43.360°
――バンッ、バァーンッ!
夜明け前。
闇の中で響き渡る爆発音によって、心臓が跳ねるように大きく反応し、飛び起きた。
それはもちろん僕以外の二人も同じのようで、目を擦ることなく「何かの軍隊か!」と聞きたくなるほど、すぐに警戒態勢に入る。
数分後、爆発音は止んだ。
360°から火花が散っていたのを見る限り、360°=何か囲まれていたと考えるべきだろう。
「サラ、何か見えるか?」
「ううん、何も見えない。多分、地雷で死んだと思う」
「そうか」
確かに地雷の威力は相当なものだった。
十メートルも離れているのに軽く熱を感じたほどだ。
それにしても、地雷という名の目覚まし時計は心臓に悪いな。
もう一生、使いたくない目覚まし時計と言っても過言ではない。
まず地雷は目覚まし時計ではないが。
「リア、大丈夫か?」
「は、へ?」
「いや、なんか顔色が悪いと言うか……」
「な、何でもない。それよりお花摘みに行っていい?」
慌てた表情でそう聞いてくるリア。
お花摘み=トイレに行きたいということだよな。
でも、まだ夜明け前で暗い。
それに何かに襲われる可能性も高い。
「危ないからここでしたらどうだ?」
「は!? 何言ってるのよ! 無理! てか、変態!」
「まぁだよな。だが、危ないからサラに同行してもらってくれ」
「うーん……」
女同士とは言え、トイレ姿を見られるのは恥ずかしいのだろう。
眉間にしわを寄せている表情を見る限り、かなり悩んでいるようだ。
「こんな時間にお花摘み? 変なの」
「サラ、ちょっと来い」
サラはお花摘みを理解していないようで不思議そうにしている。
なので、呼び出し耳元でお花摘みの意味を説明した。
「そういうこと。リア、あたしも一緒にしてあげるから心配しないで」
「それはどういうことかしら?」
「暗く何も見えないと服に付きそうだから困ってるんでしょ? それなら心配しなくていい。私と見せ合いながら、服に付きそうだったら指摘しながらすればいいし」
サラの意味不明な発言に言葉を失う僕とリア。
リアに関しては大きく開いた目と口が塞がらないといった様子。
それに対して、サラは「おかしなこと言った?」みたい感じでこちらを見つめている。
「ゼロ、一人じゃダメ?」
「その気持ちは分かるがダメだ」
「えー、はぁ……どうにか説明するわ」
「まぁ頑張れ」
僕は苦笑しながら、丸まった力ないリアの背中とルンルンしているサラの背中を見届け、ゆっくりと寝転ぶのであった。
それにしても、星が綺麗だ。
恐らく地球の星空を表現しているのだろうが、地球の星空よりクオリティは高い。
近年の地球では星などほとんど見えなかったらしい。
電気という存在のせいで、世界中のほとんどの場所はずっと灯りで照らされていたみたいだからな。
まぁ僕は『外』に出たことがないので、本当にそうなのかは知らないが。
ネットにはそう書かれていた。
そんなことを考えながら星空を眺めていると少しずつ色が変わっていく。
懐かしの光景。
灯台からダイチとリアと見た絶景を思い出す。
あの時は上からだったが、今は完全に下からだ。
灯台から見た時は太陽が地平線から顔を出していたが、下からだとその太陽の姿はなく、ただゆっくりと周りの闇が照らされていく。
星は無言で消え、いや、消され、青空と雲がふわりと自然と現れる。
灯台から見た上からの景色を『絶景』と言うのなら、今寝転びながら下から見ているこの景色は『自然体』。
灯台の時のように美しいと思うことはなく、景色が変わることに何も感じないという不思議な感じ。
いつの間にか景色が変わっていたと言ったら、分かりやすいだろうか。
その景色に見惚れることなく、視線の先にある景色が黒から青へと変化しただけ。
例えるなら、夢を見ていて目が覚めても夢を見ているような、そんな感じ。
