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ワールドメイカー  作者: みたらし
第一章 開かれた箱
14/46

暗雲・前篇

「さて、何度か遠回りしたが、やっとこれで必要な情報が手に入りそうだな」

エリスを攫い、監禁した張本人が、まさか同じ羽目に遭うとは思いもよらなかっただろう。

日差しも和らぎ涼しくなってきた頃、ディオとクリティスによって昏倒させられ縄で括られたクロウが、やっと目を覚ました。

一応こちらで手当てはしておいたが、二人がよってたかって痛めつけたため、傷は深い。しばらくは満足に動けないはずである。

「…この俺が、簡単に口を割ると思ってるのか?」

クロウは、小馬鹿にした笑みを一同に投げかけてくる。だがしかし、

「そりゃ、簡単にはいかない事は承知してるさ。

だからこっちも、いろいろと口を割らせるための方法を試してみるつもりだ」

ディオはそう言って、この上なく嬉しそうに微笑んだ。殺し屋が一瞬身震いをしたのは、見間違いではないだろう。

「まずは何から始めよっかなー」

「ま、待て、ちょっと待て!俺は別に、口を割らないとは言ってないぞ!」

ディオの目が、拷問の道具を求めて辺りを探り出すのを見ると、先ほどの威勢はどこへやら、クロウはあっさりと観念してしまった。

「口を割らせるための作業はディオに一任する」というクリティスの提案は、見事に功を奏したようである。

「えっ…そうか…、まあ、その方が、お互い嫌な思いをしなくて済むしな…」

そう応えたディオの声が若干つまらなそうだったのは、気のせいだという事にしておきたい。対するクロウは、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「同意も得られたことだし、単刀直入に聞くぜ。

お前ら希望の箱の、本部はどこだ?」

「本部だと?」

再び、嘲るような笑い声を立てるクロウ。

彼が口にした答えは、信じがたいものだった。

「希望の箱に、本部なんてねえよ」

「…なんだと?」

身を乗り出して、尋ね返すのはクリティス。

「栄えていた昔には、どっかに本部があったらしいがね。今はもうないらしい。

支部って名義で実質の本部を作ってるんだが、それも、たまに気まぐれに移設しちまう」

「紛らわしいことを…

で、その支部は今どこに?王都にはなかったようだが…」

「このアスレイナの隣町、エベリスだ。地下に今のところの支部があって、幹部が住んでる」

これまた、やけにあっさりと情報を漏洩するクロウ。

「…いやに素直だが、嘘じゃねえだろうな?」

「希望の箱に、俺の常連がいる。今回の仕事もそいつから引き受けたもんだが、別にそこまで肩入れしてやるほどの関係でもないんでね。

俺は、金さえもらえりゃそれでいい。希望の箱そのものがどうなろうと、知ったこっちゃない。

あんただって、同じような考えで仕事屋やってんだろ、月傷」

「………」

肯定も否定もせず、ただ不機嫌な表情で、ディオは彼から目を反らした。

黙ってしまった彼に代わり、クリティスが尋問を続ける。

「ちなみに、その常連とやらは?」

「希望の箱の幹部…いや、リーダーの一人だ。名前はルエイド。

そいつにはクォードって兄がいて、兄弟二人で希望の箱をまとめてる」

「クォードとルエイドか…」

得た情報を、片端から手帳に書き留めていくクリティス。

その横から、今まで沈黙を保っていたエリスが唐突に口を開いた。

「…希望の箱の目的は何?」

天空王子を攫い、口封じのために朝廷の人間を多数殺害し、城の書庫から秘伝の封印の本を盗み出した希望の箱。

彼らの狙いはなんなのか、未だにエドルたちにはわからない。

しかしそれは、目の前の雇われ殺し屋にとっても同じことだったようだ。

「さあね。一体あいつらが何を求めてるかなんて、オレには知らされてもいないし興味もなかったが…」

彼は、少しばかり考え込む素振りを見せて、

「ただ、希望の箱は、神を嫌う連中が集まった団体だってのは、お前らだってとっくに知ってんだろ?

連中の思想から考えれば、神とか、神に準じる存在とやらをぶっ倒して神の支配から逃れて、人間の尊厳を取り戻すってのが目的…だとも言えなくはない」

「神を倒す?」

エドルは、その答えを鼻で笑い飛ばすと、

「そもそも、ホントにいるのかいないのかすら、はっきりしないものなのに?

