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ワールドメイカー  作者: みたらし
第二章 滑稽な英雄譚
33/46

感動の再会?・後篇

「「な……………」」



五人と四人、計九人は、混乱極まるレストランホールでお互いに見合ったまま、絶句した。



「な…なんで、あんたたちがここに…」

長い沈黙の末、まず初めに口を開いたのは、赤毛の長身の男。


「なんでって…め、飯を食いに来ただけなんだけど」

深緑の瞳の少年が、白い翼をはためかせて答える。


「こんな最悪のタイミングで鉢合わせるなんて」

頭を抱え、同じ翼人族の金髪少女が唸った。


「最悪のタイミングって、何の事ー?」

小首を傾げてきょとんとしている、黒髪ショートヘアーのほんわかとした娘。


互いが互いの状況を認識できていない状態で、皆、次の行動を起こしあぐねていた。

「…ウィミーネの言う通り、こんな完璧なタイミングで鉢合わせるなんておかしいわ」

が、我に返ったエフィルが咄嗟に背中の剣に手を掛けたことで、一気に場の空気が張り詰めた。

巻き込まれる事を恐れた他の客たちが、テーブルや椅子を押し退け我先にと店を出ていく。あっという間に静寂に包まれたレストランホールに、彼女の凛とした声が響き渡る。

「私たちを待ち伏せてたんじゃないでしょうね?」

「は?何だそれ」

もともと不機嫌だったディオの眉間の皺が、一気に増えた。

それを見たイルファが、あからさまに動揺しながらエフィルの服を引く。

「わああああおち、落ちつけエフィル!さっき「飯食いに来た」って言ってたじゃないか!」

「何ビビってんのよイルファ。でかい図体でそんな腰の引けた恰好して、みっともないわねー」

「仕方ないだろう!彼はその道では悪名の高い…」

余計な口を滑らせかけたところで、ディオが鋭く光る闇色の目をイルファへと向けた。「ひいっ」と情けない声を上げ、彼はこそこそと仲間たちの一番後ろに隠れる。

「…そういえば、戴冠式の時に真っ先に武器を抜いたのがあなただったわね。それに、「悪名」高いときたわ。

つくづく私の道義に反する男ねえ」

「俺にとって、てめえの道義ほどどうでもいいものはねえな。

かかって来るならさっさと来ればいいのに。その悪名高さを、目に物見せて教えてやるよ」

「ディオ、貴様も貴様だ。煽るんじゃない」

臨戦態勢に入ったディオを後ろへ押しやって、クリティスはエフィルたちに問うた。

「こちらからも聞くが、お前たちはどうしてそこから出て来た?」

「ふんっ、あんたたちに教えてやるような――」

「警備団に追われているんだ。理由はまあ、君たちも良くわかってると思うから言わないよ」

撥ねつけようとしたエフィルを抑え、苦笑交じりに答えたのは、ラズマ。

「…ふむ。そこの小娘よりは話が通じそうだな」

軽蔑しきった切れ長の目でエフィルを流し見るクリティス。憤慨するエフィルをウィミーネが抱えて留めているのをよそに、ラズマと対峙した。

「初めまして。僕の名前はラズマ。

先日の戴冠式の時にエリスと会ってるんだ。僕の事は聞いてるかな」

「ああ…確かアトリクス出身で、創造主教の僧侶だとか」

「そうそう。本来なら僕だけじゃなくみんなで自己紹介をし合うべきなんだろうけど、面倒くさいからそこは省くよ。

というか、そんな時間ないしね」

今にも欠伸をしそうなけだるげな声と目つきで、ラズマは淡々と語る。

「実は、今も裏の勝手口に警備兵がいるんだ。いろいろあって、レストランのオーナーと店員たちが食い止めてくれているところ。

悪いけど、通してくれないかな」

「私はもちろん構わない。後ろの連れも…まあ、そこに一名むくれている男がいるが、今お前たちと関わっても得する事はないとわかっているはずだから、大丈夫だろう。

…だが」

クリティスはもう一度、こちらを射殺すのではないかと思うほど険呑とした視線を向けてくるエフィルを見た。

「このままでは、こちらが何をしなくとも、そこのエフィルとかいう女が勝手に喧嘩を吹っ掛けてくるのではないかと思うのだが」

「………エフィル」

ラズマは困った顔を仲間の娘に向け、諭すような声音で語りかけた。

「向こうは何もしないってはっきり言ってるよ?それに僕たちも、彼女たちをどうこうしてる場合じゃないし」

「で、でも………」

ラズマに弱いエフィルは、急に威勢を失って眉尻を下げた。

そこに追い打ちをかけるように、店の奥の方から、何かを蹴り飛ばすようなけたたましい物音が鳴り響く。おそらく扉が破られたのだろう。女性店員の悲鳴や、警備兵のものと思しき怒鳴り声も聞こえる。

