25.初イベント当日
七月一日、イベント当日。
僕たちは午前十時と遅めに起床し、エリカの手料理で朝食を済ませた。
相変わらずの美味しさに、ホッとしながらもこの料理をもう食べられなくなると思うと寂しい。
もちろん、僕たちとカルロスのグループが次のレイヤーに進めば別だが、カルロスたちのGスコアを聞く限り、今回で上がることは無理そうだ。
「カルロスさん、短い間でしたが、本当にありがとうございました!」
「いいよいいよ! リアたちは命の恩人だからね」
現在の時刻は午前十一時二十五分。
僕たちはカルロスたちと別れの挨拶をしていた。
イベントは午後十二時からスタートだが、その前にイベントの詳細説明が午前十一時三十分から行われる。
だから、残り時間は五分ほど。
「サラも最後になるかもしれないんだから、ほら」
リアが三人に別れの挨拶を済ませると、ぼーっと立っていたサラの背中を押す。
サラは改めて挨拶するのが恥ずかしいのか、三人と別れるのが寂しいのか、下を向きながらモジモジとしていた。
その姿にカルロスたち三人は温かい笑みを浮かべて、サラの言葉を待つ。
「また、ご飯食べさせて」
「ふふっ……もちろんよ、サラ!」
「そういうところ、サラらしいな」
エリカは微笑みながらそう言い、ダイチはサラの言葉が面白かったのか目を線にして笑っていた。
本当にサラはどんな雰囲気も壊してしまうな。
こういう別れの場って、普通は泣いて抱き合うところのはずなんだが。
まぁサラの常識上、一つの別れに悲しみなんて存在しないのかもしれないな。
「サラ、ありがとうな」
カルロスはエリカとダイチとは違い、目に少し涙を溜めながら頭を下げた。
恐らくずっとサラに感謝していたのだろう。
あの時、あの場にサラがいなければ、間違いなくカルロスは熊に殺され、自分のせいで二人を殺すことになっていたからな。
サラはカルロスの行動や表情に一瞬、目を丸くしていたが、何も言うことはなかった。
ただ口端を少し上げ、気付かれない程度に微笑んだだけ。
恐らく感謝されることに慣れていないのだろう。
アレは完全に照れた表情だ。
「ゼロ君! 寂しいよぉ~」
サラとカルロスに視線をやっていると、いきなりエリカに抱きつかれた。
そんな僕たちをみんながジト目で見つめている。
エリカのせいで、僕まで巻き添えを食らってしまった。
まぁいつも通りなのでもう慣れたが。
「はぁ……エリカは変わらないな」
「だって、寂しいんだもん!」
「はいはい」
苦笑を浮かべながら、仕方なく特別にエリカの頭を撫でる。
その髪はサラサラとした感触で、出会った時を思い出させる甘い香りがした。
エリカは猫のような表情で「気持ちいい」とデレデレしていたが、まぁ最後ぐらいいいだろう。
「もういいか?」
「うん、ありがとね、ゼロ君! もう髪洗わないから!」
「いや、洗え!」
思わずツッコミが出てしまったが、その場の雰囲気は和んだ。
基本、グループメンバーにしかツッコまないようにしているのだが、一緒に過ごしすぎたせいか自然と出てしまった。
でも、逆に考えれば、それだけ仲良くなったという証拠だろう。
その後、ダイチとカルロスと力強く握手をし、軽く言葉を交わした。
「もう時間だ。よしっ、最後に気合い入れるかっ!」
「いいねいいね!」
「だな!」
カルロスの言葉にエリカとダイチが満面の笑みで反応し、僕たちも同じような表情で小さく頷いた。
「イベントォォォ~! 頑張るぞぉ~!」
カルロスが最後にそう叫ぶると、続けて僕たちは「おぉ~」と拳を天にあげ、笑い声を上げながら、みんなでそれぞれの顔を見合った。
その瞬間、何となくだが、ここにいる僕たちが見えない何かによって繋がった気がする。
これが俗に言う『一丸になる』ということなのだろうか?
