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ワールドメイカー  作者: みたらし
第二章 滑稽な英雄譚
29/46

謎の依頼

翌日。荷物をまとめて宿を出たクリティスは、城の方に大勢の町人が向かっているのを目撃し、首を傾げた。

(…何だ?)

他の連れはまだ出立の準備が整っておらず、エリスティアに至ってはクリティスが宿を出る間際に戸を叩いて、やっと起きたというところだ。出発にはまだまだ時間がかかるだろう。

一度宿を振り返り誰も出て来ないのを確認すると、クリティスは道に溢れる人波にまぎれ、フォーラス城へと向かった。



着いた事には着いたのだが、昨日の戴冠式もかくやと言わんばかりの人ごみに揉まれ、城の様子を見るどころか、足を踏まれぬよう足元に注意を払うのがやっとである。ようやく足を止めて顔を上げても、目の前には人の頭、頭、頭…。クリティスは、思わずため息をついた。

やじ馬が減るのを待ってから、もう一度来るべきか。持ってきてしまった荷物も重たいし、と、踵を返しかけた時。

「嫌な世の中じゃのう…」

傍から、不安げに呟く老人の声が聞こえた。

振りかえると、杖をつき腰を大きく曲げた老爺が、人を掻きわけて城とは反対の方へと歩いていく。もしかして、と、クリティスは彼の身体を咄嗟に支えて、声をかけた。

「おお、ありがとうお嬢さん。助かるよ」

「つかぬ事を伺うが、貴方は今、城の様子がどうなっているのか見て来たのか?」

「ああ、見て来たとも。あの美しい白亜の城が脱走した賊に壊されたと聞いて、飛んで見に来たのじゃ」

少し人ごみから離れた広場まで老人を連れてくると、彼は腰をさすりながらベンチに座り込んだ。クリティスも横に座って一息つくと、質問を投げかける。

「賊に壊された、とは?」

「何でも、昨日の戴冠式を台無しにした不届き者を捕らえたは良かったのじゃが、昨晩、捕らえきれなかった仲間の補助を受けて脱走したそうじゃ。その時に、牢と正門が大きく壊されたそうでのう…」