天空王は、神の名の元に天空界を統治してるって言ってるけど、それだって、ホントかどうだかわかりゃしねーだろ。自分の権威を主張するために神の名前を持ち出すのは、魔界や亜魔界の国の王だってしてることだし」

腕を組み、彼はうんざりした表情をあらわにする。

「矛盾してるんだよ。神がそんなに嫌いなら、倒す倒さないじゃなくて、もともといないものとして考えればいいだけの話じゃねーか」

「…神が本当にいるのかいないのかという話はさておき」

こめかみを人差し指で押さえて、クリティスがエドルの話を遮った。

「確かに、神を倒すということが目的であるというのは、一理ある。

だが、ここまで奴らが具体的な動きを見せているという事は、そんな曖昧な目的ではなく、もっと具体的な目的を持っているということだ。

もしかすると、その具体的な目的が、「神を倒す」という最大の目的につながっている可能性もある」

「目的なんて、どうでもいいだろ」

面倒くさそうにため息をついたディオは、伸びをしながら言い捨てた。

「支部に行って、リーダーとやらを捕まえて天空王に突き出せば、仕事完了だ。

別に、他のごちゃごちゃしたことに首を突っ込むつもりはねえよ」

「言われてみれば、そうねー」

リシェルアがそれに応じて、クロウに目を向ける。

「でも、まずはこの人を警察に連れて行かないといけないわねー」

「こんなにも身になる為になる話をしてやったっていうのに、対する報いはそれなのか?!

