十三話 口付けを添えて
コリン・クリシュを家に送り届け、『リフォレの大樹』がある大きな広場の外周。
紙箱から一本取り出して咥え、人の流れをなんとなしに見やりつつ、ぼーっとする。
フードを被っているからか、こちらを気にする視線はほとんどない。
大樹の周り、掲示板には相変わらず人がごった返しているし、格好も派手なのが多い。
動きにくそうな全身鎧、何かの羽根を模した外套。
奥には、最近急激に増えているという、全身に白い布を纏った怪しい集団。
「んー……」
先端の小さな青白い火を眺めつつ、物思いにふける。
この街に戻ってきてから、あのお人好しの情報屋の姿をまだ見かけていない。
優秀な魔術師でもあるのだろう彼なら、そのうち勝手に見つけてくれるかなぁと思っていたのだけど。
「そこの魔術師さん、ちょっといいかい」
急に視界の陽射しが遮られ、見上げると目の前には一人の……いや、連れが後ろに二人いる、三人組の男たち。
軽装に見えるが編みこんだ……鎖帷子のようなものが見え隠れしていて、それぞれ帯剣している。
「……なんでしょう」
傭兵、だろうか。随分と若く見える。
先頭の男は手に薄汚い紙切れを二枚持っている。
掲示板から剥がしてきたのだろうか、端っこが破れていてちらりと見えたけれどやっぱり読めない。
「暇ならちょっと付き合わない? 日帰りで軽めの討伐と採集、報酬はこっちが七、魔術師さんが三で、どう?」
おお、何を言ってるかさっぱり分からない……。
紙切れを見せながらってことは、何かしらの依頼なのだろう。
それに帯同する魔術師を探していて、俺に声をかけた……?
興味はあるけれど、今はこの街から離れたくない。
「えぇと、ごめんなさい。連れを待ってまして」
そっかぁ残念、と軽い口調で手を振りながら去っていく三人組。
そうか、広場にいるとこういうこともあるのか。
勘違いさせてしまっても申し訳ないし、場所を変えよう。
「すみません、そこの魔術師さん」
「……はい」
今度は背中から声をかけられた。
なんだろう、こういう日もあるんだなと思いつつくるりと振り返る。
僅かに視線を上げる、今度は薄い外套を羽織った若い女の子……なんというか似つかわしくない背を超える長槍を抱えている。
目が合うと、相対したその女の子は橙色の瞳を見開き、何故か固まってしまった。
「あ、わ、ごめんね。お人形さんみたいだったから、あはは」
「いえ」
良い目をしている。
というかなんでさっきから魔術師だと思われてるんだろう、と疑問が浮かび、すぐに思い出した。
以前ウルフレッドが言っていた、魔力が云々のせいか。
で、今度はなんですかね。デートのお誘いではなさそうだけど。
「その、コレに充填をお願いできないかなって」
「……じゅうてん」
コレ、と言って僅かに掲げたのは、身体の前で抱えている長い槍だった。
穂先が布で包まれているそれは、一目で分かる重量感。
……で、充填って何のことですかね。
魔術師さん、と声をかけてきたということは、魔術師にしかできない、あるいは魔術師の得意分野ということ。
んー?
「……付与ではなく?」
「へっ? え、あ、その~……、流石に付与をお願いするお金はなくて、あはは……」
肩に僅かにかかる薄いチョコレート色の髪をくるくる指でいじりながら、どう見てもおチビちゃんな俺に、この恐縮した態度……。
この子も傭兵なのだろうか、年は見た感じ十代後半くらい、薄手だが明らかに戦うことを意識した格好をしている。
「って、付与も出来る……? ひえぇ……。こ、高位魔術師に、魔力を込めて~なんて、あは、ごめんなさいでした……」
おお、どんどん沈み込んでいく……。
見れば抱えている槍の柄には紋様が刻まれていて、恐らく魔力を込めて使う武器なのだろう。
武器に魔力を流し込むことを充填と呼ぶらしい……自分でやればいいのでは。
……いや、そうか。
体外に魔力を流すのは難しい、体内に廻らせるよりも遥かに。
きっと得手不得手があるのだろう。
「えぇと……貸してください」
両手を差し出すと、自虐で沈みまくっていた女の子は口元を僅かに緩ませ、抱えていた長槍を慎重に差し出した。
落としたらやばいな、一応魔力を腕に込める。
受け取り、首を廻らせ広場のさらに端、切り株が並べられた恐らく腰掛けるのに使うのだろう所まで一緒に退避。
んー、普通に魔力を込めればいいんだよな……?