「景色とは面白いな」
ふとそんな言葉がもれる。
景色など僕には無縁の存在だった。
土、草、花、空、太陽、星。
地球上で生で見たことのあるものは一つもない。
全てネットで見て知っていただけ。
それで充分だと思っていた。
けど、そうじゃないとこのBNWに来て感じた。
生と写真は別物だと。真実と嘘ぐらい真逆のものだと。
「はぁ……疲れたぁ~」
「見せ合ったのか?」
「ば、バカ! してないわよ……ギリギリ」
おい、ギリギリって何だ、ギリギリって。
「リアってね……むぅむぅ~!」
「ちょっと黙ろうね、サラ」
満面の笑みのはずなのに、なぜかリアの笑みからは冷たさを感じる。
そしてそんな表情のままサラの口を両手で抑え込んでいる。
しかも、僕に聞こえないような小さな声でリアがサラにブツブツと何か言ってるぞ。
こっわ! リア、超怖いんですけど。
「サラ、何か言うことでもあったの?」
「ううん、ない。何もない」
「だよね」
僕には何があったかは分からないが、サラがリアに従っている。
さっきまでサラから感じていたルンルンはどこに行ったのやら。
急に真面目になって弱々しい声音で、リアに命令されたような言葉を吐いていた。
リアはその言葉に、先ほどと同じ恐ろしい笑みで言葉を返す。
そろそろ僕も会話に参加するか。
サラが可哀想だし。
「それよりサラ、地雷によって死んだ生き物は何なんだ?」
「毛皮の破片を見る限り、恐らくハイエナだと思う」
ハイエナ。サバンナに生息する生き物。別名――掃除人。
夜行性で自分たちで狩るのではなく、狩られた後の腐肉を漁ったり、獲物を横取りすることが多い生き物だ。
一般的にはズルい生き物や悪者というイメージを持たれている。
だが、それは逆に言えば賢い生き物という証拠でもある。
それより今回ハイエナが僕たちを襲おうとした理由は二つ。
一つはティラノサウルスの腐肉。
もう一つは僕たちを何かの生き物に狩られた死体と間違えたといった感じだろう。
「まぁハイエナも狙う相手が悪かったな」
「そうね。罠にハマったみたいなものだし」
リアの言う通りである。
こちらはただ危険を防ぐために、地雷を仕込んでいただけなんだが、いや、サラが勝手に仕込んだんだが、結果的にはそれがハイエナにとって罠となっていた。
先ほど言ったハイエナの習性からして、僕たちは最高の獲物。
狙わずにはいられなかったというか、狙って当たり前の獲物だったと言うべきか。
ハイエナが僕たちを見つけた瞬間、ハイエナは死ぬ運命だったのだろう。
「それより朝食にするか」
「うん」
「って、何食べるのよ?」
「「あ……」」
リアのため息交じりの言葉に僕とサラの声は重なる。
ハイエナでも食べようかと思っていたが、地雷の破壊力のせいで木端微塵だった。
てか、ハイエナを食べようと思っていたなんて、完全に僕の脳は狂い始めているな。
しかし、どうしたものか。
ティラノサウルスの肉もないし、草原の生き物はほとんど狩りつくしていない。
「草、食う?」
「僕たちは草食動物か!」
と、サラの言葉にツッコミながら、最終的にサラの『生成』を使い、パサパサのコッペパンと紙パックの牛乳を生成してもらった。
全く、「戦後の学校給食かよ」とまたまたツッコミたくなったが、食料があるだけマシだと思い、牛乳でパンを流し込みながら食べ切った。
⚀
何も起こることなく、残りイベント時間は一時間を切った。
現在、僕たちラックのランキングはイベントポイントが15660ポイントでトップ43位。
ハンスのグループ――サタンを倒したこともあり、かなり上位に入っている。
正直、このままの順位でも問題はない。
上位5%は確定しているし、グループ戦の勝利も決まっている。
後はイベントを無事に終えるのみ。
というわけで、僕たちラックは完全に逃げ切り体制に入っていた。
