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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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十四話 酒場と傭兵

「いや~、すっごい儲かったね!」


 陽が傾き始め、満面の笑みを浮かべたソニカに連れられて入ったお店は、以前ルデラフィアが連れてきてくれたあの店だった。

 あの時は外だったけど、今回はけっこうな数の客で賑わっている店内の奥のテーブル。


「ここはちょっとお高いから、普段はあんまり来れないんだ~」


 ソニカは嬉しそうに話しながら、お姉さんが奢ってあげるからね、と意気揚々。

 なんか流れでここまで来ちゃったけど……まぁいいか。

 外套を椅子にかけ長槍を壁に立てかけ、手際良く注文をしていく姿は、まぁ確かにお姉さんらしい。


「たんとお食べ!」


 テーブル上に所狭しと並べられたのは、名物らしいくるみ餅みたいな団子と、香草で蒸したのだろう目の無い大きな魚が丸ごと一匹。

 そしてどろりとしたあら汁も加わり、いやこれ食べきれるのか……?


「……いただきます」


 店内は騒がしく、薄着で胸が厚く肩幅の広い男たちが多い。

 恐らく船乗りだろう、焼けた肌が店内の明かりに照らされて筋肉の陰影が映えている。


「シエラちゃん、目標の数には届いたの?」


 細い木のヘラで大きな魚を取り分けながら、ソニカはこちらに目を向けた。

 僅かに首を傾げた、前髪が揺れ、おでこに薄い傷痕。


「えぇと、まぁ、はい」


「そっか。良かったねぇ」


 ぶどう酒が注がれた木のジョッキが掲げられ、手に持ったジョッキをゴツンとぶつける。

 乾杯の意味だったのだろう、ソニカはにこりと笑みを浮かべると、勢い良く喉を鳴らして飲み干していく。

 俺も一口、ちょっとお高いと言う店だけあって、飲みやすい。

 成年未成年の飲酒に関する条例的なものはないのか、親子連れで飲んでいるテーブルもちらほら見える。


「……傭兵って、大変なんですか?」


 団子を一口サイズにちぎりながら、聞いてみる。

 対面のソニカは橙色の瞳を丸くして、固まった。


「あはは、面白いこと聞くんだね」


 どこら辺が面白かったのかまったく分からないけど……つまりは一般常識に類する話なのだろう。

 改めて聞く意味などない、当たり前のこと。


「もしかしてシエラちゃんって、『島』の出身なのかな?」


 島……俺の知識だと、魔術都市ソムリアを構成しているという群島くらいしか思い浮かばない。

 『断罪』で真っ二つになったという島は、その群島の中なのかそれとも全く別の場所なのか、そういえば聞いてなかったな。


「えぇと……」


「ああ、答えなくてもいいよ、その辺は。色々面倒なんでしょ?」


 ちらり、とずっと被っている俺のフードを見やりながらのその言葉は、多分に遠慮の色が浮かんでいた。

 配慮できるお姉さんなのだ、という空気を隠そうともしていないので、遠慮ではないのかもしれない。

 どちらでもいいけど。


「そうねぇ。正直傭兵なんて、なるもんじゃないよね」


 ソニカはそう言ってあら汁の小魚を頭からかぶり付き、幸せそうな顔を浮かべた。

 言葉との温度差が大きくて、酔いそうになる。


「魔術の素養があるわけでもないし、土地持ちの家に生まれたわけでもない。

 技術職は閉じられていて、しかも女でしょ? やれることと言ったら嫁ぐか、これくらいしかないし」


 一息で言い切ってから、ソニカはジョッキを呷った。

 テーブルに叩き付けられた木のジョッキ、その悲鳴は軽く、一瞬で喧騒に呑まれた。


「ごめんね。正直、子供のあなたに嫉妬してる」


 酔いが回ってきたのだろうか。

 僅かに細められた橙色の目は、フードの下で影に潜む俺の目をじぃっと見つめている。


「あなたのお師匠様は多分、見識が深くて……あなたのことをちゃんと考えてるんだね」


 ちびり、とぶどう酒を一口飲み、首を傾げる。


「その年で、たったあれだけの時間で、金貨一枚分の稼ぎだよ。

 ずっとそれだけで食べていける技術を、あなたはもう、持ってしまっている」


 それだけで満足してしまわないように、と呟いたソニカの言葉は、やはり喧騒に紛れて消えていった。

 適当にでっち上げた師匠とやらは、随分と良識的な人物らしい。


 蒸し魚の身を綺麗に取り分けて、皿をこちらに滑らせたソニカは、力なく笑った。

 淡く光を湛える長槍を横目に。


「見栄を張って身の丈に合わない武器を買って、全然使いこなせなくて。

 せっかくの魔装具なのに、宝の持ち腐れってやつ」


 よく見れば外套を脱いだソニカの腕や肩には、細かな傷痕がたくさん残っている。

 ……苦労してきたのだろう、金銭を得る手段を厭わなくなるほどに。


