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ワールドメイカー  作者: みたらし
第一章 開かれた箱
10/46

鴉・前篇

見るたびに鮮明になる、その光景。

青々とした海、緑の島。

あの塔は、相変わらず天を突き刺さんばかりに、果てもなく立っていた。







エリスは、とうとう帰ってこなかった。


「マジかよ…」

眉根を寄せ、エドルは茫然と呟いた。

エリスが借りたはずの宿の部屋は、ベッドメイクもそのままで使われた気配すらない。

土産品や服、旅行用具の詰まった鞄も、どれもほとんど触られた形跡がなく、部屋の隅に置いてある。

「昨日の夜、宿を出たきり、宿泊客も女将さんもエリスを見ていないそうよ」

部屋を見回し、リシェルアは言う。

「…荷物がそのままになってるということは、あたしたちに愛想を尽かして出て行った可能性は低いでしょうね…」

「そっちの方が、はるかに良かったんだけどな」

言いながら振り返ると、入口でモノクルを押し上げる氷海の姿。彼女は、ここにいる誰もが考えついた予想を、ごく淡々と告げた。

「どうやら、奴らに先手を打たれたようだな。

人を攫うという手段が、ことのほかお気に入りらしい」

「どこまでも、足手まといにしかならねえ女だな」

つっけんどんに吐き捨てるディオを、今回ばかりはエドルもリシェルアも咎めることができなかった。

「ここで、我々の今後についてだが」

氷海はというと、相も変わらず波一つない海原のような冷静沈着さだ。何事もなかったかのように話題を変える。

「本部に連れて行かれたという考え方もあるが、ああまで本部の情報を秘匿している輩が、そう簡単に私たちを招くような事はしないだろう」

「エリスは、本部とは別の場所にいるってことか…」

「その通り。

つまり、今後の行動についての選択肢は二つある」

およそ、剣を手にして賞金首相手に戦っているとは思えないほど、白くて細いしなやかな人差し指が立てられる。

「一。先にエリスの居場所を突き止める。

二。先に本部の場所を突き止める」

「二で。」

清々しいまでの即答だった。

先ほどの失言を聞かなかったことにしたリシェルアも、これにはさすがに気が咎めたようだ。

「ディオったら」

「ほっとけ、あんな頭の弱そうな奴。

大体、殺人鬼に命狙われてるかもしんねえってのに、夜中に女の身一つで出歩くのがおかしいんだよ。いくら顔を見られてないからって、俺らみたいな顔の立つ人間と歩いてんだから、嫌でも注目されるのは明らかだろうが」

おまけに、五人の中で一番襲い易い身なりをしていると、ディオは付け足した。

エドルは、腕を組み唸り声を上げる。

「…だからと言って、見捨てるわけには…」

「あーあーわかった!」

その言葉を打ち切るように、面倒極まりないと言った声色で叫ぶディオ。彼の暗い色の瞳に、侮蔑の色が混ざっていた。

「正義ごっこだか善人ごっこだか知らねえけど、好きにやってろっての。ムリヤリついてきた邪魔者を、助ける暇も余裕も俺にはねえんだよ。

俺は本部を見つけて潰すから、お前らは勝手にしろ」

そうまくしたてたかと思うと、身を翻し、彼はあっという間に部屋を出て行ってしまった。後から、氷海の深刻なため息が続く。

「さすが非人道、と言いたいところだが。

本音を言うと、私も本部を見つけて叩くのが一番早いのではないかと思う。わたしにとってもエリスは、義理や情けを掛けてやるほどの人間では無いからな」

「お前、散々ストーキングしておいて言う事か?」

「しかし」

エドルのツッコミを無表情で流した氷海は、モノクルを外して続けた。

「我々四人が、一斉にまとまって動く必要もないというわけだ。

エリス自身も、あれだけ強大な力を持っている。一人で逃げて来られるかと言えば無理だろうが、自分の命が惜しければ何らかの抵抗はするだろう。

二人行けば、エリスも加算して三人になる。四人一緒に行くまでもない」

エドルは、彼女の意見を聞きながら、窓の外を見やった。朝日が昇りきり、明るい日差しを振りまいている。

「まあ、そう言われればそうだけど…

ホント、まとまらねえなあ…おれたちって…」

そんなのどかな光景を眺め、エドルは大きく肩を落とした。

「じゃあ、おれとリシェルアでエリスを助けに行くから、お前らは…」

「いや、」

「へ?」

おそらく妥当だと思われる組み合わせを述べていただけだというのに、氷海がいきなり遮ってきた。まさかこんなところで否定されるとは思わず、一瞬、開けていた口を閉じることすら忘れる。