もし、メンバーを増やすことが可能なら、もっとこの人たちと一緒にいたい。
不思議とそう思えた。
――また会える日を楽しみにしてるよ……。
そして時間になる。
『イベントまで残り三十分。
今から詳細説明に入ります。
では、グループごとに転送を開始します』
⚀
――ビビィ……ビ、ビビィー
約二ヶ月半前に聞いた音と共に、僕たちは真っ白な部屋に転送された。
「ここって、最初の場所だよね?」
「相変わらず気持ち悪い」
この光景を見たせいか、最初に会った時を思い出し、自然と頬が緩む。
しかし、本当に変わったよな、二人とも。
そんなことを思っていると、ふと約二ヶ月半の思い出が脳裏を過る。
グループ戦、買い物、ゼロ教、ハント、商売、カルロスたちのことなどなど。
今となってはどれも良い思い出だ。
「ゼロ様、思い出に浸っているところ申し訳ないのですが、説明を始めてもよろしいでしょうか?」
声を聞き「キュベレー?」と一瞬思ったが、少し違う。
視線を向けると、目の前にキュベレーと瓜二つのアンドロイドが存在した。
しかし、キュベレーとは決定的に違う部分がある。
それは胴体の色。
キュベレーはスノーホワイト(雪のような白)だったのに対し、このアンドロイドはエアロブルー(澄みわたる青空のような色)なのだ。
「誰?」
サラが警戒心剝き出しで、冷え切った声で聞く。
すると、「紹介が遅れてすみません」と一礼して、言葉を続ける。
「あたくしの名はマーガレット。Iレイヤーの支配者でございます」
礼儀正しく頭を下げ、表情を一つも変えずに挨拶をする。
マーガレットの言葉を聞く限り、レイヤーごとに支配者がいると考えていいだろう。
恐らく上のレイヤーに行くごとに、マーガレットのような色違いのキュベレーが存在するはずだ。
それよりマーガレットの声はグループ戦で聞いた声と全く同じである。
僕たちが知らないところで、しっかりマーガレットは存在していたようだ。
しかし、自己紹介が今更だな。
僕たちはIレイヤーに来てからもう二ヶ月半も経つんだぞ。
最初にキュベレーと一緒に自己紹介をするべきだったと思う。
「時間がないので、イベントの説明に入らせていただきます」
キュベレーと同様に真っ白な空間に映像を映し出す。
僕たちはその映像を黙って見つめた。
「イベント名はハンティングゲーム。
ルール――地球上に存在した生き物を狩り、イベントポイントを他のグループと競い合うというシンプルなゲーム」
競い合うということは、やはりハンスが言った通り、イベントには順位が存在するようだ。
その順位の基準になるのが、イベントポイントといったところか。
「イベントポイントとは生き物を狩ることによって得られるポイントです。
イベントポイントは生き物によって、ポイント量が変わります。
生き物は小・中・大・特別に分けられ、小は5ポイント、中は20ポイント、大は50ポイント、特別は200ポイント+αとなっております」
生き物は小・中・大・特別と大きく分けられているが、これに関しては実際にイベントで生き物を狩って、どの生き物がどれに当てはまるか確かめるしかないようだな。
それより特別とはなんだろうか。
得られるポイントも200ポイント+αという謎の表記。
間違いなく、このイベントで『特別』という存在が鍵になると考えていい。
「ここまでがイベントの内容です。何か質問ありますか?」
その言葉にすぐに反応したのはリア。
恐らく、いや、間違いなく、『特別』に対しての質問だろう。
「特別とは具体的にどのような生き物なんですか?」
「残念ながらそれにはお答えできません。このハンティングゲームでは生き物を狩ることよって、初めてその生き物のポイントを知ることが出来る仕様になっておりますので」
予想通りといったところか。
この仕様ではなかったら、絶対に例などを挙げているはずだからな。
リアは「はぁ……そう」と眉間にしわ寄せてそう呟き、それ以上は何も言わなかった。
僕もサラも質問がないので沈黙が続く。
数分後、質問がないと判断したマーガレットは口を開いた。
「では、ここからは期間や報酬などについて話していきます。
