38.思い出と再会
二十一年前、アレは気温が50℃を越えた記録的に暑い夏の日。
まだ私――エリカが地球にいた頃。
彼は私から元気な産声をあげながら産まれた。
夫がへその緒を切り、初めてのその子を抱き、微笑みながら顔を見つめる。
産まれた直後なのに、髪が長かったのを覚えている。
手も足も小さくて、でも産声だけは力強く耳によく響いた。
そしてその子こそが私の息子。
――アレックス。
初めての子供で最初は可愛くて仕方がなかった。
もちろん、夜泣きや熱を出した時は大変だったけど、アレックスの目がくしゃっとなる笑顔を見ると、そんなのは苦痛とは思わなかった。
子供の育ちは早いというが、それは本当でいつの間にか私の背丈を越していた。
可愛らしい声も男らしい低い声に変わり、可愛さは無くなったけど、自分の息子ながらカッコイイと思えるぐらい顔は整っていた。
勉強は得意ではなかったが、バスケットボールだけは大好きで、常にボールを触っていたのを覚えている。
試合に出れば最多得点。チームメイトからも好かれていて、アレックスは最高に幸せな環境でバスケットボールをしていたと思う。
そしてずっとアレックスは言っていた「プロバスケットボール選手になって活躍する」と。
なのに、それなのに……そんな幸せと夢はあっさりと潰れた。
――精神転送計画。
アレックスが十六歳の時だった。
私、夫、アレックス、それとアレックスと五歳離れた娘。
四人はこのBNWで強制的に精神転送された。
最初は戸惑った。
だけど、そこは幸せの楽園だった。
お金という存在が消え、自由に遊び放題の世界。
それに加えて、病気や怪我、死ぬこともない。
最初は幸せすぎた。
家族で色んな場所に行き、楽しい日々を過ごしていた。
でも、BNWに来てからアレックスが笑みを浮かべることはなかった。
なぜなら、バスケットボールができなくなったから。
一年ほど暗かった。目は死んだ魚のよう。返事も風より弱々しい。
しかし、転機が訪れた。
それはこの世界でストリートバスケに出会ったことだ。
バスケ好きはアレックスだけではない。
そんな人間がバスケ好きを集めてバスケを始めた。
アレックスもそれに参加し、日に日に顔色は良くなり、バスケ仲間が出来たと楽し気に話してくるようになった。
しかし、一年後。全ては終わった。
――実力協力制度。
そんなふざけた制度によって。
あの日以来、家族とは会っていない。
それにいきなりカルロスとダイチとグループを組むことになって、正直、失礼かもしれないけど最悪だと、吐き気がすると思ったわ。
いや、実際は吐いた気がする。
ああ、あの日から約五年。
ずっとアレックスを探し続けていた。
人間が約95億人もいるBNWで諦めずに探し続けた。
そしてついに……願いは叶ったようだ。
目の前にアレックスがいる。
これは夢ではない。
風の音も、自分が草を蹴って走る音も、荒々しい呼吸も、草木の匂いも、そして面白いほど緩む頬も、全て本物だ。
後、数メートル。後、数センチ。
――奇跡は起きるんだね。
「アレックスっ!」
「母さんっ!」
私とアレックスは顔をぐちゃぐちゃにしながら力強く抱き合った。
……こんなに大きくなって。
本当に生きていてくれてありがとう。
二人とも泣き声と嗚咽で、次の言葉が中々でない。
でも、それでも肌から表情から感じられる幸せ。
もう嬉しくて、またこの子――アレックスを抱けて最高の気分だった。
数分後、お互いの顔を見合って、おかしくて懐かしくて笑みがこぼれる。
そして私から口を開く。
「やっと会えたわね」
「うん、母さん。ずっと会いたかったよ」
「私も。五年ぶりね……」
そう言い、私は言葉を続ける。
「アレックス、グループメンバーと仲良くやってるの?」
「うん、みんな良い奴だよ! 毎日が楽しい!」
「そう、なら良かったわ」
「母さんの方は?」
「私も楽しくやっているわ」
アレックスは「良かった」とホッとした表情を見せて、あの懐かしい目がくしゃっとなる笑みを浮かべる。
それを見て、思わず涙が頬に流れる。
「か、母さん? どうしたの?」
「ううん、何でもない。ただ本当に嬉しいと思って」
涙を流すのはこれで終わりにしよう。
このイベントが無事に終わったら、また笑って五年分の色んなことを話そう。
まだ夫と娘は見つかっていない。
だけど、アレックスとなら、二人も見つけることができると思う。
「アレックス、みんなと合流しない?」
「合流?」
「うん、グループメンバーとか紹介したいしさ」
「ああ、いいね! 大賛成だよ!」
「じゃあ、みんなのもとへ行こ――」
「う――」
言葉が最後まで出ることはなかった。
途中で無理矢理、何かによって止められた。
一体、何が起こっているんだろうか。
か、体が動かない……息も苦しい。
それに視界がぼやけてきている。
「お疲れ、ミレイ」
「いえ、ハンス様。これぐらいは普通です」
「ちゃんと、まだ生かしてあるよな?」
「はい、もちろんです。刀で心臓を貫きましたが、抜かない限りは数分は死なないはずです」
どういうことなの、これは。
私とアレックスの心臓に錆色の刀が……。
それよりもこれは一体どうなっているの?
――な、何で、私の『娘』がこんなことを……。




