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40.僕VSハンス

 言葉を言い終えると同時に先に動いたのは僕。

 僕は手に持っていたフラッシュバンを後方=リアとサラに向かって投げる。


「ちょ、何してるの……」


 リアが慌てるような声でそう言ったが、予想していた反応なのでこれでいい。

 サラの方も確か強い光は得意ではない目をしているので、リアと同じ、それ以上の効果があるだろう。


 それよりそのフラッシュバンを合図に、僕は三十メートル先にいるハンスに向かって走り出す。

 今回のハンスとの戦いでは勝つことは当然だが、とにかく戦い方が重要となる。

 そういうわけで、今回の作戦は『速攻瞬殺』。

 つまり、時間をかけずに勝つこと。


 ――十秒で終わらす……。


「グハハッ! そんな簡単に近距離戦に持ってこれると思うなよ!」


 ハンスの言葉を聞く限り、近距離戦で戦うつもりはないらしい。

 僕がナイフで戦うことを読まれているのか?

 もしくは、ハンスが遠距離戦を得意としているのか?

 どちらにしろ、こちらだって遠距離戦では攻撃できないので、近距離戦に無理矢理でも持って行くつもりだ。


 そう思っていると、いきなり地面が揺れ、左右の地面の一部が長方形の形に浮き上がり、こちらに向かってくる。

 間違いなく、これがハンスのスキルだろう。

 あくまでも想像だが、これを見て言えることは、ハンスのスキルは『地面操作』といった感じだと思う。


「だが、遅い」

「なっ!?」

「ちゃんと僕を見ていたのかい?」

「チッ!」


 僕とハンスの距離は一メートルほど。

 あまりにも一瞬の出来事で驚きを隠せないハンス。

 その表情は、まるで「瞬間移動でもしたのか?」と問いているかのよう。

 だが、違う。

 これは僕のスピード。

 いや、違う。人間の出せる八割のスピードと言う方が正しいか。

 今、僕が三十メートルの距離にかかった移動時間は約2.5秒ほど。


「終わりだ、ハンス」


 僕は常備していたナイフを二本手に取り、ハンスの首を目掛けて刃を振るう。

 だが、ハンスは一歩下がり、僕とハンスの間に地面で土の壁を作って何とか回避。


 流石にそう簡単には殺させてくれないか。


「ミレイ、透明付与!」

「はい、ハンス様」


 壁の向こうからハンスの指示が聞こえる。

 僕は一度下がり、姿勢を下げながら走って壁の向こうへ。

 だが、ハンスの姿はない。


 僕の聞き間違いでなければ、ハンスは先ほど『透明付与』という言葉を使った。

 恐らく、いや、間違いなく、それが『透明化』の正体。

 ミレイのスキルは『透明付与』。

 スキル名通り人間を透明にすることが出来るのだろう。


「逃げたか?」


 逃げていないことを承知の上で軽くハンスを煽る。

 煽りの効果もあってか、すぐに返事は返って来た。


「そんなわけあるか、バーカ!」


 どこからかそんな声が聞こえ、僕の周り半径十メートルに大きな土の壁が現れる。

 その高さは僕の身長から考えるに、五メートルはあると思う。

 逃げられないようにするための対策&行動範囲を狭める意図がある考えていいだろう。

 だがしかし、これは僕に大きなデメリットがある一方で、ちゃんとメリットも存在する。

 そう、リアとサラがフラッシュバンの効果が切れた場合も戦闘を見られないというメリットだ。


 それはいいとして、透明付与というスキルはかなり厄介である。

 これでは長期戦になることは確定したようなもの。


「おいおい、どうした? ゼェ~ロ! かかってこいよ!」


 余裕を感じさせる声で、僕を挑発してくるハンス。

 先ほどの煽りのやり返しといったところだろうか。

 それに加えて、ハンスの地面操作によって、作り出された長方形の土の塊がこちらにブンブン飛んでくる。

 僕はそれを何とか移動のスピードに緩急を付けながら避けているが、これでは体力が尽きるのも時間の問題だ。


 ハンスの地面操作には制限がないのか、無限に長方形の土の塊が飛んでくる上に、土の塊を作ることによって、地面には穴という穴が無数に出来始めている。

 大きな土の壁によって、行動範囲を狭められているというのに、穴が出来ることによって更に行動範囲が狭まっていく。


「ゼロ、これがスキルというものだ。まぁスキル『なし』には分からない世界だろうがな! グハハッ!」

「た、確かにそうだな。攻撃系のスキルが如何に厄介か、身をもって感じているよ」


 本当に改めて感じたよ。

 この世界でスキルがどれだけ重要なものなのかということを。

 だが、まだ負けたわけではない。

 透明化がなくなれば、こちらのペースになることは間違いない。

 それにもうそろそろだ。

 透明付与のスキルの持続時間は約三十秒。

 これは初めて会った時、ハンスが透明化していた時間だ。

 後、六秒。


「頭の中は読めてるぜ、ゼロォ! お前に六秒後なんかねぇーよ!」

「……」


 そんな言葉を聞いて、やっと今の状況を理解する。

 僕は長方形の土の塊を避けること、穴の開いた地面に落ちないこと。

 その二つだけを考えて行動してきた。

 だが、ハンスにとってその二つはただの攻撃ではなかった。

 つまりどういうことか。

 それは二つの攻撃が、僕を『この場』に追い込み、確実に攻撃を当てるための誘導攻撃だったということだ。


 後ろはあの大きな壁。左右、そして前方の地面には大きな穴。

 加えて上、左右、斜めから長方形の土の塊。

 もう逃げ場はない。


「終わりだ、ゼロ」


 ハンスの声と共に長方形の土の塊が僕に向かって来る。

 これは避けようがない。


 ――はぁ……集中しろ、僕。


 一度、目を閉じて大きく深呼吸をする。

 風の音、草の匂い、ああ、いつもの草原の感覚。

 だが、一つだけ感じられないものがある。


 それは……「肌に触れる風」。

 これが何を表しているのか。

 答えは簡単、目の前にハンスがいるということ。

 長方形の土の塊の攻撃を前方のみしなかったのは、前方からハンス自身が攻撃するため。

 

 ――つまり、ここまでがハンスのシナリオというわけだ。


 大きな壁も、大きな穴も、長方形の土の塊も全てフェイク。

 本命は真正面からのハンス自身の攻撃。


 そう判断した瞬間、僕は瞼をパッと開ける。

 もちろん目の前にハンスの姿はない。だが、いる。


 ――スッ!


