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22.Iレイヤーの絶景

 ハンスにグループ戦を申し込まれてから数日。

 ついに昨日、灯台が完成したらしい。

 そして今日は灯台で初の商売の日。


 現在の時刻は午前五時。

 かなり早起きだと思うが、街がパニックにならないためには仕方ない。

 灯台まで移動するところを見つかれば、それはそれは大変なことになるからな。


 ハリウッドスターがパパラッチに撮影されるより、面倒になることは間違いない。

 生憎、僕にはボディーガードがいないからな。

 サラをボディーガードに出来なくもないが、誤って暴行し、犯罪行為とみなされそうで怖い。

 そういうわけで、早めに行動している。


「この時間はまだ暗いな」

「そうね。日の出は三十分後ぐらいだと思うわ」


 隣にいるのはリアだ。

 サラの方は朝が弱いため、宿に寝かしてきた。


 先ほども言ったが、この時間はまだ暗い。

 電灯もないので、小さな星光のみが僕たちを照らす。

 街は静寂に包まれ、いつもの光景が嘘みたいだ。

 個人的にこれぐらい静かな街の方が好きかもしれない。

 いや、違う。

 久しぶりに自由に外出できて、心が体が喜んでいるのだろう。


「そう言えば、カルロスって人はどんな人なんだ?」

「真面目な人よ。他の二人もとても良い人で、ゼロも気に入ると思うわ」

「珍しいな、リアが人を褒めるなんて。しかも、大人を」


 僕はリアを横目で見ながら、自然とそんな言葉が出た。

 恐らく僕は驚いたのだ。

 だって、あのリアから「とても良い人」という言葉が出たのだから。


 前はこの世界に出会った大人に対して、別に良いとも悪いとも言ってなかった。

 そう、無関心。

 興味があったのは、その人間の話だけで他は使えそうな人間とは仲良くしてただけ。


 もしかしたら、少しずつリアも変わろうとしているのかもしれない。

 リアはリアなりに努力していると考えていいだろう。

 過去とは、今というもので上書き保存は出来ないが、恐らくリアは今の記憶を新しく保存していってるに違いない。そして変わろうとしている。

 そう思うと、僕もグループメンバーの一人として嬉しい。


「まぁね。なんかカルロスさんたちは違ったんだよね。目とか声とか」

「リアにしか分からない世界だな」

「そうかもね。でも、まだ分からないことも多いの」

「そうか。まぁ焦らずにゆっくりだな」

「う、うん」


 その返事の後に、リアは一瞬だけ口元を緩めた。

 変わっていると実感して嬉しいのか。

 変わっていると僕に知ってもらえて嬉しいのか。

 それは分からない。

 でも、間違いなく、リアがいつもしている不自然な笑みではなかった。


 歩くこと数十分。

 僕たちは街から草原へ。

 すると、すぐ目の前に丸くて大きい灯台が現れ、一人の男が僕たちを見下ろしていた。

 男は僕たちに気付くと暗くて見にくいが、爽やかな笑顔で手を振ってくる。

 リアはそれを見て、パッとした太陽のような笑顔で、頭の上で大きく手を振る。


「アレは?」


 僕はリアの耳元でそう聞くと「この灯台を作ったダイチさんだよ」と言ってきた。

 まだハッキリは顔が分からないが、アレがダイチか。

 何というか、灯台にいるせいか、カッコ良く見える。

 いや、実際カッコイイのかもしれないが。


「おーい、リア! 眠たそうだな~」

「そんなことないですよ!」


 僕がダイチを見ているとリアは灯台の下にいた男……恐らくカルロスと会話している。

 確かに見た目だけで分かる良い人感。

 リアと会話しているのに、目が胸に一切引き寄せられていない。

 さっき真面目な人って言っていた理由が何となく分かった気がする。


「お、もしかして、後ろにいるのがゼロか?」

「そうなんです! ほら、ゼロ挨拶して!」


 いや、リアは僕の母親か!

 と、心の中でツッコミながら口を開く。


「初めまして。ゼロです」

「お、イケメンだね! 俺はカルロスだ。よろしく頼む!」

「こちらこそよろしくです」


 僕たちは挨拶をし、握手を交わす。

 カルロスの手はゴツゴツとしていて、如何にも力がありそうだ。


「エリカ! ゼロが来たぞ!」

「え、本当に!」


 灯台の後ろで何か用意していた女が嬉しそうな反応を見せ、こちらに寄ってくる。

 この人がカルロスのグループ唯一の女――エリカか。

 子供っぽい感じもするが、どこか母性を感じる声。


「あのゼロです。よろしく――」

「アレックスっ!」


 エリカは僕の言葉を遮り、いきなり僕に抱きついてきた。

 力強いが包み込んでくれる柔らかさと優しさを感じる。

 シャンプーの匂いだろうか、甘い香りが鼻孔をくすぐる。


 って、何で僕は抱きつかれているんだ!

