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ワールドメイカー  作者: みたらし
第二章 滑稽な英雄譚
34/46

二人の王子

日差しが橙色になり、暑さもだいぶ和らいでくる。

薄暗い部屋の中で、フィスカ・イーリスは椅子にもたれて瞳をつぶっていた。傍らで、灰色の従者が石像のように佇んでいる。

「…最近、あまり先の事が見れなくなったわ」

やがて瞼を開いたフィスカは、従者に語りかけているとも独り言とも判別の付きづらい声量で、そう零す。ややあって、従者がそれに問いを返した。

「先の事とは?」

「数日中に起きそうな小事は良く見るの。けれど、それより先の出来事がぱったりと夢に出なくなったわ。

今私が知りたいのはむしろそちらの方なのに、上手くいかないものね」

ふう…と悩ましげなため息をつき、サイドテーブルの上の水差しに手を延ばすフィスカ。すると従者がその動きを制し、代わりにグラスに水を注いだ。

礼を言って受け取り飲み干すと、彼女は再び黙想に入る。

「先が見えないのは、不安ですか」

重い静寂を破って、従者が再び問うた。

フィスカはしばらく黙想を続けていたが、やがて苦笑する。

「そうね――昔は、ずっと先の未来が見えても何の役にも立たないし、つまらないと思っていたわ。

でも、いざ見えなくなると戸惑うわね…」

そして少し間を置き、

「このところ、夢の最後は決まって同じ展開なの」

小さな声になって、語り始めた。

「夢の先を見ようとするといつもいつも、とてつもない光が私の前に現れて、包み込まれるのよ。

溢れんばかりの生と、溶けて消えてしまいそうになるような輝きに満ちた「何か」に恐れおののいて、先が見れなくなってしまう。そして、目が覚めてしまうの」

「生と輝きに満ちた何か…ですか」

おうむ返しに呟いた従者に、フィスカは微笑みを投げかける。

「長年夢見をしているけれど、こんなことは初めてだわ。わたしもまだまだ経験が浅かったのね」

しかし、すぐにその笑みを止めて目を開くと、

「………こんなことは言いたくないけれど…まるで、神か何かのようだった」

「神の存在に恐れおののいた、と?」

心内を探るような従者の言葉を、フィスカはきっぱりと否定した。

「いずれ…いえ。すぐにでもあのような光、はね除けてみせる。そして、必ずその先を見るわ。

その先には、きっと私の信じる未来があることでしょう」

席を立ち、窓辺に近づくフィスカ。西日は、今にも地平の向こうに零れ落ちてしまいそうなほど大きく、揺らめいていた。

(…あの光はまるで、南の国の太陽のような――)


「ここか…?」

分厚い衣服を身に纏い、人となりを判別できそうな部分をことごとく隠した覆面の男――アクス・ヴォールナ・フォーラスは、自分を照らし出す西日を避けるように民家の陰に潜み、じっと前方を伺っていた。

目の前には、この住宅街に住んでいる市民すら気にも留めていないような小さな家が、一軒建っている。少し古風なレンガ仕立てのその家は、持ち主が夜逃げして久しく、ずっと空き家になっているはずであった。

しかし、内部に人の気配がする。

(昨夜は勘づかれて追跡に失敗したが、もし、ここがそうなら――)

今突入すれば、イーリス大司祭を尋問することができるかもしれない。

アクスはぐっと地面を踏みしめ、前に進むために前傾姿勢を取った。しかしそのまま、また動きを止める。

頭に浮かんだのは、数日前まで共にいた少女たちのこと。自分の存在を殺され、そして命をも奪われようとしていた日々を送っていた自分に、一緒に戦うと言って勇気を与えてくれた者たちのことだった。

そう、自分は独りではない。

「……………」

アクスは、握っていた拳を解くと静かに踵を返した。

まずは、仲間と合流する方が先だ。それに、自分は「切り札」でもある。ここで姿を現しても返り討ちに遭ってしまっては、それこそすべてが水の泡になってしまう。

せっかくのチャンスだが、今は――

覆面の中で唇を噛み、空き家を離れて角を曲がった時だった。

「うわっ…」

いきなり人が飛び出て来て危うく衝突しそうになり、足を止める。

咄嗟に謝り顔を上げて、絶句した。

「これは失礼。もしや、「お亡くなりになられたはずの」アクス王子ではございませんか?」

目の前にいたのは、灰色のローブを身に付けた男。

イーリス大司祭の傍らにいつも付いている、あの従者。

「な……どうして――?!」

大司祭と共に、あの家にいるはずではなかったのか?まさか、あの家が隠れ家だというのは、自分の思い違いだったのか?