「水はまだあるか?」
「うん。まだ終わるまで時間あるし、全部飲まないでね」
「分かってるって」
僕はリアから水が入った水筒を貰い、二度ほど喉を動かして体内を潤す。
「リアは飲むか?」
「私はさっき飲んだからいいわ」
「サラは?」
「あたしは自分の水がある」
「そうだったな」
僕は水筒の蓋をしっかりと閉めてリアに渡す。
それにしても、草原のど真ん中ということもあって、日光が直後体に当たって暑い。
朝食後、まだ太陽の日差しが弱い時に影のある場所まで移動するか話し合ったが、結局ここに留まることになった。
理由として、見晴らしが良いので敵を見つけやすいというのが一つ。
それともう一つは体力の温存だ。
四日間という長い時間、緊張と恐怖を抱きながら、毎日のように狩りを行い、エリカがいない時は栄養の偏った食事をし、寝心地の悪い場所で寝るという生活してきた。
それは身体的にも精神的にもかなりダメージがあると言える。
特に精神面ではずっと仲の良かったカルロス、ダイチ、エリカという仲間を失ったことは計り知れないダメージを負ったことは間違いないだろう。
「お、羊が三匹いる」
「久しぶりに生き物を見たわね」
「本当にな」
リアとそんな会話をしながら羊を眺める。
気のせいか、羊もこちらを見ている気がする。
まぁこんな場所に座っていたら、羊だって気になるか。
「羊って見た目が暑苦しい」
「実際、羊は暑いと思ってると思うぞ。僕たちが薄着していてもこれだけ暑いんだし」
「来世があっても羊にはなりたくない」
「ないない。神がコケてもサラが羊のような草食動物になることはないと思うぞ」
「確かにね。どちらかというと、チーターとかそこらへんじゃない?」
「……」
僕とリアの言葉が気に入らなかったのか、無言で睨んでくるサラ。
こういう反応を見ると、一応サラも女の子なんだと思う。
やはり兎とか猫、犬のような可愛い生き物を言ってほしかったのだろうか?
「サラ、そう睨むなって」
「ただの例えなんだし、気にすることないわよ」
「そういうわけにはいかない。だって、あたしが来世になりたいのはクマムシだから」
「「……」」
サラの言葉を聞いた僕とリアは無言でアイコンタクトを使い「睨んでいた理由はそれかよ」と会話する。
もう出てくるのは『呆れる』の一言しかない。
一瞬でも、サラのことを一応女の子と思った僕が馬鹿みたいである。
サラがなりたいと言ったクマムシは地球上最強と言われた生き物。
極度の乾燥状態、151℃の高温から絶対零度の極低温、真空から七万五千気圧の高圧に耐えることが可能。加えて高線量の紫外線、X線、ガンマ線等の放射線にも耐えることが出来る。
つまり、サラは地球上最強の生き物になりたいということらしい。
まぁどこまでも強さを求めているというところはサラらしいと言える。
だが、流石にクマムシはない。
最強だけど、それは耐えることに関してだけ。
戦闘面は全くと言っていいだろう。まず微生物だし。
「ん?」
サラが急に目を細めて首を傾げる。
「どうした?」
「何かこっちに来てる」
「大きさや量は?」
僕の質問に少し黙り込み、草原を軽く一周見渡す。
そして手を使い、サラ独自の方法でサイズを測り始める。
「数はおよそ百五十ほど。それと完全に囲まれてる」
「マジかよ。それで大きさは?」
百五十なんて三人で相手できる数じゃない。
サイズ次第では終わりだ。
それにしても、見晴らしの良い草原のど真ん中なら敵が来ても大丈夫だと思っていたが、まさか囲まれるとはな。
流石にそれは予想外だった。
「大きさは人間ぐらい」
「なぁ、もうそれは人間じゃないか?」
「うん、人間」
って、人間かよ。
てか、百五十人もの人間たちが僕たちを囲みながら、近寄って来ているとか普通に考えてピンチじゃないか?