知ってはいたが、とんでもない鬼畜だな、お前ら!」

「先にも言った気がするが、もう一度言う」

手帳とモノクルを懐にしまいこみ、クリティスは深刻な目で言った。

「お前の賞金は、貴重な資金源なのだ。

なにせ私たちには、今、金がない」

「アスレイナと王都を行き来した交通費が、一番痛かったのよねー」

天空王からは、前金など貰っていない。また、ディオの負傷による治療代という、思わぬ出費もあった。

事が解決すれば大金が手に入るのだが、さしあたっての資金は乏しかった。

「こういう仕事をしている先輩として、お前らガキ共に忠告しておくが…」

憐れみに満ちた表情で、クロウは言う。

「節約は、どんな状況でも必須だぞ」

「…良く覚えとく」

普段であれば、一蹴するか皮肉で返す敵の言葉を、今回ばかりは、黙って受け止めるしかなかったのだった。




「殺し屋が捕まったという報告があったが」

「………」

責めるような視線を向けてくる兄を睨み返し、ルエイドは黙って、書庫の入口に立っていた。

以前とは違い、書庫内はきれいに整頓されている。それどころか、山のようにあった本が、ほとんど棚から消えていた。

「俺のせいだと言いたそうな顔だな…」

「当然だ。一番悪いのは、勝手に信者たちを連れだして復讐を目論んだ殺し屋だが、雇ったお前にも責任はある」

クォードは、書庫に残った数少ない資料を、仕分けでもするように手にとって眺め、

「…が、捕まったからと言って、お前も奴には大した情報は与えていないのだろう?」

「そりゃそうだ。顔なじみだからと言っても、部外者には変わりないしな。

俺らが何を目指しているかなんてのは、一切知らない」

「せいぜい奴が知っていて、仕事屋たちの役に立ちそうな情報といえば、ここの場所ぐらいか…」

それからクォードは、無表情のまま、わざとらしく首を捻り、

「ちょうど、そろそろ支部を解体しようかと思っていたところだ。奇遇とはこのことだな」

「こんなにきれいに片づけを済ませておいて、今更「奇遇」も何もねえだろ」

支部にいた信者たちは、すでに荷物と共に移動を始めている。今、ここにいるのはルエイドとクォードと、数人の護衛のみだ。

もう、この場所でなすべきこともないだろう。

「例え、邪魔者がここを嗅ぎつけてやってきたとしても、既にもぬけの殻ってわけだ。

さすがクォード、仕事が早いな」

「ただのもぬけの殻ではない。墓穴の役目まで果たすおまけ機能付きだ」

「ほんと、手際のいい…。

あんたを敵に回すと、ろくなことはなさそうだな…」

何のことはない、ただの独り言のつもりだった。

「………」

まるで、こちらの心を見透かしたような目。

自分でも意識せずに呟いた台詞だというのに、なぜ彼は気づいたのだろうか。

「ここには、お前と私以外は誰もいない。護衛も部屋から遠ざけてある。

言いたい事があるなら、聞くが?」

「…クォード、お前こそ、俺に何か隠し事してねえか?」

ごまかしたところで、兄が信じるわけはない。ルエイドは開き直り、逆に質問をし返した。

クォードの眉が、不愉快そうに歪む。

「…何?」

「客と称して、得体の知れない人間をここに招いてたみたいじゃねえか」

挑みかかるような口調で詰め寄ると、相手は予想外の反応を示した。

「ああ、なんだそんなことか」

「そんなことだと?!」

まさか一蹴されるとは思わず、勢い任せに身を乗り出すルエイド。

しかし兄は、弟の様子に少しも動じることはなく、

「お前は何か勘違いしているようだが、私は別に、部外の客がいることをわざわざ隠していたわけではない。

ただ、あのお客人が、騒がしいのは苦手だと言うので、人払いを綿密に行っていただけだ」

彼の表情は涼やかで、嘘をついているようには見えなかった。

が、冗談を真顔で言うような兄の事だ。表面だけ見て安心して、まんまとはぐらかされるわけにはいかない。

「…信じられないという顔だな」

クォードは、さも面倒くさそうに額に手をやった。

「わかった。

明後日、『本部』にその客人が来る事になっている。その時に、お前も招待しよう」

「!」

「ただ一つ、兄として忠告しておこうか」

伏せられていた眼が、薄く開く。

そこにあったのは、氷のように冷たい青い瞳。

「客人の前で、無礼を働かないように」




死んでも、知らないぞ。






美しい海も、緑の島も、この悲しみと憎しみとが混ざり合った目には何の感動も映らない。

なぜ、こんなに悲しいのか、憎々しいのか。

エドルには、いつまで経ってもわからなかった。






殺し屋を見事捕らえ、希望の箱の拠点を聞き出した一行。

だが、それから数日経過した今、彼らはまだアスレイナに留まっていた。

もちろん、皆、居たくて滞在しているわけではない。観光目的でエドルたちと同行しているエリスでさえも、さほど見所のない平凡な街並みに飽きており、ここのところは昼寝をするか菓子を食べるかぐらいしかしていなかった。

「…どーやら、こうして粘ってても埒が明かなそうだな…」

諦めの表情で、自分の財布を覗くエドル。そこには、スズメの涙ほどの金しか残っていない。

この事態は、全くの予想外だった。

捕らえて、警察に突き出したはずのクロウが、二日もたたないうちに脱獄してしまったのである。

賞金の支払いには三日ほどかかるからと警察から言われ、仕方なく待ちぼうけを食らわされていた矢先に、この始末だ。当の本人が逃げ出してしまっては金を支払う事はできないと宣言され、頭にきたエドルたちが抗議しに行っても、頑なに拒否されてしまう。

「これ以上足止めされて、天空王の報酬もパーになったら意味ねーしな…」

「そうだな…資金は心もとないが、エベリスの支部を叩いて、リーダーたちを天空王に突き出せば金がもらえるのだから、それまで節約するしかない」

クリティスも、ため息交じりに賛同した。リシェルアとディオも、しぶしぶといった様子で頷く。

「あまり時間はかけられないわねー…長期戦になればなるほど、交通費も滞在費用もかかっちゃうし…」

「今更後悔しても遅いが、必要経費は城の方から出してもらうように聞いてみるべきだったかもな」

「ほんとだよ。おかげで、あたしまで無駄な時間を過ごしちゃった」

エリスが、町の菓子屋で買ってきたらしいチョコレートの欠片を口に放り込みながら、文句を垂れた。メンバーの中で一番何もしていない者が、一番不満顔をするのはいかがなものかと、エドルは心の中で毒づく。