まずイベント期間は四日間です。
この間はイベント特別エリアでの生活となりますので、持って行く荷物とこの場に置いておく荷物を分けておいてください。
イベント終了後、一度ここに戻ってくるので荷物の心配はないです。
次にイベント報酬についてです。
イベント報酬はグループの順位によって変わります。
順位の判別には、先ほど説明したイベントポイントを使います。
イベント終了時、上位5%のグループには100スコア&100万ポイント。
イベント終了時、下位1%のグループは死刑。
先ほど言い忘れていましたが、もちろん、生き物に殺されても死にますのでご注意ください。
そして上位5%、下位1%にも入らないその他のグループには100万ポイントです。
最後になりますが、イベント期間中はメニューバーに自分のグループの順位及びトップ100位までのグループ名とグループの位置情報が表示されることになります。
自分のグループの順位を気にしながら、イベントを乗り切ってください」
全ての説明が終わったのか、マーガレットは小さく息を吐く。
そんなことはどうでも良くて、イベントって死が伴うのか。
ランクを上げる機会には、それ相応のものがついてくるということなんだろう。
グループ戦も命をかける戦いだしな。
しかし、イベント順位が常にメニューバーで確認できるのは有難い。
それにトップ100位までのグループ名も分かるなんてハンスのグループ順位を……って、ハンスのグループ名を知らないぞ、僕は。
折角、確認しながらイベントを進められると思ったのに。
これは完全にミスだ。
「説明は以上ですが、質問はありますか?」
誰も質問はないのか、真っ白な空間に沈黙が続く。
数分後、マーガレットが「では、説明は終了とさせていただきます」と言い、目を閉じて行動を停止した。
時刻は午前十一時五十分。
イベント開始までは残り十分だ。
「リア、サラ。荷物を準備しようか」
「そうね」
「うん」
サラは嫌そうだったが、リアに手伝われながら、何とか準備を始める。
十分もあれば、荷物の準備をするぐらい余裕だろう。
僕は宿泊用鞄と外出用鞄に必要な物と不必要な物を分ける。
イベントは四日間と意外と長いが、狩りをしなければならないので、持って行く物は必要最低限でないといけない。
じゃないと動きづらいからな。
僕は普段からある程度、綺麗に分けていたので三分ほどで準備が完了。
二人を見ると、まだまだのようだ。
「サラ、ここで着替えないの!」
「え、動きやすい服装の方がいいと思う」
「そ、そうだけど!」
サラがいつも通り恥なんか知らないと言うように、堂々と着替えている。
僕もサラの着替えには見飽きたものだ。
「これに関してはサラの言う通りだよ。今、動きやすい服装に着替えるべきだ」
「も、もしかして、私の着替えを見たくてそんなことを……」
真面目に言ったのに、なぜかリアがジト目で僕を見て来るんですけど。
はぁ……イベント前にそんな着替えを見たいとか思わないわ。
本当にリアのこういう面倒なところは相変わらずだな。
「どうせ服なんて持って行けないんだぞ。今着ている一着がイベント期間中の服になるんだ。それぐらい分かれよ」
「ふんっ、知ってたもん! じゃあ、あっち向いてよね」
何でリアのやつ怒ってるんだ?
まぁいいけどさ。
イベント前ぐらいは真剣になってほしいものだ。
数分後、僕たちの準備は全て終了。
後はイベント開始を待つだけだ。
「絶対に上位5%に入ろうね!」
「ああ、もちろんだ」
「うん、頑張る」
リアの気合いのこもった言葉に僕とサラもいつもより力強く答える。
今から始まるイベントは僕たちラックにとって未知の世界。
何が待ち受けているかなんて分からない。
だけど、僕たちラックなら必ず無事にイベントを終えられるはずだ。
最高の結果で。
そろそろ時間か。
停止していたマーガレットが起動し、口を開く。
「お時間となりました。では、イベント特別エリアに転送します」
口内に溜まった唾を飲み込む。
ああ、ついに始まるのか、初めてのイベントが。
「イベント――ハンティングゲームをお楽しみください」