「エリスの救出には、私が行く。私とエドルだ。

調査を続けるのは、ディオとリシェルア」

「ええええええええっ」

「何か不満か?」

冷たい目で睨まれ、エドルは身体を竦ませた。

「さ、さっきお前、エリスは助ける義理もないって言ってたじゃねーか!」

「それとこれとは、話が別だ。助ける義理はないが、助けに行くしかないのであれば、最善の方法を取るに限るだろう?私もエドルも、隠密行動には慣れているからな」

「ううーっ…正論だけど…」

「…まあ…」

氷海はさっと顔を逸らすと、ため息混じりの小さな声で呟く。

「あの冷酷無慈悲な男と一緒に行動したくないという考えも、無きにしもあらずだな」

「無きにしもあらずどころか、それが一番の理由じゃねーのかっ?!

おーまーえーなー!」

「さっきから何だ。そんなにリシェルアと離れるのが嫌か?」

「エドル」

氷海に蔑まれリシェルアに諭すような声音で呼ばれ、エドルはむくれたまま黙るしかなかった。

「なら、これで決定だ。

リシェルアも、異存はないか?」

「あたしは大丈夫よー」

「本当に大丈夫かよ」

低い声で、エドルは疑問の声を上げる。

リシェルアが、はっとした顔で、振り返った。

「………心配しないで。本当に大丈夫だから…」

「………」

俯いたまま、エドルはそれきり何も言わなかった。

「…?

とにかく、ディオに報告してすぐに出発する。同行者がリシェルアであれば、奴からも文句は出ないだろう」

不思議そうにしながら、出て行く氷海。それを目で追うと、リシェルアは口をつぐんでいるエドルにもう一度、「大丈夫よ」と囁いた。

「街で、聞き込みをするだけだもの。エドルが帰ってくる頃にも、きっとまだ続けてると思うわ」

「…すぐ戻るからな」

「うん。待ってる」

柔らかく微笑んだリシェルアを見て、ようやっとエドルは顔を上げた。

直前までの態度がまるで嘘のように、両腕を伸ばして肩を鳴らし、笑顔を見せる。

「あの女、大人しくしててくれればいいけどなあ」

「たぶん、無理じゃないかしらー」

「だよなあ…」

部屋を去る二人の背に、高々と上がった太陽が、光を注いでいた。


エドルと氷海は王都に残り、ディオとリシェルアが隣町へと先行することになった。

エドルは二人を見送ると、昼の間は外でエリスの行方について調査をしていた。だが、真夜中に起こった事件のためか、付近に目撃者や手掛かりを持っている人間は見つからない。空き家や廃墟など、誘拐の拠点になりそうな場所にも足を運んだが、無駄骨だった。

