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28.死の洞窟

「ギャァァァ! ゼ、ゼロ! ゼロ起きてってばっ!」


 オバケかゴキブリでも出たのか、というぐらいの声量で叩き起こされた。

 間違いなくリアの声であり、リアの反応である。

 僕は目を擦りながら、ゆっくりと状態を起こし、「はぁ……」と小さくため息をついた。

 やはり両腕が痛い。


「で、何だ?」

「『何だ』じゃないわよ! あ、アレ見てよ!」


 リアがそう言うので、指を差す方に視線を向ける。

 だが、僕の視界には何も映らなかった。

 数ヶ所、何かが光っているような気もするが、寝起きだから目がまだ完全に冴えていないだけなのかもしれない。


「リア、寝ぼけているのか? それとも夢遊病か何かなのか?」

「えっ! ち、違うわよ! 起きてるし! てか、よく見て!」

「だから、見たって!」


 ――ポツッ!


 昨晩の水滴の音がする。


 ――ポツッ、ポツッポツッ!


 続けて連続で水滴の音がした。

 雨でも降って、それが洞窟内の中で雨漏りでもしてるのだろうか?

 だが、リアはその音を聞く度に、身を震わせている。

 両手を胸元で組んで青ざめた表情だ。


 ――グゥー!


「サラのやつがお腹減らして、洞窟の奥に行ったのか?」


 サラのお腹の音が洞窟に響き、少し頬を緩めてそう問う。


「あたしはここ。それにお腹は減ってない」

「うわっ、驚かすなよ! てか、何でナイフ持ってんだ!」


 サラの両手にはナイフが握られ、警戒態勢に入っている。

 表情は真剣で、目は鋭く、いつもの可愛さなどそこには存在しない。

 まるで、目の前に敵でもいるかのような……


 ――グゥッ、ワァァァ!


「来る。二人は下がって」

「な、何がだ?」

「まだ見えないの、ゼロ! もう一度、振り返ってみなさいよ!」


 ナイフを構えるサラから視線を逸らし、リアに言われた通りにもう一度先ほど指差していた方を見る。

 すると、そこには全長2メートル越えの茶毛に覆われた生き物がいた。

 口端からはダラダラとヨダレを垂らし、四足歩行でゆったりとした足取りでこっちに近寄ってくる。


「く、熊だと……」


 けど、熊ならサラが前に瞬殺したとか言ってたよな。

 なのに、なぜこんなに警戒しているんだ?

 何かが……おかしい。


 ――グワッ! ハッハッ!


 雄叫びを合図に熊はこちらへ猛突進してくる。

 急いで僕とリアは荷物を持ち、サラの邪魔にならない場所へ移動。

 ここはサラに任せるしかない。


「あたしが食い止める。だから、洞窟の入口に罠を」

「わ、分かったわ。サラ、絶対に死んだらダメだから!」

「うん」


 その言葉を最後にサラは熊に向かってスライディングし、右足のアキレス腱辺りにナイフを入れる。

 続けて左足にもナイフを入れ、一度距離を取る。


「ゼロ、今のうちに」

「ああ」


 僕たちはリアを横目に洞窟の入口に向かって走る。

 どういうことだ。

 普通にサラは熊と戦えていた。むしろ、勝っていたじゃないか。


「何で逃げている? サラなら――」

「まだ気づいてないの?」

「は?」

「この洞窟は熊の巣。私も目が冴えてから気付いたけど、洞窟の奥にはさっきの熊が何十匹もいるのよ!」

「な、何十匹もだと……」


 この暗闇の中及び寝起きのせいで、僕は何も見えていなかったらしい。

 熊の洞窟なんて死の洞窟と変わらない。

 サラがどれだけ凄いと言っても所詮は人。

 ナイフ二本で何十匹もの熊を相手に出来るはずもない。


「それより罠って何を作る気だ?」

「お、落とし穴?」

「無理だろ。時間がかかりすぎる」

「で、でも、それしか――」

「いや、僕に秘策がある」


        ⚀


 その頃、サラはかなりの苦戦を強いられていた。

 一匹目は見張り役だったのか、それともバカな熊だっただけなのかもしれないが、すぐに撃退に成功。

 しかし、それに気付いた熊たちが続々と奥から現れて来た。


「熊さんもこれだけいると可愛くない」


 眉間にしわ寄せて、顔についた熊の血液を袖で拭き、そう呟く。

 熊たちはサラを視界に入れると、すぐに攻撃モードへ。


 ――ポツッ!


