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ワールドメイカー  作者: みたらし
第一章 開かれた箱
16/46

目指す場所

エリスが、宿を取らずに地下支部までやってきた理由。それは、いたって情けない話だった。

取るつもりだった宿屋が、満室で取れなかったのだという。他の宿を取るにしても、待ち合わせの都合もあるため、エドルたちと一度合流して、指示を仰ごうと考えたようだ。いつも勝手な行動を取るエリスにしては、珍しく謙虚な判断である。

エドルたちがしたように、町の人から支部の場所を聞き出すと、彼女は廃街を訪れた。入り口を見つけて、入ろうかどうか渋っていたところ、エドルの叫び声が聞こえたのだという。


あの、天空王家の紋章が付いた結界を、彼女がどうやって破ったのか。

皆疑問に思えど、誰もそれを聞こうとは、しなかった。


「で、このしるしは結局何なんだ」

エベリスの町を歩きながら、ディオは、クリティスが地下支部で拾ってきた地図を指差して疑問を投げかけた。

五人の中に、答えられる者はいない。

「そもそも、あたしたちも、それほど天空界の地理に詳しくないものねー」

「そこらへんの町人にでも聞いてみるか?」

エドルの提案で、五人は、通りを歩いている町人を何人かつかまえ、聞いてみることにした。

だが、地図のしるしを見せても、人々はきょとんとした顔で首を振るばかり。聞けば、この町の住人の大半は、この大陸から離れた事すらほとんどないと言う。

「なんだそりゃ」

「まあ、当たり前と言えば当たり前だよね」

四人が奢ってやったアップルパイを、手掴みで歩き食べしながら、エリスが言う。

「あたしたちみたいに、ひっきりなしに旅に出てる人間の方が、町の人にとっては珍しいんだよ。みんな毎日、町で暮らす事に大忙しなの」

「ってことは、ここやアスレイナで聞きこんでも、あんまり意味ないってわけか…」

聞き込んで効果のある場所と言えば、観光客や仕事屋たちの集まる、王都ヴィシェナ。

「交通費は痛いが、また王都に戻るしかなさそうだな」

「何回目だよ…」

エベリスから徒歩で王都へ向かうと、一日以上かかってしまう。しぶしぶ皆は、少ない金を集めて馬車を使う事に決めた。

「救いと言えば、ここで宿を取る必要がなくなったことだな。運が良かったとしか言いようがない」

「それも、交通費で消えるけど…」

肩を落とし、同時にため息をつくエドルたち。「やった!今度は馬車だ!」という、エリスの能天気な声だけが、暮れかけた空に響き渡った。






「くそ、くそ、くそ、くそっ…!!」

机の上にばらまかれた大量の紙、本。その、あまりにも膨大な情報を、先ほどからクォードは、まるで自棄になったように片端から読み返している。

あの後、結局「客」とは縁を切られたようである。何もかもに見放された彼には、もはや、今まで手に入れた情報しか、頼れるものがないのだろう。

「諦めてたまるか…私は、もっと高みに、天に手を伸ばさなければならないのだ!

この計画すら消えてしまっては、私が今までしてきたことはっ…」

時に呟くように、時に怒鳴るように、彼は独り言を口にしながら、資料をあさり続けている。その様は、信者たちでも近づくのを憚るほど不気味だった。

(オレが来てる事すら気付かないとはねえ)

いつもなら、ここで「誰にも相手にされない」と悲しむところだが、今回ばかりはそんな冗談も言っていられないようだ。

そろそろ、潮時なのかもしれない。

リーダーの一人は消え、情報源も去り、そして、例の邪魔者たちは未だ健在だ。

(まあ、いきなり頼みの人間に縁を切られたその矢先に、ガキ共の始末失敗の報だもんなあ。錯乱してても仕方ねえか。

…それにしてもほんと、奴らのしぶとさにはびっくりだぜ)