夕方になって、仕方なくエリスの部屋に戻り、何か痕跡はないかと当てもなく捜索していた時。

「…あれ?」

窓のあたりを漁っていたエドルは、声を上げた。

窓と枠との隙間に、封筒が挟まっている。

「…おいおい…」

「どうした?」

エリスの鞄を調べていた氷海も、手を止め寄って来た。指で封筒を指し示すと、彼女はそれをさっと取り上げ、首を傾げる。

「さっき来たときは、なかったよなあ…」

「おそらく、日中聞き込みをしている間に仕込まれたのだろうな。

まったく、攫った直後に置いていかないというところが忌々しい」

無駄な手間を取らせる、と愚痴を言いながら、まっさらな封筒を手で破り開く氷海。

何の飾り気もない便せんには、「ローグに来い」とだけ書いてあった。

「ローグって、どこだっけ?」

魔界や亜魔界を中心にトレジャーハントを行っていたエドルは、天空界の地理には疎い。

氷海は便せんをたたみ直して答えた。

「…王都の東にある、森の名前だ。そんなところまで…」

「王都の東…ちょうど、アスレイナの反対側だな」

「………」

氷海の目が、訝しむように伏せられた。どうしたのかと声を掛けると、「いや…」と、曖昧な返事が返ってくる。

「何か引っかかる気がしないでもないが…いや、例えそうだとしても、…しかし」

しばらく逡巡していたが、彼女は「まあいい」と一人納得してしまうと、

「夜になる前に出発する。準備はいいか?」

まるで何事もなかったように、普段通りの無表情を向けてきた。その急な変化に戸惑いながらも頷くと、彼女は封筒を懐にしまいこむ。

「向こうもこっちも、いるのは手練ばかりだからな。少なくとも、やられはしないだろう」

歩き始めに残したその意味深な言葉に、エドルは一抹の不安を覚えずにはいられなかった。




一方、昼に王都を出発したリシェルアとディオは、特に何事もなく、夕方にはアスレイナへと到着した。一休みした後に町中へと繰り出し、希望の箱についての情報収集を続ける。

だが。

「おい」

予想よりも意外と早く、状況が展開した。

夕陽も沈んでしばらくし、本格的な調査は明日にして休もうかと思い始めた頃に、いきなり複数の人間に取り囲まれたのである。

「何やら、町中で嗅ぎまわっている不審者がいるという通報があったが…お前たちか?」

「どっちが不審者だよ。そんないかにもなローブを着てからに」

全員一様に黒いローブを身に纏い、どこから見ても怪しげな組織集団だ。よくもまあ、こんな連中が街を闊歩しているのを住人が見過ごしているものだと、ディオは眉をひそめた。

