42.埋葬
空が茜色に染まり始める午後五時過ぎ。
僕たちは洞窟に戻ることなく、草原のど真ん中にいた。
今から帰っても恐らく到着が夜になるという理由と夕食にするティラノサウルスを運べないという理由からそういう決断に至ったのだ。
そんな僕たちはティラノサウルスを狩ってから、他の生き物を狩ることもせずにサラが生成した手のひらサイズのスコップでひたすら地面を掘っていた。
穴は四ヶ所。
人が二人か三人ほど入れる大きさに掘るのはかなり苦労した。
しかし、それは僕たちが望んでやったこと。
まずエリカの息子――アレックスの仲間であろう男性二人を埋める。
続けて、カルロスとダイチを二個目の穴に埋めて、手を合わせて軽く頭を下げた。
「もっと喋りたかったですよ……」
そんな一言を二人に告げ、目を真っ赤にして頬に涙を流すリア。
サラは何も言うことはなかったが、一輪の淡緑の花――アングレカムを添えた。
アングルカムの花言葉は『いつまでもあなたと一緒』。
僕はそんな二人を見ながらカルロスとダイチに土をかけていく。
足から胴体へ。
最後に傷一つない二人の顔を見ながら、僕はゆっくりと右手で二人の口角を上げて笑みを作ってあげた。
死人に死に顔なんて分からない。けど、ずっとここにいるのなら笑顔の方がいいだろう。
そんな笑顔を見届け、僕はその顔に土をかけて二人の姿を消した。
次はハンスとフォト。
この二人は僕だけが最後を見送ることにした。
理由として、リアとサラにとって二人がそこまで関係のない人物ということもあったが、一族の最後は一族である僕が見届けるべきだと思ったからだ。
フォトをまず穴に雑に掘り込み、ハンスの上がっている瞼を手で下ろしてフォトの上にハンスを置く。
行動から見て分かるように、僕はフォトをかなり恨んでいる。
はっきり言って、死体という姿すら消し去りたいほどに。
本当に面倒なことをしてくれたと思っている。これぐらいの扱いをされても仕方ないと思ってほしい。
それよりハンスだ。
表情はあの勝ち誇った表情のまま。
と言っても、ハンスの方はこの死に方に納得していないはずだ。
あの時、僕に殺される方がよっぽど気持ち良かっただろう。
でも、そうならなかったのはハンスの実力、ハンスが育てた優秀な仲間が救助してくれたおかげなので、そこは死んでも誇ってほしい。
この世界に来て初めて戦った一族。
思った以上に……
――楽しかった。
僕は頬を少し緩まし、鼻を鳴らして土をかける。
最後にその土の上を優しく撫で、その場を後にした。
「ゼロ終わった?」
「ああ、後はこの三人か」
目の前には三人の死体。
三人とも先ほどの死体とは違って血塗れ。
エリカとアレックスは心臓周辺。
ミレイは首周辺。
「私が入れるわ」
リアはそう一言告げる。
それを聞いた僕とサラは無言で一歩下がった。
まずはアレックスを右端に。
次にミレイを左端に。
そして最後、リアはエリカを軽く抱きしめ「ありがとう」と耳元で囁き、その二人の間に置いてあげる。
三人は家族。残念ながら父はいないが、この世界で三人が出会えただけでも奇跡だろう。
「同じ場所に入れて嬉しいかな?」
「そら嬉しいだろ。絶対に」
「うん、あたしもそう思う」
僕たちはそう言い合い、顔を合わせて笑みを浮かべる。
死人に感情などない。けど、三人はきっと喜んでいると思う。
これからもずっと三人でいれることを。
草原の土の中、このBNWの中だとしても、やはり家族で同じ墓に入りたいと思うはずだからな。
