39.間接対決から直接対決へ
「お、おい……どうなってるんだよ」
目の前の光景に沈黙が続いていた中、最初に声を出したのはダイチだった。
だが、その他は塞がらない口を開け、ただその光景を見つめるだけ。
僕たちは錆色の刀がエリカの心臓に貫通し、そこから少しずつ血が流れ出ている光景を見ていることしか出来なかった。
その一方で、エリカと同じく心臓を貫かれたエリカの息子であるアレックスが重たそうな口を開ける。
「み、ミレイ!? 何で家族であるお前がこんなことを……」
「ハンス様のご命令です」
「か、完全に洗脳されちまってるようだなぁ……」
淡々と答える少女にアレックスは苦笑交じりに弱々しくそう呟く。
まさかハンスのグループメンバーの少女がアレックスの家族だったとはな。
つまり、エリカの娘ということになる。
こんな形でエリカの家族が再会するとは……残酷だ。
加えて家族が家族の心臓を刀で貫くなんて……。
地獄絵図以外の言葉が出てこない。
アレックスは悲しそうなため息をつき、ミレイという少女から視線をハンスに変え、睨みながら話しかける。
「それよりハンスッ! 話が違うぞぉ!」
「何を言っているのか分からないな。オレはお前を解放しただけだぞ?」
「それより何故、この場所が分かったっ!」
「ランキング100位内なんだから分かって当然だろ?」
よく分からないが軽く話を聞く限り、アレックスはハンスに捕まっていたらしい。
それよりどういうことだ。
ハンス、いや、ハンスのグループの奴らが急に目の前に現れやがった。
一度、対面してハンスのスキルは『透明』と予想していたが、今のを見て言えることはハンスのスキルは『透明』ではないということ。
もっと厄介なスキルに違いない。
それに加えて、もう一つ言うなら三人が急に現れたということは、先ほどのスキルがハンスのものだと言う証拠も無くなった。
「チッ……」
「それに昨日オレは言ったよな? 『お前はもういらない』と」
「クソがッ! そういう意味だったのかよ!」
「ああ、もうお前と話すことはない。少し黙ってろ」
ハンスはアレックスにそう言い、錆色のナイフを首に突き刺した。
「ハンス様。血をお拭きします」
「そうしてくれ、ミレイ」
ハンスのグループメンバーであるミレイが布で、ハンスに付いた血を綺麗に拭く。
そして拭き終わると、頭を下げて定位置だと思われるハンスの斜め後ろに戻った。
「挨拶が遅れて悪かったな、ゼロ」
「ハンス、これはどういうことだ」
僕たちの会話にみんなが注目する。
「いや~、直接殺し合おうかと思ってな! わざわざ会いに来てやったよ!」
「は? お前、何言ってんだ? 殺し合いなんかしたら、間違いなく死刑になるぞ!」
「あー、もしかしてまだ知らないのか?」
「な、何のことだ」
僕は眉間にしわを寄せ、いつもより低い声でをそう返す。
すると、ハンスは口角を最大まで引き上げ、虫唾が走るような笑みでこう言った。
「イベントの『特別』は人間なんだぜ?」
――パンッ!
言葉に続けてハンスが何かを指示するように指を鳴らす。
その音はこんな広々とした草原だというのに、響き渡り、謎の寒気が僕たちの体を襲う。
僕たちは自然と警戒態勢に入る。
だが、何も起こらない。
いや、違う。何もしてこない。
どういうことだ、今のは一体……
――バンッ……バッ、バンッ!