「お前はいいじゃねえか。今も金には困ってないみてえだしな」

「貸してほしいなら貸してあげるよ。もちろん、利子つきでね」

「お前から借りるのだけは、死んでも嫌だね」

いらだちの募っているディオが、エリスに絡み始めた。この憂鬱な状態でじっとしていては、彼が何をしだすかわかったものではない。

「行き先は決まってんだし、今すぐにでも出発しようぜ。日が沈む前に、エベリスに着きたいしさ」

「そうねー。徒歩で行くしかないけれど…」

「うえー…馬車がいいようー」

再び文句を言いだすエリスには、無視を決め込む。

五人は、重い腰を上げると、軽い財布を抱えたままアスレイナを後にした。




アスレイナの隣町エベリスへ行くには、丘を一つ越えなければならない。

丘と言っても、その高さはやや低めの山といったところだ。中腹まで登ると、早くもエリスがへこたれ始めた。

「やーだーもおおおー!疲れたー!」

「うるせー!黙んねーと、森の中に放り込んで置いてくからな!」

「これだったら、あんたたちと一緒に行かないで、あたしだけ馬車使えばよかった!

ああん、少し考えれば思いついたものをっ」

黙れと言うのに、全く黙る気のないエリス。このところの不運続きで、顔には出さなかったもののさすがに荒れていたエドルは、本気で置いていこうかと考え始めていた。

「…ディオ?」

ふと、リシェルアが、じっと丘の向こう側の空を睨んでいるディオに気付いた。呼ばれた当人は、空から視線をそらすことなく、返事だけを彼女に返す。

「…鳥の群れが…」

「鳥?」

「ほれ、あそこ、見えるだろ?」

ディオが指で差した曇り気味の空には、確かに、不自然な黒い影が点々と見えた。

しかし、それを見たリシェルアは、不審そうに首を捻る。

「鳥にしては、ちょっと大きすぎないかしら…」

「そう、俺もそう思ってたとこなんだが…違うとしたら、何だ?」

「――ドラゴン…」

いつの間にか、モノクルを装着していたクリティスが、半ば唖然と呟いた。

「…に、見えるのだが…」

皆、そろって顔を見合わせた。

ドラゴンというのは、個の縄張り意識が強い生き物で、群れを成す事はめったにない。幼体でさえも、親と共にいる目撃例が極めて少ない。そんなドラゴンが、群れて空を飛んでいるというのは、明らかにおかしいのである。

