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ワールドメイカー  作者: みたらし
第一章 開かれた箱
3/46

出会い

夢を見た。




最近、同じような夢を繰り返し見ている。

妙にはっきりした夢で、起きたときに一瞬、それが夢であったのか現実であったのかわからなくなってしまうほどだ。

エドルには、これが予知夢というものであることがわかっていた。そういう明瞭な夢を今まで何度か見たことがあるし、その数日後に夢の内容と同じ事が起きるというのも知っていた。

どうにも、そういうものを受信しやすい体質らしい。しかし、自分自身はあまりこの事を気にしていなかった。

何より、これから先の出来事を知ることができるから、便利だったのだ。


途方もなく高い塔を、遠くからじっと見ている夢だった。

島の真ん中に突き立つ、巨大な塔。かなり距離を置いて眺めているというのに、てっぺんははるか上空の雲の中に隠れている。まるで、無限に伸びているのではと疑うほどだった。

しかし、たったそれだけの夢だというのに、起きた後の気分はいつも、信じられないほど悪かった。実際には見たことも聞いたこともない塔だというのに、この、憎くて仕方のないものを視界にいれてしまった時のような気分は、一体なんだというのだろう。

少なくともその点は、今までの予知夢とは違っていた。




「今日は、特に最悪だな…。

なんだよ、おれに恨みを持ってる奴が、呪いでもかけてんじゃねーだろーな」

「あら、エドル。おはよー」

起き上がって頭を掻いていると、横からこちらの寝ぼけ顔を覗き込んでくる少女が一人。

「…はよ、リシェルア」

三歳下の相棒、リシェルア。いつも、気の抜けるほど柔らかな微笑みを浮かべている。

朝の日差しが眩しくて、目を細めていると、「はい」と水の入った木製のカップを差し出された。そばにある泉で汲んできたのであろうきれいな水が、太陽の光を反射している。

「目、覚めるわよー」

「おう。ありが――」

穏やかに流れる時間に思わず顔を緩め、カップに口をつけて。




「って、そうじゃねええええええええええ!」





冷水によって覚醒したその瞬間、頭の中によみがえったのは――

今自分たちが置かれている、非常に残念な状況だった。




木の上の巣で子育てに励む親鳥や小鳥の鳴き声が、耳触りで仕方がない。降り注ぐ朝の日差しも木の葉のざわめきも、何もかもがうざったい。

エドルは今、不機嫌なことこの上なかった。昨晩の夢が原因の一つではあるのだが、それ以上に、この状況が一番彼を悩ませていた。

もう、今日で三日目なのだ。この果てのない樹海をさまようのは。

「そんなに焦っても、どうしようもないわよー」

そう言って、のんびりと寝袋を畳んでいるリシェルア。

「どうにかしなきゃなんねーんだよ!いつまでたっても出れねーじゃねーか!」

手荷物の中の食料はもはや乏しく、あと二日も迷えばその先にあるのは飢え死にだ。かといって、コンパスもなければ地図もない。

「だから、やめておきましょうって言ったじゃないー。お金がないからって、地図もなしにこんな樹海に入るなんて、無謀が過ぎるわー」

「し、仕方ねーじゃん…てっとり早くもうけるには、遺跡の宝物をくすねるしか…。

だって、仮にもおれらはトレジャーハンターを名乗ってるんだぜ?魔獣退治とか人から面倒事引き受けるとか、仕事屋まがいのことはしたくねーし」

こんな危険な状況に陥っているのは、ほぼエドルの自業自得であった。

トレジャーハントの旅の途中で持ち金が尽き、金を稼ぐには一発当てるしかないと、ほとんど何の準備もしないままに、樹海に飛び込んでしまったのだ。この樹海には、誰も荒らしていない遺跡が眠っているとかで、トレジャーハンターの腕がうずいたというのも理由の一つ。

「後先顧みずに行動するから、こんなことになっちゃうんじゃない」

「………」

「あたしは何度も止めたわよー?」

「ご、ごめんなさい…」

笑顔のはずなのに、威圧感。たまらずエドルは、頭を下げた。

しょうがないわねえ、とため息をつくリシェルア。

「助けはもとより期待できないから、待っていても埒が明かないのよねー。なら、やっぱり歩くしかないのかしらー」

「だよなあ…。腹は減るけど、そうするしか…」

二人は身体を起こすと、身なりと荷物を整えて、あてもなく進み始めた。朝食は、もちろん抜きだ。

「せめて、樹海の外に出れればいいんだよな。遺跡に着かなくても」

本当のところは、偶然遺跡にたどり着いて宝と一緒に悠々と帰還…というのが一番好ましいのだが、そんな都合のいいことが平気で起こるのならば、とうの間に樹海を抜け出せているはずだ。

エドルは一人、肩を落とした。

「………エドル」

その肩を、リシェルアが後ろからそっと叩く。

「なんだよ、慰めならあとに…」

「何かいるわ」

文句を言おうと振り返ると、草むらを見つめる横顔があった。その視線の先に、「何か」がいるらしい。

魔獣かもしれない。山や森にはたいてい、人を襲う獣が多く棲みついている。特にこの物騒な樹海は、人里から離れているせいで魔獣の退治屋も滅多に入らないから、格好の巣窟になっていた。

