滑り落ちるように離れ、顔を下に向ける。
「な、何で……何でよ。何でそんな酷いことを……何でなのよ! サラっ!」
目からボロボロと大粒の涙を流し、力強く拳を握ってサラを睨みつけるリア。
そしてゆっくりと立ち上がったと思うと、サラに向かって襲い掛かった。
だが、サラは抵抗することなく、リアに押し倒される。
「サラ……サラだって、色々お世話になった人たちじゃない! なのに、何でそんな簡単に殺せたのっ!」
「リアはおかしい」
「何が!? 何がおかしいのよ! 言ってみなさいよっ!」
「リア、あの人たちはあたしたちを裏切った。そして殺そうとした」
リアの涙がサラの顔にポツポツと落ちるが、そんなこと気にすることなく、サラは目を見開きそう言い切る。
「そ、そうだけど……でも、殺す必要はなかった」
「甘いよ、リア。戦場を殺しの場を何も分かってない」
「なっ! わ、分かってなかったら悪いの?」
「悪くない。でも、これだけは言っといてあげる。あの場であたしが殺してなかったら、みんな死んでたよ。戦場とはそう言う残酷な場所」
そう言うと、リアを押しのけて立ち上がるサラ。
リアはそんなサラをずっと鋭い目付きで見つめていた。
「それともう一つはリアに言いたいことがある」
「……」
リアは上から見下ろされているサラの言葉に黙って息を呑む。
「不足している心を得るために、変わろうとしているのは良いと思う。けど、グループメンバーと裏切り者を無理して同じ扱いにするのは違う。信じるべき者と信じても良い者の区別はしないといつまで経っても、正しい変わり方はできない」
「えっ……」
サラの口から出た的を射た言葉に、返す言葉を失うリア。
そして悔しそうに目を逸らし、下唇から血を流す。
まさかサラに図星を突かれるとは思ってもいなかったのだろう。
実際、僕も今のサラの発言には衝撃を受けた。
一言で言うと。
――サラは……ただの常識外れじゃない。
それよりもこの状況をどうにかしなくてはな。
「二人とも一度落ち着け、水でも飲んでさ」
僕はこの真っ白な部屋に置いていた鞄から、水が入っている容器を三本取り出して二人に渡す。
でも、二人とも手を出してくることなく、僕は静かに地面に容器を置いた。
「それよりさ、よく無事に帰って来られたよな。あはははは……」
無理矢理、僕は笑みを作って二人に話しかけるが反応はない。
それどころか今は「ほっといてくれ」というオーラが凄い。
僕は「はぁ……」とため息をつき、自分の水を飲んで喉を潤す。
「ぬるっ……」
そら四日もここにあれば、冷たさも失われるか。
僕たちはこの四日間でグループの温かさを失ったが。
どうしてこうなってしまったんだか……。
普通は協力してイベントを乗り切って、もっと親密な関係になるものじゃないのか。
って、そうならなかったということは、普通じゃなかったんだろうな。
「ラックの皆さん。イベント――ハンティングゲームお疲れ様でした」
不意に現れたのはマーガレット。
柔らかな笑みを浮かべ、軽くお辞儀をしている。
「早速、イベントランキングを発表致しますと、グループ名――ラックは最終イベントポイント60390ポイントで順位は……『第1位』です」
「えっ?」
「……」
「……」
マーガレットの言葉に思わず口から声が漏れるリア。
僕とサラは声には出さなかったが、驚きを隠せなかった。
イベントランキング1位。
それはIレイヤーに存在する約25億グループの頂点。
流石に驚かずにはいられないレベルだ。
正直、イベント終了一時間前のランキングがトップ43位だったということもあり、特にランキングの心配は一切なかった。
実際、逃げ切り体制に入っていたことは事実だし、本当に上位5%に入れればいいと僕も他の二人も思っていた。
だが、最後の150人によって、イベントで特別という存在だった『人間』という生き物を大量に倒したということで、ランキング一位まで勝手に上がってしまったのだろう。
簡単に計算すると、150人×200ポイント=30000ポイント。
それに加えて、+αであるイベントポイントが約15000ポイント。
そして僕たちが元々獲得していたイベントポイント約15000ポイント。
確かに約60000ポイントになる。
まさか、最後に約45000ポイントも稼ぐとは予想外だ。
それにしても、他の上位グループなら、もっとイベントポイントを獲得していてもおかしくないと思っていた。
だが、そうでないということは、恐らく本気で逃げ切り体制に入っていたに違いない。
その結果、僕たちラックがこういう順位になったということなんだろう。
マーガレットは僕たちが驚くの反応をするのを見て、面白そうにニコッと笑う。
そして言葉を続けようとする。
だが、僕が先に口を開く。
「なぁ、マーガレット」
「あたくしに質問ですか? それで何でしょう?」
「イベントの特別をなぜ『人間』にしたんだ?」
「それはイベント参加者が『人間』だけではなかったからです」
「は? それはどういうことだ?」
僕はその言葉に自然と眉間しわ寄せ、マーガレットを睨みつける。
しかし、マーガレットは平然とした表情でその意味を話し出した。
「簡単ですよ。今回のイベントは生き物全体のハンティングゲーム!