「クロウ」

あれこれと考えを巡らせていると、突然、視界の先にいた希望の箱のリーダーが自分を呼んだ。気付かれていないものだと思い込んでいたクロウは、思わずびくりと身体を震わせる。

「なんだい」

「そろそろ、手を引こうなどと考えていないだろうな」

「………」

おまけに、こちらの思考を読まれている。心底不愉快になって、クロウは返事をせずにいた。

「ふん…そう思うのも無理はないか。今の希望の箱は、勢力はあれど、このように不安定な状態だ。

だがな」

自嘲とも嘲笑とも取れない、不可思議な笑みをクォードは零した。

「お前がこの島から出る事は、我々が目的を果たすか、天空王の手勢にやられるかするまでは、不可能だ」

「…なんだと?」

怒りのこもったクロウの声を聞いて、なおも彼は笑い続ける。

「奴らは、まもなくこの場所を嗅ぎつけてくる。確実にな。

それに対抗する準備を、私もしているのだ。今、この島から、誰一人として脱走者を出すわけにはいかないだろう?」

脱走者を出さない方法とやらの具体的な話を、クォードがすることはなかった。が、頭の切れる彼の事だ。そのような方法など、いくらでも思いつくに決まっている。

現に、ここにやってきた時点で、ドラゴンを召喚する魔法陣を描いた用紙は、すべて彼に没収されてしまった。こんな状況では、素直に「くれ」と頼んだところで、もらえるはずもない。

「お前には引き続き、天空王の犬どもの相手をしてもらう。大人しく、修行にでも励んでいるんだな」

とんでもないことに、自分は巻き込まれていたのかもしれない。

クロウは今更ながら、取り返しのつかない事になってしまったことを悔やむしかなかった。




王都ヴィシェナに着いた時、エドルたちが真っ先に行った事は、聞き込みではなかった。

このまま文無しで行動し続けていては、いずれ首が回らなくなるという危機の元、クリティスから一つの提案が出されたのである。

それは、思い切って、天空王から報酬金を前払いしてもらうということだった。

これに異議を唱える者は、もちろん一人としていなかった。エリスを除いて、皆いっぱいいっぱいの状態だったからである。

人間、金がすべてではないにしろ、金があれば心もそれなりに安定するのは確かだ。

「な…なるほど。それは大変だったな…」

さしもの天空王も、こんな理由で帰ってこられては、反応に困ってしまったのだろう。あらかたの事情を四人から聞くと、おざなりな返事を返してきた。

もともと金に余裕のあるエリスは、どうせつまらないからと言って、飽きもせずに買い物に出てしまった。今頃は、喫茶店でケーキと紅茶でも嗜んでいることだろう。

「わかった。先に、一人三十万ずつ支払おう。今後の足しにしてくれ」

「ありがとうございます…」

情けなさを押し殺し、召使いが携えて来た現金を、一人ずつ受け取っていく。

その間に、王は違う話題を振ってきた。

「ところで、これから王都内へ聞き込みを始めるとのことだが…一体何を知りたいのだ?