「聞くまでもないけど、どちら様かしらー?素敵なエンブレムをつけていらっしゃるのねー」

「貴様らに名乗る義理などない」

リシェルアの皮肉など意にも介さず、彼らはきっぱりと言い放った。ローブの左胸に飾られた凝った趣向の金のエンブレムが、街灯の明かりに栄えている。

模しているのは、開かれた箱。

「貴様らの無粋な詮索が、住民の安寧を害しているようだ。事情聴取を受けてもらう」

「警察以外の人間に、事情聴取されるいわれはねえなあ」

「抵抗するというのなら、実力行使を行う」

脅しのつもりであろう希望の箱の男の一言に、ディオは隠すことなく笑みを浮かべた。

「その方が、面倒臭くなくて助かるぜ。罵り合いは望むところだが、殺し合いもオツなもんだしな」

隣りのリシェルアが非難の視線を向けてくる。

「…町中で戦うのは、迷惑になるわー」

「とっくに通行人はいなくなってるし、俺も銃を使うのは極力避けるつもりだ」

「本当かしら…」

もちろん口から出まかせだが、向こうから手を出してくると言う以上、衝突は避けられない運命だ。相手方は、場所を変えるという配慮を備えているわけでもないらしい。

もともと人通りの少ない道だしいいか、と、ディオは考えるのを放棄した。

「俺を相手にしているっつー事実を、そろそろあんたらに、身をもって知ってもらおうか」

「かかれ!」

ディオが銃を抜くのと、彼らに号令がかかるのは同時だった。

黒く輝く異質な銃を手にする感触に、これから戦が始まるのだという興奮を覚える。まずは誰から狙おうかと、品定めを始めた。

が、相手は誰も動かない。

「…何…?」

杖を構えたリシェルアが、疑問を口にした瞬間だった。

二人の足元の地面が、一斉に輝き始めたのだ。

「嘘でしょう、まさか」

輝いていたのは、地面に描かれた魔法陣。エンブレムと同じ、箱の模様。

そこから、刺客たちとディオたちを隔てるようにして、幾匹もの魔獣が現れた。

「魔獣を、こんな町中で召喚するなんて!」

「住民の安寧を害してるのはどっちだよ」

「文句は、事情聴取の最中にいくらでも聞いてやろう」

刺客の一人が、嘲るように言った。

「事情聴取の相手が死体であろうと、我々はまったく問題ない。

ここで殺されるか、大人しくついてくるかの二択だ」

死体相手に事情聴取とは暇なものだと、ディオは胸中で毒づいた。が、口にしている余裕はなかった。

敵の用意した選択肢を選んでやるつもりなど、ディオにもリシェルアにもない。

「さあ…行け」

刺客の二度目の号令が、圧倒的不利な戦いの幕開けとなった。




希望の箱から手配された従者が、殺害対象の新たな情報を手にして帰ってきた。その内容を聞いて、クロウは口元を吊り上げる。

「分裂したか…」

想定通りの動きと言ってよいだろう。

「やっぱ、仲良しこよしで一緒に行動してたわけじゃあねえみてーだな?天空王あたりから、希望の箱の討伐依頼を受けて、利害一致で協力してたってなトコだろ。

第一、あれだけ毛色も価値観も違う奴らが、たった数日で仲間意識なんぞ持つわけがねえ。特に、ディオは依頼外の人助けなんて見向きもしないし、氷海も現実的かつ効率的な手段が最優先の人間だ。

本当、冷たい連中だよなあ、お嬢さん」

部屋の隅で、手足と胴を縛られてうずくまっている少女を見やって、クロウは喉奥で笑い声を立てた。

それから、黒いローブに身を包んだ従者に向かって、まるで世間話でも始めるかのようなノリで尋ねる。

「ところで、あんたらの方はどうなんだ?順調か?」

「…あなたは、奴らを殺すことだけに専念してくれればよろしい」

「つれねえなあ…

ああ、それから、アレは一応預かってあるからな。保険も含めて」

そう告げると、クロウは従者を下がらせ、酒の瓶ばかり載っているテーブルの上からグラスを探し始めた。

「…グラスなら、テーブルの端。あたしのいる方から見えるよ」

「おお、どうも…

って、お嬢さん、起きてたのかい」

「あんたって、ずっとお酒ばっかり呑んでるよね…あたしの家族にもいるよ、そういうの」

呆れ顔の少女を眺め、クロウは愉しげに目を細めた。

「その家族とやらと、一緒に呑んでみたいもんだ」

「無理に決まってるでしょ」

「ははっ、だろうな。

…さて、と」

グラスの中身を呑み干すと、クロウはおもむろに立ちあがった。

少女の目が、じっとこちらの動きを見つめている。

「そろそろ、仕事に取り掛からねえと。

そういえば、お嬢さん、名前は?」

「…エリス」

「そうか。

じゃあな、エリス」

口元だけで笑うと、扉を開けた。

「次に会うときは、あんたの仲間の死体と一緒かな」


ぱたんと、背後で扉の閉まる音がした。

部屋の入口には、先ほどの従者が立っている。

「ここの警備、強化しとけよ。

二人とは言え、手ごわい奴らだからな」

「了解」

「オレは、もう二人の方を始末する」

自分で言った言葉に、胸が高揚していた。

烈火に例えられる魔法力の持ち主に、戦場の死神とも謳われた銃士。やりがいのある仕事になりそうだ。

「この間始末した奴らは、ほんとつまんなかったからなあ…愉しみだ」

そう言って、彼は通路の奥の暗闇へと消えて行った。




ヴィシェナ王都の東、ローグの森。いつもは木々も動物も寝静まる夜だが、今晩は違っていたようだ。

森の中に建てられた古ぼけた屋敷は、今、混乱の真っただ中にあった。

別に、エドルと氷海がエリス救出のために引っ掻き回したなどというわけではない。

二人がここにたどり着いた時には、もうてんやわんやという状況だったのである。

「…氷海さんの見解から言うと、これはどういうことなんだ?」

混乱に乗じて、あっさり屋敷内に潜入した二人。エドルは、抜き身の剣を携えた氷海に、一応問うてみる。

彼女は、ため息混じりの小声で尋ね返してきた。

「答える必要はあるのか、その質問に」

「…あのバカ女…」

屋敷内は警備も何もあったものではなく、血相を変えた希望の箱の信徒たち、あるいは用心棒代わりの魔獣たちがひっきりなしに走り回っていた。警備体制の崩れによって潜入するのは簡単であったものの、これだけ大騒ぎになっていては、どこにエリスがいるのか見当もつかない。

