34.復活と夕暮れ時の敵
「リア、食べれるか?」
「う、うん……」
僕は一人洞窟の隅で三角座りをするリアにエリカの作った料理を渡す。
今日の夕食はカレー。
昼間のことも考え、いつもより慎重にエリカは料理をしていた。
リアがスプーンでカレーをすくい、小さく開けた口に運ぶ。
モグモグとゆっくり噛み、喉を動かした。
僕はそれを見てホッとし、安堵のため息をつく。
ここに戻って来てから四時間が経ち、時刻は午後九時前。
リアはその間、ずっと洞窟の隅で三角座りをして顔を伏せていた。
心配で一時間おきに話しかけに行っていたが、顔を上げることは一度もなかったし、二時間前に一度カレーを持っていた時は「今は気持ち悪いから後で」と言われ、断られていた。
そういうこともあり、正直心配だったが、料理が喉を通すということは少しは落ち着いたのだろう。
「リア、ゆっくり食べたらいいからな」
「うん、ありがとう……ゼロ」
そう言い、病人のようにゆっくり食事を進めるリア。
顔色はまだあまり良くないが、食欲はバッチリあるようでスプーンが止まることはなかった。
僕はそれを確認し、他の四人に小さく右手の親指と人差し指で円を作り、リアが良くなっていること伝える。
すると、四人は笑顔で胸の前で拳を握っていた。
数分後、リアの皿は空になり、スプーンを皿に置いた。
僕がおかわりするか聞くと、首を二度横に振ったので、リアから皿を貰ってエリカのもとへ。
「おかわりはしないみたいです」
「そうなの。でも、食べてくれただけでも嬉しいわ」
柔らかい笑みを皿に向けてそう呟くエリカ。
「じゃあ、僕はもう一度リアのもとへ行ってきます」
「あ、うん」
一言だけそう言い、僕はリアのもとへ戻り、隣に腰を下ろした。
「リア、お腹の調子はもう大丈夫か?」
「ええ、それは大丈夫みたい」
「そうか。なら良かった」
顔を合わせることなく、会話する僕たち。
でも、その方が今は話しやすかった。
「そう言えば、みんなは?」
「今、サラとダイチ、カルロスは先ほどの生き物対策として洞窟前にトラップを設置中。エリカはリアの夕食の片付け中だよ」
「そうなんだ。みんな、心配してた……よね?」
「ああ、かなりな。で、なっ……」
僕の口は緊急停止し、言葉の続きが声になることはなかった。
流れに乗って、聞こうと正直心の中で思っていた。
だが、口が喉がそれを許してはくれなかった。
いや、違う。本当は心のどこかで分かっていたんだ。
何があったのかを聞いてしまうと、またリアが塞ぎ込むかもしれないと。
多分、リアに嫌な思い出をフラッシュバックさせたくなかったんだ、僕は。
だって、あんな絶望した顔はもう見たくなかったから。
そんなことを思っていると、気まずさを感じられる沈黙を自然と壊し、リアが話しかけて来た。
「ゼロ、もしかして……気を遣っているの? ふふっ」
「えっ……」
想定外の言葉に僕は思わずリアの顔を見ると、リアは作り笑いで僕を見ていた。
「ゼロらしくないわね、そんな顔をして……笑ったら?」
「今のリアだけには言われたくないセリフだ」
そう言い合うと、二人とも急におかしくなって、僕たちは声を出して笑った。
さっきまでのリアの死んだような表情はどこに行ったのだろうか?
いつの間にか綺麗さっぱり消えていた。
そこにあったのは、いつも笑顔、いや、本当の笑顔。
とても輝いていて、月光りのようにそれは美しかった。
「はぁ、はぁ……ありがとうね。ゼロ」
「……何がだ?」
リアは大きく息を吐きながら、笑い声を止めて急に感謝の言葉を言ってくる。
僕はその言葉を聞き、照れ臭くなり、リアから顔を逸らしてそう呟く。
――僕は別に何もしてないよ、ただリアの隣にいただけさ。
なんて、カッコイイ言葉を言う気はなかった。
だって、感謝させるほどのことはしてないのだから。
グループメンバーとして当然のことをしたまで。
そうだろ? グループメンバーを心配することは当然だろ?