「来るぞ!」

カーテンの陰から調理場を覗いたイルファが、鬼気迫る表情で叫んだ。エフィルはその声に弾かれるようにして立ち上がると、一度クリティスたちを睨む。

「言っておくけど、あなたたちを信用したわけじゃないわ。

いずれ化けの皮ひん剥いてやるんだから!」

そう言い捨てると、「行くわよ!」と仲間たちに一声掛け、大慌てでレストランを出るエフィル。その後にイルファ、ラズマと続き、最後にウィミーネが申し訳なさそうな顔で、「ごめんなさい…」と零して去って行った。

「…怖い女だな…」

遠くなるエフィルの背中を眺めて、エドルが小声で呟く。

クリティスは、自分の手荷物を抱え直すと彼に言った。

「放心している場合ではない。私たちも行くぞ」

「――そうか、おれらもやべーじゃん!」

エフィルたちも警備団に追われていたが、クリティスたちもまた、警備団に目をつけられているのである。

すかさず五人は、荒れ果てたレストランホールを後にした。間もなく後ろから、男たちの怒号が聞こえてくる。

「――って、なんであんたたちも追いかけてくんのよーっ?!」

やがて丘の中腹で、別れたばかりの四人と合流した。振り返ったエフィルが、驚愕の声を上げている。

「こっちも警備団に追われてる身なんだよ!」

「警備団に追われてるですって…?!」

ディオの返しに目を見開いた彼女は、逃げながら、勝ち誇ったような声音でこう叫んだ。

「つまりあんたたち、人様に言えないような犯罪をやらかしてたってことでしょう!

ほら見なさい!私の正義の目はごまかせないわよ!」

「「「お前のせいだーっ!!」」」

エドル、ディオ、エリスティアの息のあった突っ込みが、見事なハーモニーを奏でて蒼天に高らかに響いたのだった。


「あー…じゃあ、まず、自己紹介をしようじゃないか」

険悪な雰囲気の中、無理矢理笑顔を作った赤毛赤目の男、イルファ・アリゼルがそう提案してきた。

ここは、先ほどのレストラン『フォレストフォーラス』。しかし、ホールではなく従業員の休憩室だ。警備員に破られた勝手口の扉が壁に立てかけてあり、丸見えの外からさわやかな午後の風が吹いてくる。荒れた室内を、エプロンドレス姿の店員が掃除している。

しばらく市街を逃げ回ったクリティスたちは、警備兵を撒くと、なし崩しにエフィルたちに付いてここへとやってきた。レストランのオーナーだというスーツの老人はにこやかに自分たちを出迎えると、誰何もせずに黙ってこの部屋へと通してくれた。

