表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドメイカー  作者: みたらし
第三章 月と雪と白い船
45/46

案の定リシェルアたちは、初めに入った喫茶店で早くもエフィルたちと出くわした。店内にいれば良かったものを、わざわざテラス席を選んでいたために彼女らに見つかった事からも、自分達の浮かれっぷりが良くわかる。

エフィルに指を差され怒鳴り声を上げられた時になって、リシェルアはやっと彼女たちの存在を思い出した。しかし思い出したからといって、既に打つ手はない。

大人しく注文したケーキを口に運んでいると、つかつかとエフィルが歩み寄ってくる。彼女がダンッとテーブルを叩くと、カップの中の紅茶が波をうった。

「こんなところでのんびりティータイムとは、いいご身分ですこと」

止めておけば良いものを、エドルが堅い愛想笑いを浮かべて軽く返す。

「や、やあエフィル。無事で何よ…うぎぐぐぐぐ」

「あんたらに無事と言われる筋合いはさらさらないわよ…!」

彼の襟元を両手で掴み、締め付けながら持ち上げるエフィル。素手のエドルが、大剣を軽々と振り回す怪力を持つ彼女に敵うわけがない。

「あんた達の土壇場の逃亡のお陰で、どれだけ私達が苦労したか!

遺言は考えてあるのかしら?!」

「しょーがないじゃん!こっちにも都合があるんだから」

彼女に一番会いたくなかったであろう人物が、少し焦り気味に言い返した。あの場から逃げる事を提案した張本人、エリスティアである。

「何が都合よ。どうせただの気まぐれでしょ?言動も行動もまるっきり子供のくせして。

これで「十七歳」とか、呆れるわ」

エフィルが肩を竦めたその途端、傍らで噴き出す音がした。またエドルである。

「まあ、そうだなあ。「じゅうななさい」とか、笑っちまうよなあ」

「……………」

意味深につぶやくエドル。無言で振り返ったエリスティアが、エフィルに代わって彼の胸倉を締め上げはじめた。

「エフィル!もうやめなよ」

「そーだよー。全然関係ないのに手伝ってくれただけでも、ありがたいって思わないと」

ラズマやウィミーネが、エフィルを止めに近づいてきた。続いてイルファも寝ぼけ眼を擦りながら寄って来る。

イルファだけではない。他の三人も、一様に隈を作っていた。城で一晩中事情聴取を受けていたのだろう。リシェルアはほんの少し罪悪感を覚えたが、同時に、自分もそんな目に遭わなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。

「…あれ。ディオはどうした?」

きょろきょろと挙動不審に辺りを見回していたイルファが、こちらに起きている異変に気づいた。

一瞬、動きを止めるリシェルアたち。彼女達に知らせるべきか、否か。自分も、他の三人も悩んでいる。

「――今は、別行動を取っている。エリスティアの買い物に付き合わされるのは嫌だと言っていた」

リシェルアと同じ結論に達したらしいクリティスが、無表情で上手くはぐらかした。

何かと世話焼きなエフィル達のことだ。本当の事を伝えれば、捜すのを手伝うと言い出しかねない。

質問してきた本人は「そうか」とすぐに引き下がった。が、安堵したのもつかの間、今度はエフィルが、ずいっとこちらに顔を近づけて言う。

「じゃあ、今の内に言っときたい事があるんだけど」

「な、何だよ…」

「あいつのことよ!ディオ・ライアネイズ!」

意思の強さを物語る茶色の瞳が、一層強く輝いた。

「聞けば、とんでもない事いろいろしてるっていうじゃない。犯罪に加担しただの、人を殺しただの、あいつの話ときたらそういうのばっかり!」

「知ってる知ってる」

こちらが聞き流していると、正義感の強い彼女はなおも食い下がる。

「馬鹿じゃないの。知ってるのに、どうして一緒にいるのよ!信じられないわ」

「それぐらいにしておけ、本当に」

イルファが、ぐい、とエフィルの肩を後ろに引いた。

「彼が手伝ってくれたのは事実だろう?オレ達はディオに恩がある。そこまで言う資格はない」

「それとこれとは訳が違…」

「とにかく、」

二人の会話に割り込むようにして、ラズマが声を上げた。

「君たちには、助けてもらって感謝してるよ。エフィルもこんなんだけど、一応感謝はしてると思う」

「一応よ、一応」と、本人の念押しが入るが、ラズマは構わず続けた。

「ありがとう。僕としてはまた会えればいいなと思ってるけど…君らはそうじゃなさそうだね」

クリティスが、うんざりした顔で頷いた。

「当たり前だ。この女の対応は、エリスと違う意味で疲れる」

「「どういう意味っ?!」」

綺麗に唱和するエリスティアとエフィル。それを皆でひとしきり笑うと、

「そうだ!それと、君らが気にしていそうな事だけ伝えておくよ」

ラズマは、急に声をひそめて告げた。

「白蛇教団。どうやらこの国では、お布施目当てで活動してたようだよ。多額の寄付金をもらう代わりに、亜魔界教会を裏切ったイーリスを通して、カイ王子のバックアップをするって算段だったんだって」

彼の眉間に、皺が寄る。

「でも、何故か、カイ王子が寄付金を納める前…ちょうど昨日の夜らしいんだけど。その時になって、いきなり手を引いてしまったらしい。それもイーリスごと、一方的に切り捨てるような感じでね。

