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15.イカれた子と熊

「兎、三匹目」


 サラは私に向かって、兎を持つ方と反対の手で満足気にピースをしている。

 それを見て、少し引き気味に苦笑いをする私。

 地球では動物を飼っていたこともあって、こんな可愛い動物たちを殺すのは心が痛む。

 と言っても、全てサラが狩っているんだけどね。

 まぁ経験値はグループ全員に入るから、無理して狩ることもないから私は見てることにする。


 現在、私たちは草原を歩いて三十分ほどにある草木が生い茂る森の中にいる。

 最初は草原で狩るつもりだったが、思った以上に動物いないということで森で狩ることに。

 森の中は思ったより道が複雑になっていて驚いたが、マップがあるので迷う心配はなかった。

 だが、足場の悪い場所が時々あるので、油断すると滑って怪我をしそうだ。


 森に入って一時間。収穫は兎三匹のみ。

 元々、レベルが高いせいか、レベルを1上げるための経験値量は多く、兎三匹では全くと言っていいほど、経験値量は動かない。


「もう少し奥に行く?」

「そうね。サラは大丈夫?」

「何が?」

「しんどくないのかなーって、はぁ……」


 私はカジノのディーラーをしていたので、普段運動などはしていなかった。だから、普通の人より体力がない。

 先ほどから汗は止まらないし、足は重いし、息切れもしている。

 正直、もう帰りたいぐらいだ。


「平気。大物を狩ろう」


 サラは息切れも疲れも見せることなく、森の奥に進みだそうとする。

 兎に逃げられ、かなり走っていたはずなのに息切れ一つしてないなんて、全くもってふざけた体力量である。

 やはり戦場にいただけあって、体力量は桁違いと言っていい。


「待ってよ、はぁ、ちょ、ちょっと! 本当に早いから」


 そんな言葉は聞こえないのか、淡々と楽しそうにスキップで前に進むサラ。

 もう少し私のことも考えてほしい。


 どんどんサラの背中が小さくなるので、どうしようもなくなって一度休憩することにした。

 持ってきていた水を飲み、タオルで汗を拭く。


「生き返るぅ~」


 自然と潤った喉から言葉が溢れ出す。

 そして運動しない私は知った。

 水でも格別に美味しいと思うことがあるのだと。

 お風呂上がりの炭酸飲料ぐらい格別に美味しくなるのだと。


 何とか水で生き返り、私は重たい足を上げて歩き出す。

 マップを見てサラの位置を確認。


「結構離れたわね。もうあの子は……」


 そんな独り言を呟き、私はサラの位置を目指すのであった。


        ⚀


 一時間半後、やっとサラと合流。

 何とか追い付けてホッとしたのか、ため息が出た。


「リアも狩ってたの?」

「いいえ、サラを追いかけていたのよ。もう少し進むスピードを考えて……」

「分かった。でも、見て」


 そう言って、サラが指差す方に視線を向けると、そこには猪、兎、鹿の死体が地面に積まれていた。


「……」


 驚きすぎて、言葉が出なかった。

 だって、私が歩いている間にサラはこんなにも動物を狩ったのよ?