「大変申し訳ありませんが、わたしの元にご足労願えますか?

いやなに、王子様を煩わせることはございません。お目覚めになった頃には、既に到着している事でしょう」

彼の言葉が終わる直前。突如、アクスの目の前を真っ暗な闇が覆い尽くした。

「こ、こ…れは…」

どこからともなく現れたその暗闇はアクスをあっという間に絡め取る。闇に身体を囚われると、今度は強烈な眠気が襲ってきた。

まるで意識と身体が溶けていくような感覚。成す術なく眠りに落ちるアクス。

最後に呟いた従者の言葉を、彼が聞く事はなかった。


「まだあなたたちを、合流させるわけにはいかないのです。

今はまだ…な」




フォーラス王国に来て、三度目の夜が来た。

その夜は特に蒸し暑く、寝付けなかったので、クリティスは勝手口の外に出て夜風に当たっていた。レストランの地下倉庫では、エリスティアたちが寝苦しそうに寝返りを打っているところだろう。

アクス王子は、未だ帰ってこない。皆夜更けまで起きて待っていたのだが、諦める者が続出し、結局寝入ってしまったのだ。

さして涼しくもない湿った風を受けて立っていると、後ろから地下階段を昇ってくる足音が聞こえた。振り返ると、

「あ、クリティスー」

身体の力が抜けるような声がして、月明かりの中にリシェルアの姿が現れた。クリティスが開け放していた扉をくぐり、そっと隣りに立つ。

「うーん、あんまり涼しくないかもー…」

不快そうに眉を下げて、可愛らしく小首を傾げるリシェルア。

「クリティスも、寝苦しくてここにいたのー?」

「ああ」

短く小声で答えると、彼女も「そう」とだけ応えて、後はじっと月を見上げていた。

まっさらな満月。雲も少なく、月が明るすぎて星明かりがかき消されてしまっているほどだ。明日も良く晴れることだろう。

「そういえば、」と、リシェルアが話し始めた。

「クリティスは、どうしてエリスティアと一緒にいるのー?」

何を意図した質問なのか捉えかねて、クリティスは眉をひそめた。

「どうして、と聞かれても…天空王に依頼されたからとしか」

「でも、あなた、他にも何か理由があるでしょう?」

はっと、一瞬呼吸が止まる。

隣りに顔を向けると、いつもの柔らかい笑顔はなかった。彼女の使う炎と同じ色がこちらを見つめている。

「どうしてそう思う?」

「エドルから聞いたわ。天空界で…ローグの森でエリスを助けた時、彼女と諍いがあったって。

それ以前にもあなたは彼女にこだわっている節があったし…」

青白い月明かりを浴びながら、目を瞬かせるリシェルア。

「彼女が創造主だと分かった時も、あなたはあまり驚いていなかった。きっと、神かそれに準じる存在だという事を予測していたのね?」

「………」

こちらの無言を肯定と取り、彼女は続ける。

「どうして彼女を追っていたの?どうして彼女と一緒にいるの?」

―――――ああ。


忘れかけていた事を、思い出した。

けっして忘れていてはならないのに。


「――い、――」

「え?」

ふと零した呟きを、リシェルアがかろうじて聞き取って聞き返してきた。

クリティスは彼女の顔を正面に見据えると、今度ははっきりとした声で尋ねる。

「「黒い天使」というのを、知っているか」

「………いいえ、聞いたことないわー。

何かの伝説かしら?」

リシェルアが首を捻るのを見て、クリティスは「そうか」と小さく返した。

考えてみれば、まだ十五にもいかない彼女が知らないのも無理はないだろう。なにせ――五十年も前の話なのだから。

「それと、エリスティアとに何か関係が…?」

「………いや」

ゆっくりとかぶりを振るクリティス。

まだ訝しげに見つめてくるリシェルアに、今度はこちらから問うてみる。

「ところで、どうして私の事など聞きたがるんだ。少なくとも、お前とは何の関係もない」

「クリティスの事を、もっと知りたいから」

リシェルアは、再び真っ直ぐな瞳をこちらへと向けた。

「クリティスだけじゃないわ。本当は、ディオの事もエリスの事ももっと知りたい」

「どうせ、エリスを神界に送ればそれまでだと言うのに?