「か、カルロスさん!? えっ、ダイチさんもどうなっているの!?」
急いでリアが駆け寄るが反応はない。
熱中症? いや、そんなわけがない。
見ている限り、二人の水分補給は充分だったと言える。
そうなると、やはりハンスが何かをしたのだろう。
「お前、何をした?」
「見て分からないのか? この女を殺した。ただそれだけだ」
「……そういうこと、か」
ハンスに言われてやっと気付いたが、視線の先にはエリカとアレックスが抱き合うように倒れ込んでいた。
錆色の刀はもう無く、ダムが崩壊したように血が砂を赤色に染めていく。
そしてこれがカルロスとダイチが倒れた正体。
つまり、エリカが『死んだ』ってことだ。
「リア、もう二人は死んでいる」
「そ、そんなっ……」
「死んでしまったらリアのスキルも無価値だ。今は戦闘態勢に入れ」
僕の言葉にリアは目を大きく開き、無言で目を逸らして指示に従った。
はっきり言って、酷いことを言っているのは分かっている。
今まで一緒にやってきた三人をあっさりと見捨てるようなことを言っているのだから。
だがしかし、もう三人を生き返らせる方法などないのだから、仕方ないとしか言いようがない。
今はとにかく僕たちの命を優先すべきだ。
「おい、ハンス。何でエリカを殺した」
「ん? この女のことか? 別に理由なんかねーよ」
「じゃあ、つまり今のはただの狩りってことか?」
「それは違うな。この女とアレックスが不必要になったから殺しただけだ」
「それはどういうことだ?」
「まぁ簡単に言えば、こいつらはゼロに会うためのナビみたいなものだったんだよ、グハハッ!」
ナビ……それだけのために二人を使い、不必要になったから殺したのか。
殺す必要などなかったと思うが、ハンスからすれば戦いの場に僕以外の存在は邪魔でしかなかったのだろう。
それよりも人間をナビ扱いするには、それなりの情報がないと不可能だ。
恐らくだが、ハンスはアレックスが母であるエリカに会うことを知っていた、もしくは予想していたに違いない。
だから、ランキング100位内のグループに所属するアレックスの位置情報を追ってきたんだろう。
加えて言うなら、僕たちがエリカと行動していたことはバレていたというわけだ。
Iレイヤー最強と自称するだけはあって、情報量と行動力は他の奴らとは一つレベルが違うな。
「えっ……フォトさん?」
急に目を丸くして、リアがそう呟く。
視線の先にはハンスのグループメンバーがいた。
リアはハンスのグループメンバーと知り合いなのだろうか?
「おいおい、フォト。知り合いか?」
「はい、ハンス殿。ゼロ教を広めるように言ってきた女です」
「あー、こいつがか」
目を細めて、観察するようにリアを見つめるハンス。
だが、リアはそんなハンスの鋭い視線を気にもしていない。
というか、もっと違うことを気にしているというか。
そんな風に思いながら、リアを見つめていると拳を強く握り、口を開く。
「まさかフォトさんが敵になるとは思っていませんでした」
「気付くのが遅いんですよ。バカ女が」
「敵のくせに何故ゼロ教を広めることを手伝ったんですか?」
「それはハンス殿の命令です。実際その結果、ハンス殿とゼロは面会し、グループ戦をすることになったのですから」
「……」
バカにするような笑みを浮かべるフォトに対して、自分が如何にバカだったのか、人を利用したつもりが自分が利用されていたことに気付き、リアは頭を抱えて悔しそうに歯を食いしばる。
それにしても、あの時にハンスとミレイという女しかいないと思っていたら、三人目はこいつだったのか。
正直、今まで完全に忘れていたが、このフォトという男を僕も知っている。
あの100万ポイントがプレゼントされた通知の写真を見せてくれた男。
確かスキルは『撮影』だったな。
恐らく情報収集役としてハンスとは別行動していたに違いない。
そしてこいつのせいで、僕はハンスに、いや、一族に存在が見つかったということか。
面倒なことをしてくれたものだ。
「はぁ……雑談は終わったか、フォト」
「はい、ハンス殿」
フォトの言葉を聞き終わり、ハンスはこちらに視線を向けて笑みを浮かべる。
それは不気味で「そろそろ殺していいか?」と言っているよな感じだ。
「それにしても、急に直接対決を挑んで来るとは思ってなかったよ」
こちらから攻撃を仕掛けるつもりは一切ないので、僕は少しでも情報を得るためにハンスに話しかける。
正直、今回のグループ戦は完全に間接対決になると八割決めつけていたからな。
不意打ちの直接対決となればこちらがかなり不利だ。
それに相手は勝算なしに、間接対決から直接対決という大きな作戦変更を行うわけがないことは分かっている。
ハンスは一族のランキングでは136位と下の中ぐらいではあるが、一族に変わりはない。
それなりの知能があることは間違いないだろう。
「オレもそのつもりはなかったんだがな。面白い情報を手に入れてよ」
「それは?」