 魔獣を退治して、クエストみたいなのを達成して、報酬を得て。

 そんな輝かしい、ファンタジーの冒険者みたいなのを勝手に想像していた。


「ごめんね。がんばってるあなたを利用して。……もうしないから、今回だけ、許してほしいな」


 実際は、違った。

 それ以外の道がなくて、その道も狭くて余裕もなくて、周りの仲間は次々に道を外れて、一度外れれば……もう戻ってこれない。

 そんな、道とも言えない道。


「……折半という、約束ですから」


 あの女が言っていた言葉が、少しだけ分かった気がした。

 『それでも、お前は運が良いと思うよ。……今はまだ分からないと思うけど、ね』


 あの女は、それこそ自身の身体一つで、この世界を生き抜いたのだ。

 ……想像するだけで、絶望する。


「ありがとう。……あなたは、いい子だね」


 羨ましい、そう呟く溜め息混じりの声は喧騒に紛れず、なぜだか耳に届いた。



 早々にぐでんぐでんになったソニカ・ミネッテを、隣に併設されている宿まで運んだ。

 なんとか受付を済ませ、案内された部屋のベッドにソニカをぽいっと放り投げた。

 かなり雑な扱いだけど、完全に寝入っていて起きそうにない。

 ほんとに大丈夫かなこの子……。


 魔力が込められ淡い光を湛える長槍、その穂先を包んでいる布を解く。

 触れてなぞると、意味が読み取れた。

 硬さと鋭さを増す強化を表す魔術の紋様に、魔力が走っている。


 ……まぁ、もう二度と会わないだろうし。

 槍の長い柄にまたがり、集中する。


「……ふうぅ」


 昼間、充填をしながら客から色んな話を聞いた。

 魔装具というのは、一般的な鍛造品に対し、魔術師による手が加えられた装備品のこと。

 その値段は通常のものより二倍から十倍以上にまで跳ね上がるという。

 完成されたものに正しく正確に魔術紋様を刻める魔術師が多くないというのがその最たる理由らしい。


 いわゆる傭兵稼業をする多くの者が、魔装具を手に入れることを最初の目標にするという。

 いい装備品を身に付けているものは必然、生き残る確率も高くなる。

 勿論そこには、数多の経験と鍛えられた身のこなしも必要になってくるけれど。


「ん……っ」


 しかし魔装具を手に入れたとしても、それを使いこなせるかどうかはまた別の問題で、実際に傭兵をしている中で、魔力を自身の武器に流し込める者は二割程度しかいないとか。

 大多数の……ソニカ・ミネッテのような、魔装具を手に入れたのはいいけれど魔力を流し込めない者たちは、今日のように、魔術師に頼んで刻まれた効果を発現してもらうしかない。

 その需要と供給により、充填屋という……魔術師自身にとってはあまり益のない、だからこそ儲けの大きい仕事が発生する。


 そして、人口比率としてはそこまで多くはない魔術師も、全員が全員、充填ができるわけではない。

 今まで出会ってきた魔術師……グレイス・ガンウォードや王の側近の手駒などは、優秀な魔術師だったということだ。


 ……傭兵になるものは必然で、抗えない。

 それ以外の道が、閉ざされているから。


「は、ぁ……」


 無色透明な純粋なる魔力は、しかし生温かい。

 床に垂らすわけにはいかないので、アイファに貰ったぱんつを穿いたまま。

 必然的にぱんつにも付与される形になるけれど、仕方ないだろう。


「ぅ……っ?」


 なんだか、お腹の下……奥の方がぽかぽかする。

 太ももの内側がぴりぴりするような、不思議な感覚。

 万遍なく付与する為に長い獲物を動かすと、体内の魔力の流れが乱れる。

 なんだろう、悪い気分ではないけど、腰の後ろがぞわぞわする。


「んん、……っあ?」


 夢中になって長槍を動かしていると、ぞく、と腰から背中にかけて、何かが昇った。

 上手く調整して少しずつできていた『魔力の付与』が……溢れた。


「っや、ば」


 急激に身体の中を魔力が廻り、視界が魔素の色で染まる。

 決壊したそれはしかし、なんとか付与することができたようで、長槍を構成する何かが許容量を超えたのか、悲鳴を上げた。


「せ、せーふ……」


 お腹のずっと奥の方で、何かが目覚めてしまったような、上手く言葉にできない焦燥感がある。

 首の後ろがほんの少し痺れている。

 意識して深呼吸をすると、やけに空気が冷たく感じた。


 槍を掲げる。

 多分いい感じにできたと思うけど……くんくん。

 ……匂わないよな?


 穂先から石突きまでが魔力で満たされ、揺らめく魔力が魔素を取り込んでいる。

 武器そのものが魔力を内包し、その上で紋様が刻まれたのならそれは、どれくらいの価値になるのだろう。


「そ、それじゃ……おやすみなさい」


 穂先を包んでいた布でリボン結びにして、壁に立てかけておく。


 あ、代金は貰っていきますね。

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