言っておくが、この仕事が終わっても、お前たちと慣れ合う気などはない」

「そうだとしても、知りたいの。

むしろ、あたしが一人になるために」

珍しく彼女は語勢を強めて早口に言い、すぐに少し俯いた。

一人になるために?

「今はまだ過去から抜け出せないけれど、このままじゃ駄目だっていうのはずっと前からわかってたわ。

だから、あたしは自分で動かなきゃ――」

その時、リシェルアの声を遮って、彼女が閉じた扉の向こうから物音がした。がたんと、木製の何かが動く音だ。

誰かが起きて椅子にでも座ったのだろうかと、クリティスはそっと扉を開いた。が、従業員控室に人の姿はない。

二人は目を見合わせると、夜風に当たるのを止めて地下へと戻った。それから一応、皆が寝ている事を確かめ……

「………ディオがいないわ」

入口に立ったまま一人ひとりの寝顔を見ていたリシェルアが呟いた。

だが、地下室から外へ出る場所は二人が今降りて来た階段しかないはずだ。だとすると、

「さっきの音は、ディオが厨房の方へ出た音か」

再び階段を上がり、勝手口とは反対側にある、厨房へ続く木の扉を見つめる。

「今から追いかければ、追いつくかもしれないわねー」

「…追う気なのか」

くるっと踵を返したリシェルアの横顔を見やって、クリティスはため息をついた。

「さっきも言ったでしょうー?」

彼女は、扉の取ってに手を掛けて微笑む。

「みんなの事、もっと知りたいの」

その固い決意を帯びた瞳に、クリティスは言い返す間もなかった。


「…こんな真夜中に、どこまで行くんだ、あやつは」

レストランを出てディオを追い、ようやく見つけて後をつけ始めたは良いものの、いつまで経っても止まらない彼の足に、クリティスは辟易していた。

こんなことなら勢いに任せてリシェルアについてくるんじゃなかったと今更後悔しても、既にレストランは遠い。

「おまけに、夜だからといって変装もなしにふらふらと歩きまわるとは」

「あたしたちも変装してないから、そこはどっこいどっこいだと思うわよー?」

「私たちは物陰に隠れて後をつけているから問題ない。しかし、奴は道のど真ん中を、警戒もせずにうろついているから困る。

現に、私たちにも気付いていない」

ぼやいて、クリティスは前方に揺れる銀髪に目を向けた。淡い月明かりを浴びながら前を行く背中は、どこか頼りなく、儚げにさえ見える。

やはり、先ほど白蛇教団の印を見た時から様子がおかしい。いつもであれば、ただ歩いている時でさえ常に不穏な気配を漂わせ、人を敬遠させるほどだというのに。

「あ…海だわー」

リシェルアの何気ない呟きで、クリティスははじめて、ディオと自分たちとが港に近づいている事に気がついた。微かに、波の音と潮の香りもする。

港ですることといえば、船に乗る事だ。だが、こんな深夜に動く船など漁船しかない。一体、彼は何をしにここへ来たのか。

しばらく様子を伺いつつ足を忍ばせていると、ディオは漁港のはずれにある、今は何もない停泊場で立ち止まった。

灯台やかがり火の恩恵も薄く、ただの暗闇の中から不気味な波の音が規則正しく響いてくるだけの静かな場所。その中で、彼は潮風に銀髪とストールをなびかせながら、北を見つめてぽつんと立ち尽くしている。

「何……してるのかしらねえ…?」

「まったくわからん」

彼が何をしでかすつもりなのか、一瞬たりとも見逃すまいと目を凝らし続けていたが、彼は棒立ちのまま、一向に行動を起こす気配がない。というよりも、むしろそうするために…漁港からの景色をただ眺めるためだけに来ているようにも思えた。