老人は、肩を落とした。

「はあ…一年前にアクス王子様がお亡くなりになった時も、大層心が痛んだというのに…こうしてカイ王子様の戴冠まで台無しにされ、城まで壊され…

ディアン様は、我々フォーラスの民をお見捨てになってしまったのだろうか」

神妙な面持ちで、彼は顔の前で手を組んだ。彼の捧げる祈祷に、クリティスも静かに耳を傾ける。亜魔界を見守る男神、ディアン神への祈りだった。

やがて彼は深呼吸をすると、再び話し始めた。

「こうして独りでお祈りを捧げる事はできるが、教会が閉まったままでは大司祭様のお伝えくださる御言葉も聞く事ができぬしのう」

「教会が閉まっている…?」

クリティスは、思わず聞き返した。

老人は不思議そうに、皺だらけの瞼を上げてこちらを見たが、

「おお、もしかして、旅人の方じゃったか。

そうなのじゃ。ひと月前から突然門が閉じられてしまって、講話もとんと開かれなくなってしまった」

フォーラス城下の住宅街には、大きな教会があったはずである。おそらく彼は、そこの事を言っているのだろう。

亜魔界神信仰は、この国の国教である。多くの人間がその教会を利用しているはずだ。それが突然締め切られてひと月も音沙汰なしとは、さぞかし住民は不安だろう。

「教会を出入りする僧侶や神父様の姿もない。どうしたのかと心配だったのじゃが、昨日の戴冠式で大司祭様のお姿を拝見できた。それが唯一の救いじゃ…」

「……………」

クリティスが黙り込むと、老人は申し訳なさそうに言った。

「いや、せっかくこの国を訪れてくれた旅の方に、こんな暗い話をしてすまんのう」

「そんなことはない」

朝風に乱れるゆるいウェーブのかかった茶髪を耳にかけながら、首を振るクリティス。

「見れば、エルフ族の方とお見受けする。年寄りの与太話とも言えぬ陰気な愚痴に、付き合ってもろうて申し訳ない」

「同じくらい年を取っていたとしても、住むところが違えば境遇も違う。考えることが違えば話も違うものだ。ためにならない話など、私にとっては一つもない」

家まで送ろうかと提案すると、すぐ近くだからとそれを断って、老爺は去って行った。

「………ふむ」

クリティスは腕組みをして、聞いた話を整理し、考え込んだ。

(一応、城下の門を確認していくか)

荷物を持ち上げベンチから腰を上げると、クリティスも歩き出す。

朝日が、城を見に来る大勢の住民たちに強い光を投げかけていた。




「んもおおっ!どこ行ってたのクリティス!」

先ほど見た時はパジャマ姿で寝癖を直していた寝坊娘が、今は宿の玄関で仁王立ちになってクリティスを出迎えている。

「何十分待ったと思ってんの?!創造主様を待たせるなんてとんだ無礼者だね!」

「毎朝貴様の準備に待ちぼうけを食らわされている私たちの気持ちが、よくわかっただろう」

「それとこれとは話が別!」

「何が違うと言うんだ」

思わず彼女を横目で睨んだクリティスに、入り口前の階段に腰を下ろしていたリシェルアが笑顔を向けた。

「でも、本当にどこに行ってたのー?

もしかして、この騒ぎと関係あるのかしらー」

途切れることのない、通りの人波を指すリシェルア。

「ああ」

一旦荷物を地面に下ろして、クリティスも階段に座り込んだ。

ディオが、思い当たったらしく応える。

「城で何かあったのか。昨日の奴が言ってた通り」

「その通りだ。聞けば、昨日の戴冠式で騒ぎを起こした不届き者が脱走したとか」

「うっわあ」

事情を察したエドルが、嫌そうに眉を下げる。

「警備はどうだ?」

「念のために城下の入口を見て来たが、数が多くてとても抜けられそうにないな。詰めている兵士の誰かは、私たちの顔を覚えていそうだ。

それに、巡回している警備兵も増えている。フォーラスを出るどころか、町中を歩くのも危険かもしれない」

皆、絶句してしまった。それと同時に、急に人目が気になり出し、五人はそそくさと宿の中に戻る。

「不届き者っていうのは、あのエフィルっていう女の人で間違いないでしょうねー」

リシェルアが、自分の荷物の傍らで呟いた。ディオも、指折りながら人名を挙げる。

「俺らが会ったイルファっていうトレジャーハンターとかウィミーネっつー翼人、エリスを助けたラズマって僧侶も奴の仲間だろうな」

「捕まっていない仲間の手引きで脱走した、とも言っていた。彼女たちの内の誰かが逃げ延びたのか、それとも他に仲間がいるのか…そこら辺はよくわからないが、とにもかくにも、あの覆面の男の言った通りになったという事だ」

クリティスは、ディオを見上げた。

「どうする。話を聞きに行くのか」

「仕方ねえから行く。どんな仕事かは想像もつかねえけどな。奴の正体も良く分からねえし…」

彼の面倒そうな表情を見て、クリティスは再び語りだした。

「…その男の正体についてなのだが…」

「あ?」

四人は、一斉に彼女に顔を向ける。

「おそらく、あのエフィル一派と面識がある人間ではないかと思うのだが」

「どういうこと?」

エリスティアが首を傾げると、クリティスは彼女の方を見て、

「奴は、昨晩事件が起こって城下の監視が厳しくなると言っていた。つまり、エフィルたちが脱走するということを、あらかじめ知っていたことになる。

ということは、エフィルたちの脱走計画を聞いていたか、もしくは、彼女たちが大人しく処罰されるのを待つような潔い人間ではないという事を認識していたわけだ。どちらにしろ、彼女たちと面識がなければわかるわけがない」