 信じられないというか、何というか。

 ある意味、恐怖を覚えるというか。


「満足してない?」

「そ、そういうわけじゃなくて……」

「じゃあ、何?」

「予想以上すぎて、驚いた的な」

「こんなの普通。人より動きが複雑じゃないから」


 サラは動物の死体をポンポンと叩き、死体にもたれて座る。

 そして二本のナイフを布で拭き始めた。


 動物の動きが人間より複雑じゃないか。

 だからって、こんなに簡単に狩るのは普通じゃないでしょ。

 ツッコミ役のゼロがいないから、なんか変な感じだわ。

 ゼロなら絶対に「動物を金魚すくいの金魚みたいに狩るな」とか言ってそう。

 ううん、間違いなく言ってるわね。


 そんな想像していると自然と頬が緩んだ。


「そろそろご飯食べない?」

「そうね。時間も時間だし」


 時刻は早くも午後十二時。

 森を歩いていただけなのに、思った以上に時間が経っていた。


 それにしても、ここでご飯を食べるのかしら。

 こんな死体の近くで……。


「ん? ご飯は?」

「こんなところで食べるの?」

「そうだけど……もしかして獣臭い?」


 私は苦笑いをしながら、首をゆっくりと一度縦に振る。

 すると、サラは「じゃあ、場所変えよう」と言って、立ち上がり歩き始めた。

 私はサラの背中を追う。


 数分後、涼しさを感じる音が聞こえてくる。

 そして木々を抜けると、目の前に透き通った水が流れていた。そう、川である。


「さっき見つけた。ここなら大丈夫?」

「うん。じゃあ、早速食べましょうか!」


 そう言うと、サラは嬉しそうに笑みを浮かべ、待ちきれないのか足踏みしている。

 やっぱりこういうところは子供っぽくって可愛い。

 まぁ子供の私がサラにそんなこと言うのもなんだけど、私にはこんなサラのように、食事を楽しみにする純粋な心はないから。

 少しだけ羨ましい。


「あ……ご飯買って行くの忘れてた」

「あ、え、ゴハン、ナシ?」


 ショックだったのか、「顎が外れた?」と聞きたくなるぐらい口を開き、口調はなぜか昔のアンドロイドみたいになってる。

 でも、こうなるのも仕方ないよね。

 正直、私も内心「あぁ~!」って叫んでいるから。


「サラ、どうしよう?」

「ワカラナイ。オナカ、ヘッタ」


 完全に潰れているわ。

 サラは子供というより幼児みたいね。一体、精神年齢は幾つなのかしら。


 それより本当にどうしよう。

 このままでは二時間かけて街に戻るしかない。けど、それまでこのサラが耐えられるとは思えない。

 あーもう! 私のバカバカバカ!

 何でもっとちゃんと確認しとかないの!

 って、そんなこと思っても仕方ないか。

 今はとにかく水でお腹を満たして……


「あぁぁぁぁあ! た、助けれくれっ! 熊が、熊が出たっ!」 


 私たちがご飯に困っていると、いきなりそんな声が森中に響き渡る。

 全く知らない男の声。


「本当に! 誰かっ! 頼む! 頼むから助けてっ!」


 叫び声は森の奥の方からだ。


 こ、これはどうしたらいいのかしら?

 助けるべき?

 でも、熊になんて勝てるはずがない。

 に、逃げるしか……


「サラ――」

「熊さん!?」


 サラは私の声を遮ってそう言い、ニヤリと口元を緩ませる。

 嘘……でしょ? しょ、正気なの?

 私の考えが間違っていなければ、サラは熊を狩る気だ。

 って、もういない。


「サラ! サラってば! もうどこっ!」


 いつの間にいなくなったのだろうか。

 一瞬にして視界から消えてしまった。

 こんなに開けた場所だっていうのに、どんな足の速さしてるのよ!


 とにかくサラは熊がいる場所にいる。

 男の助け声が聞こえる方に向かってみるしかないわね。


 川辺ということで地面には岩や石が多く、私のふくらはぎが悲鳴をあげる中、何とかサラのもとに到着。

 そんなサラはというと「モフモフ」とか言いながら、恐らく死んでいるであろう熊に乗り、顔を熊の毛の中に突っ込んでいる。

 それを間抜けな顔をしながら見つめる男の姿があるが、何となくそういう表情になる理由は分かる。


 恐らく、否、間違いなく、サラが急に現れていとも簡単に熊を狩り、挙句の果てには熊を「モフモフ」したからだろう。

 全く、虫を食べる以上にふざけている。

 それにしても、熊も熊のTシャツを着ている少女に負けるとは思ってもいなかっただろうな。


 まぁそんなサラは置いておいて、男に声をかける。


「あの、大丈夫でしたか?」

「あ、ああ。あのイカれた子のおかげで助かったよ」


 イカれた子……正解である。

 そう言われるも当然だ。


「それは良かったです」

「君はあの子の仲間かい?」

「はい。それよりこんな場所で何をしてたんですか?」


 しかし、一人で行動するなんてあまりにも危険すぎる。

 他のグループメンバーと一緒に行動していないんだろうか?


「水汲みだよ。実は俺のグループはここの近くに住んでいてね。出来るだけGポイントを使わないように、狩りをして自給自足の生活をしている」

「なるほど。珍しいですね」

「恥ずかしながら次のレイヤーを目指していてね。それでレベル上げがしやすい場所に家を移したんだよ」


 そういうことだったのね。

 この人のグループはIレイヤーでは珍しい本気で次のレイヤーを目指す人たち。

 そうなると、レベル上げが特に必要となる。

 だが、レベル上げのために街から森へ二時間も毎日歩くのは、時間がかかる上に体力も使う。

 効率を考えても、ここで生活するのは案外正解かもしれない。


「全然恥ずかしくないですよ。私たちも同じなので」

「そうなのかい。あ、そうだ! 助けれてもらったお返しに、お昼ご飯をご馳走するよ」

「ご飯! やったぁ!」


 そう叫んだのサラだった。

 顔をパッと上げて、しなやかな動きで熊から降りて男に近付く。


「ん! 早く!」

「あ、はい。行きましょうか!」


 そういことで、私たちはこの男の家で昼食を食べることになった。

 本当にラッキーだわ。

 たまにはサラの行動が役に立つこともあるのね。

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