17.商売開始
リアとサラがハントに行った後、僕は一人で朝食を食べていた。
柔らかいパンと牛乳を交互に口に入れ、時々ため息をつく。
ここに来てからお風呂以外で初めての一人。それに加えて、商売初日。
昨日の今日で商売は流石に心の準備がまだ充分ではない。
「サラのやつ、服脱ぎっぱなしかよ」
恐らく昨晩のパジャマと……下着だろう。
かなり布の薄い下着だ。
元々は着けていなかったぐらいだから、出来るだけ違和感のないものにしたのだろう。
それにサラの胸じゃ……。
僕は我が娘が出来たような気持でそれを畳む。
そしてサラの鞄に詰め込んだ。
この鞄は服や日常品を入れるための大きな宿泊用の鞄。
僕とリアも持っていて、僕たちは外出用鞄と宿泊用鞄として分けて使っている。
それにしても、サラの鞄の中はぐちゃぐちゃだ。
もう少し綺麗にした方がいいと思うが、そう言うと中を見たことがバレるので言わない。
絶対リアに「女子の鞄の中を見るなんて変態じゃん!」とか言われると思うし、変態に変態と言われるのはなかなか来るものがあるしな。
そんなことより時刻は午前八時五十五分。
商売開始まで残り五分だ。
僕は部屋を出来るだけ綺麗に見えるように、軽く掃除を始める。
一応、僕はゼロ教の神なので、神は神らしく見せたいという気持ちがあるのだ。
それに自分が信仰している神の部屋が汚いとか嫌だろ?
まぁ僕は嫌なので、掃除しているのだが。
――3000ポイントが払われました。
扉からそんな音声が聞こえる。
って、何で3000ポイント? 1000ポイントじゃないの?
それより掃除に集中している間に、午前九時になったようだ。
正直「そんなすぐに客は来ないだろう」と心の中で思っていたのだが、開始直後いきなり客が来てかなり驚いている。
とにかく昨日、リアが適当に作ったゴミ……じゃなくて椅子に座り、扉が開くのを待つ。
「ユキ、先に行きなよ!」
「そうだよ、ユキが一番最初に入るべきだよ!」
「え、そうかな?」
「うんうん!」
「じゃあ、最初に入らせてもらうね」
そんな会話が扉の外から聞こえ、僕の鼓動は少し高まる。
「し、失礼します」
柔らかな声と同時に扉がゆっくりと開く。
すると、見たことのない若い女性三人が入ってきた。
ここに入るのに、一人1000ポイントなのか。
なぜ3000ポイントだったのか、やっと理解できた。
「うわっ! ゼロ様!」
「ゼロ様だぁ~」
「ゼロ様、カッコイイっ!」
僕がGポイントについて考えていると、女性三人は高い声で「キャッキャッ」と叫んでいた。
完全にアイドルの握手会。
というか、カッコイイとか初めて言われた。
いや、自分でカッコイイとか前に言っていたような気が……なんか悲しいな。
それより最初の客だ。
何かおもてなしをしなければ……って、そんなの考えてないぞ!
だって、初日に客なんてほとんど来ないと思ってたもん!
ゼロ教の存在は信じていたけど、流石にわざわざ会いに来る人なんて限られてると思っていた。
というわけで、どうしようか?
「あ、あの……ゼロ様! ありがとうございますっ!」
「ありがとうです!」
「感謝してますっ!」
嬉しそうに瞳をピカピカと輝かせ、そう感謝される僕。
少し心が痛い。
だって、別にGポイントをあげようと思って、プレゼントしたわけじゃないし、本当にただ『実験をしよう』という好奇心だけ行ったことなのだから。
でも、そんなこと言っても彼女たちは喜ばない。
ここは嘘でも何か神らしいことを……
「そんな感謝されるほどのことではない」
なんか神っぽく、神らしいことを言ってみたがどうだろうか?
女性三人は「キャ! カッコイイィ~」と反応はなかなか良い感じだ。
では、続けて神らしい言動を行うか。
「頭を出しなさい」
そう言うと、三人は「はい」と返事をして、言われたように僕に頭を差し出してきた。
僕はその三つの頭を一つずつ丁寧に撫でていき、口を開く。
「これで皆さんに幸せが訪れるはずです」
そんな何の根拠もないこと言う。だが、彼女たちは嬉しそうにまた感謝の言葉を告げた。
――三十秒経ちました。部屋から退室してください。
扉から次はそんな音声がした。
って、これ時間制限まであったのかよ!
まぁ時間制限がないと無限に居座る奴とかいそうだしな。
でも、三十秒って短くない?
ぼったくりにもほどがあるよね?
ゼロ様は悲しいよ!
そんなことを思いながらも、彼女たちは満足気に部屋から出て行った。
「ふぅ~」
一人目の客ということで、流石に緊張した。
少し水で喉でも潤そうかな?
そんなことを思った瞬間、扉から次の客の知らせが来る。
おいおい、どれだけの人が扉の奥にいるんだ。
そんなことを思いながら、僕は次の客を対応することに。
そして僕はまだこの時、知らなかった扉の先の行列を。
⚀
午前の商売が終了し、現在は昼食であるサンドイッチとコーヒーを食べている。
それより聞いてほしい。
この商売、昼休憩はあるものの、部屋から出ることができない。
その理由は簡単、ゼロ教徒が部屋の外に長蛇の列を作っているからだ。
窓から街を少し覗いたのだが、最後尾なんて見えないし、本当にあり得ない量の人がいる。
正直、予想をはるかに上回る量で焦っているし、驚きを隠せない。
いや、来てくれるのは有り難いんだよ。
でも、ここまでの量を予想していなかったので、僕は昼食を買っていなかったのだ。
じゃあ、何で昼食があるのか?
それはこのサンドイッチとコーヒーはゼロ教徒からもらった物だからだ。
僕を地蔵か何かと思ったのか、お供え物としてたまたま持ってきてくれたらしい。
それを有り難くいただき、何とか今日の昼食を手に入れた。
本当に危なかった。
はっきり言って、部屋の外に出るなんて押し潰される想像しかできないから、今日の昼食は諦めていた。だから、本当に助かった。
もちろん、そのゼロ教徒には特別対応をとらせていただいた。
本当に明日からは昼食を朝のうちに買うか、前の日に買うようにしないと。
もうこんなラッキーなことはないはずだからな。
そんな僕はサンドイッチとコーヒーの味をしっかりと堪能して昼食を終え、もう一度あのゼロ教徒の顔を思い出し、感謝をした。
一時間の昼休憩はあっという間で、午後の商売が始まる。
午前同様に三十秒という短い間だが、ゼロ教徒に神らしい態度を振る舞う。
絶えることの知らないゼロ教徒が次々と入ってくるが、午前である程度ルーティンみたいなものができ、作業のように成りつつあった。
そして四時間後。
――本日の商売は終了となります。
そんな音声が部屋に響き渡り、午後の商売が終了。
無事に……いや、昼食の問題があったが、何とか初日を乗り切った。
この商売を毎日すると考えると、気が狂いそうになるが仕方ない。
僕にはスキルがなく、レベルも上がらない。
だから、グループのためにもこれぐらいはやらないといけない。
「はぁ……」
僕は重いため息をつき、痛いお尻をあげて窓の外を見る。
何となくだが、昼間見た時よりも人の量が増えている気がした。
行列はもう存在していなかったが、街は大量の人で地面すら見えない状態。
「この商売、客の量と商売スピードがあってない……」
そんな言葉が自然にこぼれ、僕はベッドに倒れ込んだ。




