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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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八話 小さな家に名など無く

 森を切り開いた広場にぽつんと建つ木造りの簡素な家は、二人で住むにしては些か窮屈に見えた。

 軒先に見たことのないグロテスクな果実が干されている以外は、目につくものは特にない。


 ボロ布(いや、布団だった)に包帯女を物のように放り投げた少年は、足を拭いていた俺をボロ布(座布団だった)に手招いた。

 座り心地の悪さはこの際気にしないでおこう。

 木製のカップになみなみと注がれた、柑橘系の香りがする温かい飲み物は酷く薄いけど、舌がピリリとするのが少しおもしろい。

 一息ついたところで少年が口を開いた。


「えぇと……近くの人里まで、行きたいとの……ことでしたが」


 先程までの淀みない言葉遣いとは一転、なんだか気まずそうな、見てはいけないものを見てしまったような……少年の視線が定まっていない。


「そうだけど……どうした?」


 恐らく年下であろう少年、年の頃は十五、六くらいだろうか。

 随分としっかりしているように見えるのは、姉と呼んでいたあの包帯女のせいだろう。

 などと値踏みしていると、少年の顔が気のせいか薄っすらと赤くなっていた。

 なんだこの反応。と思った所で、ようやく思い至る。


「あ、悪い」


 何も考えず普通に胡坐をかいていた。

 まだ俺は、自分の身体と状況が、ちゃんと飲み込めていないらしい。

 すみません、丸見えでしたね……。


「い、いえ……」


 この服防御力低すぎだろ、と胸の中で悪態を吐きつつ……ということは、ああそうか。

 年下だと思って接していた少年だけど、見た目だけなら今の俺の方がもっと下なのか。

 今更訂正するのも面倒だし……まぁいいや。

 それよりもどういう風に座ればいいんだろ。というか座ると意外と短く感じるなこの服……。


「それであの、お聞きしたいことがあるんですけど」


 なんでこの少年はこんなに畏まっているんだろう。

 なんだか壁のようなものを感じる。

 そしてその丁寧な口調とは違い、眼光はやや鋭く……睨まれているように感じる。


「あなたは村の方ではない……ですよね。何処から来たんですか?」


 返答次第では、という含みがあるような。

 考えすぎだろうか。


「それは……地理的な意味、でいいのかな」


「……? えぇ、それも、ですけど」


 それも、とはどこまでを聞いているのだろう。

 いや、どちらにしろ答えづらいな。

 現状俺が分かっている、知っていることは非常に少ない。ほぼ皆無と言ってもいい。

 目の前にいる少年はこちらに敵意こそ無いものの、多少なりとも怪しんでいることは分かる。

 問題は……何に対してなのか、だ。

 正直に全部話したところで信用してもらえるかどうか。

 んー……信用か。

 まぁとりあえずは。


「……そうだな、先に自己紹介しておくよ。俺の名前は……えぇと」


 色々頭を過ぎったけど、間は一瞬だったと思う。


「しぇ……しえら、るぁく……とぁ、の……」


「……シエラさん、ですか?」


 いや、噛まずに言えたよ。

 言いづらいにも程があった。

 こっそり練習する必要がある。


「そう、それ。シエラです。よろしく」


「……よろしく、お願いします」


 そして数秒間、この小さな家の中は静寂に包まれた。

 あれ……自己紹介って普通、お互い名乗りあうものですよね……?


「いや、あの。名前を教えて欲しいんだけど」


「……?」


 少年は自身を指差し、俺はそれを見て頷く。

 この反応はなんだろう。

 まるで俺の言っている言葉の意味が、理解できていないような。

 まさか言葉が通じてない? いやいや、さっきまで普通に会話できていたのに。

 と、表情には出さず内心で焦りまくる俺の胸中は、すぐにさらなる焦りで上書きされることになった。

 少年が唇を噛み締め、大粒の涙をこぼし始めたから。


「えっ」


 理解が追いつかない。

 というより、会話ができたというだけでどこか安心……いや、油断していたのだろう。

 俺の持つ常識なんて、沈まない月が二つ浮かび魔素が漂うこの世界では、何一つ頼りにならないというのに。


「うぅ、ぐぅ……っふうぅ……っ」


 拳を握り締め、声を上げないようポロポロと涙を溢れさせる少年に、異変を察したのか伸びていた包帯女が目を覚ました。

 ああ、面倒なことになる予感がひしひしとしてきましたよ。


「どっどしたぁ……お前、わたいの弟に何したぁ!?」


 何もしてないよぉ……。

 少年のもとに足音をバタバタと立てて駆け寄り、声を荒げる包帯女。

 いや本当に何が原因でそうなったのかも分からないけれど、とりあえず指で指し示しながら答える。


「いや、えぇと……自己紹介をして」


「それで」


「名前を聞いたんだけど」


「な、ま゛っ……なま……ぇ」


 生?

 掴み掛からんばかりの包帯女はしかし、口をパクパクさせて固まった。

 え、名前を聞くのが常識的にありえないとかそういう……?

 それくらい一般常識がここではズレているとしたら、この先どれだけ苦労するのだろう。

 と、半ば絶望に沈みかけていると……包帯女まで、声を上げて泣き出した。


「ふぇっ……ふぅえええぇぇっ」


「んぐっ、ううぅ……っ」


「ええ……?」


 姉弟が抱き合う形で泣き続けるのを、申し訳程度に味のする水をすすりながら、ただ見ていた。

 多分、死んだ魚のような目になっていたと思う。

 それでも二人が泣き止むまで待ったのは罪悪感からではなく、勿論これからのことを考えての打算的なことだった。

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