最後に僕たち三人は目を閉じ、手を合わせる。
草の騒めき、風の音しか聞こえないが、三人も静かに送り出される方がいいだろう。
その後は長く三人を見ることなく、僕たちはスコップで土をかけていく。
完全に見えなくなったことを確認して静かにその場を去った。
⚀
いつの間にか空の色は茜色から黒色に変わり、夜空には満天の星空が広がっている。
みんなを埋葬してから数時間、現在やっと夕食を迎えようとしていた。
ここまで時間がかかったのはティラノサウルスを解体する作業が大変だったからである。
硬い皮膚により中々ナイフが刺さらないし、刺さったところで魚のように綺麗な三枚おろしには出来ない。それに加えて、あのサイズだ。
本当にティラノサウルスとは食べるためにも、戦わなければならないという難敵だった。
そんなこんなで、何とか大量の身を取り出すことに成功。
いつも通り焚火をして骨付きのまま焼いていく。
「これ本当に大丈夫なのよね?」
「知らないって。まず恐竜を食べたことのある人類とかいないから」
「まぁだよね」
リアは若干、いや、かなり引き気味。
ティラノサウルスの身はしっかりしているものの、やはりティラノサウルスと思って食べるのには抵抗があるらしい。
と言っても、僕たちは鹿や兎、猪、熊と地球ではなかなか口にしないものを最近は食べてきていたと思うが、やはり地球上で存在を見たことがある生き物だったからあまり抵抗がなかったのだろうか。
他にも理由の一つとしてエリカの料理によって、気にならなかったというのもあると思うが。
まぁエリカがいたとしてもティラノサウルスをどう調理したものか……。
案外、気になるがもうそんなことは実現しないので忘れることにする。
「絶対に美味しい。だって、『食え』って言ってたもん」
「誰がだ?」
「この生き物」
「サラは恐竜と会話できるのかよ、何者だよ!」
「ん? 目を見れば通じ合える」
「初対面の生き物と以心伝心って、滅茶苦茶だな」
そんなことを苦笑しながら僕は言う。
すると、リアも思わずその会話に笑みを浮かべていた。
正直、カルロスたちが死んでからずっとリアが心配だった。
それはカルロスたちの死によって、酷く落ち込んでしまうのではないかと思っていたからだ。
でも、今の表情を見る限り、意外と大丈夫みたいで安心した。
もちろん演技の可能性もあるが、イベント中はこのまま元気でいて欲しいものだな。
「これ……もういけそうだけど、まず誰から――」
「はい!」
リアの問いに被せるように返事し、すぐさまリアの手元にあるこんがり焼けた骨付き肉をサラが奪い取る。
そして「野生の生き物ですか?」と聞きたくなるほど、素早く豪快に口に入れて歯で肉を引きちぎる。
「美味しい!」
「えっ、本当に?」
「うん!」
「じゃ、じゃあ、先にいただくわね、ゼロ」
「あ、うん」
そう言い、まだ少し信用してないのか、小さく口を開いて小動物のように肉をかじるリア。
何も言わないまま、一回、また一回と口の中で噛み続け、喉を上下に動かした。
すると、次は大きく口を開いて肉にかぶりつく。
一口目から終始無言のままリアの手にあった骨付き肉はいつの間にか骨だけになっていた。
まさか感想も言わずに綺麗に完食してしまうとは驚きだ。
「リア、これいける?」
「うん、これもいけるわね」
二人は焼けたであろう骨付き肉をまた手に取り、食べ始める。
「ちょ、ま、待てって!」
「……ん?」
リアがもぐもぐと口を動かしながらこちらを睨んでくる。
何でだよ、僕が何かしたっていうのか?