「話し合うには、まずお互いを知らないと」

「相手の事知らなくても、喧嘩ならできるわよ」

「頼むから喧嘩をすることから離れてくれないか」

こちらから顔を反らし椅子の上でふんぞり返ったエフィルが、苛立たしげに呟く。それを早口で諌めて、イルファは再びぎこちない作り笑顔を続けた。

「それじゃあ、まずは俺から。

トレジャーハンターのイルファ・アリゼルだ。オルド・アリゼルの息子だって言ったらピンとくるんじゃないか」

「まさか、「雷光のオルド」?!」

エドルが、勢いよく身を乗り出した。

「「鳴神の剣」をハントしたあのオルドの事か?!」

「そう、それ。ちなみに、これが「鳴神の剣」だ」

イルファは腰から両刃の剣を鞘ごと外し、テーブルに置いた。クリティスが顔を近づけて見ようとしたところを、エドルに真っ先に掠め取られてしまう。

「まじ?まじで?!これホンモノ?!」

目をきらきら輝かせて鳴神の剣を眺め回すエドル。今にも持ち逃げしそうなその威勢に気押されて、イルファは「あ、ああ」とたじろいでいた。

「ってことは、刃から電気出んの?!どうやって?!」

「や、あの、説明してやりたいのは山々なんだけど、まずは自己紹介を…」

イルファが困り顔で声をかけても、エドルは剣に目を奪われたままでまったく話を聞いていない。仕方なく、クリティスが次に名乗り出た。

その後流されるようにして皆、名前と年齢程度の簡単な自己紹介を行っていく。ただしエリスティアは自分が創造主であることを口にせず、「エリス」とだけ名乗って本名も明かさなかった。またクリティスや他の連れも、それに口出しすることはしなかった。言ったところで、向こうが信じるとは到底思えないからである。

一通り自己紹介を終えたところで、今度はラズマが自分たちのいきさつについて説明を始めた。

「僕らは一年前から四人で旅を続けててね。この国を経由して関所を抜けようとしたところで、ある人に出会ったんだ」

「ある人?」

ラズマは、一旦話を止めて仲間たちを見た。それから、勝手口付近に佇んでいるオーナーに目配せをする。

見られた者たちは何も言わなかったが、ラズマはそれで了解を得たと判断したのか、話を続けた。

「――アクス・ヴォールナ・フォーラス王子。

近々この国の王位を継ぐ、カイ・ヴォールナ・フォーラス王子の双子の弟君さ」

「あー、やっぱ双子だったのか」

突如口を挟むディオ。

「そんな話をどこかで聞いた事があったんだが、戴冠式の時に一人しかいねえから、おかしいとは思ってたんだ」

そういえば戴冠式の時、ディオがそのような事を口にしていたのをふと思い出す。

「そこまでくればもうわかると思うけど、僕たちが今回首を突っ込んじゃってるのは、所謂王位継承争いっていうやつなんだ。

この国の王位は王族年長の男子が代々継ぐ事になってるんだけど、カイ王子とアクス王子は双子だから、どっちが王位を継ぐかで長年散々揉めてたそうだ」

その争いはずっと定まらずじまいであったが、一年前、転機が訪れた。

アクス王子が数人の共を連れて狩りに出かけた際、そのまま行方不明になってしまったのである。

警備団が死力を尽くして探したがまったく足取りが掴めず、共の者の死体が狩り場で発見されたことから、王子も死亡した可能性が高いと判断された。国民には「アクス王子は魔獣に襲われ亡くなった」と伝えられ、捜索も手詰まりになり打ち切られてしまった――

「………っていうのが、王族からフォーラス国民の間に公表された話だよ」

「そんな好都合な偶然があってたまるかっての」

エドルが、すかさず吐き捨てた。

ラズマも頷く。

「でも、僕たちは「死んだはずのアクス王子」に出会ってしまった。それも、カイ王子の手先に襲われているときにね。

それで怒ったエフィルがカイ王子の悪行を暴くって言いだして、戴冠式の時に乱入してばらしてやろうって計画を立てて………あの日に至るわけだ」

「なるほど、お前たちの事情はわかった」

目を閉じてじっと話を聞いていたクリティスは、顔を上げると彼らに尋ねた。

「それで、肝心のアクス王子は今どこに?」

「ここを拠点にして動いてるみたいだけど、まだわたしたちも再会できてないんだー」

ため息をついて首を振るウィミーネ。

「戴冠式の時、わたしが捕まっちゃったせいでアクス王子とも離れちゃって…」

「あんたのせいじゃないわよ。だって、ウィミーネが捕まったのはそっちのせいだもの」

エフィルが、じろっとこちらを睨みつけて来た。

「あたしたちのせいー?」

「そうよっ。そこのエルフにウィミーネが突き飛ばされたところを、警備兵に取り押さえられたのよ!