「ゼロがスキル『なし』という情報をな! グハハッ!」
なるほど。そういうことなら、ハンスが作戦を変更した理由も納得できる。
それと『特別』が人間だったという点も作戦を変更した理由の一つだろう。
それより恐らくスキル『なし』の情報源はフォトというハンスのグループメンバー……いや、待てよ。
もし、そうだった場合、最初からグループ戦は直接対決だったはず。
なぜなら、その情報は髭の生えた男と会話した時にしか、フォトが聞く機会がなかったからだ。
つまり、あの時点では知られていなかった。
そう考えると、僕を調べていた存在がいて、このイベント中にそいつから聞き出したと考える方が可能性的には高いと言える。
まぁ何にしろバレてしまったことに変わりはない。
それに問題視することでもないのでどうでもいい。
しかし、なめられたものだな、僕も。
スキル『なし』では、手も足も出ないとでも思われているのだろうか。
「クソッ……」
とにかく今は演技でもしておこう。
リアとサラに何かを悟られると面倒だからな。
熊と戦った時は、恐らくサラという存在によって、熊を殺すことが別に難しくないという考えになっていたから、何も怪しまれなかったのだろう。
けど、今はそんな錯覚を起こさせることは不可能。
ハンスと普通に戦えば、必ず何か怪しまれることは間違いない。
「ゼロ、今の気持ちはどうだ?」
「最悪だね。まさかこんなことになるとは予想してなかったよ」
「だろ? オレもだ! グハハッ!」
ハンスの様子を見る限り、余裕といったところか。
まぁそれもそうだろう。
僕のスキルが『なし』と知り、自分はIレイヤーの中で最強なんだ。
自信は当たり前だがあると思うし、逆にこの状況で腰が引けてたら不自然としか言いようがない。
まぁ堂々としているがな。
そんなことを考えながらハンスを見ていると、リアが耳元で囁いてきた。
「ねぇ、どうするのよ?」
「どうしようもないだろ?」
「ちょ、どうにかしてよ。やっぱりここはサラに任せる?」
「任せると言っても、相手はIレイヤー最強。サラの戦闘能力だけで勝てるとは思えない」
「でも、他に方法はないわよ? こんな草原で逃げることなんか不可能だし」
リアの言う通りそうなんだよな。
逃げるという選択肢は僕たちにはない。
草原のど真ん中、隠れることも出来ない状況。
走ってスピードと体力で勝負する?
流石にそれは不可能だろう。
Iレイヤー最強をそんな方法で撒けるとは思えないからな。
「おいおい、殺される前に最後の話をするのはいいが、そろそろオレは我慢の限界だ」
「そうか、確かにここは影もなくて暑いしな」
僕はそう返事し、水で口の中と喉を潤す。
「ゼロ、本当にヤバいわよ?」
「ああ、そうみたいだ」
「何でそんなに冷静なのよ!」
あ、そうか。
言葉だけではなく、表情でも焦りの一つぐらいは見せるべきか。
完全に表情の方を忘れていた。
「この顔が冷静に見えるとでも?」
「見えるわよ!」
頑張って焦った表情したのだが、効果はないようだ。
もういいか。
「二人とも、あたしがやる」
「サラ!」
黙っていたサラが急にそう言い、リアは救世主を見るように笑みを浮かべる。
今までなら、こういう場合はサラに任せることが普通だった。
だが、今回の場合はそうもいかない。
もし、このままその選択を実行してしまったら、僕たちは間違いなく……死ぬだろう。
先ほども言ったがサラの戦闘能力だけでは勝てない。
フォトの『撮影』というスキルは問題ない。
しかし、他の二つ。
一つは恐らく『透明系』。
もう一つは未だ不明。
しかも、あの錆色の刀とナイフが何なのかすら分かっていない。
そんな情報が皆無な状態で、Iレイヤー最強に勝てるほど世界は簡単ではない。
「サラ、ここは僕がやる」
「は? 何言ってるのよ、ゼロ! サラがやるって言っているのよ?」
「ハンスは僕の敵だ。だから、僕にやらせてくれ」
「スキル『なし』なのに死ぬ気? 本当に勝てるとでも思っているの?」
僕がリアの立場だったとしても、そう言うだろう。
リアの発言は正しい。
だが、それがどうしたというのだ。
世界とは、正しい=正解ではない。
間違い=正解だという場合だってある。
だが、それは矛盾している。
しかし、そんな矛盾はこの世に無限に存在する。
しかも、矛盾というものは意外と近くにあることが多い。
その例が……僕だ。
「……勝てると言ったら、おかしいか?」
「へ?」
リアは僕の返答が予想外だったのか、声が裏返り面白い声を出す。
まぁそんな矛盾を見せるつもりはない。
まだリアにもサラにも、僕を知られるわけにはいかないからな。
「サラ、フラッシュバン」
「分かった」
すぐに生成して僕にフラッシュバンを掘り投げる。
もう少し丁寧に扱ってほしいものだ。
「死ぬ準備は出来たか、ゼロ」
「死ぬ気は毛頭ないが戦う準備は出来たぞ」
「グハハッ! ゼロはやっぱり面白いぜ!」
「褒め言葉と取っておくよ。それより……始めようか」