「っていうことはー」

リシェルアが、頬に手を当ててにこりと笑った。

「その覆面さんが依頼しようとしている仕事は彼女たちに関係することであって、それを解決すれば警備の包囲網が解ける可能性がある…っていうことかしらー?」

「そうだ」

「なるほど。ディオに任せて知らぬ存ぜぬを貫き通すより、協力した方が手っ取り早いって話か」

エドルが頷きながらそう言うと、ディオがうざったそうに顔を歪めた。

「…言っとくが、今更手伝うとか言いだしたところで絶対に礼なんか言わないし、出さねえからな…」

「別にそんなもの、期待していない。効率的な方法を提案したまでだ」

それに個人的にも興味が出て来たし、と呟くと、ディオは天敵でも見るような嫌悪の視線を向けて来た。なんでもかんでも首を突っ込むようなクリティスの態度を、彼はお気に召さないらしい。彼は彼で、人道に反れたとんでもない仕事を受けようとしたりするのだから、お互い様だと思うのだが。

「さて。話がまとまったところで、みんなで話を聞きに行きましょーか。

今日のおすすめデザートは何かなー」

「お前、さっき朝飯食ったばっかなのに、またなんか食う気なのか」

「もちろん。

ちなみに、クリティスの奢りで!あたしのこと待たせた罰ね!」

「ならば私は一体、何度貴様に奢ってもらわなくてはならないのだろうな」

「だからあ、それとは話が別だって言ったでしょー!」


「やはり来たか」

昨日の謎の男は、朝日差し込むレストランのテラスで、一杯の水を前に座っていた。あの怪しい装いは相変わらずで、周囲のさわやかな風景から完全に浮いている。一同が、思わず近づくのを尻込みしたほどだった。

同じテーブルについた一行に、店員が水を配って注文を取りに来る。その間は営業スマイルを保っていたが、離れる間際に他の店員とひそひそ何か話しているのが聞こえてしまった。

「…もうちょっと、周りへの気遣いを態度で表わしたらどうなんだよ。

せめて、コーヒーぐらい注文するとかさあ…」

耐えかねたエドルが、男を睨んでいちゃもんをつけた。苦情を受けた本人は身動き一つしないまま、抑揚の薄い声で答える。

「コーヒーは飲まない性質だ」

「馬鹿にしてんのかこいつ」

「まあまあ。

それより、昨日の依頼の事なのだけれど、詳しく聞かせていただけるかしらー?」

いきり立つエドルを遮り、リシェルアはグラスを両手で包みながら、覆面の男に微笑みかける。彼女の方へ少し首を動かして、男は言った。

「俺が依頼を受けてほしいと頼んだのは、ディオ・ライアネイズ一人だ。

別件の保護対象であるというそこの娘を含めて、お前たちが彼にどう連なる人間なのか、教えてもらいたい。

部外者に依頼内容を教える気はない」

「あー…エリスも含めて、全員俺の協力者ってことにしといてくれ。

ちなみに報酬はいらないそうだから、用意するのは俺一人分でいい」

わずらわしそうに片手をぱたぱたと振りながら、運ばれてきたアイスコーヒーをすするディオ。報酬の有無の件についてか、エドルが驚愕の顔つきで立ち上がりかけたが、話がこじれる事を恐れたリシェルアがすかさずそれを抑えて座らせる。

