16.クリームシチュー
十分ほど歩き、木造の立派な家が現れた。
一階建てだが、周りに家が一切ないということで、大きく土地を使っている。
「カルロス、お帰り! ん……そちらは?」
サラが熊から助けた男の名前はカルロスさん。
三十代の真面目な人である。
ここに着くまでに聞いたのだが、先ほどは日課の水汲みをしていたらしい。
そこで珍しく熊と遭遇し、危ない目にあったというわけだ。
そんなカルロスさんを家の前で薪割りをする男が呼ぶ。
グループメンバーだろう。
「こちらは俺を助けてくれたサラとリアだ」
「ど、どうも! ダイチです」
「こんにちは、リアです」
「サラ」
簡単に私たちは挨拶を交わす。
だが、ダイチさんはそれより色々と混乱したご様子。
「助けられたって何かあったのか?」
「ああ、熊に襲われてな」
「く、熊っ! って、もしかしてその後ろの奴か?」
「そう、この大きい奴だ」
「マ、マジかよ……」
サラが引きずってきた熊の死体を見て、いけないものを見てるような表情をするダイチさん。
普通の反応だ。
誰だってこの光景を見れば、こういう反応なる。
「そ、そのカルロスの動物は?」
「これはサラが一人で狩ったものらしい。いらないということだから俺がもらった」
そう、先ほどサラが狩った熊、兎、猪、鹿は全てカルロスさんにあげた。
自給自足の生活をしてるカルロスさんたちには、動物の肉は重要な食料らしい。
普通、動物はGポイントで売買するものらしいのだが、私たちは昼食をいただく代わりに無料で渡すことにした。
それに元々、捨てるものだったのだ。
持って帰って売るのも大変だし、食料には困ってないからね。
「いや、たまげた! 久しぶりにご馳走だな!」
「本当にな! 夢のようだよ!」
ダイチさんは顔から嬉しさを滲み出しながら、カルロスさんとハイタッチ。
カルロスさんも心の底から喜んでいるようで、顔に笑みを浮かばせる。
そんな二人の幸せそうな雰囲気に水を差したのはサラだった。
「ご飯!」
「あ、はい! すぐに用意しますね。では、こちらへ」
お腹が減りすぎて流石にサラも機嫌が良くないのか、それがはっきりと表情に出ている。
カルロスさんも熊を狩ったサラの機嫌は損ねたくないのだろう。
すぐに家に案内する。
家に入ると中は解放感があり、物も散らかっておらず綺麗だった。
地球でいう別荘という雰囲気だ。
てか、街に並ぶ家より立派で綺麗かもしれない。
私もここに引っ越したいぐらいだ。
「珍しいね。お客さんなんて」
「まぁね。エリカ、昼食は出来てるかい?」
「ええ、もちろんよ。すぐに用意するわ」
キッチンで鍋の中を回している女性はエリカさんと言うらしい。
金髪ショートが美しく、顔も整っていて美しい方だ。
「んぅ~ん! いい匂い!」
サラは目を閉じ、鼻で鍋から漂う匂いを堪能している。
確かにサラの言う通り良い匂いだ。
空腹状態ということもあるが、この鼻孔をくすぐる匂いだけで美味しさが伝わってくる。
「サラ、リア、こちらへ」
「うん」
「は、はい」
私たちは長いテーブルがある方へ案内され、椅子に腰を下ろす。
全て木材で出来ているのだが、本当にクオリティが高い。
怪我をしないようにやすりがけまでされている。
「リアの椅子とは大違い」
「それは言わないでよ! これが凄すぎるのよ!」
本当に私の椅子なんて釘で木の板を繋げただけのゴミ。
そのゴミに座ってゼロは商売をしてるのだが、ゼロ様が座ればゴミから椅子になるはずだ。
「これは全てダイチが作ったんだ」
「えへへ!」
カルロスさんに肩を叩かれて、嬉しそうに照れるダイチさん。
「ダイチさんは物を作るのが得意なんですか?」
「え、ああ。地球にいた時はこういう系の仕事でね。仕事と言っても、趣味が仕事になったって感じだよ」
「へー、それは凄い!」
私がテーブルを掌で撫でながら、そう言いと嬉しそうにダイチさんが笑っている。
ツルツルとした机は本当に木材で出来ているのか疑いたくなるほど、優しい感触。
まるで、赤ちゃんの頬のようである。
それにしても、こんなにレベルの高い職人のような人でも、このBNWに転送されるのね。
正直、勿体ないというか。AIの判断基準もあてにならないわね。
「はーい! 持ってきましたよ!」
大きな声でそう言い、エリカさんが鍋をテーブルの中央に置く。
中は白くて色々な具材が入っている。
これは……
「クリームシチューだよ!」
「おー! シチュー! 美味しそう!」
「もうっ! 美味しそうじゃなくて、美味しいのよ!」
エリカさんはサラの輝く瞳を見て、嬉しそうに笑い、木のお皿にシチューを入れていく。
シチューをすくうだけで、先ほどより濃く良い香りが私たちの鼻孔をくすぐる。
サラなんてヨダレが垂れ、犬みたいにシチューを見つめていた。
「では、食べましょうか! いただきます!」
エリカさんのその言葉の後に私たちも「いただきます」と言い、食事を開始する。
「んぅ~ん! 美味しい! なにこれ! シチューってこんなに美味しいものなの!?」
サラはあまりの空腹とシチューの美味しさに、スプーンが止まらない。まるで、飲み物を飲むようにシチューを食べている。
その姿にみんなは温かい目を向け、我が子のように見つめていた。
「おかわり!」
「はいはい! いっぱい食べてね!」
エリカさんは温かい笑みを浮かべてそう言い、サラのお皿にシチューを入れる。
先ほどより多く入れたのは、サラがよく食べる子なのだと理解したからだろう。
何と言うか、子供の扱いに慣れているというか、良く人を見ている人だ。
「エリカさんは料理が得意なんですね」
「主婦だったからね。あなたがリアさんよね?」
「はい」
「綺麗な顔にスタイルも良くてモテるでしょ?」
「そ、そんなことないですよ! エリカさんの方が美しいです!」
「あら、ヤダ! お世辞でもおばさん嬉しいわ!」
お世辞じゃないけど、喜んでもらえて良かった。
エリカさんは主婦ってことは結婚していたのよね。
恐らく年齢は自分のことを「おばさん」というぐらいだから、三十代か四十代だと思うんだけど、全くそうは見えないわ。
モデル兼主婦だったのだろうか?
