英雄譚は続く
アクス王子が、床で寝入っていた父王にその姿を見せた直後は、深夜にも関わらず城中が大騒ぎになった。
初めは誰もが偽物と疑ったが、カイ王子とエフィルたちが逐一説明をした。一方、イーリスの陰謀もラズマたちの手によって、大臣たちに知られるところとなる。
一連の事件の真相が、果たして政治家や警備団、国民に知らされるかどうかはわからない。もしかしたら、上層で握り潰され隠蔽される可能性もある。
しかし、あくまでもエフィルたちの目的は「アクスの存在をフォーラス国の民に知らせ、カイ王子たちの陰謀を暴く」事。よそ者の自分たちがそこまで介入するわけにもいかず、ある程度事件の経緯を説明した後は、黙って手を引く事にしたのだった。
事情の説明に引っ張り回され、四人がやっと宿へ帰された時、すでに太陽が空高く昇っていた。
じりじりと焼け付くような暑さの中を、四人は半分眠った状態で戻って行く。
「しばらくは、この国から出させて貰えなそうだね…」
ラズマが、どこを見ているのかわからない虚ろな目で呟いた。
「事情聴取もそうだけど、アクス王子が名残惜しそうだったしさ」
「んもう…お礼はいらないって言ってるのに」
エフィルが、げんなりした表情でうなだれる。
「こんなに後始末が大変なら、いっそクリティスたちみたいにとんずらしてくれば良かったな」
イルファの今更な提案を聞いて、ウィミーネが思い出したように言った。
「そういえば、クリティスたちはどこに行っちゃったんだろうね」
「ふんっ、知らないわよ」
エフィルは寝不足でむくんだ頬を更に膨らませた。
「もう二度と会いたくないわ、あんな奴ら。
しかも警備団の連中に聞けば、あいつらの大半って…」
「まあまあ。でも、今まで助けてくれたのは事実じゃん。
わたしはまた会いたいなあ」
「難しいだろうな」
ウィミーネの願望をばっさり切り捨てたのは、イルファ。
「あの状況で逃げ出したんだ。彼女たちだって、それがどれだけ重大な事かわかってるはず。おめおめと俺達に会うような事はしないと思う。
もう、この国から出たかもしれないな」
「そっかあ…一言、お礼ぐらい言いたかったな」
残念そうに俯くウィミーネ。それに対抗するように、エフィルは両腰に手を当てそっぽを向いた。
「いなくなったって事は、お礼もいらないって事でしょう?それならそれでいいじゃない。
あんな奴ら、さっさと忘れて−−」
「わーっ!これすごい可愛いっ!」
真夏の日差しの真下にいるはずなのに、その瞬間、何故か空気が冷たく凍った気がした。
聞き覚えのある声だ。エフィルは、商店街に立ち並ぶ喫茶店のとある一軒へ、ゆっくりと顔を向けた。
「いいか、わかっているな?五千コイルまでだ」
「わかってるってー。
それより見て、これすごい!お菓子でフォーラス城を作って、それをケーキの上に…」
「はいはいはいはい。…全っ然聞いてねーよ、こいつ」
「うふふ。
でも、食べちゃうの、勿体ないわねー」
「…え、エフィル…おち、落ち着いて」
彼女たちの会話に混じって、ラズマの制止の声が聞こえる。しかしエフィルの堪忍袋の尾は、収まるどころか既に擦り切れていたのである。
逃げ出しておきながら、のうのうと喫茶店でティータイムをかましている彼女たちに向かって、エフィルは、大きく息を吸い。
「あんたらああああああ!!」
常夏の国の真っ青な空と太陽の下に、勇者の怒鳴り声が響き渡ったのだった。