これまでにも、何度も凶暴なものと出くわしている。危険な遺跡に入るのが生業であるので、エドルもリシェルアも、剣や魔法での戦いには慣れているのだが。

エドルはさっと身がまえて、腰からダガーを抜き出した。リシェルアが、長い銀の杖を片手に呪文を呟いている。

しかし。




「っくしゅっ…

あ、やば。」




「「?!」」

注視している場所から、なんともかわいらしいくしゃみが聞こえてきた。今までの行動を止めて、二人は顔を見合わせる。

魔獣ではない。草むらに隠れているのは、人間だ。しかも、隠れているつもりでうっかりくしゃみをしてしまうような、間抜けな人物だといえる。

「…今更取り繕っても無駄だからなー。さっさと出て来い」

拍子抜けしたエドルは、ナイフをしまうと、気だるい声色で相手に声をかけた。しばらくすると、何やら独りで文句をつぶやきながら、赤銅色の髪をした少女が草むらから立ち上がった。




「名前は?」

「…エリス・アルカディア」

むっつりした顔でエドルをにらみ、少女は低音で答えた。

彼女の体には、丈夫な縄が巻きついている。草むらから現れたところを、エドルがすかさず縛ったのだ。

「っていうか」

つん、と顔を逸らすなり、彼女は不満げに言う。

「何で地図はないくせに、縄は持ってるわけ?意味わかんない」

「うるさいそれには触れるな!

それより!何でそこでおれらの様子うかがってたんだよ?!」

「それに」

こちらの話など聞く気もないのか、エドルの声にかぶせるように話を続ける少女。

「あたし、別にあんたたちに何もする気ないし。ほどいてくんない?」

「どうだか。何もする気がないんだったら、なんで隠れて盗み聞きする必要があるんだ」

「まったく、この平和な時世に、ものものしいったら…」

「人の話聞けって!」

怒鳴っても、エリスと名乗ったこの少女は怯む素振りすら見せない。後ろ手に縛ってある縄を、なんとかしてほどこうと懸命に動いているだけだ。

「エドル、ほどいてあげましょうよー」

リシェルアが、そっと耳打ちをしてきた。それを耳聡く聞いていたエリスは、ぱっと明るく顔をあげる。

「君の方が、話が分かりそうじゃない。ほどいてよー」

「その代わり、樹海の外まで案内してもらえばいいのよ」

「…顔に似合わず腹黒いなあ…」

束の間に呆れた顔に変化した、エリスの顔。原因の少女は、うふふ、と食えない笑みを浮かべた。エドルも、意地悪く口元を引き上げる。

「わかったよ。案内すればいいんでしょ、案内すれば」

ねばるかと思うと、案外早く降参の声が上がった。

数秒後に解放された彼女は元気よく立ち上がり、急にエドルがしていたような、嫌な笑顔を作ってみせる。騙されたかと身構えた二人だったが、彼女が持ちかけてきたのはこんな話だった。

「約束通り、案内はするよ。

でもさあ、無実の女の子を縄でふん縛っておいて挙句に案内しろーだなんて、恐喝も良いとこだと思わない?ほら、あたし何にもしてないじゃん」

「う」

確かに、こうして何もしてこない以上、彼女はエドル達に危害を加えようとする人間ではないことが判明しているわけだ。このままでは、エリスの言うとおりこちらが悪人になってしまう。

「そっちが、ま、紛らわしいことしてっから悪いん…」

「へーえ。そういうこと言うわけ。別にいいんだけど?このままあたしだけで森の外に出ても」

「…………」

「あ、でも、しばらくしたら、警察官のオジサンたちが、あんた達のこと探しに来てくれるかもねー。事情聴取とかで、ごはんも食べさせてくれるかもよ?」

しかも、出る所には出てやる、と言いたいらしい。

今度はこちらが観念する番だった。

「…つまり、どうしてほしいんだよ…」

「素直でよろしい。

見たところ、戦いに関してそこそこの腕はあるんでしょ?

お金はきちんと払うから、あたしの護衛、引き受けて」

「護衛?」

驚いて、エドルは改めてエリスの身なりを見た。すると、とんでもないことがわかってしまった。

このいかにも気丈な娘は、まったくもって丸裸同然だった。もちろん同然、であって丸裸なわけではなく、服は着ている。服は着ているのだが。

それ以外の、いわゆるこういう樹海に立ち入る際の装備、というものが全くなっていないのだ。

魔獣が出るというのに、武器のたぐいが一切見当たらない。魔法で戦うのが大半のリシェルアでさえ、短剣の一つや二つは常備しているというのに。荷物といえば手持ちの小さなバッグぐらい。おまけに服も、ありふれた綿製の上衣とスカート。アクセサリーが少し。

まるで近所の商店街にでも出かけるかのような格好だった。

「………お前、一体何しにここに来てんだ?」

思わず、エドルは尋ねていた。

「観光」

その問いに、何の悪びれもなく答えるエリス。悪びれたところで誰も咎める者などいないのだが。

「観光って、こんなとこでお前、信じられねー…」

これはもう、引き受ける引き受けない以前の問題だった。もしこのまま一人で危険な場所をうろつかれて、後日遺体発見の報が耳に入ってこようものなら、寝覚めが悪くなってしまう。

それに、今頭を悩ませている最大原因の、金も支払ってくれるというのだ。それだけでもありがたい話だった。隣りのリシェルアも、引き受けろと言いたげにエドルを見ている。

「なんか、うまく乗せられた感じはするけどな…まあいいや。引き受けてやるよ」

「道案内も、よろしくねー」

エリスは二人の返事を聞くと、

「これで、問題は丸く収まったってことだね。

エドル、リシェルア。これからよろしく!」

空で燦然と輝きはじめた朝の太陽も、かくやと言わんばかりの、まばゆい笑顔を浮かべたのだった。

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