18.疲れた夜
午後九時、僕たちは晩飯とお風呂を済ませて宿に戻って来た。
「何という人の量なの……」
「本当に凄い量……」
リアとサラは完全に疲れ切っている。
街中、人で溢れかえり、お祭りでもしてるような感じで全く前に進まなかった。
店も人でいっぱいで、どこを見ても行列。
晩飯とお風呂を済ますだけでも一苦労だった。
それに加えて、僕はゼロ様ということで、頭の先からつま先まで変装し、声でバレないように一言も喋ることが出来なかった。
本当に一夜でハリウッドスターになった気分だ。
でも、そこに嬉しさなどない。だって、日常が失われたのだから。
Gポイントのためだとしても、これはリアルにきつい。
早く次のレイヤーに行って、日常を取り戻したくて仕方がない。
けど、これは僕が好奇心だけで行った行動の罪だ。
受け入れるしかないのかもしれない。
「まさかこんなに人が来るとはな……」
「まぁ私がスキル『撮影』の人に頼んで、Iレイヤー中に広めてもらったからね」
は? リアのやつ何て言った?
Iレイヤー中に広めてもらった?
って、ことは日常が急速に失われたのはリアのせい?
「僕はそんなこと知らないんだが」
「サプラ~イズ!」
「何がだよ! 嫌がらせにもほどがあるぞ!」
僕は少し口調を強めにそう言うと、リアは顔を下げて「私も……」と小さく呟く。
全く聞こえなかったので、僕は「何て?」と聞き返すとリアは顔を上げて口を開いた。
「私もここまでは予想していなかったの! だって、ゼロ教だよ? 誰がそんな宗教を信仰するのよ! バカかアホか頭のネジが数本飛んでるやつぐらいでしょ!」
下手くそに笑いながら、身振り手振りを付けてそう言うリア。
僕の信仰者を滅茶苦茶に言うな、こいつ。
いやでも、確かに言いたいことは分かる。
歴史もない宗教をいきなり信仰するなんて正直理解できない。
それに三十秒会うだけに1000ポイントも使うんだ。
そのGポイントで晩飯を買った方がよっぽどマシである。
「違う」
リアの言葉の後に沈黙が生まれる中、潰したのはサラだった。
そして言葉を続ける。
「人間は寂しく可哀想な生き物。だから、神という存在を求めて、少しでも心を癒そうとした。こんな意味不明な世界に来て、誰しもが恐怖や不安を抱いている。その恐怖や不安を少しでも軽減するために、ゼロ様という神を信仰した」
初めてのサラの長々とした言葉に僕とリアは驚いた。
それに思いのほか納得できる内容。
確かによくよく考えれば、この世界に急に転送させられ、知らない人とグループを組み、生きていかなければならないなんて、恐怖と不安しかない。
誰もが辛く、グループメンバーを仲間だと思いながらも、どこか心を許せないでいるはずだ。
僕たちはBNWのトップを目指すと決めた。
だが、ほとんど人がそうではない。
IレイヤーはこのBNWで生きていくしかない人ばかりだ。
それはBNWの恐怖と不安と共存していかなければならないということ。
だから、ゼロ教徒は皆で共有できる宗教というものを使い、みんなが自分と同じように、恐怖や不安を抱えていたのだと感じ、少しでも安心しようしたのだろう。
「誰もゼロ教にゼロのことが心から好きという理由で入っていない。ただ安心する場として利用しているだけ」
「サラの言う通りかもな。別にゼロ教じゃなくて良かったと思う。どんなやつでも同じように、みんなは信仰していたはずだ。それがたまたまゼロだっただけなんだよ」
だから、何なんだというと何でもない。
ただ僕は信仰者の神であり続けなけばいけない。それだけだ。
「リア、別にゼロ教を広めたことは悪くない。リアは街が大変なことになって、迷惑をかけてしまったのではないかと思い、そんな表情をしてるんだろ。でも、大丈夫だ。誰もそんなことを思ってないさ……僕を除いて」
「ゼ、ゼロ……ありがとう。って、ゼロは迷惑だと思ってるの! 折角、良いこと言ってると思ったの最後の一言で台無しよ!」
と、頬を膨らまし、ハリセンボンのようになっている。
でも、次の瞬間、「はぁ……」とため息をしながら微笑み、口を開く。
「まぁそうね、一応ごめん。それとさっきゼロの信仰者をバカにしたのもごめん」
そう頭を下げて謝った。
何というか違和感しかないな。
僕は「別に気にすんな」と言うと、リアは嬉しそうに頷いた。
「ねぇ、何で謝ったの?」
「え、サラが『違う』って言って、私が信仰者をバカにしたことを怒ったから?」
「はぁ? 私は信仰者がゼロ教を信仰する理由が『違う』と言っただけ。別にリアが言った『バカかアホか頭のネジが数本飛んでるやつぐらいでしょ』のことを否定したわけじゃない」
サラが堂々とそんなことを口にする。
その返答にリアは「え、そうなの! そうだよね、そうだよね!」と、サラの手を掴み、上下に動かしている。
いや、サラってやつは本当に裏切らないな。
何で否定しないんだよ、否定しろよ!
初めてサラのまともな姿にそこそこ関心していたのに、今のでそんな気持ち無くなったからね!
本当にブラックホールに吸い込まれるぐらい一瞬にして消えたから!