わかる範囲であれば、教えてやれるが」

これを聞いて、エドルたちははっと顔を上げた。

どうやら四人は、よほど心にゆとりがなかったらしい。天空界の地理を、それを治める天空王が知らないわけはないのだ。最初から、彼に聞けば良かったのである。

「王、これを」

クリティスが、例の地図を天空王に差し出した。

「これは?」

「希望の箱の支部で、拾った地図です。今まで奴らが事件を起こしてきた場所に、しるしが打ってあるのですが」

エドルが、説明を始める。

「エヴァスタ教会跡の西の海にも、しるしがあるんです。おそらく、希望の箱はそこにいると思うんですが、一体そこに何があるのか、よくわからなくて」

その時だった。

「――!!」

エドルの言った地図上のしるしに目を留めた天空王が、あからさまに顔色を変えたのだ。

「…王?」

「なぜ、この場所が?!」

彼は、いつもの飄々とした態度を忘れて、勢いのままに立ちあがった。それから地図を握りつぶすと、頭を抱え込む。

「どうして聖域の場所を、一宗教団体ごときが知っているのだ!」

エドルたちは、思い思いに顔を見合わせ首を傾げた。

「聖域…?」

「神の管理する、神聖な地の事だ。正しく言えば、神の名の下に、天空王家が代理で管理している場所だがな」

「聖地みたいなもんか。エヴァスタみたいな…」

「馬鹿を言うな!」

納得した素振りで頷くディオに対し、天空王は声を荒げて否定した。

「聖地など、我々人間が好き勝手に定めた地にすぎん。そこに本当に神の力が宿っているかどうかなど、問題ではないのだ。ようは、人間にとっての癒しの場となれば良いだけのことなのだからな。

しかし、聖域は違う。神の一族、いやその頂点に立つ創造神が、直接天空王家に対して、封じるようにと命を下された、由緒正しい地なのだ!重要度は、聖地などとは比較にもならん!」

王は、激昂のあまり歯ぎしりまで鳴らし始め、

「それだけではない!

あそこには、おびただしい数の古代兵器が眠っている。そんなものを武器に取られては、我々はひとたまりもないぞ!」

「古代兵器?!」

太古の超越した技術力をもって作られた、様々な兵器。技術の失われた今となっては、もう同じものを作り出す事さえできないが、頻繁に大戦が勃発していた古代では、大いにその力を発揮していた――

子供の頃には必ず聞く、お伽噺の一つだ。夢物語だと言われていても、その存在への憧れを忘れられず、考古学者として発掘にいそしむ者も少なからずいる。

しかし、そんな兵器が、実際に今に存在していたとは。

「本当かどうかはともかく、そこまで重要な場所が、地図にも載っていないのはなんでだ?」

エドルが純粋に疑問を口にすると、天空王は、これまた激しい口調で「当然だ!」と叫んだ。

「そんな場所を公に知られては、今回のように、不埒な輩がひっきりなしに乗り込むに決まっているからだ!我々天空王族ですら、そう簡単に足を踏み入れられる場所ではない。

公表はおろか、天空王家秘伝の封印術を施して人の眼に見えないようにしてあるし、近海にも、近づけないよう結界を張ってある」

秘伝の封印術。

エドルたちは、再び顔を見合わせた。先ほどとは違った、確信の表情だった。

「天空王、つかぬ事を伺うが」

クリティスが、散々怒鳴り散らしてすっきりした顔つきの天空王に、尋ねる。

「天空王子…アスロイ王子は、その秘伝の封印術とやらを知っておられるのか?」

「一応、秘伝の術があるということは教えてある。

…が、あの通り、まだ幼いからな。封印術の使用法そのものは、教えていない」

そう、つまり。

「なにもかも、その「聖域」に侵入するためだったっていうことか」

天空王子を攫い、聖域にほど近いエヴァスタ旧天空教会跡に監禁したのも、天空王子に聖域の封印を解かせるためだったのだろう。だが、天空王子はその解法を知らなかった。

「おそらくその方法が、奴らにとっては、一番手っ取り早い方法だったのだろうな。しかし、天空王家の跡継ぎを攫うとなれば、それなりに危険が伴うため、失敗も念頭に置かなければならない」