「海が見たかったのかしらー?」

「こんな、真夜中の海をか?つくづく奴の感性が疑われるな」

「感性は十人十色よー。真っ暗な海だって、独特の雰囲気があっていいわよー」

「ふん」

二人で他愛のない推測を語り合っている間も、ディオは微動もせずに佇み続けている。

まさか、一晩中ここに居続けるつもりなのだろうか。

吹きすさぶ潮風が身にしみて来た頃、リシェルアが、控えめなくしゃみを一つした。

「…戻るか?」

「うん…そうねえ。

ちょっと、眠たくなってきちゃったし…」

普段よりもさらに眦の垂れた彼女は、素直に頷いて立ち上がる。

ディオを置いて停泊所を離れると、クリティスはふと思い立って、尋ねてみた。

「で、奴の事について、何かわかったか?」

「うふふ。

意外と、海が好きって事がわかったわー」

暗がりの中でリシェルアの顔を覗きこんでも、いつもの笑顔があるだけで、その答えが本気なのか冗談なのかはわからない。

「…ディオもだが、お前も大概謎の多い奴だな…」

そして、あの女も、だが。

クリティスの独り言は、風と波の音にかき消されて、どこかへ飛んでいった。


南の国の夜明けは、まだ遠い。




アクス王子がカイ王子一派の情報を仕入れて帰って来ない事には、動きようがない。

クリティスたちは狭い従業員控室の中で、フォレストフォーラスの店員たちがふるまってくれた朝食を食べながら嘆息した。

「どうしちゃったのよう、アクス王子は…」

エフィルの小さなぼやきに、パンをもぐもぐ咀嚼しながら答えたのは、いつの間にか港から帰って来ていたディオ。

「逃げたんじゃねえの?」

「口に物入れながらしゃべるなっ!それに、そんなことあるわけないじゃない!」

「その根拠のない反論は、どっから出てくるんだか」

「あんたこそ、彼の何がわかるってのよ!」

いがみ合う二人を見て、誰かが「朝から元気だなあ」と皮肉を零した。

出会った瞬間からそうだったが、正義感の強いエフィルと汚い仕事も憚らず行なって生きてきたディオは、殊に馬が合わないらしい。昨日からお互い、何かにつけては言い争っている。

「でも、本当にどうしちゃったのかな」

「探しに行きましょうか?あんな不気味な格好してるから、意外とすぐに見つかるかもしれないわー」

「ぶ、不気味って…けっこう直球だね、リシェルア」

柔らかい微笑みからキツイ言葉を吐いたリシェルアに対して、なれなれしく肩を抱いたイルファが苦笑する。

リシェルアを挟んで彼の反対側に座したエドルが、パアンと派手な音を立ててその手を叩き落とすのを見ながら、クリティスは口を噤んで考え込んだ。

「どうした?」

「いや…今のリシェルアの言葉が気になってな」

まるで何事もなかったかのように、きょとんとこちらに声をかけてくるエドル。クリティスは、未だにディオと言い争っているエフィルに向かって言った。

「アクス王子の格好、忍んでいるつもりなのだろうが、確かにかえって目立つ。

…もしかしたら、捕まったのかもしれん」

「「「ええええええええっ!?」」」

エフィルとウィミーネ、イルファが、驚愕の声を上げた。

「不気味って、一体どんな格好をしてたんだ彼は…」

呆れて額を押さえているのはラズマ。ディオはくるっと彼に向き直ると、あけすけに答えた。

「すげえ不審者」

「あんな格好してたら、確かに誰でも眺めちゃうわー。それか、わざと視線を反らすか…」

「あれで忍んでるって言われても反応に困るよな」

続いてボロクソにこき下ろすリシェルアとエドル。エフィルたち四人は苦い表情で絶句した。

「マ、マクレインさん…」

すがるように王子の元世話役に目を向けたイルファだったが、彼はゆっくりと首を横に振った。

「わたくしも、それでは目立つのではと一度進言させて頂きましたが…いつになくアクス王子がお気を強く持っていらしたので、そのお心意気を削ぐ気になれず」

「マクレインさんんんんんん」

責めるような声を上げるウィミーネに、マクレインは一言、「力及ばず申し訳ありません」と呟き黙ってしまった。

「た、助けに行かないと!」

食べかけの朝食を残し、大慌てで立ち上がるエフィル。しかしクリティスは、彼女の動きを片手で制してゆったりと紅茶のカップを口に付けた。

「まあ待て。あくまでもこれは、証拠のないただの推測にすぎない。

それに、捕まっていたとしても居場所が特定できない。牢屋はお前たちが先日壊したばかりだし、そもそも、奴らにとって「存在してはならない」はずのアクス王子を、人目につくような場所に拘束しておくわけがないだろう」