⚀
昼食を食べ終わり、サラは幸せそうに動物の毛皮で出来たベッドで寝ている。
初対面の人の家で寝るなんてどうかと思うけど、今日は頑張ったし、別にいいだろう。
「じゃあ、洗い物してくるわ」
「じゃ、私も――」
「いいのよ、リアさん。サラさんのようにゆっくりしといて」
「そうそう! それに僕も色々、リアと話したいし」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
エリカさんとダイチさんの言葉に負け、私は椅子にもう一度腰を下ろした。
サラがあのような態度だから私だけでもお手伝いをと思ったが、本当にこのグループの人たちは優しい人ばかりだ。
こんな優しい大人は初めて。
もちろん、地球上にお菓子をくれるぐらいの大人はいた。でも、みんな裏があって、顔と心が汚れてるようにしか見えなかった。
だけど、三人は違う。
何の裏も感じない。表情も心も本物だ。
「リアはどうしてここに?」
いきなりダイチさんが話してかけてくる。
それを見てカルロスさんが「ダイチは相変わらず女好きだな」と一言。
ダイチさんは「そんなことないって」と笑いながら返事をする。
これを見るだけで、私たちのグループよりも何倍も仲がいいことが分かる。
いつか私たちもこんな風になりたい、心からそう思う。
そのためにも私は少しずつ変わらなければならないと感じた。
「それでリアはどうしてここに来たの?」
「あ、レ、レベル上げです。でも、全部サラが狩っていましたけどね」
そう言って苦笑いをする私。
「サラはバケモノだしね。僕たちもレベル上げと食料調達のために狩るけど、流石に一日であそこまでの量はないよ」
「まず熊なんて狩ったことないよな。俺たち三人でも返り討ちにあうと思うし」
二人は笑いながらそう言っているけど、全て本音だろう。
真面目に話したくても、サラの異常さに思わず笑みがこぼれるのだろう。
その気持ちはよく分かる。
まだサラと生活を始めて数日だが、私はいつも驚かされているしね。
「あ、そう言えばさ、レベルは高いの?」
「一応、レベル15です」
「……15! えっ、もう次のレイヤーにいけるぐらいじゃん!」
「いや、まだこの世界に来て一週間も経ってなくて……」
「な、なのに、レベル15って……グループ戦?」
私は少し顔色が変わったカルロスさんとダイチさんを見て、ゆっくり頷いた。
やはりIレイヤーの人はグループ戦を好まないのだろう。
この三人は特にそうだ。
地道にハントでレベル上げをしている人が、グループ戦をしようなんて思うはずがないからね。
「け、けど、勝って良かったね。本当に」
「う、うん、そうそう! 俺たちにはグループ戦をする度胸なんてないからさ」
完全に動揺している二人。
私たちを怖がっているのだろう。
グループ戦経験者でレベル15。それにサラの狩り能力を知っていればこうなるのも仕方ない。
カルロスさんは遠回しに「グループ戦だけは挑まないでくれ」と言っているし。
とにかく警戒されている。先ほどとは雰囲気が違う。
やはりこの街、否、Iレイヤーではグループ戦やレベルについては語らない方が良いのかもしれない。
もちろん、相手にもよるが警戒されるのは今のでよく理解できた。
ここはひとまず警戒を解かないと。
「私もグループ戦をしたくてしたわけじゃないんです。初心者狩り――ビギナーズキラーに挑まれて、何も分かっていなかったサラが了承してしまって、それで仕方なく……」
「えっ! あ、あの! ビギナーズキラーを返り討ちにしたのかい!」
「あ、はい!」
ダイチさんの雰囲気が急に変わり、なぜか私の手を両手で握って来た。
私は頭にクエスチョンマークを増殖しながらも、とりあえず笑顔を見せておく。
「ダイチ、リアが困ってるだろ」
「あ、ごめん。つい……」
カルロスさんの言葉でハッとし、えへへと笑いながら、手を離すダイチさん。
「悪いな、ビギナーズキラーとは色々あってな。それでダイチは特に嫌っていたんだよ」
「あ、そうだったんですね。それで何があったんですか?」
私は質問するか迷ったが、聞かないのも変な気がして質問する。
まぁ警戒心が解けているのか、判断するのにも良い判断材料だ。
人は信用していない人間に過去なんて話さないからね。