「一つ聞きたいんだが……」
「……」
食べることを止めることなく無言で頷くリア。
「僕の分はくれないのか?」
「ん」
「はぁ? 何でだよ?」
僕の質問攻めに少しイラつきながらもリアは一度口を止めて口を開く。
「美味しいから。間違いなく肉の王様と言えるレベルで」
「ま、マジか。だから、二人で独占しようとしたのか!」
「うん、そういうこと」
僕に食べさせてあげないという悪気はないのか、ずっと真顔でそんなことを言うリア。
それにしても、リアがここまで言うとは驚きだ。
忘れてないと思うが、リアは地球上ではカジノのオーナーの娘。
それなりの富裕層だ。
ということは、かなりの美食を毎日のように食べていたはず。
そんなリアがここまで言うのだから、ティラノサウルスの肉の美味さは相当なものなのだろう。
「僕もいただくよ」
二人は肉を口の中いっぱいに入れているのか、頬を大きく膨らませたまま首を大きく左右に振って、僕のその言葉を必死に否定する。
如何にも焼けている骨付き肉に手を伸ばそうとしたら、サラに睨まれながら叩かれた。
「おい、僕を餓死させる気か?」
大きく頷く二人。何というやつらだ。
「あ、ティラノサウルス!」
僕は二人の後ろを指差し、そんなデマカセを言う。
二人は獲物が来たと言わんばかりの速さで振り向き、辺りを隈なく見渡す。
その間に僕は音を立てずに骨付き肉をゲット。
「いただきまーす!」
その言葉に振り返る二人。
完全に「やられた」といった表情で、肉目掛けて手を伸ばしてくるがもう遅い。
僕は骨付き肉にかぶりつく。
――な、何だこれは……。
今まで食べてきた肉とは全く違う味。
脂の乗り方も尋常じゃない。
だというのに、サッパリしていてすぐに喉を通る。
加えてパサつきは一切なく、大きいこともあり噛み応えも抜群。
鼻を通る香ばしい匂いも、一種のスパイスになっていて肉の味を数段階あげている。
これは食事をこの世界で始めた僕でも分かる。
間違いなく美味い。超絶美味い。
恐らく料理するには脂の量が多すぎるので、この骨付きの丸焼きがベストの味なんだろう。
「これは平等に食べよう。死人が出る」
僕はペロッと一つ食べ終わり、二人にそう告げる。
その言葉の意味をすぐに理解したのか、二人は二度縦に首を振った。
ティラノサウルスの肉はかなりあったが、僕たち三人が無言で食べ続けるとあっという間になくなった。
本当に「恐ろしく美味い」という言葉良く似合う肉である。
⚀
ティラノサウルスを完食した後、僕たちは口の中に残る旨味に浸っていた。
時刻は午後十時過ぎ。
辺りは真っ暗で焚火の炎と星空だけがこの場を照らしていた。
「眠たい」
「私も」
サラの言葉にすぐさま軽く返事をするリア。
草原の柔らかい感触と星空の美しさ、そして満腹感が相俟って眠気が襲ってきたのだろう。
しかし、こんな草原のど真ん中で寝るのは危ない気がする。
「ここで寝るのは危なくないか?」
「そんなこと言ったってどこで寝るのよ」
リアの言う通りである。
草原のど真ん中で何もないのだから寝る場所はここしかない。
つまり、選択肢は二つ。
危険かもしれないがここで寝るか。
それとも寝ないか。
残りイベント時間は約十二時間=半日。
ハンスとのグループ戦にも一応勝利したし、何もなければ危険を回避するために寝ないという選択肢も一理ある。
いや、何かあった場合、寝ていないと間違いなく動けないはずだ。
僕も今日の戦いでかなり体力を奪われているからな。
「ゼロ。危険が無くなれば寝れる?」
「あ、うん。そうだな」
「じゃあ、ちょっと待って」
サラが何かを生成して、僕たちの寝る場所から半径十メートルぐらいの位置にそれを埋めていく。
それにしても、種を植えるような感じで360°丁寧に埋めて続けているが、一体何を埋めているのだろうか?
「リア、何だと思う?」
「さっきの餌?」
「ないない。C-4爆弾はボタンを使って爆発させるものだからな」
そんな会話をしていると、腰をポンポンと軽く叩きながらこちらに戻ってくるサラ。
「お疲れ。で、何してたんだ?」
「地雷を埋めてた。踏んだ生き物は死んで、あたしたちはその音で起きて戦闘態勢に入れて一石二鳥」
サラは「イェーイ」と棒読みで言いながら両手でピースしてくる。
ピースは平和って意味なのに、全く平和じゃないな。
まぁでも、確かにこれなら寝れそうだ。
「リア、寝るか」
「うん、寝ましょうか」
「ん?」
僕たちが「流石、サラだ」と呆れた表情でそう言うと、サラは不思議そうに首を傾げる。
でも、僕たちが寝る態勢に入ると、サラも同じように草原に寝転がった。
そしてそのまま秒で、サラは寝息を立てるのであった。