「じゃあどうするのよ」と、思考の行き詰まったエフィルが大層不機嫌に詰め寄ってくるのを再び手で制して、クリティスは一同を見回す。

「そうだな…ここは王子を待つのを諦めて、とっとと動き出した方がいいかもしれないな」

「王子が捕まっていたとしても、あてもなく捜し回るより、関係者に接触して居場所を吐かせた方が早いね」

ラズマも、スケッチブックと画材を抱えて頷いた。

「となると、目標はカイ王子ってことか?」

「カイ王子に近づくのは難しいだろうな。だが、イーリス大司祭になら近付けるかもしれない」

王位継承権があろうが無かろうが、カイ王子は一国の王子だ。居場所は当然城だろうが、そうとわかっていても警備団、近衛兵等護衛が厳しい。一方、イーリス大司祭は教会にも戻れず、かといって堂々と城にも居られないから、どこかに身をひそめているはずだ。また身をひそめる以上、護衛も少数でなければ目立ってしまう。

「ふうん。居場所さえ突き止めれば、イーリス大司祭をとっ捕まえるのは簡単ってことね」

「そうだ。…が、大司祭程の人物なのだから、少数と言えど護衛は腕の立つ者を選りすぐってつけているはず。

これはもう、各々気を引きしめろとしか私には言えん」

「大丈夫だろ。この人数で行けばなんとかなるって」

エドルがいっぱいになった腹を満足げにさすりながら能天気に応えるのを聞きつけ、クリティスは横目で彼を見下ろした。

「何を言っているんだ。さっきも言った通り、あくまでも「アクス王子が捕まった」という話は推測だ。

全員で向かってしまっては、アクス王子と入れ違いになった時に困るだろう」

「…え、じゃあ」

「ここに残る者と、大司祭を捜索する者とに分かれる。残る者は王子と会うまで待機して、王子が帰ったらこっちに合流してほしい。王子がもし捕まっていたら、捜索するメンバーは情報を得次第ここに戻ってくること。

