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「はーい。じゃあ、また明日」
マリーエールは閉店時間を過ぎてもなお、居座ろうとする常連の酔っ払い達を追い払うと、お店の扉を閉めた。
「マリー、もう部屋に戻っていいぞ」
先程の酔っ払い達が使用していたテーブルから食器を片付けながら、引き締まった身体つきの男は声を掛けてきた。
「そう? じゃあ、遠慮なく部屋に戻るわね」
マリーエールことマリーは、頭の上で一つに束ねていた金の髪を解いて背中まで垂らしながら、カウンター脇の住居スペースへと繋がる扉を開けたのだった。
一階にある共有スペースである洗面所で、身に付けていた淡いピンク色のエプロンを外して、洗い物が溜まったカゴの中に放り投げると、続けて服も脱いで全裸になった。
洗面所から繋がるシャワー室に入ると、蛇口をひねって熱い湯のシャワーを浴びた。汗臭さと酒臭さが同時に洗い流されたような気がしたのだった。ボディータオルに石鹸をつけて身体を洗い、髪も手早く洗ったのだった。
洗面所に置いてあるバスローブを着ると髪を拭きながら、二階に続く階段を登ったのだった。
元々は小さな宿屋だったというだけあって、二階の複数ある個室の内、一部屋がマリー達に与えられた部屋だった。
マリーは部屋の扉を開けると、音を立てないようにそっと閉めた。部屋の中は三部屋が繋がっているが、入ってすぐの部屋がマリー達のリビングスペース。うち一つはマリーの真の仕事部屋として使っていた。
残りの一部屋に、マリーは用事があった。
マリーは入って左側の扉を開けた。中は子供部屋になっており、子供らしいオモチャや家具がところ狭しと置かれていたのだった。
その部屋の窓側にはベッドが置かれており、その中には一人の女の子が眠っていたのだった。
今年で3歳になる女の子は、マリーとは似ても似つかない艶やかな黒髪の持ち主だった。今は閉じられた瞳も、黒曜石の様なぱっちりした黒い瞳であることをマリーは知っている。
マリーがベッドに歩み寄ると、眠る女の子の側にしゃがんで頭をそっと撫でたのだった。
「ただいま。エレナ」
マリーの声が聞こえたのか、女の子ーーエレナが夢現に呟いたのだった。
「おかえり。ママ……」
マリーは破顔して再び、エレナの頭を撫でたのだった。