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ワールドメイカー  作者: みたらし
第一章 開かれた箱
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暗雲・後篇


なんだ、あれ。




兄に招かれ、「客」との会合を終えた後。

『本部』に設えられた自室に戻ると、今更ながらに身体が震えだした。


あれは、間違いなく人間ではない。魔獣でもない。

この世の存在かどうかすらも不明だ。


「あんな…あんなとんでもないのと手を組んでたのか」

あの、膨大な知恵と知識を備えた正体不明の存在は、これから起きる出来事、自分たちがなすべき事を、まるで何もかも知っているかのように語っていった。

ルエイドが、恐怖とも畏怖ともつかない感情に縛られて口を動かすことさえできないその横で、クォードは平然と、客との対話を楽しんでいた。恍惚とした表情さえ浮かべながら。

その様相は、既に会合とは呼べなかった。その優雅さはティーパーティーのようでもあり、得体の知れない存在の予言に耳を傾ける形式は、教会や寺院におけるミサや講話のようでもあった。

あの客は…そう、まるで、神そのもののようだった。

「クォード、あいつ、どうしちまったんだ」

敬虔な創造主教の信者だった兄弟二人は、不慮の事故で親を失い、それからは神を呪って生きて来た。希望の箱に入り、どうにかして、神と名のつくものに一矢報いてやろうと誓っていた。

しかし、あの兄の様子は…まるっきり本末転倒ではないか。

「神を倒すために、神の力を借りる?