でもまぁ、リアの言葉は率直に嬉しかった。
「分からないならいいわ」
「そうか」
僕の風に流されそうな力ない言葉に、リアは息をするように「うん」と言い、両手を地面に付けて立ち上がる。
そして体を伸ばしながら深呼吸をした。
「私、話すよ。夕暮れ時に何があったのかを……」
リアは口角だけを上げて僕にそう言う。
それに対し、僕は何も言うことはなかった。
⚀
一時間後、皆の作業が終わり、焚火の周りを囲む。
「リア、大丈夫なのか? 無理しなくても良いぞ?」
「いえ、カルロスさん。もう大丈夫です。それに話さないといけないと思うので」
そのリアの力強い言葉に、もう誰も心配するような言葉をかけることはなかった。
みんなが思ったのだろう。
リアはもう大丈夫なんだと。
そしてリアが話を始める。
「私が腹痛によりその……排泄している時は特に何もありませんでした。ですが、出す物を出してスッキリし、みんなのもとへ戻ろうとした瞬間に事件は起きました」
リアは拳を強く握り、一度目を閉じて「ふぅ~」と息を吐く。
覚悟を決めたのか瞼を上げ、口を開いた。
「ゆっくりと歩き出した私の目の前に、木の上からあの死体が落ちてきたんです。最初は何か分かりませんでした。でも、あの顔と目が合って気付いたんです。死体だと」
「それで驚いて腰を抜かして、叫び声をあげたんだな」
僕がそう言うと、リアは「うん、そういうこと」と恥ずかしそうにそう言った。
「まぁいきなり人の死体が木の上から落ちて来れば、そうなるのは仕方ないよ。それに死体の状態はかなり酷かったしね」
カルロスの言葉にエリカとダイチが「そうだね」「うん、あれは酷かった」と渋い表情で頷いた。
それにしても、今思えばカルロスたち三人は意外と死体を見ても焦ってなかったよな。
もしかしたら、イベントではこういうことは多いのかもしれない。
イベント中に人の死体を見るのは当たり前、そう考える方がいいかもな。
「リアの話を聞いて俺は思ったんだが、あの死体は落ちて来たのではなく、落とされたものだと思うんだ」
「僕も同じ意見です。あの死体は腐敗状況から見て、死後二日は経っている。血の水溜りを見る限り、殺された場所はあの場所だと思いますが」
カルロスの話に続き、僕がそう述べるとみんなが驚いた目でこちらを見ていた。
え、何か僕、変なこと言ったかな?
言葉を思い返しても、やはり変なことは言っていない。
もしかして、顔に気持ち悪い虫でもついてるとか?
と思い、手で顔を確認しようとした瞬間、エリカが話しかけて来た。
「ゼロ君って探偵か何かなの?」
「い、いえ、違いますけど」
「それにしては、発言の内容が適切すぎたというか……」
「ああ、ちょっと昔、推理小説や推理ゲームにハマっている時期があって、それでかな?」
「あー、そういうことね!」
エリカは左手の掌に右手の拳を当てて納得したような仕草を見せる。
他の四人も表情を見る限り、一応納得してくれようだ。
適当な理由で何とか誤魔化すことが出来たみたいだが、先ほどの五人の反応を見る限り、ちょっと推測の発言が行き過ぎていたのかもしれない。
もう少し他の五人と話を合わせる必要があると考えていい。
変に思われることはないと思うが、無駄に目立ちたくはないしな。
「まぁでも、ゼロの言うことが本当なら、イベント開始直後に死んだということか」
「そういうことになりますね。それよりカルロスはなぜ死体が落とされたと思ったんですか?」
「死体の状態だよ。それに木の上にある方がおかしいだろ?」
「確かに。そうなると、アレはリアの気を引くための罠と考えるべきですね」
「そうなるな」
襲ってきた敵はリアを殺す気だったのだろう。
人の死体で気を引かして、後ろから襲うつもりだったと考えるのが必然か。
しかし、リアの悲鳴、僕たちの襲来によって、そのタイミングを逃した。
そして一応、弓で攻撃したが殺しきれなかったと考えるべきだな。
少し沈黙が続き、カルロスが言葉を発する。