 人工的に生み出された風を感じる。

 風の強さから細い何かがその不自然な風を作ったと予測。

 その予測が脳裏に過った瞬間、同時に錆色の刀も脳裏に浮かび上がる。

 結果、僕は気付いたのだ。アレは土で出来た刀だったのだと。

 そしてそれが僕に……今向かって来ているということを。


 僕は何も見えないが、予測と肌で感じる風だけで、刀が顔に当たると思われるタイミングで首を横に曲げる。

 すると、後ろの壁に何かが刺さった音がした。

 予想は的中したようだ。


「な、なんだと……クッソがぁぁぁぁぁあ!」


 その刀が壁に刺さった瞬間、透明付与の持続時間を迎え、ハンスの姿が露になる。

 距離にして三十センチメートル。

 ハンスの悔しそうに睨みつける目と僕の目が合う。

 その一瞬、体に電気が走り、気付けばハンスはぶっ飛び、壁に背中を強打していた。


「悪い、集中しすぎて……殴った記憶ないわ」


 僕は瞬きすることなく、地面に開いた穴を避けながらゆっくりとハンスに近づいていく。

 その一方でハンスは、口から血を流し、頭をブルブルと犬のように振っていた。

 脳震盪でも起こったのだろう。

 意識があるだけ凄いと褒めてやる。


「すぐに殺してやる」

「グハハッ……アレを使ったのか?」

「いいや、僕は人間が使える限界の能力しか出していない」

「なぜ、使わない?」

「使わないんじゃない。まだ使えないんだ」

「どういう意味だ? オレが弱すぎるからか?」

「違う。理由は簡単、アレを使えばこのIレイヤーが消え去るからだ」


 アレとは一族だけが知る僕のスキルというべきか。

 いや、似ているが違うな。

 まぁそれは使う時が来れば使う予定だ。

 と言っても、近いうちに使わざるを得ない状況が訪れることは違いないだろう。

 この世界には『スキル』というものが存在するからな。


「ふざけてやがるぜ、本当に。よし、分かったよ。オレのま――」

「フラッシュ!」


 男の声、いや、フォトのそんな声と同時に視界が真っ白になる。

 フォトの行動、それとフラッシュバンではないことから恐らくカメラのフラッシュと考えるべきか。


 目を開けると、そこに座り込んでいたハンスの姿がない。


「逃げられたか?」


 まぁそれはないか。

 逃げるなら、この大きな壁を壊すはずだからな。

 間違いなく、まだこの壁の中にあの三人はいる。

 一対一の勝負かと思っていたが、まさか一対三とは。

 卑怯な真似を。

 でも、仕方ないか。

 あそこでハンスが僕に殺されていれば、彼と彼女は死んでいたことになるからな。


 僕はとにかく一度、態勢を整える。

 ゆっくりと回りを見渡し、三人を探す。

 だが、どこにも三人の姿がない。

 仲間と自分を透明にするミレイの『透明付与』というスキルは思った以上だ。

 三十秒とは言え、アレほど反則級のスキルだというのに、スキルのクールタイムがここまで短いとは本当に厄介と言える。

 そして滅茶苦茶のスキルとしか言いようがない。


 と言っても、攻撃してくるのはあのボロボロのハンス一人。

 二人が戦闘を行えるとは思えないからな。

 実際、先ほどの戦いでは援護は一切なかった。

 しかし、油断は出来ない。

 ハンスも最後の力を振り絞ってくるはずだし、加えて何か隠し玉を持っていてもおかしくない。

 地面操作というスキルには無限大の使い道があるはずだからな。


「チッ、きたか……」


 ハンスはもう回復したようだ。

 目の前に何十本もの長方形の土の塊が宙に浮かび、こちらに狙いを定めている。