んな馬鹿げた話があるか!」

崇拝される存在は、すべて敵だと言っていたのは、どこの誰だ。

「絶対、俺は認めねえ…」

そう言って、拳を握りしめた時だった。


「…独り言は、もうちょっと静かにやってくれねえかなー…」


聞き覚えのあるけだるい声が、背を向けていた扉の方からかかる。

驚いて振り返ると、なんと、警察に捕まっているはずの殺し屋クロウが、呑気に佇んでいるではないか。

「…?!な…なんでお前、ここにいるんだ?」

「あんたが知らないってことは、やっぱ兄貴の方の差し金か…」

意味のわからない事を呟き、クロウは説明を始める。

ようは、天空王の手先に捕まったが、ルエイドの知らぬ間にクォードが手を回していたようで、送り出された信者たちに助けられて、二日で脱獄できたということだった。

「あ、ただ、見ての通り怪我が治りきってないんで、重労働はよしてくれよ」

クロウは、身体のあちこちに巻かれた包帯を指差し、苦笑いを浮かべる。

対してルエイドは、そんな彼を茫然と見つめながら、ある考えを巡らせていた。

「クロウ」

「あ?」

これは、もしかするとチャンスなのかもしれない。

「邪魔者共の始末は、一旦中止だ。

その代わり、頼まれてほしい事が出来た」

「…重労働は無理だって言ったばっかなんだけど」

「重労働と決まったわけじゃない。

少なくとも、連中の始末よりははるかに楽だ」

そう言って、殺し屋の耳に打ち明けた策は、我ながらとんでもないものだった。

「ううううううん…請けるのはまーったく問題ねえんだが」

こちらの口元から耳を離したクロウは、

「まあでも、万が一ってこともあるし。せめて、怪我がもうちっと良くなるまで待ってくれ。

それより、あんたの方はいいのか?」

「いいのかって……」

ルエイドは、少し逡巡した後、自分に言い聞かせるように応えた。

「……意地でも、この「復讐」は成功させなきゃなんねえのさ。俺達二人は、そのために今日まで生きて来たんだからな」




あの、「客」との会合以来、しきりに弟が抗議をしてくるようになった。

「まったく、我々の悲願の達成も、目前だというのに…」

一日の間に何度となく彼の話に時間を取られ、思うように研究がはかどらない。ただでさえ、現代の知恵を超越した代物を対象にしているというのに。

弟の言い分は、決まって同じことだった。

あの得体の知れない客と、すぐに縁を切れ、という。

「戯言を…。

「あれ」の提供する情報なしには、曖昧な神という存在に対抗する現実的な方法を見つけ出すことさえ、不可能だった。そして、これからも不可欠だ」

神を、亡きものにするために。人類が、神の支配なしに生きていくために。


しばらくして、部屋にノックの音が響き渡った。

「…誰だ?」

またルエイドが邪魔をしに来たのかと思ったが、杞憂であったらしい。

「オレだ」

「…何だ殺し屋か」

いつもは袖の下に隠しているらしい爪が、今日はよく見える。彼の瞳も妙にぎらついているが、はてさて、どこからの仕事帰りだろうかと思いかけ…

………いや。

「…どうやら、ただ与太話をしに来た、というわけではないようだな」

「お兄様は、本当に勘の鋭いことで」

クロウは、にまりと微笑んだ。

「本来は、オレをムショから助けてくれた礼をするべきなんだろうが…悪く思わねえでくれよ。これも仕事なんだ」

こちらの話を聞く耳は、最初からないようである。いまや、完全に仕事の顔になった殺し屋を、クォードは呆れ顔で見た。

「ただし、あんたが助かる方法が一つある。

あんたが囲ってる、「客」とやらがいるそうじゃないか。そいつの命を引き換えにするなら、あんたの命は取らなくてもいいっていう条件を、依頼人が出していた」

やはり、弟からの刺客だったようだ。

しかしクォードは、驚く事もおびえる事もしなかった。ただ、殺し屋の向こうの、扉の方へ注意を向けただけ。

「…私も命が惜しい。それに、お前に抵抗できるほどの力もない」

「そうこなくちゃな。オレも、恩ある人間に仇で返したくはない」

交渉は、無事に成立したようだ。

ただし、あくまでも、殺し屋とクォードとの間での話だが。

「ということになった。

――ぜひ、彼の遊び相手になってやってくれないか?ルヴォラ」

ここで、初めて殺し屋は、困惑の表情を浮かべた。ゆっくりと身体ごと後ろを向くと、そのまま、息を詰まらせる。


「あら、わたし、全然お話を聞いてなかったの。

もう一度、聞かせていただける?」


あまりにも場違いな、ドレス姿の少女が、いつの間にか扉を背にして立っていた。

彼女は、まるで可動式の人形のように、機械的な動きで首を傾げた。

「こいつ、は…」

「こんにちは。はじめまして、ではなかったはずね」

「おや、もう知り合いだったのか」

少女は、金色の髪をふわふわ揺らして頷いた。

「地下のお家で、ごあいさつしたの。

ところで、今日のお茶会にゲストはいないと聞いていたのだけれど…」

「彼は、招かれざる客という奴だ。君と戯れたいと言って、きかなくてね」

形ばかりのため息をつくクォード。

殺し屋が、唾を飲み込んだ。

「わたしのために、舞踏会のご用意をしてくれたの?素敵」

可愛らしく微笑む、ルヴォラという名の少女。小さなあかい唇が、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「それじゃあ、さっそく、踊りましょう?」

背中に負われた黒い霞が、威圧感と共に膨らんだ。


「ま…待ってくれ」

喉の奥からやっとのことで捻り出した声は、自分でも無様に思えるほど掠れていた。

「邪魔者たちの始末よりはるかに楽だ」とは、見当違いにもほどがある。

「無茶振りはやめてくれよ…お嬢さんのお相手が、俺に務まるわけがない。

何せ、ダンスなんてのは観覧専門で、酒ばっか呑んでるもんでね」

しかし、一度声を出してしまえば、後は立て板に水を流すがごとく。なんとかこの場を凌ごうと、できるだけ口を早く回す。

「俺は、確かに弟さんからこの仕事を引き受けたが、前金を貰ってるわけじゃない。

つまりこのまま帰って、「できませんでした」っつって断る事もできる」

「最初から、そうしていれば良いものを」

後ろから、クォードが呟いた。冷淡な、軽蔑を含んだ声音だった。

「戻ったら、ルエイドに伝えておけ。

お前の話など、今後一切聞く耳持たないとな」

意地でも顔には出さないが、内心ほっとため息をついた。こちらを返り討ちにする気はないらしい。

しかし、黙ってその場を後にしようとすると、

「…待て」

いきなり低い声で呼び止められ、心臓が跳ね上がった。

「な、なんだよ」

「…そうだな、気が変わった」

座りきった眼で、クォードはこちらを見つめている。その視線と言葉とに、思わず逃げ腰になってしまう。

「交渉だ」

「交渉?」

「そうだ。

お前はルエイドに、いくら払うと言われた?」

ここで察しがつかないほど、クロウは馬鹿な人間ではない。

実際、今まで仕事をしてきた中で、殺害対象に同じ話を持ちかけられたことが何度もある。その交渉は、すべて拒否してきたが。

「…七十万」

「そうか。ならば、八十万出そう」

しかし、今は、まるっきり逆の立場だ。おまけに、相手から持ちかけられた相談とくれば、引き受けない手はない。


「ここまで邪魔立てするのであれば、もう用はない。

弟を、始末しろ」


迷うことなく、クロウは大きく頷いた。












自分のために、兄を殺したかったのか。兄のために、兄を助けたかったのか。

果たして、自分の本音はどちらだったのだろう。朦朧とする意識の中では、それすらもわからなかった。


(こんな時まで、思いつくのはあいつの事か)


今の兄は、目的の為と言いながら目的を蔑ろにしてしまっている。そのことを気づかせるつもりだった。

それが、このような形で返ってくるとは。


(あんなに頭の良い奴だと思ってたのに、意外と馬鹿だったのな)

(いや、馬鹿なのは俺もか)

(結局、実の兄一人すら、どうすることもできないなんてな)




(俺は、どうすればよかったんだ)

(あいつと同じように、あの存在を信じればよかったのか。あいつを信じればよかったのか)

(俺は、今まであいつのことを信じていたのか?)