まあ、残るのは二、三人で良いと思うが…」

そう言って、クリティスはもう一度皆を見回した。

「じゃあ、僕は待ってるよ」

真っ先に片手を上げ、名乗りを上げたのはラズマ。

すると、エフィルが「は?」と怒鳴り声を上げた。

「わたしが行くんだから、あんたも行くのよ!」

「裏口から見た丘の下の景色がけっこう良くてね」

「つまり、絵を描きたいからここでサボっていたいってことじゃないの!こんな時に何言ってるのよ」

「君が行くから僕も行かなきゃならないなんて理屈、分かんないよ」

「そ、それはっ…ああもう!とにかく、あんたはあたしについてくればいいのよ!」

あー…

「わかった。ならこうしよう」

クリティスは、少々甘酸っぱい匂いのする言い争いに口を挟み、双方を交互に見た。

「エフィルとラズマはここに残る。そうすれば問題ないだろう」

「そうだよね。そもそも、エフィルが行かなきゃならないって理屈も変だよね」

「え、でっ、でもっ、わたしは――」

どもるエフィルの肩を、ラズマが軽く叩いた。

「まあまあ。君も最近気を張り過ぎてるから、ここはイルファとウィミーネに任せて、二人でちょっとサボっちゃおうよ」

「ふ、ふたっ…!?」

エフィルは「なぜか」顔を少し赤らめると、しおらしく縮こまって小さく頷いた。最後に、「し、しかたないわね」と言い訳をするように付け足しながら。

ちょろい。が。

「二人には…ああいや、エフィルには申し訳ないが、こちらからも一人置いていく。

はっきり言って、捜索には何かと邪魔なのでな」

クリティスは、ちらりとテーブルの端にいる人物を見た。

そして、なぜ名指しされたのかよくわかっていない、ぽかんとした表情のエフィルに耳打ちする。

「まあ、菓子さえ与えておけば邪魔はしないだろうから、あとは若いお二人で」

「ど、どどっどどどどういう意味よ?!」

目に見えてうろたえる青春真っただ中の少女はさておいて、クリティスは他のメンバーに号令をかけた。

「さて、私たちは王子と大司祭の捜索だ。

今更不満を言う者はいないな?いたら刺す」

「さすが氷海様、鮮やかなお手並みで。最後の脅しも含めてな」

いつものように天敵である月傷から皮肉が飛んだものの、この決定に不服を唱える者はいなかった。冗談のつもりだった脅しのせいではない、と思いたい。

「くれぐれも、命令が意に沿わないからと言ってだだをこねたり、つまらないからと言って勝手に商店街に買い物に出かけたりしない事」

「このいちごジャムおいしい!ねえ、どこのジャム?」

「自家製でございます」

「ホントに?!」

「…主に、そこで我関せずを装っている女のことを言っているのだが」

先ほどから口元に赤いジャムを付着させたまま、会話にも参加せずにパンをほおばっている自称創造主をもう一度睨んで、クリティスは低い声で唸った。

「もぎゅ?!」

「もぎゅじゃねーよバカ。お前、最初から全然話聞いてなかっただろ」

「はあ…朝から皆してこんなノリで、ホントに大丈夫なのか」

イルファの呆れ果てた声に、一同は思わず苦笑するのだった。




「アクス王子を捕らえた?よくやったわ」

朝だというのに相も変わらず薄暗い部屋の中で、起きたばかりのフィスカ・イーリスは、寝具の傍らに佇む従者に微笑みかけた。

「はい。大司祭が夢見を行っている間、このあたりをうろついていたようなのでご同行願いました」

「大司祭と呼ぶのは止めてもらえるかしら、クルト」

急に声色を突き放すような冷たいものに変え、フィスカはクルトと呼んだ従者を睨んだ。

クルトは動じもせず、「これは失礼」と感情の読めない声で応える。それに満足すると、フィスカは枕に背もたれて話を続けた。

「さて、彼をどうしようかしら」

「フィスカ様の意のままに」

「そうね。このままひっそり始末してもいいけれど、先日の戴冠式の騒ぎもあって城も民も動揺しているから、彼を偽物として祀り上げて公開処刑を行って、鎮静化を図ることにしましょう。

また舞台に乱入されては困るから、彼の仲間たちはそれまでに…」

フィスカの表情が、大司祭と今まで呼ばれ慕われていた人間に似つかわしくない、歪んだものに変化する。

「承知いたしました。アクス王子の処分方法と警備をさらに強化する旨、カイ王子に伝えておきましょう」

淡泊に伝達内容を復唱すると、クルトはゆっくりと闇に消えた。文字通り、背負っていた霧のような闇の中に消えたのである。

「本当に不気味ね」

イーリスは、いつぞやカイ王子がイーリスの去り際にしたように、眉をいぶかしげにひそめた。

「教団も、どうしてあんな正体の分からぬ輩を囲っているのかしら。まあ、使えるから良いのだけれど」

そうして、シーツの隙間からするりと抜けて出ると、欠伸と伸びを一つずつした。


わずかな明かりの灯る廊下を足早に抜け、次期フォーラス国王候補カイは分厚い鉄の扉の前に立つ。

つい先ほど、イーリス大司祭の従者から「弟君を捕らえた」との報告を受けたばかりであった。大慌てで来たためか軽く息切れがしていたが、それを整えるのも構わずに、民衆の目を引かぬように羽織ってきたマントのフードを取った。