二人は、納期が遅れたから愛想を尽かされたって言ってた」

クリティスとエリスティアが、食事の手を止めてラズマを凝視した。

「寄付金だと?」

「手を引いた?手に入れる前に?」

だが、疑問点はそれぞれ違っていたようだ。

「ああ。オレたちとしては、自分たちが巻き込まれる前に手を引こうっていう、保身だったんじゃないかと思ってる。

イーリスの傍にいたっていう教団の使者も、昨日の夜以来、姿が見えないらしい。今、警備団が国中を探してるみたいだが」

「へー」

エドルが、つまらなそうに耳をほじりながら尋ねた。

「で、カイ王子とイーリスは結局どうなったんだ?アクス王子は?」

「カイ王子とイーリスの処分は、まだ決まってないんだー」

「アクス王子も、後始末だの家臣や市民への顔見せだの、てんてこまいで大変そうだな」

「カイ王子は国の内部の醜い部分に、イーリスは神の存在そのものに絶望していた。おそらく、彼らが言ってた「知らない方がよかった事実」っていうのはそこら辺じゃないかな」

しかし一方で、アクス王子は前者を知っても前向きでいられたし、後者に関しては絶望どころか疑ってすらいない。最後は自分なりにけじめをつけたし、もう大丈夫だろう――と、エフィルたち四人は口々に語った。

「ふーん。めでたしめでたし、だな」

自分で訊いたにも関わらず、何やらつまらなそうな表情のエドル。なにせ、クリティスに負けず劣らず好奇心旺盛な彼である。自分の目でその結末を見てみたかったのだろう。

「まあ、オレたちからあんたらに贈る言葉はそのぐらいだな。

教団の事も気になると言えば気になるけど、オレたちには他にやることがある。後はそっちに任せるさ」

あっけらかんと言い放った後、イルファは、光の速さでリシェルアに近づいてぐっと身を寄せてきた。何事か理解する前に、彼はこちらの手を取り、

「君ともう離れ離れになるなんて、残念だ。できれば今度は二人っきりで会いたいよ、リシェルア。

むしろ、こっちについてくる気はないか?」

「ごめんなさい、無理だわー」

けたたましい音を立てて無言で立ち上がったエドルが次の行動を起こす前に、リシェルアは口早に拒絶した。あと数瞬遅れていれば、夏の昼間の爽やかな空気の中に、血しぶきが舞っていたかもしれない。

相変わらずだ、と皆が呆れの言葉やため息を吐き、場の空気がふと和らいだ時。

「じゃあ、そろそろおいとまさせてもらおうかな。僕たち、昨日から寝てないし」

欠伸交じりに、ラズマがそう言ったのを皮切りに、

「ディオによろしく」

「じゃーねー。また会えるといいね」

「お互い、生きてたらね。

ま、どうせあんたたちのことだから、ふてぶてしく生き残るんでしょうけど」

勇者一行はそのまま、あっさりと背を向けて去って行ってしまった。

その場にはどことない寂しさとむなしさが留まり、しばらく四人は、冷めた紅茶やジュースをただ黙って飲んでいた。

「――ありゃ、いつか火傷しそうなタイプだな…周りが大人だから、大丈夫だとは思うけど」

テーブルの下で足をぶらぶらさせていたエドルが、沈黙の中でそう零した。

彼の呟きの中の「ありゃ」が、負けん気の強い大剣使いの勇者を指していることは、訊かなくてもわかる。

「今時、あんな純粋で古風な勇者様がいるなんてびっくりだぜ。紫の時代以前の伝記でしか、読んだことねーよ」

「そうかしらー?琥珀の時代の「聖女」も似たような性格だった気がするわよー?」

「聖女エルティーナは、正義感と言うより忠誠心と信仰心の高さが際立った人物だな。

しかし、まさか伝説の一端を垣間見ることができたとは感慨深い。…人物自体はともかくとして」

どうにもエドルやクリティスは、勇者様のあのノリが苦手らしい。特に物事を論理的に考えて動くクリティスと、直情的なエフィルとでは、確かに傍目から見ても正反対だ。

しかしリシェルアは、それほどエフィルを嫌ってはいなかった。むしろ好印象だったと言える。特にあの、呆れるぐらいの真っ直ぐさには、うらやましいとすら感じていた。また会いたいかも、と、心の中だけでこっそり呟く。

「…ぶっちゃけ、ほっといてもいいかなって思ってたけど」

不意に、ケーキを食べ終えていたエリスティアが、独り言にしては聞き取りやすい声で呟いた。

「ニールスといい、寄付金の話といい…どうも、他に裏がありそうだね…」

「裏?」

聞き返したエドルには答えずに、エリスティアは椅子から立ち上がった。それから、彼女にしては珍しく、こんなことを言ったのである。

「やっぱり、早くニールスに行くべきかもしれない」

「ほう。なら、あと三千コイル分のスイーツとアルセの紅茶は…」

「それは食べるっ!」

クリティスの小さな舌打ちが聞こえた。どれだけ急いでいても、食べるものは食べるというのが創造主様の信条らしい。

「よしっ、とっとと次の店に行くよ!

次はねー、シュークリームがすごいおいしいカフェなの!中のカスタードといちごクリームの絶妙なバランスが――」

頼んでもいないのにガイドを始めたエリスティアの後ろを、リシェルアたちはうんざりしながらついていく。

やはりニールスに向かうのは、もう少し先になりそうである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