 そして一斉に僕目掛けて飛んでくる。


 僕は一本目をナイフで受け流し、そのままその上へ。

 続けて飛んでくる土の塊も飛んで避けて、飛び移り、その攻撃を空中で凌ぐ。

 はっきり言って、地上で戦うのはもう不可能に近い。

 地面は穴だらけ。どこを見ても、底の見えない真っ暗な世界が広がっている。


「やっぱり面白いな、本気で行くぞ! ゼロォォォ!」


 そんな雄叫びを合図に地面が次々と浮き上がってくる。

 横ではなく、下からの攻撃。

 正直、これに関しては怖くない。

 そう思った直後、壁から土の塊が伸びてくる。

 僕は即座にその土の塊を飛んで避け、乗り移る。


「ハンス、遅すぎてアスレチックで遊んでいる気分だ」

「そうかよ」


 また不自然な風の感覚。

 先ほど同様に避けると、僕の乗っていた土の塊が折れた。


「本当にバケモノかよ。でも、これをどこまで避け続けられるかな?」


 全く、透明状態で連続攻撃とは滅茶苦茶だ。

 先ほどは一発だったから何とか避けられたものの。

 こうなると、簡単には避けられない。

 だが、当然だがそんな攻撃に当たるわけにはいかない。

 土の塊を折るほどのパワーだ。

 当たれば、骨が逝かれる。


「鬼ごっこは鬼役が好きなんだがな」


 僕はとにかく逃げることに専念することに。

 透明化が解除され、次のミレイが使うスキル『透明付与』のクールタイムに勝負を仕掛けるしか今はハンスに攻撃を当てる方法はない。


 僕は壁を軽く使い、土の塊に乗り移りながらハンスから距離を取る。

 と言っても、ハンスの居場所は分からないのだが、法則性のない行動をされれば、ハンスもそう簡単に僕に攻撃を当てるのは難しいはずだ。


 それにしても、本当に鬼ごっこのような追いかけ合いでは、逃げる側の時間経過感覚は遅く感じるな。

 だが、追いかけている側は時間経過感覚を早く感じているに違いない。

 そう考えると、ハンスは焦りだし、何か僕の動きを止める策を打ってくるはずだ。


「って、まだ十秒もあるって言うのに……」


 予想する前に策は完全に打たれてしまった。

 土の塊が溶け、足場が無くなる。

 僕は空中に浮き、身動きが取れない状態。

 しかし、よく考えたものだ。

 空中では鳥という生き物以外はどうすることも出来ないからな。


「終わりだぁぁぁあ! ゼロッ!」


 長方形の土の塊が一本だけ飛んでくる。


 ――これは避けられない。


 「バンッ」という音と衝撃と共に僕は土の塊に押されるように空中を移動し、壁に勢い良く叩きつけられる。

 そして土の塊は溶けるように消え、僕の体は地面に向かって急降下。

 穴はなかったが、かなりの高さから地面に落ちたので、それなりのダメージを負った。


「ゼロ、オレの勝ちだ!」


 穴の開いた地面に地面を作りながら、ゆっくりと歩いてくるハンス。

 その右手にはあの錆色の刀が握られている。

 距離が一メートルほどになり、ハンスは足を止めて、先ほどとは逆で座り込む僕を上から見下ろす。


「刀で首を切ってやる。痛みはない。心配するな」

「それはお優しいことで」


 苦笑しながら、そう返答する僕。

 先ほどのハンスの攻撃、意識や命に直面する臓器を無傷にすることは成功したが、その代わりに左手は完全に折れてしまった。

 壁に挟まれた時のクッションと地面に落ちた時のクッションにしたからな。

 左手には悪いがこのままブラブラしてもらうしかない。


 それにしても、ここまでの痛みは久しぶりである。

 昔から痛覚だけはおかしくなるほど、いじめられていたからな。