「…ならば、依頼内容を話すとしよう。見たところ有名な顔ぶれが多いようだから、問題はなさそうだ」

ゆっくりと頷くと、覆面は言った。

「住宅街にある亜魔界神教会に立ち入って、そこの状況を調査してもらいたい」

「亜魔界神教会だと?」

クリティスは、持ち上げたティーカップに口をつけるのを止めて聞き返した。

「亜魔界神教会は、ひと月前から閉鎖されていると聞いたが」

「そうだ。そこに立ち入って、教会内が今どうなっているのか、詳細に調べてきてくれ」

「なんだそれ」

拍子抜けした顔をして、ストローでジュースを掻き回すエドル。

「そんなもん、ケーサツ…警備団に頼めば?わざわざ高い金払って仕事屋に頼む事じゃねーよ、ただの潜入調査なんて」

「できないから、頼んでいるんだ」

覆面の中で、少し声のトーンを上げる謎の男。

店員からケーキの載った皿を受け取ったリシェルアが、「うーん…」と唸った。

「もしかすると、この国の政治問題に絡んでくるから、かしら」

「んあ?どーゆーことだ?」

「お前の頭にもわかるように言うとだな」

首を捻ったエドルに、クリティスは目だけを向けて説明した。

「王族と教会が密着しすぎているせいで、警備団が圧力を掛けられていて動けない、と言う事だ」

「そういや、亜魔界神信仰はこの国の国教だったな。王族絡みじゃ警備団は動くに動けねえだろうさ」

「…え…っと………そういうもん、なのか」

結局納得しきれず、しかしこれ以上説明を求めても無駄だと思ったのか、投げやり気味に呟くエドル。

男は続ける。

「お察しの通りだ。この国は今、教会が王族と癒着しているせいで、教会が大きな権力を持つ一方、政治家や警備団は名ばかりの存在になっている。

昨日の戴冠式での騒ぎも、その問題の一端だ。この問題を根本から解決すれば、おのずと警備団の警戒も解かれて…」

「…待て」

クリティスは、眉をひそめて男の話を遮った。そして半ば呆れ気味にため息をつく。

「その言い振りからすると、まるで教会を潜入調査するだけで、この国に根付いた王族と教会との癒着という大問題を、一辺に解決できるとでも考えているように聞こえるわけだが」