(信じるって、なんだ)

(信じるってどうやればよかったんだっけか)

(思い出せない)

(あいつは?)

(あいつは知ってるんだろうか)




(なあクォード、知ってるか――)












「お仕事完了…っと」


血まみれの爪を布で拭いながら、クロウは鼻歌交じりにクォードの元へと戻っていた。

手に入れた金でどこの酒を呑みに行こうかと、先ほどからそればかり考えている。留置所を出てからは、しばらくまともに呑めていなかったのだ。

「天空界の町はあらかた回ったしな…そろそろ、亜魔界の方にでも足をのばすか…噂のフォーラスの酒も、一口ぐらい…」


「なんだとっ…!」


いきなり、困惑に満ちた怒鳴り声が廊下に響いた。

楽しい想像を邪魔されていささかむっとしながら、声の聞こえた目的の部屋の扉に耳を立てる。

「もう一度言わなければいけないのかしら?」

次に聞こえたのは、あの奇妙な少女の声。

「こんな一大事を前にして、兄弟喧嘩なんてツマラナイことしているニンゲンに、もう用はないの」

兄弟間の殺し合いの次は、客との仲違いのようである。

つくづくクォードの旦那も大変だと、クロウは他人事のように嘲笑った。

「なぜっ、これからだというときに…!

まだ「これ」についても、ほとんどわかっていない!あんたの智慧と知識が必要なのだ!」

「少なくとも、これまでで、あなたの手には十分余るほどの智慧を与えたはず。これ以上教える事は、あなたにとってもわたしにとっても不必要よ」

少女は、軽く笑い声を立てると、

「それに、所詮今のあなたは、片翼のハト。片方しかない翼で、ちゃあんと飛ぶ事ができて?」

「ここまで来れば、弟の力などいらん!

「これ」さえあればっ…そう、「これ」さえあれば、どうとでもなるのだ!そのためにも知識を、力を!」

さすがのクロウも、クォードのその語気に思わず身を引いてしまった。

片腕でもあった弟を自ら討ち、頼みにしていた「客」にまで見放された彼は、これからどうなるのだろう。

自分は、金さえもらえれば、どんな仕事でも引き受けるつもりだが。

「つまり、あのあんちゃんにとって俺は、ある意味唯一の、力ある協力者ってことになるわけだ。いや、ちょっと照れるなあ」

「そこの扉の後ろで、殺し屋さんがお待ちのようよ。

結果をお聞きになったらどう?」

まずい、と思う間もなく、勢いよく扉が開けられた。

クォードが、戸惑いと怒りとがないまぜになったような、鋭い目つきで立っている。

「…聞いていたのか」

「い…いや、たったちょうど今、来たところでーす…」

両手を顔の前でぱたぱたと振ると、爪から、拭いきれていなかった血がさっと飛び散った。

それを見たクォードが、硬直する。

一瞬疑問に思ったが、クロウは予定通り、早口に報告を行った。

「言われたとおり、弟さん…ルエイドは、この爪で始末しといたぜ。死体は、外に埋めておいた。

約束の八十万、忘れないでくれよ」

「………」

返事は、返ってこない。

「おーい」

「………!

あ、ああ、…わかっている」

彼の顔を窺うようにして眺めていたが、こうしていても埒が明かない。こんな気まずい空気の中にいつまでもいたくはないので、とっとと退散させてもらうことにした。

「クロウ、」

「へあ?」

立ち去ろうとしたところで、クォードが呼びかけてきた。

無視したりいきなり話しかけてきたり、面倒くさい奴だなと心内で愚痴りながら振り返る。クォードはじっと、真正面の何もない空間を見つめながら尋ねた。

「死体は、外に埋めたと言ったか」

「ああ、そうだけど」

「…そうか」

再び背を向けて歩き出すと、後ろで、あの少女の声が囁いた。先ほど聞いた言葉を、同じように繰り返していた。



「片方しかない翼で、ちゃあんと飛ぶ事が、できて?」

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