囚われた星
「…どう?」
スケッチブックを小脇に抱え、ラズマは、外壁に上り小さな窓に張り付いて中を覗いているイルファに声をかけた。
「………暗くて見えない。いるかどうかまではわからないな」
相手は壁を蹴って地面に降りると、左右に首を振った。
「しかし、三人が捕まった可能性は高そうだ。逃げ切れたのなら、間違いなくこっちと連絡を取ろうとするだろう」
「エフィルのノリなら、暴れて脱獄して来そうなもんだけど、さすがに無茶か」
ラズマは苦笑して、すっかり日の暮れてしまった空を見上げた。
「これからどうしよう?」
「どうする何も、助けるしかないな。
今夜中に処罰されることはまずないだろうし、一旦城から離れて作戦を練ろう」
やれやれとため息をつき、イルファは牢屋の窓を背にして戻り始めた。ラズマもそれに続き、二人は裏門の鉄格子を上って外へと脱出する。
城から少し離れると、イルファが尋ねてきた。
「ところで…今回の事件、首謀者はカイ王子じゃないって本当か?」
「ああ。「首謀者はカイ王子じゃない」っていうより、「カイ王子をたぶらかして裏で糸を引いている奴がいる」って感じだけど」
胸元で揺れる太陽の紋章を指で弄びながら、答えるラズマ。
「ウチの教会から流れて来た情報だ」
「教会からってことは、今回の事件は、宗教勢力争いが絡んでるのか?」
「さあ、どうかな…でも、僕もそう思ってる」
ラズマは、瞬き始めた星空を眺めて続けた。
「少なくとも、カイ王子が単独で暴走して、アクス王子を始末しようとしてるわけじゃないのは確かだ。僕たちが、それをひっくるめて解決する羽目になるかどうかはわからないけど、一筋縄じゃいかないだろうね」
「ぜひとも避けたいな、それは。
ただでさえ、今日はとんでもない奴と出くわしたっていうのに…」
「ディオ・ライアネイズのことか?」
イルファは、げんなりした表情で頷いた。
「奴に関わると、ろくなことにならないって話だ。事件の関係者じゃなくて、本当に良かった」
引きつった顔のイルファを見て、思わずラズマは吹き出しそうになってしまった。
「まあ、彼に救援を頼むような事にならないよう、僕たち二人で何とかするしかないな」
「そうだな…」
ラズマとイルファがフォーラス城から抜け出した頃、入れ替わるようにして、二人の少女が真っ暗な牢の中に押し込められた。
「いたっ!突き飛ばさないでよ!」
「はっ、どうせ明日には公開処刑されるんだ。大人しく、遺言でも考えてるんだな」
看守のせせら笑いと牢の扉の閉まる音が、続けざまに闇の中に響いた。
看守が去って辺りが静まると、エフィルは小声で呟く。
「だーれが大人しくしてるもんですか」
そして、突き飛ばされたときに打った翼の付け根を、しきりにさすっているウィミーネを振り返り、
「ウィミーネ!「腕」の調子は?」
「いたたた…うん、大丈夫だよー。いつでもいける」
ウィミーネは、左腕の袖を大きく捲り上げた。
長袖の下から現れたのは、腕の皮膚に直接彫りこまれた、無数の表印呪文。高等魔術師だけが施すことのできる、文字そのものに魔力が封じ込まれているという特殊な呪文である。
ウィミーネが左腕に意識を集中させると、表印呪文は淡く輝きだした。
「魔力も結構溜まってるみたい。しばらく使ってなかったから」
「好都合だわ。さあ、こんな陰気な牢屋、思いっきりぶっとばしちゃいましょ」
「ま、待って待って!せめて、もうちょっと夜が更けてからにしようよ。
まだお城の人たちも働いてるだろうし、すぐに囲まれちゃうよ」
意気込むエフィルに、左腕をいそいそと隠しながらストップをかけるウィミーネ。
一瞬不満そうに彼女を睨んだエフィルだったが、少し考えてから、「それもそうね」と冷たい牢屋の床に座り込んだ。
「みんなが寝静まった頃に、暴れるとしましょうか」
「あ、あんまり暴れちゃだめだよ…」
「それにしても、ラズマとイルファは何やってんのかしら…。か弱い女の子たちが捕まってるっていうのに、助けにもこないで逃げ出すなんて、見下げ果てた奴らだわ。
アクス王子の行方もわからないし」
小窓から星空を見上げて、エフィルは呆れのため息をついた。