あんたたちがあそこで乱入してこなければ、今もこんなおかしな事態にならずに済んだのに!」

「話がややこしくなるから、戴冠式の時の事は蒸し返すなって」

どたばたとエフィルを抑え込む仲間たちを見つめ、クリティスはその怒りが自分に向けられている事も構わずに大きく頷いた。

「…もしかしてあの男…」

「ええ、その通りでございます」

独り言のつもりだったクリティスの言葉に反応したのは意外にも、静かな微笑みを湛えて佇んでいたレストランのオーナー。

一同が振り返ると、彼は「余計な口を差し挟んでしまい申し訳ありません」と一言断り、

「あなた方がこのレストランで出会った、あの覆面のお方…あの方こそが、アクス王子にございます」

「失礼だが、貴方は…?」

「申し遅れました。わたくし、数年前までアクス王子のお世話係兼執事を努めてまいりました、マクレイド・ハーレスと申します」

深々と腰を曲げる、ハーレスオーナー。

「何よ。あんたたち、アクス王子に会ってたの?」

エフィルが素っ頓狂な声を上げた。

「昨日、そいつから仕事を引き受けたんだよ。亜魔界神教会の潜入調査をしてくれってな」

「王子の代わりに教会の調査をしていたのは、君たちだったのか」

納得したように頷くディオとイルファ。

ラズマがテーブルに上半身を乗り出し、こちらに尋ねてきた。

「こちらの方でも、亜魔界神信仰教会がこの王位継承騒動に絡んでるって話は掴んでたんだ。ただ、その証拠が見つからない。おそらく王子も、それを掴むためにあんたたちを教会へ送ったんだろう。

それで、結局どこまで掴んだんだ?教会関係者が殺されてたって話みたいだけど…」

「わかったのはそのぐらいだぜ」

エドルが、肩を竦めて答える。

「神父と僧侶が全員殺害されてた上に、地下に遺体を隠されてた。腐乱の進行具合から見ても、おそらく死後一ヵ月ってとこかな。

教会関係者の中で生き残っているのは、イーリス大司祭一人だけ」

「そういえば…」

ウィミーネが、マクレイドに視線を向けた。

「イーリス大司祭が、ここ一ヵ月頻繁に王室を出入りしてるって話もあったよね」

「今回の事件の最重要人物は、彼女だな。一体どこまで関与しているのかわからないが」

難しい顔で俯くクリティス。

エフィルが背もたれに大きく寄りかかり、「あーもう!」と大きな声を上げた。

「聞けば聞くほど、アクス王子が不憫だわ。ようは、カイ王子とイーリス大司祭が共謀して、アクス王子を亡きものにしようとしてたってことでしょ?」

「まだそうとは限らないけどね」

「とにかくまずは彼に会って、どのくらい情報を得たのか確かめるべきだな。教会関係者の殺害の目的に関しても、現時点ではよくわからないし」

頷き合うエフィルたち。彼女たちの今後の活動方針は決まったようである。

クリティスたちはそれを見ると、顔を見合わせた。そして、

「それじゃ、ここらへんでおれらは帰らせてもらうよ。

あんたたちの活躍を、陰ながら見守ってるぜ」

真っ先に立ったエドルが、満面の笑みで手を振った。それに倣い、四人もガタガタと席を立ち宿に帰る準備をし始めた――が。

「……………何言ってんのよ?」

踵を返した背中に、冷たい女声が投げかけられる。

「ここまで情報を共有した以上、わたしもあなたたちも他人の振りをするわけにはいかないと思わない?」

「い…いや、別におれたち、向こうにチクるとかそんな事をするつもりは一切…」

「そういう問題じゃないわ。

空気を読みなさいって言ってるのよ。普通こんなひどい話を聞いたら、「自分たちも協力する」って気分にならないかしら」

無茶苦茶である。

「全然ならなかったので帰ります」

「あんたたちには、正義心っていうものがないのっ?!」

「前に言ったじゃねえか。お前の信じる道義なんざどうでもいいって」

心底嫌そうに彼女を見下ろしディオが言い捨てたが、それでもエフィルはしつこく食いついてくる。二人が言い争いを始めると、今度はウィミーネが口を開いた。

「どうせ街の外には出られないんだよね?それなら、宿で肩身の狭い思いをして待ってるより、ここにいて協力し合う方が安全だし、早く解決するんじゃないかな…」

「え、ちょ、ウィミ」

イルファが、妙に慌ててその口を抑えようとした。しかし、エフィルは彼の顔を手の平で押し退け、無理矢理ウィミーネから引き剥がしてしまう。

だがしかし。

「エフィル。彼らは元々無関係の人間なんだし、これ以上巻き込むのはどうかと思うよ」

次にラズマが、あきれ果てて反対意見を主張すると、

「ええーっ…」

エフィルは、見る間に今までの威勢を失って眉尻を下げた。

「戴冠式の時だって、元はと言えばエフィルの勘違いが発端だっていうじゃないか。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないよ」