「それは言えな――」
「いいじゃないか、カルロス! もう終わった話だ」
カルロスさんの言葉を遮り、ダイチさんが話を始める。
判断しにく反応だったが、まぁダイチさんの警戒心は解けたことはハッキリと分かった。
カルロスさんはまだ警戒しているが、ダイチさんにつられて警戒心を解いていくはずだから問題はないだろう。
「リア、この世界のグループ分けはランダムだろ?」
「あ、はい」
「男女のグループもあれば、男だけ、女だけのグループもある」
一息入れ、ダイチさんは話を続ける。
「ビギナーズキラーって、僕たちと同じ男二人の女一人のグループだったんだよ。それは別に問題ないんだ、グループ分けはランダムだからね。けど、問題はあいつらだった。
あいつらが女に無理矢理性行為をしていると聞いてな。僕は許せなかった。グループ内で性行為は犯罪にはならないし、僕が行動してどうにかするしかなかったんだ。だから、僕はあいつらに注意することにした。
じゃあ、あいつらは僕たちにこう言ったんだ『てめぇも女とヤってんだろ?』ってね。
その言葉が頭にきた僕は思わず拳をあいつにぶち込もうとした。まぁカルロスに止められて、暴行にはならなかったんだけどね」
思い出してムカついているのか、拳を思いっきり握っている。
ダイチさんはかなり正義感の強い人なのだろう。
他のグループの人を助けようとするなんて、この世界では普通しないからね。
「俺もアレにはムカついたさ。でも、あそこでダイチが殴ったところで状況は変わらなかった。むしろ、殴ればあいつらの思う壺だ」
「はぁ……本当にあの時の僕はかなり周りが見えてなかったよ。まぁアレ以来、僕たちはビギナーズキラーと関わるのを止めた。こっちに引っ越したのもそれが一つの理由」
そう言い、コップに入った水を一気に飲むダイチさん。
そしてコップを置き、「でも、スッキリした! リア、ありがとう!」と満面の笑みでそう言った。
「いえ、たまたまですよ」
人を殺したのに、こんな笑顔を向けられるなんて、少し変な感じだ。
思わず下を向き、この世界の難しさを改めて実感する。
何が正しくて、何が間違いなのか、実力協力制度というものによって、時々そんな普通のことが理解できなくなる。
地球でも、間違っていることをして人に感謝されることはある。でも、ここではそれが当たり前。
グループ戦は合法殺人。だから、人の心の中で矛盾が生まれる。
だって、そんなものは地球に存在しなかったのだから。
「そんな話もあったわね」
エリカさんがコップを持って、椅子に腰を下ろす。
「まぁグループ内に犯罪はないからね。男女のグループだとそういうことがあるのよ」
「エリカさんのグループでもそういうことはありますか?」
水を飲んでいたカルロスさんが私の質問に思わず吹き出し、「わ、悪い」と言って咳込んでいた。
「まぁね~、私たちも五年ぐらいの付き合いだし! そういうことはしたりするよね~」
ニヤケながらそう言うエリカさんに対し、ダイチさんとカルロスさんは目を逸らして硬直している。
「別にこの世界に来たからと言って、性欲が無くなるわけじゃないからね。私だってムラムラするし、この二人だってムラムラする。それを私たちは知ってるし、受け止めている。グループ内で無理矢理ではなく、合意の上で性行為をするということはそれぐらい私たちがメンバーを信頼してるってこと」
「なかなか深いですね」
私は顔を真っ赤にする男二人を見ながら、何とも言えない表情でそう言う。
合意の上の性行為はグループメンバーを信頼してる証拠……か。
その考えはなかった。
性行為と聞くとあまりいい印象はしないからね。でも、見方を変えてみればそれは何色にでも変わる。
この人たちには色々学ばされるわね。
「こないだもさ! 二人が同じ日に――もがぁもがぁ!」
二人は同時にエリカさんの口を手で抑える。
そして苦笑いをしながら、二人は「この女、意外と変態なんですみません」と言い、エリカさんは二人から説教を受けていた。
その後、四人で夕暮れ時まで色々な会話をした。
そしてこれからハントに来る時は、私たちの狩った動物と交換に、昼食をご馳走してくれるという約束をし、私は眠たそうなサラと一緒に街に帰るのであった。