「希望の箱の奴らか?」

「だろうな。でも、あんな大人数でどこに行くつもりだ?」

ドラゴンたちが向かったのは、北西の方角。ちょうど、エドルたちが目指しているエベリスから、離れるようにして飛んでいく。

「どうしましょう?追うのー?」

「いや、やめておいたほうがいい」

リシェルアの提案に、クリティスが即座に首を振った。

「あれだけの数の信者がいなくなったということは、支部とやらは今、手薄だという事になる。この機会を逃すわけにはいかない」

「なるほど。奴らが戻ってくる前に着けば、待ち伏せできるってことじゃねーか」

今まで後手に回っていたこちらが、今度は相手の裏をかけるということだ。

「え。ってことは、エベリスに着いてから休む時間は…」

あからさまに顔をしかめたエリスを、エドルは興奮気味に、しかし冷淡に突っぱねた。

「もちろん、無しってことだよ!」




「やーだー!疲れたー!もう休むー!」

道中も散々騒ぎ立てていたエリスだったが、エベリスに着くと、その駄々はさらにヒートアップした。

「こんなへとへとの状態で敵の陣地に直行とか、マジありえない!あんたたち化け物なの?」

「化け…」

「宿屋行こーよー!おやつの時間だしー!」

彼女の横暴は、留まるところを知らないらしい。エドルのパーカーの袖を、ちぎり取りかねない勢いで引っ張ってくる。

「…どうする、これ」

完全にお手上げ状態のエドルは、思わずクリティスに助けを求めた。

彼女は、片手で額を押さえて答える。

「攫われた前例があるから、なるべく一人にはさせたくないのだが…こうも強情では、いたしかたない」

「これなら、本当に森の中に捨ててくれば良かったぜ」

「ひどっ!この人でなし!」

余計な一言を添えるディオ。エリスと彼の睨み合いがすぐさま始まった。

が、リシェルアに止められると、エリスはふてくされた顔で、

「じゃあ、あたしは宿屋で部屋取ってるからね。攫われてほしくなかったら、さっさと戻ってきてね」

何やら、脅しとも寂しがっているともつかない台詞を捨てて、通りの向こうに消えていく。

残された四人は、呆れと安堵のため息を同時についた。

「後は、支部の入口を探すだけねー」

「町でちょっと聞き込めば、そんな如何にも怪しげな場所なんてすぐ割り出せるだろ」

互いに目配せをすると、エドルたちも、人であふれる町の中へと飛び込んだ。




予想した通り、希望の箱の支部の場所はすぐに割り出す事ができた。

町人は、初めはやや渋っていたものの、いざ語り出すと場所のみならず、希望の箱に対する愚痴や悪口まで吐く始末。どうやら市民の間でも、希望の箱は評判が悪いらしい。

「そりゃ、廃街とはいえ、ドラゴンで頻繁に町に出入りされちゃ、迷惑どころの話じゃねーよな」

地下支部の入口は、とうの昔に人気の途絶えた、エベリスはずれの廃街の中だった。黒いローブを纏った怪しい連中が、よくここを出入りしているという話だ。

「…これか」

ディオが、窓も扉も外れて蔦が絡み放題になっている廃屋のひとつに入り、床に目を落とす。

天井もなく直射日光にさらされた土の床に、明らかに周囲から浮いている、新しい鉄の蓋がついていた。

「見張りの姿もなし、か…」

廃屋の周りを一周してきたクリティスが、怪訝な表情を浮かべる。

「…罠という可能性もあるな…」

敵の喉元まで来ているというのに、こうまで順調だと、確かに疑わざるを得ない。

「でも、さっき、希望の箱の人たちが大勢ドラゴンに乗って、どこかに行っちゃったっていうのは、確かなのよね?」

「ああ。町の奴らも言ってたしな」

「やはり、一旦様子を見るべきか…しかし、もしこれがチャンスだとすれば、みすみすそれを逃してしまうことにもなる…」

鉄の蓋を見つめ、黙り込んでしまう四人。時間は、刻一刻と過ぎて行く。

「このまま戻ったら、エリスには大笑いされるだろうな」

エドルが、小さな声で呟いた。

「「「………」」」

途端に張り詰める、場の空気。見合わせた顔は、皆、一様に同じ表情だった。

「まあ、例え罠だとしても、奴らに関する手掛かりぐらいはあるかもしれない」

クリティスのその言葉は、答えを選択したのと同じことだった。

思い思いに頷く四人。

「開けるぞ」

皆の意思を視認すると、エドルは、床の鉄の蓋に手を掛け、一気に引き上げた。


一つしかない地下支部への入口に、見張りはどこにも見当たらない。地下へと下る階段を降りても、それは同様だった。

「これは…まさか」

人が暮らすにしては、あまりにも少なすぎる家具。見放されたかのようにまばらに落ちている、生活用品。一人として残っていない住人たち。

「今回も、奴らが一枚上手だったという事か」

クリティスの見解を聞きながら、エドルは人の生活していた面影だけが残った部屋を見回し、がっくりと肩を落とした。

「くっそー…もう少し早く来てれば間に合ってたかもしれないってことかよ…」

こちらの動きを読まれていたのか、それとも、クロウの情報提供そのものが、初めから罠だったのか。どちらにしろ、今となってはどうしようもなかった。

「でも、何か手掛かりが残ってるかもしれないわー。手分けして探してみましょうよ」

リシェルアの一声で、エドルたちは、数少ない家具や生活用品を一つ一つ、確認し始めた。

会議か集会に使っていたのか、壊れかけの長椅子だけが隅にまとめて置いてある広い部屋。薬品のにおいが残る、医務室と思われる白い床と壁の部屋。信者たちが寝泊りしていたのであろう、いくつもの小部屋。

それから…

「ここは…書庫か?」

ほぼ空の棚が林立した、埃っぽい部屋を入口から見渡す。それらの棚にわずかに残っていたものは、すべて、ローグの屋敷にあったような神学関係の本や、既に解決済みの事件に関しての紙の束だった。

「まさかこんなところに、大事な書類とか忘れてくわけねーよな…」

そう言って、エドルが苦笑いを浮かべた、その矢先に。

「………当たりかもしれない」

部屋のちょうど、真ん中あたりの床に落ちていた紙きれを拾い上げ、クリティスが、唖然と呟いた。

思わず、自分の耳を疑うエドル。

「はい?」

「これを見てみろ」

半信半疑で、差し出された紙を受け取り眺めてみる。

それは、天空界の地図だった。ところどころに、赤いインクで印が付いている。

天空城に一ヵ所。城から少し離れたローグの森の中に一ヵ所。城を挟んだ森の反対側、アスレイナの町に一ヵ所。それから、今いるエベリスに一ヵ所。そして、隣りの大陸の、海沿いの山の中に一ヵ所。すべて、希望の箱に関わる一連の事件で訪れた場所だった。