人間、熊、鹿、猪、兎、魚、恐竜などこのイベント特別エリアにいた全ての生き物で、イベントであるハンティングゲームを行っていたのです。
もちろん、人間の皆さんと報酬などは違いますけどね」
「そういうことか。全て理解したよ」
「なら良かったです」
口角を上げ、満足気な表情をするマーガレット。
僕に対してイベントを「楽しんで貰えて良かった」とでも言っている笑みだ。
それより今のマーガレットの発言で色々と謎が解けた。
まずハンティングゲームとはただの狩りイベントではなかったと言える。
それぞれの生き物たちが報酬を得るために、自分の命を懸けた殺し合いイベント。
正直、人間以外の生き物を参加させた理由は分からないが、今回のイベントには何かしら裏があったのではないかと僕は思っている。
例えば、Iレイヤーの生態ピラミッドを崩壊させる意図があったとか、AIが創造した生き物たちに知恵を与えた実験だったなど。
と言っても、そんなものはただの僕の妄想にすぎない。
何もなくて、シンプルに増えすぎた人間を減らすためだったという可能性も大いにある。
どちらにしても、マーガレットは熊や鹿、兎、猪、恐竜など普段狩られている生き物(恐竜は狩られないが)にチャンスを与えたことは事実。
熊が群れで生活していた理由も、そのチャンスを活かすためと言うのなら納得できる。
まぁ結局、人間同士が殺し合っただけになったけどな。
「話を戻します。
ランキング1位という結果により、ラックには上位5%の報酬である100スコア&100万ポイントが贈呈されました。
それによりIレイヤーの目標Gスコア数に達しましたので、ラックはIランクからGランクへ昇格。それに伴い、ラックはIレイヤーからGレイヤーへ移動となります」
淡々と言葉を並べるマーガレット。
つまり、僕たちは大量のGスコアを得たことによりランクが上がり、Gレイヤーという新天地へ行くことになったということだ。
それより二人は気付いているか分からないが、僕たちラックはランクを飛び級している。
Iレイヤーの次はHレイヤーだったので、恐らくハンスとのグループ戦と今回のイベントのGスコア獲得によりHレイヤーの目標Gスコア数までも達成してしまったのだろう。
ランクを飛び級したことは嬉しいが、Hレイヤーの方が良かったというのが本音。
僕たちのグループ――ラックはまだまだ未完成。
いや、現状バラバラ。
正直、上に行くにあたって、もっと時間が必要だったと思う。
だというのに、運か実力か知らないが一個ステージを飛ばしてしまった。
Gレイヤーには恐らくIレイヤーと比べものにならない相手がいることは間違いない。
そんな相手を対処できるかどうかなんて、今のグループ状況を見れば答えは簡単。
ハッキリ言おう、それは『否』だ。
でも、今更どうにもならない。
もう後戻りはできない。
なぜなら、何が待ち受けていようが、僕たちは前に進むしか選択肢はないのだから。
「では、皆さん。自分の荷物を持つか、もしくは触れてください」
僕たち三人はゆっくり歩き、それぞれの鞄に手をかける。
そして誰一人として覚悟の「か」の字を持たないまま、マーガレットを見つめる。
「用意が出来ましたようなので、Gレイヤーへ転送を開始します」
その言葉を最後に僕たちの意識はその場から飛び去った。




