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21.クイーン

 オレ――ハンスがゼロにグループ戦を申し込んだ夜。

 Iレイヤーのとある地下部屋にオレとミレイはいた。

 地下部屋ではアルコールランプの炎だけが部屋全体を照らし、風の音も街の音も聞こえない。

 完全な密室空間だ。


「ハンス様、晩ご飯の用意が出来ましたが、どうされますか?」

「ん、そうだな。オレは後でいい。先に食っておけ」

「分かりました。では、失礼します」


 オレの命令により晩飯を伝えにきたミレイが部屋から出る。

 ミレイはオレの命令を忠実に聞く、メイドみたいな存在。

 買い物、料理、掃除など、オレの身の周りのことは何でもしてくれる。

 本当に優秀な人材だ。


 オレのもう一人のグループメンバーであるフォトという奴は、オレの命令により情報収集役として、Iレイヤー中を飛び回っている。

 今回、ゼロを見つけることができたのも、フォトのおかげだ。

 フォトの情報収集能力はIレイヤーでもトップレベル。オレもかなり評価している。


 そう言うことで、フォトとはイベント以外ではほとんど別行動である。

 この世界はグループ内なら、連絡も取れ、位置情報も把握できるので、そこまで心配はしていない。

 グループを裏切るということも、この世界ではあり得ないことだからな。


 オレは机の上の飲み物を手に取り、二度ほど喉を動かし、喉を潤す。

 そしてメニューバーを開き、時間を確認する。

 時刻は午後八時半。

 そろそろ連絡が来るはずだ。

 オレはゆっくりと瞼を閉じる。


『こんばんは、ハンス』


 脳内に直接響く女の声がオレを呼ぶ。

 何度聞いても、この凍るような冷たい声には鳥肌が立つ。

 心臓の鼓動も徒競走を始めたように速くなっていき、オレはこめかみから頬へ汗を流す。


「ご無沙汰しております、クイーン」


 心臓の音をうるさく感じながらも、オレは女――クイーンの脳内に返事をする。

 すると、『落ち着きなさい』とクイーンが一言。

 軽く深呼吸し、何とか心臓の音をいつも通りに。


 現在、クイーンとは俗に言うテレパシーというもので会話している。

 これはゼロ以外の一族が自由にどこでも、いつでも使える連絡ツールだ。

 個人でも複数でも連絡は可能で、一族ではよく使う。


『今日は先日に連絡してもらった時に言っていた日でしたね』

「は、はい」

『ゼロは本当に存在していたのですか?』

「情報通り存在いたしました」


 オレが丁寧にそう答えると、クイーンは少し間を置き、『そうですか』と更に声を冷やしてそう言葉にする。


 今、オレが連絡しているクイーンは一族のトップ。

 一族のルールとして、もし一族の情報を得た場合、必ずトップであるクイーンに連絡するルールがあるのだ。

 その中でもゼロの情報は最重要だった。

 オレはその最重要であるゼロの情報を手に入れたということで、先日クイーンに連絡し、今日の昼にその情報が正しいか確認しに行くと知らせていたのだ。


『それでもちろん殺したのですよね?』

「あ、そ、そのですね。こ、こここ、殺すのは失敗いたしました」

『……はぁ……』


 クイーンは小さくだが、氷の槍のようなため息をつく。

 オレの脳はそのため息だけで、凍り付き、意識を失いそうだった。

 だが、何とか耐え、オレは気持ち声を張ってクイーンに言葉を送る。


「で、ですが、グループ戦の申し込みに成功いたしました。なので、そこで必ず殺してみせます」

『それはいつ頃ですか?』

「七月でございます」

『少し遅いですが……まぁいいでしょう』

「あ、ありがとうございます」


 ホッと肩を撫でおろし、ゆっくりと息を吐く。


 先日、ゼロの件をクイーンに連絡した時、もし本当にゼロが存在していたなら殺すようにと命令を受けていた。だが、流石に無謀すぎるので、オレはそれを行動には移せなかった。