「でも、これといって目新しい事は何も…」

「ここにもう一つ、印があるだろう」

「へ?」

横から指で指し示され、エドルはもう一度地図に目を落とした。

クリティスの指がなぞった場所は、エヴァスタ旧天空教会跡の印からすぐ西にある、海の中だった。エベリスから見ると北西の方角――つまり、希望の箱の者たちが先ほど向かっていた方角にあたる。

「…罠じゃねーの?この地図」

みすみす足取りを知られてしまうようなものを、置き去りにしておくとは、ご都合主義も大概と言ったところだ。

「大体、こんな海のど真ん中に何があるんだよ。見たところ、地図上には何もないぜ」

クリティスに突き返すと、彼女は懐からいつもの手帳を取り出し、ページの間に挟んでいた自分の地図を取りだした。

それと、落ちていた怪しげな地図とを見比べ、しばらく後に首を傾げる。

「…確かに、ここには何も書いていないな…」

「お宝積んだ沈没船でも見つけたのかね。

…あとは、これから何かする予定だとか、な」

いずれにしろ、他に何の手がかりもないこの場所であれこれと悩んでいても、不毛というものだ。

まだ何か考えているクリティスをその場に残し、部屋から出ようとノブに手をかけた時だった。

突然その扉が、向こう側に勝手に開いたのだ。

「うお?!」

たたらを踏んで前のめりになると、そこにいたリシェルアと衝突した。「きゃあ」と、驚いた様子のない棒読みの悲鳴と共に彼女が後ろに倒れたので、慌ててその腕を掴んで引き上げてやる。

「あーびびった。

何だよ、せめてノックぐらい…」

「ごめんなさいー。でも、そんなこと言っている場合じゃないのよー」

相変わらず危機感皆無な口調だが、何やら焦っているようだった。

一体何がだよ、と尋ねようとする前に、エドル自身も異変に気づく。

「…希望の箱は、人攫いのほかに、放火の趣味まで持ち合わせてやがるのか?」

「他人の趣味にとやかく言う気はないのだが、相当悪趣味だな」

クリティスも、支部に入って来た時と比べて幾分高くなっている気温に、顔をしかめた。

「ディオはどうした?」

「火の出所を確認してるわー。でも、それが、よくわからないのー」

そう言って、リシェルアは手招きをすると廊下の先へと駆けだした。

彼女に先導されて支部の奥へと進んでいくにつれ、熱気と煙が濃くなっていく。

「ディオ!」

辿りついた大部屋の中は、すでに火の手が回っていた。部屋の入口でディオと合流すると、彼は口早にこう尋ねてきた。

「爆音も震動も起こさずに、人の手を使わないで火を起こす方法って、あるか?」

「ある」

即答するクリティス。

「魔法石に、火の魔法を込めておく。それに軽く衝撃を与えると、爆発することなしに、炎が魔法石から飛び出す」

「ははーん、なるほど。よっくわかった」

ディオは、おもむろに部屋の扉の内側に目を向けた。

扉の上部に、小さな滑車が不自然についている。扉を動かすと、滑車に巻きつけられたロープが回るようになっている。ロープは壁を伝って、今は炎に包まれている部屋の奥へと繋がっていた。

「どこにその魔法石が設置されてたのかは知らんが、ここに入った時によく調べとくんだったぜ」

「込められた魔力が尽きない限り、魔法石は炎を撒き散らし続ける。消すよりも、逃げた方が賢明だな」

言われるまでもなく、真っ先にエドルは駆け出していた。

嫌な予感がする。

支部のこんなに奥で放火をしたところで、出口から逃げられるのがオチのはず。ここで自分たちを始末しようというのなら、もっと出口に近いところで火を掛け、逃げ道を塞いでしまった方が良いに決まっているのだ。