「あ、あれは――」

「エフィル」

咎めるような彼の視線を受け、彼女は面白いほど大人しくなってしまった。

改めてこちらに身体を向けると、丁寧に頭を下げるラズマ。

「いろいろと巻きこんでしまって、本当にごめん。

それから、アクス王子の依頼で教会の調査をしてくれた事も含めてお礼を言うよ。ありがとう」

「まあ、それもこれも成り行きというものだろう。エドルも言っていたが、無事にこの件が済むことを祈っている」

当たり障りのない言葉を返し、クリティスも軽く会釈をした。顔を上げ、イルファのほっとしたような笑顔と、ラズマとウィミーネの微笑み、それからエフィルのむっつりした不満顔を順に眺める。

そして、再び勝手口へと足を進めたが――

「―――あ」

今まで黙って事の成り行きを見守っていたリシェルアが、何か思い出したように声を上げた。

それから、おもむろに手荷物の中を探り始める。

「これ、あたしたちが持ってても仕方ないと思うからー…」

そう言って取り出したのは、先日教会を調査した時に見つけたあの魔法陣の紙切れ。

「昨日、教会で拾ったのー。事件の解決に役立つといいんだけれどー」

「何なに?何それ」

興味津津の目つきで、彼女の手元を覗きこむエリスティア。

「おいおい、いつの間にそんなもの手に入れてたんだよ」

呆れてこめかみを押さえながら、相方の動きを目で追うエドル。

リシェルアがそれをラズマに手渡すと、彼は怪訝な表情で礼を言った。しばらく表の魔法陣を眺めていたが、それが何を意味するものなのかわからない様子だ。後で説明を付け加えた方が良いかもしれない。

だが、ラズマが皆の注目の中、何気なくそれを裏返した時。




「「「――白蛇教団………!!」」」




三人の声が、重なった。

ラズマとエリスティア、そしてもう一人――

「…ディオ?」

想定外の人物が顔色を変えた事に驚き、クリティスは間の抜けた声で彼を呼んだ。

しかし、彼は応えない。それどころか、まったく周りが見えていないような虚ろな目で、ただただ紙切れに描かれている蛇のような紋様を見つめ続けている。

「これが、本当に亜魔界神教会に?」

ラズマが、動揺を隠せていない声色で尋ねてきた。

リシェルアが頷くのを確認すると、彼は唸って黙り込んでしまう。

「白蛇教団って…?」

「亜魔界で活動してる宗教団体の一つだよ」

ウィミーネの問いかけに、エリスティアが神妙な面持ちで答えた。

「と言っても、宗教団体っていう表現が正しいのかはわからないけどね」

「へー…名前に教団って付いてるのに、宗教団体と言えないとはこれいかに…

………ちょっと待て。その言葉、どっかで聞いたような気がするんだけど」

思いきり眉をひそめたエドルに、エリスティアは大きく頷いた。

「白蛇教団は、神やそれに準じる存在を嫌悪し否定する無神教組織。

つまり、亜魔界版の希望の箱ってところだね」

「な、な、何なのよその、神やそれに準じるうんたらとか、希望の箱っていうのは」

説明を求めて周りを見回すエフィル。すると、ラズマがエリスティアに代わって話を続けた。

「ようは、何も信仰していない事を信仰する組織さ。場所によって名前が違うだけで、希望の箱も、同じ目的で活動してる組織だね。

希望の箱は最近大きな動きを見せて結局解散したけど、白蛇教団は設立当初からずっと地下で目立たず活動を続けてる。だから一般人は知らない人がほとんどのはずだし、創造主教の上層部もあまりその規模を把握していない。かく言う僕も、名前ぐらいしか知らなかった」

「希望の箱が解体したのを聞いて、その仇討ちをしようとしてるのかしらー?」

リシェルアが、ラズマに渡した蛇の紋様を見つめて首を傾げた。しかし、エリスティアが首を左右に振る。

「ううん、違うと思うな。同じ思想を持ってるとは言え、希望の箱と白蛇教団は仲良くなかったみたいだから。

それに仲が良かったなら、この間希望の箱が蜂起した時に支援したりすることだってできたわけだし」

「…一ついいか?」

ふと、イルファが控えめに手を挙げた。そちらに顔を向けるクリティスたち。

「さっきから妙だと思ってたんだが、あんたたち、どうしてそんなに白蛇教団とやらの事情にやたらと詳しいんだ?一般にはほとんど知られていないし、それはおろか、情報を集めているはずの宗教界上層部の人間もわかっていないような団体なんだろう?」

