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ワールドメイカー  作者: みたらし
第一章 開かれた箱
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希望の箱・中篇


孤島にそびえる霧隠れの塔。

頂点は、霧よりも深い雲海に呑まれていつまでたっても見えなかった。

それが、なんとも言えずもどかしい。




「また予知夢?」

朝、エドルが不機嫌な顔で宿の食堂に降りてくるのを見るや否や、リシェルアが心配そうに声をかけてきた。

「ああ…」

「あの、高い塔が出てくる夢なの?」

言葉少なに彼女の言う事を肯定しつつ、用意された朝食の席につく。

「今日で四回目だぜ。しかも、見るたびに現実味が増してきて、寝た気がしねーよ…」

食器をいじりながら、エドルは大あくびをした。

「今回の事件に関係してるのかしらねー?」

リシェルアは、食後の紅茶を冷ましながら首を傾げる。

「どうだろうな。前に予知夢を見た時も、実際に起こったのは一年後だったし…見てすぐに起こるとは、限んねーんだよ」

予知夢に頼って行動するというのは、エドルは好かなかった。何せ根拠のない曖昧なものだから、外れることだってあるかもしれない。確かに予知夢に助けられたこともないことはないが、それでも信じ切ってしまうことはせずに、参考程度にしておくに留めている。

「だから、期待はしない方がいいぜ。

ところで、氷海はどうした?」

いつもより食堂にいる人数が少ないことに気付き、ちょうど食事を済ませたディオに、尋ねてみた。

食堂内をくまなく見回しても、あの流れる水のような美しいプロポーションは見当たらない。いつもは誰よりも早く起きていて、悠々と紅茶をすすっているはずの時間だ。

「お前、マジで呑気だな…」

呆れ声が返ってきた。

「あの女は、昨晩起きた事件の聞き込み調査に出たよ」

「昨晩?事件?」

寝耳に水の話だ。リシェルアの方を向くと、彼女は小さく頷いた。

「王子誘拐に加担していたお城の人たちが、ほぼ全員殺されたそうよ。

一晩で」

「は?一晩で?」

天空城で政務を執っている人間が何人いるかなどは、調べる気も起きないが、王子の即位に反対していた人間だけでもその数は、間違いなく十本の指では数えきれるものではないはずだ。それを、一晩で始末したというのは、