「まさか。そこまで簡単に行くとは思っていないさ」

覆面の中で、短く苦笑する男。

「だが、その大問題を公に晒し出す一歩になるとは、信じている」

そう言った彼の声は、覆面の内で発したにも関わらず、いやにはっきりと聞こえた。毅然とした彼の表情が、見てとれるようだった。

まだクリティスが訝しく思っていると、依頼の引き受け手であるディオが、背もたれに体重を掛けて呑気に伸びをしながら言う。

「フォーラスがどうなろうと、関係ないし興味もない。ようは教会に潜入して、教会と王族との癒着の証拠になるもんを見つけてくりゃいいんだろ」

「ああ、それでいい」

「了解。どうせ、昨日の件でほぼお尋ね者みたいなもんだしな。教会への不法侵入ぐらい、どうってことねえだろ」

不法侵入をつまみぐい程度の罪にしか思っていないようなディオの口調に、思わず罵倒の声が出そうになった。が、その直前に、覆面が応えて言う。

「不法侵入については安心してくれ。それなりにバックアップはするつもりだ」

「へ…」

つまらなそうにストローを噛んでいたエドルが、ぽかんと口を開けた。

「あ、安心してくれ…って、どう考えたって不法侵入は犯罪だろ…。

どうにかできるのか、あんたが」

「………まあ、な」

覆面の男は、顔を背けるように俯いた。

しいんと、場が静まる。葉ずれの音が、涼しげに聞こえてきた。

「…まあ…どんな奥の手を使うのかは知らねえけど、確かに俺らじゃどうにもなんねえし、そこらへんは任せたぜ。

じゃあ、契約成立ってことで」

「ああ、よろしく頼む」

覆面の男は音もなく立ち上がると、水に一度も口をつけないまま、立ち去ってしまった。

残された五人は、昨日の晩と同じく気まずい雰囲気で、各々頼んだ品をもくもくと減らしていく。

「………あのエフィル一行と知り合いで、しかも、多少の犯罪は揉み消せるような人間ねえ…」

ジュースを飲み干し、エドルがテーブルに片肘をついた。それからクリティスの方を見て、

「誰なんだ、アレ」

「私に聞かれても困る。

ただ、この国を憂いて行動しているのだろうから、この国の出身者である可能性は高いな」

「犯罪を揉み消せるってことは、地位もそこそこ高そうだな。貴族か政治家か警備団の上層か、そこまでいかなくてもその身内か…

まあ、あいつの正体なんてどうでもいい」

ディオはそう一蹴すると、エドルと同じようにクリティスを見た。

「それよりも、亜魔界神教会が閉鎖されてるとかなんとか言ってただろ。

どこまで知ってるんだ」

口元をナプキンで拭いながら、クリティスは彼を見返した。

「私の持ってくる情報を毛嫌いしている人間が、急に私を頼るとはどういう風の吹きまわしだ?」

途端に、ディオの纏っている空気が張り詰めた。彼の眼光は、今にもクリティスを刺し殺さんとばかりにぎらついている。

エドルが、「なんでそうやって突っかかるんだよ…」と、小さく抗議の声を上げた。

「しかし、今は貴様の協力者という肩書だからな…まあ、仕方ない」

二人の非難の視線に構わず、クリティスは、先ほど老爺から聞いた亜魔界神教会の話を語り始めた。

「…ひと月前か…おれらが、ちょうど天空王からエリスの護衛を受けた頃だな」

クリティスが一通り話し終えると、エドルが口元に手をやって、独り頷く。

「戴冠式を前にして、いきなり教会を閉鎖するなんてやっぱり変よねー」

フォーラス王国の民がおのずと、自国の新しい王の誕生を神に感謝しに教会へと来るのは、誰でも想定できるはずだ。しかし、それをあえて閉ざしてしまうというのは、民に不安を与えるのはもちろんのこと、信仰そのものに疑念を投げかけられかねない。教会の死活に関わるのだ。

「王族との癒着問題につながるかどうかはさておき、今現在、教会に何か問題が起こってるみてえだな。

もしかすると、昨日のエフィルたちの乱入騒ぎに関係するのかもしれねえし」

「のどかな見かけによらず可哀そうな国だなー。主に庶民が。

そのディアン神ってのは、ほんとにフォーラスを見捨てたのかも」

「あっちょっと。聞き捨てならないね」

軽いジョークのつもりであろうエドルの言葉に反応したのは、覆面の男と会って以来、ずっとデザートのフルコースに夢中になっていたエリスティアだった。

「まるで、あの子がサボってるみたいな言い方じゃない。

あたしの一族をあたしの目の前でけなすってことは、それなりに反駁されるのを承知してるわけだよね?」

そう言い捨てて、頬を膨らませる金色の目の創造主。

エドルは、少し慌てたように、相方に目を向けた。

「え、えーと、ディアン神って…」

「んーとー、亜魔界神ディアン様は、亜魔界を守る神と同時に、武と勇を司る神でもあるのよー。だから、武器を生産する場所でもよく崇められてたりするのー。例えば、錬金都市トレリアとか」

錬金都市トレリア。世界一の鉱脈を背後に構え、武器や兵器、からくりといったものを製造している亜魔界の巨大な都市である。太古には鉱物を金に変える術が研究されていた場所だったが、それがいつしか廃れ、代わりに「鉱物をお金になるものに変える」術としての武器・からくりの製造や、鍛冶が発達した。

ああ、とエドルが声を上げる。

「そういえば、行ったことあったな…リシェルアと会ったばっかの時だから、確か六年前ぐらい?」

「そうよー。あの時、エドルってば…」

「ああっ!言うなっての!」

話を続けようとしたリシェルアの口を、エドルがさっと塞いだ。気になったクリティスとエリスティアが問いつめてみるも、二人は苦笑して首を横に振るだけだ。おそらく、苦々しい思い出なのだろう。

諦めたエリスティアが、話を戻した。

「でも、ディアンは割と働き者なんだよ。

上司の神に付き合わされて、毎晩呑みまくってるけど。毎朝二日酔いだけど」

「武勇の神とか言うからどんだけ怖い神かと思ったら、ただの大酒呑みかよ」

「むむうううっ…ディアン馬鹿にすんなーっ!」

幻滅したエドルが肩を落とすと、エリスティアはむっと顔を不機嫌に歪めて、彼の頭に手刀を食らわせた。しかしどう考えても、誤解を招くエリスティアの紹介の仕方が悪い。

「さて、捜査にはいつ取り掛かる?