縦に持った槍の長い柄に口付け、ゆっくりと魔力を流し込む……目を切り替え、ぎりぎりまで。
柄が僅かに光を内包し、包まれた穂先が布の隙間から薄く赤い光を放つ。
「ぷぁ……はいおくまんたん、入りました」
「はいお……?」
首を傾げつつ受け取った槍の持ち主は、長槍の柄を軽く撫でると、おぉ、と小さく呟いた。
まだ勝手が分かっていないので、それでいいのかどうかすら……見上げた表情から察するに、大丈夫そうだけど。
「す、すごい……。これなら五日はもちそう……思い切って声をかけて正解だったぁ」
ほっと一安心、という表情の槍を抱えた女の子は、懐から小さな革の袋(リボンが可愛い)を取り出して、硬貨を摘み出し……ハッと顔色を変えた。
「こ、これは、明らかに相場以上の仕事……。お、お幾ら支払えば……」
「え、お金くれるんですか」
「えっ」
まず相場が分からないし、こんなので対価を貰っていいものかどうか。
革袋を取り落としそうになった女の子は慌てて掴み直すと、一息ついてから再び口を開いた。
長槍に隠れるように、ごにょごにょと。
「ど、どういうこと……? この仕事はどう見ても高位魔術師だけど、充填屋を知らない……?
いやそんな筈……でも年齢が……。
も、もしかして、充填如きで対価をもらうなんてプライドが許さない感じ……?!」
全部聞こえてるんだよなぁ。
この子は想像力が逞しいというか、自らずぶずぶ嵌っていくタイプらしい。
んー、現状お金貰ってもあんまり使い道ないんですよねこの身体。
「あの、私は今、修行中の身でして」
「……うん?」
「その、定められた数の充填を終えるまで、対価は貰うなと師匠に言われております」
これでいこう。
……少し苦しいか?
「なぁるほど! あなたのお師匠様は厳しい人なんだね……!」
ちょろかった。
大丈夫かなこの子……。
硬貨の擦れる音がする革袋をいそいそとしまうと、女の子はハッと何か思いついた様子で……笑みを浮かべながら、少しだけ身体を屈めた。
その手が伸ばされ、フード越しに頭を撫でられる。
「ふあぁ」
「その修行、お姉さんも協力してあげるよ!」
……はい?
「私はソニカ・ミネッテっていうの。見ての通り、傭兵ね!」
急にお姉さんぶり始めた長槍を抱えた女の子ソニカは、名乗りながら手を差し出してきた。
……おずおずと手を握り返す。
「……シエラです」
その手は女の子の柔らかさと戦う者特有の硬さが入り混じっていて、不思議な感触だった。
「じゃあシエラちゃん、そこで座って待ってて! お客さん連れてくるから!」
言うが早いか、槍を抱えたままソニカは広場の人ごみの中へ駆け出していった。
淡く赤い光を放つ穂先が頭の群れから飛び出している。
切り株に腰掛け、足を投げ出した。
……どうしようかな。逃げようかな。
と言っても明日になるまでやるべきことは特にない……と、ソニカが早速お客さんの手を引いて戻ってきた。
「連れてきたよー」
「へぇ、このお嬢ちゃんが、これを?」
座る俺と、さっき魔力を込めた長槍とを見比べながら、がっしりとした大男が口を開いた。
しかし怪しんでいる風でもない、素直な感嘆だろうか。
男は槍を抱えるソニカに銀貨を一枚渡すと、俺の目の前で窮屈そうに屈み、武器を差し出してきた。
太い刀身が反っている、あまり見たことのない剣だ。
うやうやしく受け取り……目を瞑って刀身の腹に口付け、魔力を流し込む。
目の前の男が、ほぅ、と溜め息をついた。
柄と刀身に刻まれた紋様が光を放ち、ぼう、と俺の顔を照らす。
さっきの槍より込められる量が少ない……その違いは何処からくるのだろう。
「ぷは……はい、まんたん」
「……お、おお」
何故か呆けていた目の前の男に剣を返す。
隣に立つソニカはにんまりと笑顔を浮かべると、俺の肩に手を置いて口を開く。
「どうですかお客さん、『女神の祝福』付きですよ」
「はは、悪くねぇな」
男は銅貨を一枚指で弾き、ソニカがぱしっと受け取る。
「まいどありぃ~」
満足そうな笑みを浮かべた男は淡く光を放つ剣を担ぎ、軽快な足取りで人ごみへ消えていった。
「……あの、ソニカさん」
「ぎくり」
声に出すな。そしてやるならもう少しバレないようにですね……。
やましいことをしている自覚はあったらしい、髪を指でくるくるいじり、目が泳いでいる。
「だ、だってせっかくこんな凄い技術があるのに! お金貰わないなんて勿体無いよ!」
手をぶんぶん振りながらの抗議に、少しだけ考える。
これだけ言うのだから、武具に魔力を込める行為……充填は、対価を貰えるほどの価値があるのだろう。
まぁ技術のただ売りみたいなのはどうかと思うし……うん。
「じゃあ、折半で」
「シエラちゃん、話が分かるぅ~!」
そう言ってソニカは俺に一度抱き着いてから、槍を掲げ再び人ごみの中へ突撃していった。
なんというか、たくましいですね。
……結局それから一時間近く、魔力の充填作業は続いた。