「え………」

クリティスは、思わずエリスティアたちと顔を見合わせた。それから皆、「しまった」という表情で首を竦める。

「確かに…希望の箱が引き起こした事件に関しても、天空界の朝廷は一般に公表していないはずだ。

それを、どうして?」

ラズマも、こちらの顔を覗きこんできた。エドルが苦し紛れにごまかし問い返す。

「じゃ、じゃあなんでラズマはそういう情報知ってるんだよ?お前、創造主教会の上層でも何でもない、下っ端僧侶じゃねーか」

「僕の場合は、ちょっと特殊なんだよ。本来アトリクスの大教会で修行の身にあるはずの僕が、こうしてエフィルたちと旅をしていることからもわかるようにね。

だから、教会の情報部からこっそりいろんなことを教えてもらえるんだ」

「本来の教会の仕事でも、サボって絵を描いてた生臭僧侶だけどな…」と、彼の背後で独りごちているイルファ。

ラズマはしばらくこちらをジト目で眺めていたが、口を頑なに閉ざして開こうとしないのを見ると、残念そうにため息をついた。

「まあ、いいや。誰にだって言いたくない事はあるよね。

それに、君たちはどうせここで僕たちと別れ――」

「そのことなんだけど、気が変わったよ」

エリスティアが、至極平然とそう言った。

もちろんこちらの意思など確認せずに、だ。

「はあっ?!お前、この期に及んで何を…」

不平の声を上げかけたエドルの口を手で乱暴に塞ぎ、彼女はまるでクリティスたちなどいないかのごとく、見向きもせずに続ける。

「白蛇教団が関わってると知ったら、無関係ではいられないよ。仇討ちとはいかなくても、希望の箱が倒れたことで何か行動を起こそうとしてるんだったら、なおさらね」

「むむーっ、むううううっ!」

エリスティアの手の平の中でエドルがなおも抗議している。だがクリティスはというと、うって変わって物分かり良く黙っていた。

あの紙片を彼女が見たら、まず間違いなく食いついてくるだろうと、元から予測していたからである。その予測は一応リシェルアにも伝えておいたはずだが、何を考えて彼女がこの場でそれを渡そうと思ったのかはわからない――いや。

もしかすると、自分たちと違って彼女は、初めからエフィルたちに協力するつもりでいたのかもしれない。

ちらりと横目を向けてみたが、彼女は依然として真意の読めない笑顔を浮かべていた。しかし仮にそうだとすると、いつも皆の言い分に黙ってつき従っている彼女にしては、珍しい…

「…リティス!ちょっと、聞いてる?!」

ぼうっと思案に暮れていると、エリスティアの怒鳴り声で意識を引き戻された。

「そんな大きな声を出さなくても…」

「で、あんたは協力するの、しないの?」

「しないと言っても、どうせ認められないのだろう?」

「当たり前でしょ!」

ため息をつきたい気分に駆られたが、リシェルアの傍で人をも殺せそうなほど不機嫌な表情をしながらそれでも沈黙しているエドルをみると、同情心が勝ってそれすらも出なくなってしまった。

「ということで、あんたたちのお手伝いをしてあげることになったよ!感謝してね!」

「それは、ありがたいんだけど…でも、何でまた…」

「返事は?!」

「は、はい。よろしくお願いします」

疑問を口にする事も許されず、強引に頷かされたラズマを気の毒に眺める。だが、元々こちらと協力するつもりだった彼らに文句はないだろう。エフィルもウィミーネもイルファも、どこか腑に落ちないような顔をしながらも黙っている。

ふとずっと立ち尽くしたままのディオが気になって、目だけをそちらへ向けた。

「………ディオ、どうした?」

「え………」

彼は一瞬たじろぐと、少し宙に視線を漂わせる。それから、「なんでもねえよ」と一言だけ返してきた。

どう見ても何でもなくなさそうだが、それを問いただす前に彼はクリティスの傍を離れ、遠くの椅子に座ってしまう。全身からこちらを拒絶するような険悪な雰囲気を醸し出しているのでわざわざ聞き出すのも憚られ、仕方なくクリティスは諦めた。

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