おまけに、信徒たちの会話を盗み聞きしたところ、この騒ぎはエリスの逃走によるものだと判明した。外に脱出していてくれればまだ良かったが、屋敷内に隠れている可能性が高いという。

これでは、こちらがエリスを捜し出すのにも一苦労だ。

廊下に放置されていた壊れた家具の陰で、エドルは頭を抱えた。

「それにしても、どうやって逃げたんだ、あいつ」

「…奴の魔力は、どうやら道具などで強化しているわけではないようだ」

突然、まったく関係のない話題を振ってくる氷海。

「い、いきなり何の話だよ」

戸惑うエドルに見向きもせず、彼女は続ける。

「リシェルアは、杖で魔力増強をしているだろう?エリスもそういう類のもので魔力を強化しているのではと思ったのだが…荷物の中に、それらしきものは見当たらなかった」

「…いつそんなこと調べてたんだお前…」

「さっき、部屋を漁っていたときにな」

「………」

ツッコミなど、する気も起きなかった。

「服に呪文(ルーン)が縫いこまれているわけでもない。アクセサリーの装飾石もすべてただのガラス玉で、魔力がこめられている気配はなかった。あとは、奴が現在身につけているものを調べるだけなのだが、それも同じ結果だと思う。

つまり、エリスの魔力は先天的なものか、あるいは相当訓練して身に付けたものだということになる」

「それはわかった。わかったが、だから何なんだって話になるわけだけど」

「お前にはまったく関係のない話だが、私にとっては、希望の箱云々よりよほど重大な話になる」

そう言い切った彼女の紫の瞳は、点々と灯った蝋燭の明かりしかない廊下の暗闇の中、爛々と輝いているようにさえ見えた。

「…なんだか知らんけど、訴えられない程度にしとけよ…」

その表情に慄きながら、エドルは軽口で受け流す。

「おそらく、あの女は魔法を駆使して脱出を試みたのだろう。口で呪文さえ唱えられれば、

縄で拘束されていても焼き切ることができる」

「そんなことはともかく、連中より先にあいつを見つけねーと」

「…どうやってあの女は逃げたのか、と言っていたから答えてやったというのに「そんなことはともかく」とは…まあいい。

とりあえず――」

氷海は、家具の陰から少し顔を出す。その時、ちょうどすぐそばを、慌てた様子の信者が通りかかった。

すると、氷海は無言でその腹に、剣の柄と拳とを同時に叩きこんだのだ。

「げほっ!…なっ…?!」

その口から上がったのは、高めの女の声だった。彼女が前のめりに倒れかかったところを胸倉から引き上げ、氷海は、どこから出ているのかと疑うほどドスの利いた声で尋ねる。

「大声を上げるな。

お前たちが拘束していた女はどこだ?」

「そ、その女が逃げ出したから、今探しているところなのだっ!私の方が知りたい!」

「つまり、お前はエリスの姿を見ていないという事だな」

そう確認を取ると、氷海は今度は彼女の首筋に手刀を当て、あっという間に昏倒させた。鮮やかな一連の作業にエドルがあっけにとられている間に、手際良く信者の身体を物陰に隠す。

「えっと、どうするんだ、これから」

「お前は、目的地までの道がわからないときにどうやって対処する?」

「は」

先ほどから、全然氷海との対話が成立している気がしない。

困惑する頭を押さえて、仕方なく氷海に合わせることにした。

「あー…地図を買うか、人に聞く」

「そう、つまり、人に聞けばいい」

氷海が、こちらを向いた。何の感情もない無表情だった。

「ここを通る輩を片っ端から捕まえて聞き出して、エリスの居る場所を割り出す」

こいつ、すごい怖い。

氷海のすわりきった目を見ながら、これから山のように積み上がっていくであろう信者たちを想像して、エドルは改めて「氷海」という二つ名の意味を理解した。

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