「相当の大人数で殺ったか、相当腕のある奴を雇ったか。

拘置所を見張っていた腕利きも、残らず殺されていたみてえだから、両方かもな」

大して事件そのものに興味もないのか、伸びをしながら適当な見解を呟くディオ。

「ごちゃごちゃ考えなくても、あの腹黒エルフが全部調べ上げて帰ってくるだろ。

あの女、情報収集に関しては抜け目もスキもねえからな…。どこから仕入れてくるんだか。忌々しい」

「貴様に腹黒呼ばわりされるとは、心外だな」

凛とした声音に顔を上げると、食堂の入口で、話題の人物が腕組みをして立っていた。片手に手帳とペンを携え、右眼には片眼鏡(モノクル)が掛かっている。

知的で凛々しいその出で立ちは、賞金稼ぎなどではなく、記者と言った方がふさわしい。

「何を考えているのかわからないのは、むしろ貴様の方だろう。

貴様の所業は、何度調べても調べきれるものではない。わからないというよりも、底がない」

「こそこそ人の事詮索してんじゃねえよ、下衆が」

「下衆?それは私にではなく、鏡に向かって言う言葉ではないのか」

澄んだ朝の空気が、二人の会話によって見る間に温度を下げていく。最近まともな朝を迎えてないなあ、と、エドルは大きくため息をついた。

放っておこうかと思っていたが、温和さと勇気とを兼ね備えたリシェルアが止めに入り、なんとか今回は事なきを得る。

「で、氷海。事件について何かわかったのか?」

「大体は。

しかし、この事件の裏で、手ぐすねを引いているのがどこかなどというのは、考えるまでもないだろう?」

「…やっぱり、希望の箱しか考えられないわよねー…」

頷き合う氷海とリシェルア。

「希望の箱が、誘拐事件の口封じのために協力者を殺害したというのは間違いない。

問題は、前の事件の解決――いや、奴らの側からすれば失敗か――から、今回の事件までの時間だ」

「…間隔が短すぎるな。動きが早すぎる」

天空王子を連れ戻してから、たった一日しか経っていない。そのたった一日で、大量殺人の計画を練り、実行するというのは限りなく不可能だ。

「ならば、元々天空王子誘拐というのは失敗することを前提に計画されていて、その為の処置、つまり今回の口封じの準備も既に済んでいたということだ。

――ただの負け惜しみかと思っていたが、「失敗しても痛手ではない」というあのセリフ、あながち嘘ではなかったということだろう」

手帳を開き、一息つく氷海。

「今のところ、警察による調査では、犯人の数も行方も不明という話だが…贔屓の情報屋によれば、犯人はたった一人しかいなかったとも聞いている。一体、何が正しいのやら」

「一人?!ありえねーよそんなん!」

思わず、エドルは鼻で笑い飛ばしていた。一晩という時間と、殺された連中および見張りの数を考慮しても、一人の犯行とは到底考えられない。

氷海は手帳を閉じると、少し声のトーンを落とした。

「それから、もう一つ問題がある。

関係者の口封じの次は、邪魔者の始末が定石だということだ」

「邪魔者?」

「私達以外の何者でもない」

一同の他に人のいない寂れた食堂の中に、一瞬、沈黙が訪れた。

リシェルアが、ポットから紅茶を継ぎ足しながら、今告げられた事実にそぐわない、穏やかな声で呟く。

「あらまあ、困るわねぇ。いつ刺されてもおかしくないなんて、ゆっくりお茶もできなくなっちゃうわー」

「行動と言動を統一しろ、リシェルア。どっちが本音か全然わかんねえよ」

呆れた顔のディオを、「こいつはこういう奴だから」とあっさりあしらうエドル。そんな二人のやり取りにも、緊張感は欠片も見留められない。

エドルは、パンをちぎっては口に放り込むのを繰り返しながら、氷海に尋ねた。

「そもそも。犯人は一人、なんつー情報はどこからやって来たんだよ」

「匿名だが、目撃者がいたらしい。匿名だと言っても、警察ではなく情報屋に情報を流すところからして、どういう類の人間かは明白だが」

彼女は、モノクルを外して丁寧に拭きながら答える。

「拘置所から、何者かが飛び出してきたのを見ていたそうだ。背の高い男だったらしい」

「そりゃまた、良く出来た偶然だな。真夜中に、拘置所付近を散歩するのが趣味なのか、その匿名は」

皮肉をたっぷり含ませ、言い捨てるのはディオ。情報を流した匿名の人間への皮肉というよりは、情報を得てきた氷海への皮肉のように取れた。

「…私の情報が信じられないというのなら、別に信じなくとも良いのだが。

子供じみた皮肉を言っている暇があったら、外に出て自分で情報収集をすれば良いものを」

「その「匿名の人間」が、事件の関係者だということもあり得そうねー」

再び険悪になった場を、間髪入れずにリシェルアが戻した。どうやらリシェルアは、たった数日間で、この凶悪な関係の二人を制御する術を身につけたようだ。

彼女の驚異の適応力に感心しながら、エドルも彼女に便乗してやり過ごす。

「どういう意味だよ?」

「もしもの話だけどね。

事件の関係者、つまり希望の箱の人たちが、わざと情報屋に情報を流して、それを聞くあたしたちへ警告してるのかもしれないわー。

これ以上邪魔すると、こういう目に遭うぞーって」

拘置所にいた多数の人間を始末した、たった一人の殺人犯。そんな人物に命を狙われていると知って、震え上がらない者はほとんどいないだろう。

「例えそうだとしても、そんな警告は、こっちにしてみりゃむしろ挑発だけどな」

余裕の笑みを浮かべて、エドルは相棒の紅茶を許可も取らずに飲み干す。

「警告にしろ挑発にしろ、乗ってやる義理はこっちにはねえよ。

喧嘩売ってきたら、買うだけだ。気が向いたらな」

ディオは、最初のやる気のない表情に戻ると、席を立って食堂を去って行った。氷海も、もう一度情報収集に出ると言って慌ただしく外出した。


残る二人は軽く談笑した後、ふと、メンバーの一人が未だ姿も見せていないことに気づいた。

「…ところで、あのバカ女はどうした?」

リシェルアが、エドルの手からさりげなくカップを奪い返して答えた。

「あたしが起きた時にはまだ寝ていたみたいだから、きっとまだ起きてきてないわねー」

「本っ当に呑気な奴だな…」

先ほど、同じことをディオに言われたことなどすっかり忘れて、エドルは嘲笑う。