カイは、ものものしい扉を両手で開くと、すぐ目の前に現れた格子ごしから牢の中を覗き込む。その口から、驚愕とも嘆息とも取れる言葉が漏れた。

「…まさか、まだ生きていたとは」

「久しぶりだね」

牢の向こうからは、歓喜とも皮肉とも取れる声が返ってきた。

フォーラス王国の二人の王子は、一年ぶりに再会した。

「俺の部屋に置いておいた手紙は読んでくれたかい?」

「やはりあれはお前だったのか。

どこまで嗅ぎつけた?」

「どうかな。少なくとも、あんたが予測してるぐらいの事は知ってると思うよ」

アクスは浮かべていた笑みを消して、刺すような目でカイを睨んだ。

「…どうして亜魔界神教会の神父たちを手にかけた?そんなことまでしなくても、イーリスと手を組んでいるなら教会を黙らせるのは簡単だったろうに」

「そこは大司祭の望みでな。

僕としては、協力者が亜魔界神教会でも教団でもどちらでも良かったのだが」

「教団?」

不思議そうに問い返してきたアクスを、カイは鼻先で笑う。

「なるほど。そこまでは知らなかったということか」

「教団とはなんだ?一体あんた、何をしようとしている?!」

「僕の目的は、何も変わっていない」

カイは、息巻く弟を下目に見ながら言った。

「この国の王になる。それだけだ」

「…っ人を殺してその上に立とうとする人間に、本当に人のための国が作れると思ってるのか?!」

一瞬ひるむも、アクスは負けじと言い返した。

「あんたも、俺と一緒にマクレイドの教育を受けて来たはずなのに、どうしてこんなに食い違ってしまうんだ…!」

「僕に王になる資格がないというなら、お前はどうなんだ」

ぐっ、と格子を握り、カイは同い年の弟を睨みつけた。

「気が弱くて周りに利用されてばかりで、結局存在まで消されて追い回されている。

自分の意見もまともに主張できず、動く事も出来ない臆病者に、誰がついてくるというんだ!」

「……………」

押し黙ってしまったアクスを背にし、カイは踵を返して扉を開けた。

「兄貴」

切なく、どこか懐かしい響きで弟の声が追いすがるが、それを振り切り部屋を出ると、後ろ手に扉を閉める。

それから、冷たい扉に寄りかかってうなだれると、自分にしか聞こえないほどの小声で、ゆっくりと独りごちた。


「だから、僕は、国王になろうと思ったのに…なのに、お前は…」






「やあ。順調じゃないか、気持ち悪いぐらいに」

「なあにが順調だ。こういうのは「予定外」って言うんだ。

まさかオレの管轄に引っ掛かるなんて油断してたぜ。ぜってー来ねえと思ってたもん」

朝の光の真っただ中、商店街に佇む喫茶店。二人の青年が屋外の席で、お互いまったく違う表情で顔を合わせていた。

澄ました顔の一人は、相手のふてくされた顔をさも楽しげに眺める。

「あれの気まぐれは、僕たちの理解の及ばないところだからなあ。

ご愁傷さま。せいぜい上手くやってくれ」

「で、お前は一体何しに来たんだよ。まさか、からかいに来ただけとか言うつもりじゃねーだろうな?!」

「いやいや、応援と言ってくれ。適当に口を挟むぐらいしかしないけど」

「やっぱからかいに来たんだろーが!」

ぎろりと澄まし顔を睨む、ふてくされ顔。しかし相手の反応がないと見るや、背もたれに片腕をかけて足を組み、空に向かって大きくため息をついた。

「でも、向こうの反応は一応あったんだろう?君の目的はもう変わってるんだから、前の目的はすっぱり捨てて、そっちに専念したらいい」

「わーかってるって。今更前の仕事には執着してねえよ。

あーあ。せっかく今まで頑張ってたのになー。散々タラシこんであそこまでオトしたのになー」

「未練たらたらじゃないか…」

コーヒーカップを持ち上げながら、澄まし顔は呆れ顔になって、ため息をついた。中身をおもむろに飲み干すと、きっちり自分のコーヒー代だけをテーブルにおいて、立ち上がる。

「じゃあ、がんばって」と言い残して去ろうとする彼に、ふてくされ顔はますますふてくされた。

「まじでお前、「応援する」だけなのな…」

「ああ、そうそう応援と言えば。

あの子…ほら、休暇中のあの子。昼にはここに着くかもだってさ」

ふてくされ顔は、大して感慨のない声音で「あっそ」と頷いた。

「そりゃよかった。

お前も、せめてここのメシおごるとかさあ」

「ああやだやだ。君はほんとに、欲望だけは強いんだから」

「うるっせー!もう帰れ!」

澄ました背中に、ふてくされ切った怒声が大きく飛んだ。

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