 熊の唾液が地面に落ちる音を合図に二匹の熊がサラに襲い掛かって来た。

 サラはそんな熊の行動にも動揺せずに冷静に距離を取り、洞窟の壁を使い、熊の視界まで飛びあがる。

 そして熊の目をいとも簡単にナイフで貫き、その熊の背中を台にするように素早く駆け抜け、二匹目の熊のパンチを空中で蝶が舞うように避けて二本のナイフで首を切り裂いた。

 サラが華麗に地面に着地する頃には飛び散る赤い血しぶきと共に、熊は痛みを訴えるように声にならない声を出し、大きな音を立て地面に勢いよく倒れ込んだ。


「ふぅ~」


 息を大きく吐き、ナイフを振って血を地面に散らす。


「次はどの熊さんですか?」


 数分後、地面には大量の熊の死体が転がっていた。

 サラは機動力と戦場で得た予測力を活かし、何とかまだ熊からの攻撃を受けていないが、体力はじりじりと削られつつあった。


 ――グワァー!


「あ、危ない」


 人間離れした反射神経で、大きく振りかぶられた手を顔面スレスレで避ける。

 流石のサラでもその攻撃には体中に寒気が走った。

 一歩間違えれば、死んでいたところだったからな。

 熊の一発は重い。人間なんて一発で骨が砕け、意識が飛ぶだろう。


 もう何匹目かなんて分からないが、目の前にいた熊の息の根を止め、今日一番のため息を吐くサラ。

 額やこめかみ、頬からはダラダラと真夏のマラソン走者並みに汗が流れ出ている。

 だが、サラの視界の先にはまだ熊の姿、その奥には熊の影が薄っすらと見える。


「……流石にキツイ……」


 思わず力ない声が漏れるサラ。

 見ての通りサラの戦闘能力、身体能力を持っても、そろそろ限界が近づいていた。


 熊とは意外と俊敏な生き物で、サラのスピードとほぼ対等。

 それに幾らサラが夜向きの戦闘を好んでいるとしても、熊たちの住処では圧倒的に熊の方がこの場の戦い方を知り尽くしている。

 他にも量、パワーと不利な部分は多い。


「まだなの……早くしないとあたしはもう――」


 ――ガァァァァァア!


 一瞬の隙を見逃さなかったのは熊。

 サラも反応はしたが、右腕を爪で切られ、大量の血が腕から手へ流れ、地面に音を立てて池を作る。


「……い、ったぁ……」


 サラは歯を食いしばって、何とか立っているという状態。

 それに右腕の止血をする隙も、止血する手段もなく、もう右腕は使いものにはならない。

 仕方なく、右手のナイフを口にくわえる。


「右手がないなら、口を使えばいい」


 熊には理解できないはずだが、サラはそんな言葉を吐いて体に力を入れ直す。

 それを見て三匹の熊がゆっくりとサラとの距離を縮めていく。

 当然、サラもそれに応じ、重たい足を地面に擦らせながら後退する。


 ――グワァァァァァァァアッ!