そんなことより話したいことがあるんだった。
僕は話を変えるため、二人の会話に割り込むように話しかける。
「それよりさ、商売について色々話すことがあるんだけど」
「いや~、サラは本当に面白い」
「そう?」
「うんうん! 特殊すぎる!」
「って、話聞けよ」
呆れたようにそう言うとやっと二人は口を止めた。
人の話は聞けよな、マジで。
「で、商売の話って何なの?」
リアのやつ聞こえていて、話してたのかよ。
隠さないところがいっそ清々しいな。
「今のペースじゃ、客が多すぎて折角来てくれたのにみんなに会えないんだ」
「何それ神意識?」
サラのやつ平然とした顔で、すぐにバカにするようなこと言うな。
リアと違って狙って言ってないから、またこれがツッコみづらい。
「まぁそんなとこ。それにGポイントを稼ぐにも効率が悪いしさ」
「確かにそうね。じゃあ、面会時間を減らす?」
真面目な表情でそう言い、首を傾げるリア。
やはりその考えに至るよな。
僕もそれしか思いつかなかった。でも、流石にアレ以上は客に失礼だ。
それにぼったくり宗教とか言われだしたら終わりだし。
僕はリアに「他の方法はないか?」と聞いてみる。すると、「他かぁ~」と言い、眉間にしわを寄せて悩みだした。
そして悩んだ結果、出た言葉がこれだ。
「サラは何かない?」
こいつ、人に任せやがったぞ。
しかも、悩みから解放されたからか、弾けた笑顔で。
本当に性格悪いというか、せこいというか。
「んー、外に出てGポイント頂戴って言えば?」
「潰されるよ! それにどんな神だよ!」
本当に酷い答えだな、サラのやつ。
いや、答えただけマシか。
「あっ! それいいかも!」
閃きましたみたいな表情で、そう言い出したのはリアだった。
いや、全く「いいかも!」じゃないんですけど。
僕を殺す気なんですか?
僕に「僕を見ただろ、Gポイントよこせや!」って感じで反社会的勢力みたいなことやらすんですか?
僕が黙っているとリアは「ごほん!」と咳払いし、自信に満ち溢れた表情で話し出す。
「えっとね、灯台にゼロが乗るとかどう?」
「それじゃ、Gポイントは稼げないんじゃ――」
「ノンノンノン!」
一々、その指を振る行動、地味にウザいんだが。
「投げ銭方式にするのよ!」
「何それ」
サラが興味なさそうに聞く。
「投げ銭方式とは昔に流行った稼ぎ方でね。ライブ配信者に視聴者がここで言うGポイントをあげるのよ」
「へー」
サラ、ライブ配信者とか視聴者とかサラが知らなさそうな言葉が出て来て、理解出来ていないのは分かるが、その反応は酷いでしょ。
何か嘘でもいいから「そうなんだ」とか言ってあげて!
「でもさ、そんなこと出来るのか?」
「大丈夫! 物を買う時にGポイントを払うように、灯台の上のゼロにGポイントを払ってもらうようにするのよ」
簡単に言えば、僕は商品であり、レジの店員になるってことか。
けど、これだと間違いなく、払わない人が現れるはずだ。
分かっているのだろうか?
「客はちゃんと払うのか?」
「払うわよ、絶対に」
「なぜ言い切れる?」
「人間はそういう生き物だから」
根拠なしと言ったところか。
けど、正直これは二択だと思う。
全員払うか、それか全員払わないか。
人間なんて、周りの真似をする生き物だからな。
最悪、サクラでも使って誘導すればいいだろう。
「それよりさ、灯台とか作れるのか?」
「それは大丈夫! 運良くあてがあるの!」
へー、本当に知らないうち色んな人と仲良くなっているんだな。
正直、リアのコミュニケーション能力には関心する。
なかなか出来ることではないからな。
「じゃあ、頼むよ」
「うん。でも、一ヶ月はかかるかな?」
「長いな。まぁいいけど」
そう言うと「じゃあ、決まりだね!」と言い、満足そうにしている。
しかし、一ヶ月は長いな。作れるなら作ってほしいので「まぁいいけど」と言ったけど、一ヶ月も今日の商売をすると思うと……あぁ~考えたくない。
うん、考えないでいよう。
それよりこいつらのハントはどうだったのだろうか?
「で、そっちはどうだったんだ?」
話が一段落してポテトを用意するリアにそう問う。
じゃあ、ポップコーンを食べるサラの方が口を開いた。
「熊狩った」
ん? 熊を狩った?
いや、ポップコーン食べながら言うことじゃないよね?
てか、いつポップコーンなんか買ったんだ。
はぁ……まぁポップコーンは置いておこう。
それより「パン買った」みたいなテンションで「熊狩った」って言わないで!
頭がおかしくなるわ!
「兎や猪、それと鹿も狩ってたよね~」
続けてリアがそう言う。
いや、だからね、「肉と魚、それと麺も買ってたよね~」みたいに言わないで。
森の中をスーパーマーケットみたいにしないでくれ!
「は、はぁ、そうか」
「反応薄くない? サラが全部狩ったんだよ?」
誰のせいだと思っているだ、こいつ。
もう止めよう。これ一々ツッコんでいたらキリがない。
「凄いと思っているよ。それでレベルは上がったのか?」
「それが全く上がらないの。経験値はグループ全員に入るのよね?」
「らしいが、僕の商売経験値を入れてもレベルが上がらないとは厄介だな」
「もしかしたら、商売とハントの経験値量は思った以上に少ないのかもね」
「だな」
簡単に二人がレベル15まで上がったこともあり、感覚が麻痺している。
恐らくこれが普通なのだろう。
経験値量が少ないのではなく、経験値量を少なく感じるだけ。
とにかく地道にやっていくしかないな。
「初日の共有する情報はそれぐらいか」
「そうだね。また明日から頑張らないと」
「だな、寝るか」
時刻は午後十一時。
今朝のようにギリギリに起きないようにも、今日からは早寝を心掛けないとな。
話が終わったので、二人はポテトとポップコーンを片付け始めていた。
僕はその間にパジャマに着替える。
そして先にベッドに入り、二人が来る前に夢の中にダイブするのであった。