 冷静にエリカについて語っていた僕はどうかしていると言っていい。

 それよりもこれはどうしたらいいのだろうか。


「あ、あの! エリカさん? どうしたんですか?」

「……」


 リアが話しかけても、エリカは黙ったまま動かない。

 てか、なんか僕の服が濡れた気がする。

 一体、何だろうか?


「ごめんな、ゼロ。ちょっと待ってな、はぁ……」


 カルロスは申し訳なそうにそう言い、エリカの両脇に手を通して僕から引き剥がす。

 すると、エリカの顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「その様子じゃ、エリカが久しぶりにやった感じか?」


 苦笑いしながら、灯台の扉から出てきた男がそう言う。

 この人がダイチだろう。

 カッコイイとかイケメンより男前という言葉が似合う顔だ。


「まぁな。俺、ちょっとエリカを落ち着かせて来るわ」

「おう、頼んだ」


 ダイチの返事を聞き、カルロスはエリカと一緒に灯台の反対側に移動する。

 完全に二人が見えなくなると、リアが小さく口を開く。


「あの、エリカさんはどうしたんですか?」

「アレね。まぁ少し話すと、エリカには高校生ぐらいの子供がいたんだ。だけど、実力協力制度によって完全に離れ離れになってね。それで時々、エリカは自分の子供に似ている人を見つけると、さっきのように泣いて抱きつくんだ」

「そ、そうだったですね」

「だからさ、ゼロは気にしなくていいよ」


 頬をかきながら笑みを浮かべ、ダイチはそう僕に言う。

 僕はそれに「分かりました」と軽く答えた。

 人の過去などあまり深掘りする話でもないしな。

 簡単に話を終わらしておく。


 しかし、実力協力制度前はかなり自由だったんだな。

 家族や友人と仲良くしていた人が多くいたことが想像できる。

 ということは、恐らく一部の人間が反発したことにより実力協力制度が出来たのだろう。


 そんな一部の人間によって、エリカのような家族と離れ離れになった人がBNWに多くいることは間違いない。

 そうなるとエリカと同じく、また家族に会いたいと思っている人は多くいるはずだ。


 もしかしたら、この世界は大きく分けて三つのグループに分かれているのかもしれない。

 一、僕たちのようなトップを目指すグループ。

 二、アルコールライフの客のような新しく出来た仲間と楽しい生活を送るグループ。

 三、エリカのような家族を探すグループ。


 そう考えると、実力協力制度がどれほどこの世界の基本を作っているか感じられるな。


「それより今のうちに灯台の説明をしとくよ」

「あ、はい」


 ダイチにそう言われ、僕たちは灯台の扉に向かう。

 そして僕とリア、ダイチは灯台の中へ。


「まずこれが出入口ね」

「はい」

「基本、内からこんな感じで、鍵をかけられるから」


 ダイチは口で説明しながら、鍵のかけ方を実演する。

 この灯台の扉の鍵は、かなり昔にあった牢獄や小屋の木の鍵。

 長い木の板を鉄のフックにはめる感じだ。

 とてもシンプルで分かりやすい。


「次にここが寝床」

「え? 寝床? リ、リア?」

「えっと、ここで生活する方が楽かなって……」


 目を逸らしながら、リアはそう言う。

 思わず僕は重いため息が出たが、寝床であるベッドをよく見て驚いた。

 なぜか、それは簡単。

 クオリティが高かったからだ。


 最初に灯台を一目してクオリティが高いことは分かっていた。

 しかし、それは灯台だけだと思っていたし、まず灯台だけでこのクオリティなら他は手がつかないと思っていた。

 期間も短かったしな。


「ゼロ、この出来でも嫌かな?」

「いえ、素晴らしいベッドです」

「でしょ! ダイチさんは天才的なんだから!」

「だな。でも、黙っていたことが無くなったわけじゃないからな」


 僕が軽く睨むとリアは「うっ!」と言い、下を向いて僕が聞こえない声でごちゃごちゃ言い出した。

 反省しているのか?

