35.特別の正体
イベント特別エリアのとある地下部屋。
そこにオレ――ハンスはいた。
今日でイベントも半分を過ぎ、後半戦に突入。
だが、オレたちはここに来てランキング16位まで落としていた。
と言っても、その事に関しては何も問題はない。
だって、今日は食事のための狩り以外はしていないのだから。
まぁそんなことはさておき、時刻は午後九時。
地下部屋はロウソクの小さな炎に包まれ、不気味な雰囲気を醸し出している。
部屋にはオレ、ミレイ、そして手足をロープで縛られ、目隠しをされた女が一人。
オレとその女は牛革の椅子に座って対面し、ミレイは一人立っている。
「なぁ、そろそろゼロのスキルを教えてくれよ」
「だ、だから、知らないってば!」
先ほどからこの女――ユキはずっとこんな感じだ。
ユキのスキルは『スキル確認』。
相手を見ることによって、スキルを知ることが出来るスキルである。
そういうことで、ゼロのスキルを聞いてるのだが全く答えてくれない。
どれだけ聞いても、「知らない」の一言で震えながらも力強い声でそう言ってくる。
オレのグループメンバーのフォトによると、ユキはゼロ教信仰者の中でも、かなりゼロのことを好み、崇拝しているとか。
ユキの他の仲間である二人も同じく崇拝しているらしいが、今ユキにやっているような『尋問?』というものを行っていたら、恐怖のあまり失神してしまった。
「ミレイ、飲み物」
「はい、ハンス様」
ミレイは丁寧に頭を下げ、飲み物を取りに部屋を出る。
「はぁ……話せば解放してやると言ってるのに、なぜ知らないと言い続けているんだ、ユキ」
「あなたが嫌いだからよ! あの日からずっと……」
「あー、そうだった。オレはユキの彼氏をグループ戦で殺したからな」
「そうよ! 本当に今でも恨んでるんだから!」
懐かしい話をペラペラと喋るユキ。
二年前だったか。
Iレイヤー最強のグループのリーダーという肩書きのせいか、オレにはたくさんの手下がいた。
本当にオレを慕う者、オレを敵にしたくないから手下になる者、色んな奴がいたことを覚えている。
どいつもオレに媚びを売り、とにかくオレの機嫌だけ伺っていた。
そしていつの間にか、その勢力は大きくなり、グループからチームへと変わった。
ユキはその頃、今のミレイと同じ立ち位置にいた。
理由としては、ルックスとスタイル共にオレ好みだったのと、忠実にオレの命令を聞くというところを評価していたからだ。
そんなある日、ユキの彼氏である男がオレを裏切り、オレを慕っていたグループの一部と手を組み、Iレイヤー最強のオレにグループ戦を仕掛けて来た。
理由はオレの態度や言動が気に食わなかったこと、それと彼女であるユキをオレが好き放題に扱っていたことだった。
正直、どうでも良かった。
別にオレが意図的に作ったチームでもなかったし、最初からミレイとフォト以外は誰一人として信用はしていなかったからな。
だから、「何で裏切ったんだ?」の一言も言うことなく、優しいオレは相手の言う通りにグループ戦を受けてやった。
もちろん、グループ戦はオレの圧倒的な勝利。
ユキの彼氏に手を貸していた奴らは、逃げ出し、そしてユキの彼氏は死んだ。
「正直、まだ恨まれているとは思ってなかったよ。まずオレは別にユキの彼氏を殺すつもりはなかったしな。つまり、アレはユキの彼氏からオレに殺されに来たんだ。それぐらい分かってるだろ?」
「うっ……」
ユキはオレに図星をつかれ、先ほどの威勢はどこにいったのやら、と思うほどあっさり黙り込んでしまった。
そのせいで部屋には沈黙が流れる。
部屋が無音になってから数分後、扉が開き、コップをトレイに乗せたミレイが部屋に入ってきた。
ミレイはゆっくりオレの横に来て、丁寧にしゃがみ込み「熱いのでお気を付けください」と一言添えて、コップを渡してくる。
「ありがとう、ミレイ」
オレはそう言い、コップに入ったコーヒーを喉に流し込む。
いつも通りの味。
文句の付け所など一切ない。オレ好みの完璧なコーヒーだ。
「まぁ過去の話はもういい。ゼロの話をしようぜ」
「わ、私は何も知らない!」
「なぁ、ゼロがオレに復讐できる唯一の存在だから、そこまで頑なに喋らないのか?」
「ち、ちが――」
「違うわけがないだろ? ゼロ様と崇められている神なら、オレに勝てるとでも思っているんだろ? ユキ、そうだろ?」
「……」
またユキは黙り込んでしまった。
何があっても言う気はないらしい。
流石、昔オレが認めていただけある女だ。
だが、敵になったら面倒な存在でしかない。
「あぁ、もういい。ミレイ、足首から行こうか」
「はい、ハンス様」
「あ、足首!? そ、それはどういうことなの、ハンス!」
「あぁん? だから、足首を切り落とすんだよ」
折角、優しいオレが強引にではなく、説得によって温厚に済ませようとしたのに、それを無駄にするとはバカな奴だ。
というわけで、これは仕方ないこと。
痛みを知らなければ、人間は言うことを聞かない。
虐待やパワハラ、体罰、拷問など、それらは正しくないかもしれないが、人間に言うことを聞いてもらうには、一番楽で早い方法だと言える。
「では、右足首から切り落とします」
ミレイは平然とした表情でそう言いながら、両手に持っているのはハサミだ。
もちろん、普通のハサミではない。
紙を切るハサミでも、髪を切るハサミでもない。
それは木の枝を切る用の大きくて刃先が太いハサミだ。
ミレイはそのハサミを躊躇することなく、ユキの右足首のもとへ。
「い、いやっ! ミレイっ! あなたは私と友達だったじゃない。だから、お、お願い! こんなことは、こんなことは、やめっ――あぁぁぁぁぁぁあっ!」
紙を切るような軽い音ではなく、金属類のような硬い物を切るような「バッ、チンッ!」という音と共にユキの右足首は床に落ち、その切れ目からはドロドロと大量の血が床に流れ落ちる。
ユキは目隠しの布をびしょびしょになるぐらい涙を流し、口からよだれをダラダラと垂れ流しながら叫び声と嗚咽を吐く。
「ユキ、今このタイミングで言えば、ここで終わりにする。どうする?」
「あ、あぁぁぁぁ……」
痛みでまともに言葉が出ないようなので少し時間を置く。
そしてもう一度、ユキにオレは問う。
「で、ユキどうする? ここで終わりにするか?」
「……」
痛みに我慢するために下唇を噛み、意地でも話す気はないのか声を抑えるユキ。
それにしても、これほどゼロを信用しているとは驚きだ。
それとも恋愛対象として好きになってしまったのか?
