30.再び洞窟へ
「これで本当に来るのかしら?」
「今更そんなこと悩んでも仕方ないだろ」
現在、時刻は午後四時過ぎ。
一時間ほどで魚にキョウチクトウを入れ終わり、無事に作戦を開始することに成功。
十五匹の魚は全て洞窟の中に置き、僕たちは洞窟の入口付近で待機中。
「まぁそうだけど……」
不安そうな表情で、洞窟を見つめるリア。
正直言って、熊が来ないわけがない。
だって、空腹の限界はどんな生き物にだってあるのだから。
この作戦の一番の懸念材料は熊が、僕たちが仕掛けた魚を持ち帰り、食べてくれるかどうかだ。
それよりもなかなか熊が来ない。
熊は鼻が良いと聞く。
もしかすると、僕たちがここにいることを察知してるのかもしれない。
一度離れるのもいいが、ここはあえて待機でいいだろう。
僕たちがここから離れれば、間違いなく熊は仕掛けた魚ではなく、川の新鮮な魚をわざわざ取りに行くはずだ。
普通に考えて、洞窟に置いてある魚など怪しいからな。
三十分後、カラスの鳴き声が茜色の空に響く。
もう夕方だ。
そろそろ来てもおかしくないはずなのだが……。
僕の脳裏には嫌な予感がしていた。
それは洞窟の出入口が別にあるという可能性。
もしくは、魚を保管しているという可能性だ。
熊の主がいるぐらいなので、その可能性は無きにしも非ずと言える。
――グゥー
「……きた……」
隣にいたリアが洞窟から聞こえた音に反応し、小さくそう呟く。
洞窟内は暗く、僕とリアには熊の姿は見えないので、洞窟入口の逆サイドにいるサラにジェスチャーで何匹いるのか聞いてみる。
すると、指を五本立てた。
サラに十一匹もの仲間を殺られたんだ。
五匹いる=警戒心を高めていると考えていい。
――グワァー、グゥ、グワァー!
仲間同士で会話しているのか?
面白い熊だ。
魚をどうするか作戦会議をしているのだろう。
――グゥ、グワッ!
数分後、熊の声は消え、足音が小さくなっていく。
どうなったかは知らないが、洞窟の奥に戻っていったことに間違いない。
僕はサラを手招きで呼ぶ。
「なぁ、状況を説明してくれ」
「怪しまれていたけど、魚を持って行った」
「そうか」
何とか第一関門突破か。
思わず口からため息がこぼれる。
「ゼロ、ここからはどうするの?」
「まぁ少し様子見だ。熊が死ねばイベントポイントは増えるはずだからな」
「なるほどね」
僕たちラックのイベントポイントは現時点で400ポイント。
昼飯のために魚を取っただけで、150ポイントも増えたようだ。
魚のような『小』である生き物も大量に取れば、思った以上にイベントポイントを稼げる。
俗に言う塵も積もれば山となるだな。
正直、そう思うと熊を倒すより魚を取る方がいいかもしれない。
魚四匹=熊一匹。全くおかしな話だ。
だとしても、ここで熊を倒すことには意味がある。
だから、今は熊を全滅させることだけを考えればいいだろう。
⚀
熊が去ってから二時間が経ち、辺りは暗くなり始めていた。
そんな時だった。
「ちょ、ゼロ、これ見て!」
慌てて僕の肩に肩を当てて寄って来たのはリア。
何を見ればいいのだろうか?
谷間ですか? 谷間ですよね? 谷間しかないよね?
だが、リアが指差す先は明後日の方向。
恐らく、いや、間違いなくメニューバーを指差していると思うが、他人のメニューバーは見ることができない。
「バカか。僕にはリアのメニューバーを見ることができないんだぞ」
「あ……」
言われてやっと気付いたようで、自然と変な声がリアの口から出た。
僕はそれを見て「はぁ……」と呆れ気味にため息をつき、耳たぶを二度タップしてメニューバーを開く。
まぁ大体リアが伝えたいことを理解していたので、すぐさまイベントポイントを見ると500ポイントまで増えていた。
「あ、また増えたな」
500ポイントからどんどんとイベントポイントは増えていく。
熊がキョウチクトウ入りの魚を食べ、死に始めたのだろう。
リアルタイムでこのイベントポイントの増え方を見ると、今この瞬間に熊が死んでいるのだと実感する。
「止まった」
「660ポイントということは十三匹が死んだのね」
リアは計算が得意なのか、すぐにそう口にする。
十三匹……これで全滅だろうか?
正直、何匹の熊が洞窟の奥にいたかなど知らない。
どうしたものか……。
「サラ、これで全滅だと思うか?」
「んー、分からない」
「まぁそうだよな」
困ったな、僕としたことが安全に、熊が全滅したのか確認する方法を決め忘れていたとは。
一応、二つほど確認する方法はあるにはあるのだが、リスクを伴う。
一つ目は実際に洞窟の奥へ向かい、熊の全滅を目視で確認する。
二つ目は残っている熊がいるなら、洞窟から出てくるはずなのでそれを待つ。
この二つのどちらかだ。
「ゼロ、どうしたの?」
「いや、全滅したか確認する方法を考えていなくてな」
「はぁ……朝と夕方で二十四匹も殺したのよ。全滅に決まってるわ」
確かにリアの言う通り二十四匹も殺せば、全滅に近いと思う。
だが、熊の主が死んだとは思えないんだよな。
「でも、もしもがあるだろ?」
「まぁそうだけど」
リアは文句を言いたげだが、それ以上は何も言ってこなかった。
「サラ、体はどうだ?」
「歩けるけど、戦うのは無理」
「生成は?」
「まだいける」
生成があるなら、もしも全滅してなかったとしても対象できるか。
最悪の場合は僕が……。
「じゃあ、夕飯の調達を始めようか。全滅してなかったら、サラの生成した物を使って僕がどうにかする」
「どうにかするって大丈夫なの?」
「分からない。でも、今はその選択肢しかない」
僕は二人にそう言い、鞄を肩にかける。
それを見て二人も準備を始める。
「ゼロ、それは何?」
僕の手に持った物が気になったのか、リアが聞いてきた。
「松明だよ。洞窟の中は暗いからな。サラ、マッチを頼む」
「ん、ほい」
「ありがとう」
僕はマッチで松明に火をつける。
手作り松明だからちゃんと火が付くか心配だったが、問題なさそうだ。
「よし、行くか」
その言葉と共に、僕を先頭に僕たち三人は洞窟の中に足を踏み入れたのであった。




