第二章 エピローグ~舞台の裏の、そのまた裏で~
暗い暗い、地面の下。
国から指令を受け、一連の事件に関わっていたというそこの調査をはじめた警備団の男たちは、世間話をしながら作業をしていた。
「どうせ、アクス王子が帰って来ても大して国は変わらんと思うがね。失踪前まで、影が薄かったじゃないか」
「だよねー。カイ王子は彼に王位を譲るとかなんとか言ってるけど、ぶっちゃけ彼の方がカリスマというか、なんかやってくれそうな雰囲気というか、そういうのがある気がするよ」
「いや、なんかたくましくなって帰って来たって噂もあるぜ?それに、大司祭の陰謀を暴いたのも彼と取り巻きらしいし」
「確かにヒーローにはなったが、政治ができるかどうかとは別問題じゃねーか。
あんま期待しない方がいいって。今の国の体制を変えるなんて、相当………」
薄闇の中に陽気に響いていた声が、はた、と止んだ。警備団の一人が、持っていた松明をそっと前へと差し出す。
「なんだこりゃ」
彼は、通路の真ん中の床に、あまりにも場違いなものがあることに気付いた。
砂の城だった。公園に造り付けてある砂場で、子供がつくっているような。小さくて、少し雑な造りの城のてっぺんには、木切れが刺さっている。
木切れには、「あそぼうよ」と下手な字で殴り書きされていた。
「…子供が勝手に入って来て遊んでたのか?立入禁止にしてあったはずだが」
「わざわざ砂を持ち込んでか?そりゃおかしいだろ」
しかも、普通の砂とは違う。透き通った硝子のような、青い色の砂だった。砂の城の向こうにも、同じ砂が無造作にぶちまけてあった。
「何の砂だ?硝子か?いや、まさか魔法石…」
一人が城の前にしゃがんで、砂を一掴み手に取った。すると、絶妙なバランスで建っていた砂の城は、あれよと言う間に崩れてしまう。
あーあ、と、誰かが惜しむように嘆息した、その時だ。
「………っ?!ひ、」
砂を掴んだ男が、引き攣った悲鳴を上げて尻餅をついた。
「どうし…!?」
傍らに駆け付けた一人が声を失う。
砂を持っていたはずの手が、なくなっていた。
城を形造っていたのと同じ青い砂に変化して、さらさらと地面に零れていたのだ。
「た、たすけっ」
砂の静かな侵食は続いている。男の腕は既に消え、今度は肩が青い砂になって流れていく。
警備兵たちのあらん限りの悲鳴が、地下を埋め尽くした。足をもつれさせながら逃げる者、茫然と立ち尽くす者、ひざまづいて神に祈る者。混乱しながらも助ける方法を模索する者もいたが、何の手段も打てないまま、時間だけが過ぎていく。
そう、まるで時を刻む砂時計のように、男の身体は崩れて消えていった。右肩の崩壊の後に頭を失ったその肉塊は、縋るように上げていた左腕を力無く落とす。続いて胴も砂の中に倒れ、ゆっくりと同化していく。その頃には、他の警備兵たちも一人残らず逃げ去っていた。
存在の失われた一人の人間など忘れたように、再び静かになった青い砂の中に、「あそぼうよ」と書かれた小さな木切れは、斜めになって突き立っていた。
勇者たちが国を発って、三日後の夕方の事だった。
数日後。
「…ここか?」
きらきらきらめく青い砂の散らばった床を見つめて、アクス王子は顔をしかめた。
「ええ、そうです」
案内役の警備団長が頷く。
先日、ここで警備兵が青い砂に呑まれたという、不可解な報告を受けたばかりだ。
「まだこの間の事件の整理もついていないっていうのに、新しい事件か…」
「誠に申し訳ありません…」
「いやいや、あんたを責めたわけじゃないさ。ここを調査した警備兵たちのせいでもない。
…こんなこと、誰も予測できるわけないよ」
深々と縮こまる警備団長。アクスは彼を慰め、それから口元に手をやる。
ふと、こんな一文が口をついて出た。
「…『その者が呪文を唱えると、なんと、草も花も木も動物も、すべて青い砂に変わってしまった』」
警備団長が、目を見開く。
「『青の英雄の伝説』の、一節ですね」
「そう。触れた生き物をすべて青い砂に変える…
その伝説に出てきた、魔王の力とまるっきり同じだと思ってね」
二人は、そのまま沈黙してしまった。地下の淀んだ空気が、重たく感じる。
エフィルは、自分の事を勇者だと言っていた。そのことと関係があるのか、それとも…
「ここの調査はしばらく延期にしよう。
誰かが入り込まないように、厳重に封鎖して見張りもおいてくれ」
「…承知いたしました」
そう交わすと、二人はまた無言で、暗い地下を戻って行く。
後にはまた、常闇と、青い砂だけが残されていた。