「んー、しかし、一体どんな生き物がそんなことをしたんだろうな」
そう、問題はそこである。
正直、リアの話や死体についてはどうでもいい。
一番の謎は生き物――僕たちを襲った敵の正体。
「まぁ僕から言えることは、かなり知能が高い生き物だということだね。あれ程、弓を正確に扱える生き物はなかなかいない」
ダイチが眉間にしわを寄せ、怪我をした腕を見ながら悔しそうにそう言う。
それを見てリアはやっとダイチの怪我に気が付いたらしく、「治しますね」と言ってダイチに回復スキルを使う。
擦り傷程度だったので、あっという間に治り、ダイチはリアに感謝していた。
「そうだな。弓を使う生き物か。そうなると、かなり生き物は限られてくるぞ」
「チンパンジー、ゴリラ、サル、ボノボぐらいか?」
「いや、ゴリラとサルはないな。ゴリラは温厚な生き物だ。わざわざ人を殺しはしない。サルはたくさん種類がいるが弓を手際よく使えるとは思えない」
「そうなると、チンパンジーかボノボか」
カルロスとダイチが出した答えは『チンパンジー』と『ボノボ』。
正直、僕はその二匹の生き物も有り得ないと思う。
はっきり言って人間を殺すタイプではない。
それに弓を作り、矢を作り、弓を人間顔負けぐらいのレベルで使えるとは思えない。
「少しいいですか?」
「お、リア。どうした?」
「私はどちらでもないと思います。このハンティングゲームは恐らく私たちの想像の上をいっています」
「それはどういうことだ?」
「ハンティングゲームのルール説明の時、マーガレットは『地球上に存在した生き物を狩り、イベントポイントを他のグループと競い合うというシンプルなゲーム』と言っていました。つまり、このハンティングゲームでは『地球上に存在した生き物』=絶滅した生き物もいる可能性があるということです」
流石、リアと言ったところか。
僕も全く同じ考えだった。
いや、それしか辻褄が合わないと言うべきか。
「でも、その絶滅した生き物の中で何が弓を使えるんだ?」
「地球にはホモサピエンス(人間)以外にも八種類の人種がいたんです。例えば、ネアンデルタール人、ホモ・ネアンデルタレンシスなど。なので、もしかしたら、今例に挙げた生き物が攻撃してきた可能性が高い気がします」
「なるほど。確かにそれだと襲われた辻褄が合うな。つまり、俺たちがそいつらの縄張りに入ったから、そいつらは俺たちに攻撃してきた。そしてすぐに死んだ奴らは運悪く、このハンティングゲームのスタート地点がその縄張りの中だった。そう考えれば、全てが繋がる」
みんながカルロスのその結論に頷く。
可能性とすれば、それが一番近いだろう。
それにそうだった場合、ここに先ほど攻撃してきた生き物が来る可能性は極めて低い。
縄張り外まで来て、わざわざ攻撃してくるほどバカじゃないはずだからな。
それに実際、約五時間ほど経っても来ていないのだから、恐らく攻撃してくることはもうゼロに等しいと言える。
まぁだが、今の話は全てが『もし』の話=推測だから何とも言えないが、もう夜も深い。
この結論で納得し、明日に備える方がいいだろう。
「よし、なら明日は狩る場所を変えて行動しようか」
そういうことで話は終わり、僕たちは寝る準備を始める。
「リア」
「ん? 何か用でもあるの?」
「……いや、何でもない」
「何よ。まぁいいわ。じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
僕とリアは寝る前の挨拶を交わし、それぞれ熊の毛皮に包まる。
はぁ……言えなかった。
リアだけにも言うべきだと思ったんだけどな。
表情を見たら相当疲れていたし、今から話し合いは流石に可哀想だと思ってしまった。
まぁ明日の朝でもいいか。
ハンスのグループが急にランキング16位まで落としていたという不可解なこと。
それと僕たちラックがランキング100位圏外に落ちたということは。