ゼロはそれなりにカッコイイ男だからな。
まぁあり得なくもないか……って、もしそうだったら笑える話だ。
「ミレイ、左足首」
「分かりました。ハンス様」
ミレイは手際よくハサミを使い、また同じような音を部屋に響かせながら、左足首を床に転がり落とす。
両足からドボドボと排水管に穴が開いたように吹き出る血液。
部屋は鉄の匂いが充満し、オレの靴の先までその血は流れて来た。
「あっ、あっ……あぁぁぁぁぁぁあっ! はぁ、はぁっ……」
「もう痛いのは嫌だろ? ユキ、そろそろゼロのスキルを吐いて、楽にならないか?」
「……」
「おいおい、このままだとバラバラになるぞ? じゃあ、最後に十秒待ってやるよ。十――」
今日は少し忙しいからな。
こんなやつに時間を割いていれらない。
「三……二……一……」
「なしっ!」
ユキがいきなり陸に打ち上げられた魚が頑張って呼吸をするようにそう叫ぶ。
って、何が「なし」だ。
バカにするのもほどほどにしてほしい。
「時間切れだな」
「えっ……い、言ったじゃん!」
「なしって何だよ? スキルが『なし』だとでも言ってるのか?」
「はぁ、はぁ……そ、そうよ」
本当か、本当じゃないか。
ユキが嘘をつく時の癖をオレは知っている。
いつも嘘をつき時は口角を無理矢理上げて、下手くそな笑顔を作るんだ。
――ふんっ……真実か。
「よし、信じてやるよ。それとこんなことして悪かったな」
「え、あ、うん……」
「すぐに痛みから解放させてやるよ」
「ほ、本当に!? お、お願い、出来るだけ早くし――」
オレは目隠しをしていても分かるぐらいの笑みを浮かべるユキを見ながら、不気味に口角を上げる。
そしてユキが嬉しそうに、ホッとしたように話している間に、オレはミレイに向かって右手の親指だけを立て、首を切るように指示をする。
ミレイは無言で、オレに向かって頭を軽く下げ、手に持っていた大きなハサミを刀に変える。
ゆっくりと構え、ユキの言葉が終わる前に音速で首を飛ばした。
――ユキ、約束通り痛みから解放させてやったぞ。
「ご苦労だったな」
「いえ、ハンス様のご要望ならどんなことでもお応えするつもりです」
「そうか」
ユキの首は地面に転げ落ち、目隠しが外れて久しぶりにオレと目が合う。
瞳は泣きすぎたせいか流血しているが、とても嬉しそうな目だ。
ミレイが音速で首を飛ばしてくれたおかげで、痛みを感じなかったのだろう。
「ミレイ、死体の処理をして水浴びでもしてこい。それと次の客を呼んでくれ」
「かしこまりました、ハンス様」
そう返事したミレイの顔、服にはユキの首から噴水のように吹き出た血しぶきがベッタリとついていた。
見ているだけで気持ち悪さが伝わってくる。
床の方も赤く染まり、まるで血のレッドカーペットだ。
だが、ミレイはそんなことを気にすることはなく、布で軽く顔を拭き、オレの指示通り手際よくユキの死体処理と床の血だまりの処理を行う。
忠実に指示を聞くところは本当に良いのだが、嫌な顔一つしないで作業を行うその姿とその精神は正直オレでも恐怖を覚える。
オレは一度そんなミレイから目を離し、コップに入ったコーヒーを飲む。
「ふぅ~」
一仕事終えた後のコーヒーはやはり格別だ。
思わず口から息がこぼれる。
それよりゼロの情報を吐いてくれたユキには感謝している。
ゼロがスキル『なし』と分かったことはとても大きい。
「それにやはり噂通りだったか」
オレはメニューバーのイベントポイントを見つめながらそう呟く。
マーガレットの奴、今回は面白いイベントにしやがったな。
――特別という存在を……『人間』にするとは。