「だから、それを見越して、秘伝の封印の本を盗んだのねー」

「そういうことだったか」

天空王は、玉座にもたれかかると、大きく息をついた。

「フレーデへの視察の最中、大勢の護衛をかいくぐってどのように息子が攫われたのかということは、未だに謎のままだ。息子も、一切記憶がないと言っている。

それに加えて、秘伝のはずの封印術の存在や、聖域を知っている…どこでそのような情報を得たのかはわからんが、ここまでそら恐ろしい団体だったとは」

「確かに、連中がどこからそんな情報を手に入れているかは気になるが…」

ディオが、腕組みをして、にやりと笑みを浮かべた。

「希望の箱の目的ははっきりしたわけだ。

その聖域にある、古代兵器を乗っ取りたかったってわけだろ。乗っ取ってどうするかはともかくとして」

「でも、聖域ってのが、いまいちよくわかんねーんだよな」

エドルは、納得いかない表情で眉を寄せた。

「海の中なんだろ、聖域って。そこに古代兵器があるってことは、まさか、海の上に古代兵器が浮かんでるとか?」

「ああ、いや、そういうわけではない」

苦笑して、天空王が首を振る。

「地図には、先ほど言ったような理由があって載せていない。だが、実際はそこに、「ルシア島」という名の島があるのだ」

「ルシア島…」

「そう。そして、」



「そこに、「ルシアニアの塔」という、それはそれは高い塔が建っているのだ」



ルシアニアの塔。

その名前を聞いたとき、エドルは、それが今までに何度も見ていた、夢の中の塔の名前だという事を、ごく自然に理解していた。どこかで聞いたわけでもないのに、どこかでそれを聞いていたような、不思議な感覚だった。

そうでなくても、海の真ん中にある島にそびえ立つ高い塔など、そうそうある光景ではない。天空王の話と一致していることからも、間違いないだろう。

「これが、不思議な塔でな」

天空王は、まるで、おもちゃを見ている子供のような、楽しそうな表情を浮かべた。

「その塔が、一体何のために作られて、そこで何が起こり、そしてどうしてあのように壊れてしまっているのか、すべてにおいてまったくわかっていないのだ」

「壊れている?」

エドルがいぶかしむと、天空王は頷く。

「そう。下部は残ってしっかりと立っているのだが、上部が、そう、ちょうど雲に隠れるか隠れないか…といったあたりから、なくなってしまっているのだ」

なるほど、とエドルも頷き返す。

夢の中では、上部が雲に隠れて見えなかったが、そのあたりが壊れていたのだろう。

「先祖の代から、あの塔に関する文献や資料を集めようとしていたみたいだが、なんとこれが、まったくといっていいほど無い。魔界や亜魔界にもだ。

緑の時代に神から管理を任されたという記録が、かろうじて残っていたので、その頃にはすでに存在していたようだが…。なにせ、聖域には我々でさえめったに入る事ができないのだから、調査隊を組む事も不可能でな。我々も、あの塔…いや、ルシア島自体に関して知っている事と言えば、古代兵器が存在するという事だけだ。それも先祖が、神から教えていただいた話で、実際に入って確認したわけではないそうだ」

「じゃあ、本当に古代兵器があるかどうかは、わからないということですか?」

「そういうことだ」

謎が多すぎてロマンがあるだろう?と、おどけて笑う天空王。すっかり、いつもの彼に戻ってしまったようだ。

すべてが謎に包まれた、古代の塔。つまり…

「まさかエドルったら、宝物があるかも…とか考えてるの?」

リシェルアから、諌めるように放たれた言葉に、思わずぎくりと肩が竦んだ。

「そ、んなこと考えてねーしっ!せ、聖域からお宝くすねるとか、できるわけねーじゃん!」

「ああ、そういや忘れてたけど、お前の本業盗人だったな」

「ちげーよっ!」

しかし、今回の事件に巻き込まれすぎて、本職がおろそかになっているのは否めない。そろそろ事件を解決して、トレジャーハンターに戻りたいところだ。

「聖域に人を送り込むことは、したくなかったのだが…そうも言っていられない。

神も、理解してくださることだろう」

天空王は、厳かな表情を見せると、四人に言った。

「お前たちに、聖域に入る許可をやろう。あの海域を通る船はどこにもないから、私の権限で、特別に船を出す。

聖域を無断で踏み荒らす無礼者共を、ここに連行してきてくれ」

四人は、揃って頷いた。

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