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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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七話 予兆

 東に向けて口を開いた湾を抜け、大きく突き出た半島を南に向かってぐるりと回って陸沿いを下っていく。

 海の旅は順調で、出発から三日目の朝には目的地である河口が遠くに見えてきていた。

 断崖が続いていた右手の陸地は緩やかに低くなり、木々の中にぽつぽつと朽ちた住居が見える。

 人の気配はなく、朝もやの中に薄っすらと小さく見える桟橋にも、動くものは見当たらない。


 ルデラフィアは朝も早くから酒を飲んでいる……この状況でよくもまぁ。

 甲板にはスティアラとアイファも出てきていて、穏やかな海面を眺めている。


 河口付近で川は二股に分かれていて、緩やかな流れの支流沿いから海岸にかけてその村はある。

 『渦巻く海竜』は、広い本流の河口側で見たらしい。


 ソラは中央マストの上で、俺は船首で目を切り替えて警戒に当たっている。

 が、何も見当たらない……朝もやに音が全て吸い込まれてしまったかのように、辺りは静かだった。


 この左目は魔力のみを見ることができる……海の中だろうが、建物の中だろうが関係なく。

 それに映らないということはつまり、見える範囲にそういったものはいないということ。


「水の中には何もいません。村の方も」


 船乗りの男たちに声をかけ、しかし遠く、村があるだろう方向を注視する。

 ……やはり、何も見えない。


 風はほぼ無風に近く、船の歩みは遅々として進まない。

 そこから三十分ほどかけて、ようやく船は目的地の小さな漁村に辿り着いた。




 楽しくて仕方がない、そんな獰猛な笑みを浮かべるルデラフィアが真っ先に船から降りていく。

 今にも崩れそうな桟橋に降り立ったスティアラも、そのまま村の方へ歩いていった。

 そうか、まず安否確認をしないと……ソラはまだ船の中央マスト、そのてっぺんで見張り中。

 もしかしたらまた寝てるかもしれない。

 ケープを船員に預け、二人を追いかけて船を降りた。


「やっぱり全部喰われてんな」


「……みたいですね」


 生きている魔力がいないか見回しつつ、ルデラフィアの声に答える。

 恐らくいくら探しても無駄だろう……気配が、何一つしない。


 まばらに立つ簡素な家々はところどころ朽ちていて、長い時間放置されているような印象を受ける。

 争ったような形跡もない……どういうことだろう。



 思い思いに村を捜索し、一度集まった。

 ルデラフィアとスティアラ、二人の魔女の意見は一致していて、曰く。


 村人の消失は件の『渦巻く海竜』とは別の要因によるものだということ。


「……つまり?」


「さァ」


 俺の言葉に二人は首を傾げ、視線を川の先に向けた。

 緩やかな流れの支流の向こう側は大きな三角州になっていて、その先に本流の河口がある。

 『渦巻く海竜』の姿は、見渡す限りどこにもない。


 遅れて船から降りてきたアイファも合流し、最後の確認をする。

 スティアラは丸められた羊皮紙を取り出し、その場に広げた。

 描かれているのは、『渦巻く海竜』の姿。


「船の中でも説明しましたが、相手は巨大な竜です。翼は退化し、大きなひれ状になっていて、空を飛ぶ姿は確認されていません」


 書いてある文字は読めないが各部位の名称などだろう、特に問題はない。

 短い蛇のようだが太い体躯、頭には目に似た感覚器官が八つ。

 左右のひれは確かに翼にも見えるが、飛行はできないだろう体躯に比べれば大きくない。

 背びれなのか突起なのか分からないそれは尾びれまで続き、その末端は長く、雄雄しい。


「大きさは私たちが乗ってきた船くらいでしょうか」


 船の大きさは全長が二十メートルを超えている。

 『地均す甲竜』、あれもかなりの大きさだったけど、あの船よりは小さかった。


 右手の中指、その根元に刻まれた新しい指輪状の痕に触れる。

 使わなくて済むならそれに越したことはない……加減はできそうだけど、魔力をどれだけ使うのかは検討もつかない。


 辺りを覆う霧はまだ晴れていない。

 どころか、少しずつ濃くなっている気がする。

 停泊中の船が既に薄っすらとしか見えない。



「多分ですけど、ここに竜は来てませんよ」


 マストのてっぺんから直接地面に飛び降りてきたソラは、少しだけ険しい顔でそう言った。

 目元をくしくしと擦りながら俺の隣に駆け寄ってきたソラの頬を撫でる。


「人間の匂いもほとんど消えてます」


 ソラの鼻は信用できる。

 ……だとすると。


「……スティアラ」


「はい。私も同じことを考えましたが……あまりにも跡が、綺麗すぎます」


 頭の中に浮かんだのは、彼女から以前聞いた村の話。

 察したのかアイファの顔が強張り、その手がスティアラの服の裾を掴んだ。

 ルデラフィアが小さく嘆息し……何故か、笑みを浮かべた。


「そういうことか」


 才女と評された三姉妹の末っ子は考えが纏まったらしく、続けてソラに声をかける。


「お前、何人乗せられるんだ?」


「私に乗っていいのはシエラちゃんだけです」


「ハッ、融通利かねェな」


 話に脈絡がないように感じたのは、俺だけではないと思いたい。

 言葉はきついけどそれ以上咎めることはせず、ルデラフィアは改めて口を開いた。


「『渦巻く海竜』の目的地は、『血の平野』だ」


 んん……?

 理解が追いつかない俺を尻目に、スティアラはすぐに理解したのだろう、息を呑んだ。

 えーっと、城塞都市レグルスと魔術都市ソムリアが度々ぶつかるところ、だっけ。

 そこでの戦いが川を赤く染めて、魔獣とともに下ってくる……つまり川の上流。


「……ルデラフィア様。だとするとその、まさか、戦争自体……」


「茶番の可能性があるな。ああ、川沿いの村が幾つか消えたのはこの為か」


「……っ」


 話の規模が急に大きくなりすぎて、ついていけない。

 隣でまだ眠そうにしているソラに、こっそり耳打ちする。


「……どういうこと?」


「さぁ」


 私に聞かれても、みたいな気の抜けた返事だった。

 まぁそれはそうか。


「ここであたしらが出来ることは何も……いや」


 ルデラフィアの声が途切れ、その顔に獰猛な笑みが浮かび、視線は上流の方。

 ソラの耳が忙しなく動き、俺の目に何か……大きすぎて遠近感が分からない、巨大な魔力の塊が映った。


「喰い残しかと思いましたのに……面白い顔ぶれですわね」


 その初めて聞く声とともに、霧が晴れていく。

 船と同じくらいの大きさ? いやいや、一回り以上でかいような……。


 『渦巻く海竜』がその威容を見せ付けるかの如く……ゆっくりとその姿を現した。

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