 それとも悪口か?

 恐らく、いや、間違いなく後者だ。

 どうせ「サプライズだったのに」とかふざけたことを思っていたのだろう。

 まぁサプライズを用意している僕が言えたことじゃないが。


 ダイチはそんな僕たちの会話を聞き、楽しそうに声を出して笑っていた。


「二人とも仲が良いね!」

「普通ですよ。それより次に行きましょう」


 僕の言葉に嬉しそうに笑い、ダイチは灯台の階段を上り出す。

 階段はかなりオシャレでいわゆる螺旋階段。

 一段一段しっかりしていて、抜ける心配は無さそうだ。


「到着っと! ここが灯台の二階だよ!」


 ダイチの後に、僕とリアも上にあった扉を通り灯台の二階へ。

 一歩、二歩と足を出し、二階に出た瞬間、僕とリアの口から自然と声がこぼれる。


「うわぁぁぁ! 凄い景色!」

「だな、これは凄い」


 僕は目の前にある景色に感動し、違う世界に来た感覚を覚えた。


 丁度、太陽が地平線から顔を出し、「おはよう」と言うように街、草原、森に光を差す。

 そして闇に染まっていた空は徐々に綺麗な青を取り戻し、星が「さようなら」と姿を消していく。

 これが夜から朝へ変わる境界なのだろう。


 BNWに来て約一ヶ月ほど経つが、こんな美しい景色は初めて。

 恐らくこの高さ、この時間だけにしか存在しない景色なんだろう。

 もしかしたら、ダイチはこれを知っていたのかもな。

 わざわざこんな早くから灯台の説明をする必要もなかったはずだし、そう考えるとダイチは意外とロマンチストなのかもしれない。


 数分もすると、先ほどまであった夜が消え、完全に朝を迎えた。

 それをみんなに知らせるかのように、鳥の鳴き声が草原中に響き、温かい風が草木を鳴らす。


「やっぱりこの景色は最高だね! 眠気が吹っ飛ぶよ!」

「本当に良い朝です」


 リアは景色に浸りながら、囁くように言葉を声にする。

 ダイチは体を起こすように、気持ち良さそうに伸びをし、もう満足したのか「僕は先に降りとくよ」と言って灯台の中に戻っていった。

 言葉や態度を見る限り、やはりダイチは僕たちにこの景色を見せたかったようだ。

 何となく、リアが僕に「気に入る」と言っていた意味が分かった気がする。


「ふわぁ~! 絶景だね!」


 胸を強調させ、色っぽい声を出して伸びをしてそう言うリア。

 僕は「だな」と軽く返事し、視線をリアからなびく草原に向ける。


 正直、ここに大量の人が来ると思うと、あまり良い気はしない。

 だって、目の前に広がる自然や静かさを知ってしまったら、人なんて呼ばずにずっとこの景色を見て、小鳥を手に乗せてゆっくりと過ごしたいと思ってしまったのだから。

 それに肌に優しく触れる風と自然の匂いを感じながら、昼寝なんかもしたい。


「これを見るとIレイヤーも案外悪くないな」

「地球ではこんな景色見られなかったしね」

「ああ、本当に商売なんかしたくなくなるよ」


 僕が苦笑しながら冗談っぽくそう言うと、リアがこちらに視線を向けて口を開く。


「それはダメよ。ちゃんと商売して頂戴! もうっ!」


 なぁリアは僕の妻になったのか?

 とツッコミたかったが、変な空気になりそうだから止めておく。


 しかし、この景色を見たリアなら、今日ぐらいは僕のワガママを聞いてくれると思ったんだがな、残念ながら無理だった。

 そらそうか、恐らくもう客を呼び込んでいるのだろう。


「はぁ……まぁ頑張るよ」

「私もハントが終わったら、すぐ来るわ」


 その言葉の後に「じゃあ、また夜に」と言い、灯台の中に戻っていった。


 僕はリアの背中が見えなくなった後、視線を景色に戻す。

 何となくだが、もう少しこの景色を見ていたい。


 雲一つない青空、風によって揺れる草原、甲高く聞きやすい鳥の声。

 数日後にはこの景色を飽きていると思うと寂しい。

 でも、それは生き物なのだから当然のこと。

 だから、今のうちに思う存分、この景色を堪能しておく。

 Iレイヤーを離れてからも、思い出すぐらいに。

 しっかりと。


「……きれいだ……」

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