謎の男
「仕事屋の、ディオ・ライアネイズだな」
その男が突如現れたのは、あの騒動の後、宿に全員無事に集合し、クリティスの提案で郊外の例のレストランで夕飯を取っていた時だった。
フードとマフラーで顔をほとんど隠し、夜景きらめく優美なレストランに似つかわしくないものものしい服装をした男は、ふらりと店内に入ってくると、真っ直ぐクリティスたちの元へとやってきて、ディオの肩を掴んだのである。
「………怨恨絡みの決闘はお断りだぜ」
名指しされた本人は、フォークをくわえながら男を見上げて、面倒くさそうに言う。まず仇討ちを疑うという事は、今まで、よほど他人の恨みを買って生きていたということだろう。
しかし、謎の男はゆっくりと首を横に振ると、
「あんたを見込んで、仕事を依頼したい」
「悪いが、実は今他の仕事を請けててね。明日には、そこのわがまま娘を護衛しながらここを発たなきゃいけねえんだ。
違うところを当たってくれ」
取り付く島もなくそう言い放つと、ディオは再び食事へと戻った。「誰がわがまま娘だって?」とエリスが抗議の声を上げる。
諦めるかと思ったが、男はしばしフードとマフラーの中で沈黙すると、少し声を低めてこう言った。
「少なくとも、明日、お前たちがこの国を発つことは難しいだろうな」
「どういうことー?」
意味深な言葉に問い返したのは、リシェルア。
男は話を続ける。
「今夜、城でまた事件が起こるはずだ。それによっておそらく、城下の出入りや国境の警備が強化される。
戴冠式の時に舞台裏に潜り込んで、乱入者の一味だと勘違いされたままのお前たちが、簡単にそれをかいくぐれるとは思えない」
「ほう。何やら私たちの事をいろいろとご存知のようだが…
今夜事件が起こるという証拠は?」
クリティスがティーカップに口をつけながら訊くと、
「ない」
男は、あっさりと言い放った。
「おいおい、話になんねーじゃんか」
「俺の話を信じられないというのであれば、今夜、実際に事件が起こってから引き受けてもらっても構わない。
明日の朝、俺はここで待機している。興味が出たら、話を聞きに来てくれ」
こちらの返事も聞かず、男は店を出て行ってしまった。彼の異様な姿に驚いていた他の客の目線とざわめきが、痛い。
「人の食事を邪魔して、あまつさえ居心地悪くしていくなんて、人間の片隅にもおけない奴だね」
エリスが、身体を縮めて呟いた。
「ディオ、どうするのー?引き受けるのー?」
リシェルアに顔を覗きこまれた仕事屋は、ずずっと一口、食後のコーヒーをすすった。
「明日まで待ってみてから考える。本当に事件が起こって警備が強化されるんだったら、あいつが言った通り、どうせしばらく動けなくなるだろうし、暇つぶしに請けてみるのもいいな」
「依頼主の正体もわからないのに?」
エドルが嫌そうに眉をひそめると、ディオはカップを置いて、ため息をつく。
「依頼主が誰だろうが目的がなんだろうが、金さえもらえりゃいいんだよ」
「貴様が非人道な仕事もぽんぽん引き受けようとするのは、その態度が原因か」
天空界からフォーラスに来る間にいくつか持ちかけられた危うい依頼を、何の躊躇もなく引き受けようとしていたディオを、皆で諌めていたのを思い出すクリティス。
「おれらと一緒にいる間は、あんまりヤバイ仕事引き受けないでくれよ…お前一人の時ならともかく、おれらまでとばっちり受けるような事になったらシャレになんねー」
「んなヘマしねえよ。これでも、自分の力量はわきまえてるっての。
とにかく、事件が起こらなければ引き受けない。事件が起こったら、話だけでも聞いてみるさ。その時は、お前らは好きにしろ」
「はいはい、わかったわー」
まだどこか不満げなエドルをなだめるように押さえ、リシェルアはものわかりよく頷いた。面倒事好きなエリスは目を輝かせている。クリティスも、「まあ、貴様一人で引き受けるというなら」としぶしぶ了承した。