 別にビビっていたわけではない。

 ゼロと直接戦うということは、自殺行為と差ほど変わらないことなのだ。

 それは一族ならみんな理解している。

 なぜなら、一族の中でゼロに勝てる確率が1%以上ある者など限られているからな。


 というわけで、オレはまだ可能性があるBNWのグループ戦という方法を使うことにしたのだ。

 グループ戦なら直接的ではなく、間接的に戦い、殺すことができる。

 それが唯一、オレがゼロを殺すことが出来る方法。

 直接的ではなく、間接的など、弱者の考えかもしれない。だが、オレは弱者だ。

 弱者が弱者なりに考えて戦うのは当然のこと。別に恥ずべきことじゃない。


 それにクイーンもグループ戦を認めてくれた。

 クイーンも別に最初からオレがゼロを殺せるなど思っていなかったのだろう。


『でも、もし失敗した場合、死んでもらいますからね。あ、グループ戦に負けた時点で死ぬのでしたね。精々、わたくしをガッカリさせないように頼みますよ』

「もちろんです。では、失礼いたします」

『ええ、では』


 クイーンは最後に『ふふっ』という笑い声を付けたし、脳内から声は消えた。


「はぁ……心臓に悪いぜ」


 オレは目を開け、ため息をつきながら右手で心臓を抑える。

 メニューバーを確認すると、時刻は午後九時。

 飲み物を一口飲み、椅子から立ち上がって部屋を出る。

 そしてグループ専用の風呂場へ。


 脱衣所でゆっくりと服を脱ぎ、浴室の扉を開けて中へ入る。

 扉を開けた瞬間、オレの肌に温かい風が当たる。浴室は浴槽の湯気のせいか、白く染まっていた。


「ハンス様」


 そんな湯気の中からオレの名を呼ぶ声がした。

 よく浴室を見てみると、湯気の隙間から小さく華奢な体が視界に入る。


「ミレイ、入っていたのか」

「はい、申し訳ございません。すぐに出ます」


 軽く頭を下げてそう言い、ミレイはすぐに洗っていた体をシャワーで流す。


「いや、大丈夫だ。背中を流してくれ」

「か、かしこまりました」


 オレは動揺することもなく、ミレイにそう命令する。

 ミレイの裸などもう見慣れている。もちろん、ミレイもオレの体など見慣れている。

 だから、別に男女の関係にはならない。


 それにオレはさっきのクイーンとの会話で疲れている。

 ミレイとそんなことをする体力などもう存在しない。


「ハンス様。では、こちらへお座りください」

「ああ」


 ミレイは立ち上がり、オレに椅子を譲る。

 そしてシャンプーを手に乗せ、オレの頭を洗い出した。


「何かご不満があれば、おっしゃってください」

「大丈夫だ」


 オレはそう一言だけ告げ、目を閉じて考えごとを始める。


 『ゼロ殺害』。

 これに関しては、オレがイベントの順位で勝つしかない。

 どんなイベントが来るかは知らないが、正直そこはあまり関係ない。

 だって、間接的な戦いはグループで頑張るしかないからな。


 それよりゼロがこの世界にいたなんて驚きだ。

 今日の昼に出会った時は脳内電気が流れ、しっかりと二度見して目を疑った。

 まぁ一族であったら、誰だってゼロを見ればそうなるだろう。


 だって、一族にとってゼロとは特別な存在。

 オレ、トップであるクイーン、ゼロを含め一族の数は667人いるが、ゼロは一族であり一族ではない。

 正直、オレ自身も何を言っているんだと言いたくなるが、この説明であっているのだからどうしようもない。

 簡単に言えば、一族はゼロと666人で分かれているのだ。


 なぜ分かれているのか。

 それは簡単、ゼロとオレやクイーンの目的が違うからである。

 オレやクイーンたちの目的は『ゼロ殺害』。

 これは産まれた瞬間から変わらない。

 ずっとその目的のために生きてきた。


 ゼロの方は普通に考えて『ゼロ殺害』が目的ではないはずなので、オレは知らないが何かしら目的があるのだろう。

 クイーンクラスなら、それぐらいのことを知っているかもしれないが、オレのような下っ端は知ることができない。一族の下っ端なんて『ゼロ殺害』に利用されている武器みたいなものだからな。


 正直、ゼロを殺す理由すら分からない。

 何のためにゼロを殺すのか、殺す必要なんてあるのか?

 昔、いや、今もそう思っている。


 でも、オレは『ゼロ殺害』という目的を達成しなければならない。

 だって、殺さなければ、オレがクイーンに殺されるのだから。

 オレがゼロを殺す理由など、本当にただ生きるため。それだけだ。


 裏にもっと強大な何かがあることは間違いない。

 そんなのは分かっている。でも、オレには関係ない。

 結局、何を知っていようが、オレがやることは変わらないのだから。


「ハンス様、下の方が大きくなっていらっしゃいますが処理いたしますか?」

「ああ、頼む」


 これはけしてミレイの裸に興奮したわけではない。

 オレはただ次のイベント&グループ戦にワクワクしているだけだ。


 もちろん、グループ戦ということで恐怖もある。

 だが、昔はゼロと戦うなどあり得ないことだった。

 雲以上の存在。

 そんな相手と戦うのだ。

 『ゼロ殺害』を目的として生きて来た一族なら、誰だって興奮する。

 これは仕方ないことなのだ。


 その後、オレは小さく柔らかい手によって、下の大きさを元に戻したのであった。

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