 先ほどの熊とは違う低い声が奥から響いてきて空気を揺らす。

 自然と鳥肌が立ち、サラの体が止まる。

 しかし、三匹の熊にとっては、その雄叫びは攻撃の合図だったらしく、一斉にサラに襲いかかってくる。


 ――このままでは……死んでしまう。


 脳裏にそんな言葉が走った瞬間だった。


『サラ、準備完了だ! 今すぐ出口に向かって走れ! それと――』


 メニューバーにある連絡機能だろう。

 ゼロの声がメニューバーからハッキリ聞こえて来た。


「遅い」


 サラはそれだけ口走り、左手のナイフと口にくわえているナイフを熊に投げ捨て、痛みに耐えながら走り出した。


 ――左手が残っていて良かった。


         ⚀


「ゼロ、こんな作戦で大丈夫なの?」

「ああ、心配するな」


 僕とリアは洞窟の入口付近で待機していた。

 外はまだ暗く、先ほどの時間を確認した時はまだ午前四時。

 今思えば、最悪な目覚めだ。


 それは良いとして、リアは僕の作戦を信用していないようで、顔色があまりよくない。

 確かに失敗すれば、三人とも熊の胃の中だ。

 僕の作戦はサラの役以外は小学生でも出来る簡単なこと。

 正直、絶対に失敗しない確証なんてない。

 だが、今できる最適な作戦はこれだけなのだから仕方がない。


 僕とリアが黙って待つこと数分。

 人間の足音と大型動物の足音が近寄ってくるのが聞こえてきた。

 間違いなく、サラと熊。それも数匹が追いかけてきている。


「リア、合図はサラだ。失敗は許されない」

「分かっているわよ! てか、こんな簡単なこと失敗しないわ」


 リアは「ふんっ」と鼻を鳴らし、視線を洞窟に向ける。

 僕も同じく洞窟を見つめる。


 真っ暗で見にくいが、サラらしき人影がついに視界に入る。

 かなり体力を消耗しているのか、息遣いが荒い。

 サラにはかなり負担をかけたようだ。


「はぁっ、はぁっ! ゼロォォォオ! せーのっ!」


 走って来たサラが大声でそう叫ぶと同時に洞窟の中は、闇を吹き飛ばす眩い光によってそこだけ昼がやってくる。

 これはさっきサラに頼んで生成させておいたフラッシュバンだ。


 そんな光と同時に僕たちも作戦通り動き出す。


 ――バンッ! バンッバンッ! バァーンッ!


 まるで、銃声のような音が洞窟を駆け巡る。

 それは僕とリアが作りだした音。

 自分たちの靴を手に持ち、靴の裏を叩き作り出した人工的な銃声。

 サラのフラッシュバンと合わせれば、完璧な偽銃の完成だ。


「……はぁ……」


 洞窟を抜けきったサラが地面に倒れ込んだ。


「サラっ!」


 リアはすぐさま駆け寄る。

 ここは回復スキルを持つリアに任せるか。


 僕は熊が撤退したか、耳を澄まし、目を凝らして洞窟を見つめる。

 先ほどの大きな足音は遠くなり、影も闇に消えていく。

 僕の『偽銃作戦』は計画通り成功したようだ。


「はぁ……無事に撤退してくれたようだ」


 そう二人にいうと反応はなかった。

 無視はおかしいと思い、二人のもとへ。

 すると、そこには右腕から多量の血を流すサラの姿があった。


「うそ……だろ。リア、こ、これどうにかなるのか?」

「だ、黙って! 集中できない!」


 リアが必死に回復スキルでサラを治療している。だが、一向に傷口は塞がらない。

 このままでは多量出血でサラが死ぬ。

 しかし、何を考えても僕に出来ることはない。

 洞窟の壁に背中をつけ、風の音だけを聞き、リアの回復スキルを願った。


 夜も明け、午前七時。

 何とか止血には成功し、サラは一命を取り留めた。

 しかし、傷跡は消えることなく、見るだけで痛々しさを覚える。


「リア、大丈夫か?」

「え、ええ。でも、流石に疲れたわ。少し寝かしてちょうだい」

「ああ、もちろんだ」


 リアは洞窟の壁に背中をつけるとすぐに寝息を始めた。

 三時間も回復スキルを使っていれば、そら疲れる。

 本当にリアはよく頑張ってくれた。


「サラの方はどうだ?」

「体がダメ」

「そうか。サラも一眠りしとけ。起きたら昼食にしてやる」


 僕はそう言い、横になっているサラを見つめて笑みを浮かべた。

 すると、安心したのかサラもすぐに眠りについた。


 それにしても、これはキツイな。

 二日目はガッツリと狩りをして、イベントポイントを稼ぐはずだったからな。

 これは最悪としか言いようがない。

 でも、幸いにもサラが熊を狩ってくれたおかげで、イベントポイントが250ポイントまで増えたのは良かったと言える。

 だがしかし、熊のイベントポイントが20ポイントだったのは運が悪すぎたと言うべきだろう。

 サラが狩った熊は十一匹。

 それだけの熊と戦い生きていただけマシだが、熊が『中』の生き物ポイントとは割に合わないにも程がある。

 熊が『大』だったら……。

 はぁ……そんなこと思っても仕方ないか。


「……それより昼飯だな……」


 熊の洞窟の前で二人を寝かしておくのはどうかと思いながらも、川へと僕は昼飯の魚を取りに行くのであった。

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