と言っても、さして準備も必要ないだろうが…」

クリティスは、皆を見回した。

彼らは少しの間それぞれ思案に暮れていたが、やがて「すぐにでも行ける」という趣旨の返事を口々に返す。

「今日は武器も持ってきてるし、このまま教会に直行しても大丈夫だぜ。教会の中で戦う事になるかどうかは知らねーけど」

「いや、関係者が抵抗してくる恐れもある。言わずもがなだが、気は抜くな」

とっくに空になっていた食器を後にして会計を済ませると、五人はレストランを出た。

林を抜けると、丘から見下ろせる住宅街のまばゆい白壁の中から、教会の尖塔が突き出ているのが見える。尖塔の小さな赤い屋根の下に、銀色の鐘が吊ってあり、南国の日差しを反射していた。




でっかー、と、エリスティアがぽかんと口を大きく開けて、亜魔界神教会の屋根を見上げている。

国教の教会だけあって、住宅が所狭しと立ち並ぶ街の中にありながら、その横幅も高さも他の建物とは比べ物にならない大きさだ。

「この中を捜索すんのかー…なんか、エヴァスタ教会跡を思い出すな」

確かにエヴァスタ天空教会跡も大きかったが、地上部がほとんど崩壊していたため、あまり広いという印象は受けなかった。あの教会も、使われていた時代には大きく荘厳で、日々多くの信者たちを迎えていたに違いない。

亜魔界神教会の木製の扉には鉄の鎖が幾重にも掛けられ、「立ち入りを禁ず」と記された板きれが斜めに引っかかっていた。信心深い住民たちも、上から圧力をかけられた警備団も手を触れる事のなかったノブには、埃が積もっている。

「さすがに、正面から入るのはまずいだろうな…」

鎖を指先で引っ張りながら、ディオが呟く。

「勝手口か非常口がどこかにあるだろう。誰か裏を見てくれ」

「はーい」

クリティスの頼みにリシェルアが応じ、彼女はエドルを伴って裏手に回った。ほどなくして、リシェルアだけが戻ってきて、今来た方向を指差し報告する。

「勝手口があったわー。

でも…」

「でも?」

訝しげに眉をひそめるリシェルアも、クリティスたちも不思議そうに見つめる。

「何だか、最近使った跡みたいなのが全然ないのよー。

教会の人たちって、どこから出入りしてるのかしらー?」

四人が勝手口に回ると、エドルが粗末な扉を前にしてうんうん唸っていた。クリティスたちが来たのに気付くと、振り向いてノブを指差す。

「ここも、埃が積もってる。念のために他の場所も調べてみたんだけど、この勝手口以外に、他に入口はなさそうなんだよな。

どういう事だと思う?」

「………そういえば」

クリティスは、朝の老人の言葉を思い返して答えた。

「僧侶や神父が出入りしているのを、誰も見ていないとも言っていたな…」

「ってことは、教会内には誰もいないのか?」

好都合じゃねえか、と、ディオは目を輝かせた。

「捜索中に勘づかれて、人が来る可能性はある。気は抜くな」

「てめえに言われるまでもねえよ」

クリティスの忠告を聞き流し、ディオは、埃を払い落してゆっくりとノブを回した。閉まっているかと思われた扉は、かすれた音を立てて外に開く。

ディオは一瞬目を丸くして、こちらを見た。

「………誰もいない…んだよな?

なんで開いてるんだ、鍵」

「……………」

答えかねて、クリティスは腕を組んで黙ってしまった。

しかし、おかしなところもあれど、絶好の機会ではある。クリティスは疑念を振り切ると、皆を促して中へと入った。

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