どう考えても、僕たちを殺しに来ているとしか思えない。
ランキング100位内だからグループ名と位置情報は把握されているしな。
「ゼロ、どうするの。もう逃げられないわよ」
「分かってる。でも、相手は人間だ。話し合いが出来る相手かもしれない」
リアにはそう言ったものの間違いなく、九割九分説得は不可能。
なぜなら、この時間帯に殺しに来ているということは、相手もそれなりにピンチ=下位1%圏内かそれに近いんだろう。
つまり、死ぬ覚悟で上位者を殺しに来ている。
恐らく他のランキング100位圏内のグループも、僕たちのように下位1%付近の奴らに囲まれているはずだ。
だって、最初からマーガレットによって、こうなるように仕組まれていたのだから。
――はぁ……やってくれたな、マーガレット。
ランキング100位圏内のグループ名、位置情報表示。
正直、最初は便利な機能だと思っていた。
上位グループのイベントポイントが分かれば、立ち回りがしやすいし、ランキング100位圏内の位置情報が分かれば、そこにはイベントポイントが高い生き物が多くいると分かるからな。
でも、それは特別が『人間』ということで、機能を一変させた。
そう、ただの獲物の位置情報が分かる機能へと変わったのだ。
そして最終日、ほとんどのグループが特別の存在に気付いた時。
ランキング100位圏内にいるグループは自然と下位グループのターゲットとなる。
それが今の現状でマーガレットが仕組んだ上位者への試練。
「どんどん近寄って来てる」
「サラ、残りの距離はどれぐらいだ?」
「五百メートルぐらい」
五百メートルということは、徒歩六分半と言ったところか。
現在の時刻は午前十一時三十六分。
時間次第ではこのまま逃げ切ろうと思ったが、もう攻撃を受けることは避けられそうにない。
「ゼロ! このままじゃ――」
「分かっている。だが……打開策などない」
僕のその言葉にリアが言葉を返すことはなかった。
そしてゆっくりと時は進み、敵も近寄ってくる。
一分、三分、五分……。
三百五十メートル、二百メートル、百メートル……。
タイムリミットは過ぎ、大量の足音は止まった。
僕たちを囲む人たちがこちらを鋭い目で見つめている。
「ゼロ様、お久しぶりです」
「お、お前は……」
目の前にいたのは髭の生えた男。
アルコールライフで、色々お世話になったあの男だ。
この男がいるということは、僕たちを狙ってきた理由も分かる。
「折角、また会えたのに残念です。ここでお別れになってしまうのは」
「やはり僕たちを殺しに来たのか……」
「ええ、ゼロ様には悪いですが、このBNWとはそういう世界なんです」
そういう世界、か。
強い者が上に上がり、弱い者が死ぬ。
弱肉強食の世界というやつだ。
この世はどこへ行ってもそればかりで、人間同士が共に生き抜くという選択肢を選ばない。
いや、今回の場合は選べなかったと言う方が正しいか。
「えっ……パン屋さん、粉物屋さん、それに他にもみんな……」
「悪いな、リアちゃん。これは仕方ないんだ」
「君には感謝してるよ。けど、生き残るにはこれしかないんだ!」
周りを囲んでいるのは、僕たちの街にいた店主やアルコールライフの人たちばかり。
つまり、僕たちの情報をたくさん持っている人たちの集まり。
ラックというグループ名を知っていたから、僕たちのいるこの場に来たのだろう。
それに髭の生えた男から僕がスキル『なし』&レベル0ということは聞いているはずだ。
「そ、そんな……。し、信じてたのに……」
やっと大人の人間を信じ始めていたリアにとっては悪夢の再来だろう。
リアは塞がらない口を開け、目頭から涙を流して膝から倒れ込んだ。
「そろそろ時間も時間ですね。ゼロ様、悪いですが死んでもらいます。てめぇーら、戦闘準備!」
髭の生えた男の声で、僕たちを囲む人たちが一斉に構える。
それと同時に下を向きながらサラが無言で一歩前に出る。
「……」
「お、おい、サラ!」
サラのやろうとしてることは分かっている。
だが、流石にこの数は無謀としか言いようがない。
「サラ、無理だ! こっちに――」
「ゼロ……動いたら死ぬから」
聞いたことのない声色でそう一言呟き、ゆっくりと顔を上げるサラ。
それを見た髭の生えた男がついに口を開ける。
「てめぇーらぁぁぁぁあ! 攻撃開始!」