そうしないということは。

「―――!!」

地上へ続く階段の終わり、鉄の蓋の前で、エドルは絶句した。

「どうした?」

予想は、的中した。

鉄の蓋が、開かない。いや、開けられないのである。

鉄の蓋の前面に、透明な壁のようなものがある。壁の中央に、どこかで見た事のある紋章が浮かび上がって光っていた。

銀色の六紡星。神に仕える天空王家の証。

「…結界…」

リシェルアが、どこか諦めの混じった声色で呟いた。

「まさか、ここであの「封印の本」を活用とは…予想だにしなかった」

クリティスも、静かな声で言う。

「もし、これが通常の結界であれば壊す事も出来たが、紋章付き結界では話にならない。

これを解けるのは、解法を知っている術者本人か、天空王家の者だけだろう」

一般的に魔法使いの間で使われている通常の結界に、このように紋章が描かれていることはなく、解除方法も実に単純なものである。結界に込められた以上の魔力をぶつけてやれば、相殺して消すことができるのだ。

しかし、紋章付きの結界は特別で、そんな力任せの解法は通用しない。その結界独自の複雑な術式と、解法が存在する。

この結界に付いた天空王家の紋章は、天空王族の間でしか伝えられていない秘伝の術という証であり、解除方法を知っているのも、天空王族と本を盗んだ希望の箱だけ、ということだ。

「あの滑車の仕掛けと同じように、時間差で発動するようになっていたのだろうな」

敵を追い詰めたという油断や、休む間もなくここに直行した疲れが、四人にはあったのかもしれない。今回は、あまりにも見落としが多すぎた。

火の粉のはぜる音が、背後から着々と近づいてくる。煙も、徐々に階段下から上ってきていた。

「くそっ、二回も同じ手に引っ掛かってやられるなんて、冗談じゃねーぞ!」

エドルは、鉄の蓋と自分とを隔てる光の壁を、両拳で力いっぱい叩いた。

「誰かいねーのか?!」

ここは、町人ですら避けて通る廃街。エドル自身、誰かが応えてくれるとは思ってもいない。ただ、心の底から湧いてきた絶望感を、叫ぶことで払拭しようとしていただけだった。

しかし。


「…エドル?」


普段、文句しか言わないあの甲高い声が、これほど有難く聞こえる時があっただろうか。

「エリス?!」

鉄の蓋と結界越しに、エドルの叫びに応えたのは、先ほど自分たちと別れて宿へ行ったはずの、エリス。

思わぬ事に驚いて、四人は顔を見合わせた。

「仕事終わった?っていうか、なんで出て来ないの?」

「出れねーんだよ!」

なぜ彼女がここにいるのかとか、彼女にこの結界を破る方法を見つけられるのかとか、そういう疑問はすべて吹き飛んでいた。

「この蓋に、結界がかけられてるんだ!しかも、火が――」

「結界?」

「そう、天空王家の紋章が入ってて、力任せじゃ解けねーんだよ!」

現状を報告すればするほど、絶望感が増す。天空王家の者でもないエリスに、この結界を解けるわけがない。天空城に向かわせて救援を頼もうにも、その間に炎にやられてしまう。

言うだけ言ってエドルが黙った後、彼女は、尋ね返してきた。

「…天空王家の紋章で、間違いないんだよね?」

「…?あ、ああ、銀の六紡星だけど…」

「あっそう」

その声色は冷静そのもので、さして慌てている様子もない。

エドルがそれを不審に思っていると、エリスは「少し下がってて」とだけこちらに命じてきた。

一体、何が何やらわからない。

命じられた通りにエドルが一歩下がった途端、なんと、天空王家の銀の六紡星を宿したその結界は、まるで脆いガラスのように、音もなく砕け散ったのである。

「え………」

「ほら、これで出て来れるでしょ」

さっきまで、この場に満ちていた絶望感が、まるっきり嘘のようだった。四人はしばらく、露わになった鉄の蓋を眺めたまま、立ち尽くしてしまう。

「お、おい」

「あ…うん」

しばらく後、ディオに呼びかけられ、エドルはやっと我に返った。蓋に手を掛けてみても、先ほどまでの温かい結界の感触はもちろんない。ただ、鉄の冷たさが、熱気でほてった手の平から心地よく伝わってきた。


蓋をあけると、刺し貫くような日の光が、真っ先に目に飛び込んできた。

「お仕事ごくろうさま」

言葉ではねぎらっているようだが、その声は、どこか揶揄を帯びている。

支部の中から顔を出したエドルたちを見下ろし、太陽を背負った少女は、満面の笑みで出迎えた。

「全員、アップルパイ一切れずつ、あたしに奢ってね?」

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