 そのおかげか、今となっては骨折程度では痛覚があまり反応してくれない。

 悲しいことなのか、ありがたいことなのか。

 まぁどうでもいいか。


 過去の記憶に浸っていると、僕を見下げるハンスが口を開く。


「死ぬ覚悟は出来たか?」

「ああ、出来たよ……『殺す』覚悟が――」


 僕は目を見開き、右手に持っていたナイフを前方に投げる。


「残念、外れだ。オレの顔を狙ったつもりだろうが――」


 ――バッタンッ!


 ハンスは勝ち誇った表情のまま、体から何かが抜けたように横に大きな音を立ててぶっ倒れる。


「誰がハンスの顔を狙った? 僕が狙ったのはハンスの後ろにいたであろう……『ミレイ』だ」


 なぜ「ハンスの後ろにいたで『あろう』」なのか?

 それは彼女――ミレイのスキル『透明付与』のクールタイムはないからだ。

 実際、ミレイを見たのはあのハンスの血を拭いた時だけ。

 ハンスに『透明付与』をしていたのにも関わらず、戦闘中は一切見ていない。

 だから、僕はクールタイムはなく、このスキルにはそれ以外で何か代償があると考えた。


 正直、今回の戦いで厄介だったのはハンスではなく、ミレイという存在。

 ずっとどうやってミレイの透明付与を無効にするか考えていた。

 そして出た答えは……「ない」だ。

 つまり、僕に与えられた選択肢は、透明状態であるハンスのグループメンバーを殺すこと。

 もちろん僕は透明状態でも攻撃が当たることは、透明状態だったハンスに最初に会った時に攻撃されたので可能だと理解していた。

 だが、問題は透明状態の敵にどうやって攻撃を当てるかということだ。


 ハンスの場合、運良く攻撃が当たりそうになっても、土の塊によって防がれるだろう。

 だから、すぐにハンスは攻撃対象から消した。


 じゃあ、残っているのはフォトとミレイ。

 フォトはフラッシュを使うという行動を見て、色々と頭のキレる奴だと判断した。

 だから、攻撃する相手にするのは止めた。


 というわけで、残っているのはミレイのみ。

 正直、透明状態で攻撃を当てるのは不可能に近い。

 だがしかし、ミレイの真面目さやハンスの命令を忠実に聞く行動を見て、ある賭けに出ることにした。

 と言っても、血を拭いた時に戻るが、あの時ミレイは定位置だと思われる場所に戻った。


 もう僕がどういう賭けに出たか分かるだろ?

 そう、透明状態で何も見えないミレイに対し、ミレイが定位置だと思われる場所にいることを予想して、ミレイの首目掛けてナイフを投げたのだ。

 結果、それは命中。

 ミレイは死んでルール上、ハンスとフォトも死んだというわけである。


「はぁ……疲れたぁ~」


 久しぶりの本格的な戦闘は流石の僕でも疲れた。

 それに先ほども言ったが、痛みは大したことないが左手は完全に折れている。

 戦闘において怪我は付きものなんだが、骨折とは派手にやらかしたものだ。


 それよりも完治するかが心配である。

 このまま使い物にならなくなったら、シャレにならないからな。

 リアの回復スキルで完治することを願うしかないが、まぁ大丈夫だろう。


 ハンスの死により地面の穴は埋まり、大きな壁も溶けるように消え、僕の肌に心地良い風が当たる。

 それにしても、アレだけぐちゃぐちゃだった地面が嘘のように綺麗に整っているのを見ると、先ほどの戦いが夢だったように感じるな。


 ――それより早くこの手を治してもらうか。

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