「大量殺人犯に狙われてるって知っても、あんなに呑気なんだろうかね?」

「何の話ー?」

予想外に早く後ろから声が掛かって、エドルは驚きざまにティースプーンを落としてしまった。

振りかえると、赤茶色の髪をところどころ跳ねさせ、間延びした声でリシェルアと朝の挨拶を交わすエリスが立っている。

まだ驚きから立ち直れていないエドルを尻目に、彼女はのそのそと卓に着いて、パンを齧り始めた。寝癖を手で直してやりながら、リシェルアが最初の質問に律儀に答える。

「昨晩、天空城の人たちが、一気に殺害されたっていう事件があったのよー。

怖いわよねー」

ふと、エリスの手が止まった。

「…誰に?」

「犯人は不明。でも、どこの人間の仕業かは大体見当がついてる」

「どこの人間なの?」

「聞きたいか?」

何度言ったか知れない事を、エドルは念を押すように言う。

「これを知ったら、お前は間違いなく元の生活には戻れなくなるぜ。

連中にとって、余計な情報を持ってる邪魔者になるってわけだ。天空王子を誘拐して、大量殺人をやってのけた連中に、命を狙われることになる」

「幸い、あの人たちは、エヴァスタであなたの姿を見ていないわ。今手を引けば、あなたの身の安全は保障されるの。

これからも観光旅行を続ける気なら、悪いことは言わないわ。あたしたちより、他の用心棒を探した方がいいと思う」

珍しくリシェルアも、真摯な表情でエリスを諭した。今回ばかりは、黙って彼女が巻き込まれるのを、見逃すわけにはいかなかったのだろう。

だが。

「あのエヴァスタ教会跡で、あんたたちは何を見てたの?」

大きくため息をつくなり、彼女は忠告に対して答えを出さず、質問を返してきた。

何を意図したものなのか理解できず、目を瞬かせるエドルとリシェルア。そんな二人を、エリスは呆れ顔で眺めまわす。

「わざわざ。あたしが。目の前でドラゴンを倒して力を見せてあげたっていうのに。

特にエドル。あたしの魔力に当たって倒れてる癖に、まだそういう事言うわけ?」

人差し指をこちらに突き付けてくるエリスに、エドルはたじろぎ後ろに身を引く。

「…い、いや、お前が相当強いってのは、よーくわかったって。

でもな、ほら、お前自身の覚悟とか、心の準備だとか、そういう部分を心配してるのであって」

「今さら何を言ってるのやら」

容赦のない一蹴だった。

「いいから、くっだらないこと言ってないで教えてよ。もったいぶらないでさ」

返す言葉もなく、肩を落とすエドル。リシェルアがいつもの笑顔で、そっと寄り添ってきて耳元で囁いた。

「もう、観念しましょうよ。ああまで言ってるんだし、少なくとも足手まといにはならないわよー」

「ああわかった。わかったよ。

ただし、今後ディオが何か文句言ってきても、おれは一切かばわねーからなっ!」

負け惜しみとばかりにそう怒鳴り、顔を逸らすエドル。

彼に代わり、リシェルアが事の説明を続けることになった。

「天空王子を攫ったのは、宗教団体「希望の箱」」

朝食を再開していたエリスの動きが、止まる。

「エヴァスタであなたと別れた後、希望の箱を名乗る人たちと出くわしてね。追い詰めたんだけど、逃げられちゃったのよー。

希望の箱については、あたしたちも良く知らないの。天空王から、神そのものを否定する、人間第一主義の思想を持った人たちだって聞いたわ。ディオが何か、思い当たることがあるようだったけど、話してくれないし…」

エリスは、じっと大人しく話を聞いているだけだった。殺人事件の概要や見解をリシェルアが語っている間も、茶々や疑問すら口に出さない。

「――あたしたちが知っているのは、ここまで。

今、クリティスがもう一度情報収集に行っているから、また新しい情報が入るかもしれないわー」

そう、リシェルアは締めくくった。

手持ち無沙汰で黙って食器を弄んでいたエドルも、エリスの無表情を見やって声を掛ける。

「で、何か言うことは?」

しかしエリスは、まるでエドルの声など聞こえていないかのような目をして、遠くを見ていた。ほとんど口も動かさずに、か細い声で単語を発する。

「…エヴァスタ…天空王…希望の箱…」

それから、彼女は何か考え込むように俯いた後、

「「希望の箱」っていうのはね。昔、天空教と対立していた、小規模な人間第一主義思想の団体なの」

突然エドルたちの方へと振り返り、語りだした。

「一時期は盛んだったけど、その後はどんどん衰退していく一方。廃れたかと思われてたんだけど、どうやら地下で活動を続けてたみたいだね」

「…って、お前、希望の箱のこと知ってんのか?!」

「あたしも、これ以上のことは知らないよ。今、彼らがどの程度の勢力を持っていてどんな活動をしてるか、なんていうのは、全然分かんない」

「なあんだ…」

残念だと、視線を落とすエドル。

未だ有力な情報もないこの段階では、今回の事件について論じ続けることはできなかった。

この話題はここであっさりと終わってしまい、三人はしばらくの沈黙の後、他愛のない世間話へと移行する。

「お前ら、何のんびりおしゃべりしてるんだよ」

すると今度は、部屋に戻っていたはずの不機嫌な声が聞こえてきた。

腰に銃を携え、身支度のなっていない三人の状況を見下した目で眺めてくる。

「んな暇あったら、さっさと情報収集してこい。

それともなんだ。こんなところで丸腰でだべって、希望の箱の刺客に殺されんのを待ってんのか?」

「カンジ悪いねー。朝ごはんぐらいゆっくり取らせてよ。

…ってゆーか」

ディオのいちゃもんに眉をひそめたエリス。しかし、すぐさまはっと顔をあげると、窺うような目つきでエドルの方を向いた。

「…もしかして、あたしも、情報収集とかしなきゃなんないわけ…?」

「…当然だろーが。ついさっき正式に仲間になったんだから、それなりに貢献してもらわないとな?」

横の相棒に視線を送れば、彼女は変わらない笑顔で頷く。

「やっぱりついてくの、やめればよかったかも」

心底面倒臭そうに頭を抱えるエリスを見て、エドルは心中でほくそ笑むのだった。

ざまあみろ、と。

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