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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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四話 従うは欲望のままに

 俺とソラ、そしてルデラフィアが通されたのは、マクロレン商会リフォレ支部、その建物の中でも一等豪華な応接室。

 おお、ソファが沈む、立ち上がれなくなっちゃう……。


 ソラはその感触を気に入ったらしく、腰を下ろした瞬間に俺の肩に頭を預け、すやぁ、と安らかな眠りへと落ちていった。

 まったく話を聞く気のないその姿はいつものことなので放っておこう。



「では後は任せますよ、兄さん」


 そう言って忙しいのだろう仕事へ戻った弟のリターノ・マクロレンに代わり、兄のトルデリンテが語った内容は……気が重くなるものだった。


 港湾都市リフォレから南に道なりに下ると、大きな川にぶち当たる。

 そこから川を上流側に行くと以前スティアラ・ニスティの話に出た村の跡があり、反対に下流の方へ行くと海に……今回の話の河口にぶつかる。


 話の発端は、崖下の『地均す甲竜』の引き上げ作業が難航したことからだった。

 議論の末に彼らはその一部を船で運ぶことにした。

 しかし『渡り鳥の巣』から港湾都市リフォレまでの海路には、様々な問題が付き纏う。

 安定しない風と『霧の海域』、そして大きく突き出た陸地を回らなければならず、陸路より早く着くことはまずないという。


 勿論メリットもある。

 陸沿いの海上には魔獣が現れず、安全度だけで言えば陸路よりも遥かに高い。

 海に流れ込む大きな二つの川、その河口付近には村もあり、道中の補給の問題もない。



 意気揚々と出発した彼らはしかし、補給を予定していたその小さな漁村に立ち寄ることはできなかった。

 朝もやに包まれたその河口付近に、『渦巻く海竜』の巨体が見えたから。


 外洋に頻出する『渦巻く海竜』の存在が、大陸と大陸の行き来を大きく制限して久しい。

 今まで海岸沿いには現れなかったその脅威に、船乗りたちは戦々恐々としている。

 紛れ込んだか、何かの意図か。

 現状その河口でしかまだ目撃情報がないらしく、詳細な情報が欲しい、そしてあわよくば……という話だった。



「生きた心地がしなかったよ」


 結局補給もままならないまま『霧の海域』を突っ切ってきたその船に、トルデリンテは別件で乗っていたらしい。


「あの河口には漁村がある。だがそこの村人からの情報は今のところ一切ない」


 トルデリンテが『渦巻く海竜』を目撃したのは、もう三日ほど前だという。

 一番近い大きな街はここ、港湾都市リフォレだ。

 助けを求める声が一つも届いていないどころか、噂すら立っていないのは流石におかしいと。


「とっくに喰われてんだろ」


 出された焼き菓子を一口で食べるルデラフィアの声はいつも通りで、逆に安心する。

 さっきのロビーでの様子も考えて、彼らがここに着いてから、まだそこまで時間は経っていないらしい。


「ソラさん、ソラさん」


「んぃ……なんですかシエラちゃん」


「『渦巻く海竜』だそうですが」


 こっそりとソラを起こして聞いてみる。

 『地均す甲竜』と相対したときは、真っ先に逃げようと提案してくれたけど。


「見たことないですけど聞いた話から考えると、無謀にもほどが……ふあぁ」


 ですよね。

 ソラはむにゃむにゃ言いながら、俺の膝の上に頭を乗せた。


「『竜を統べる者』……シエラ殿なら、アレをどうにかできるのではないかと思ったのだが」


「……この街には傭兵が多くいますよね。彼らでは駄目なんですか?」


 金なら幾らでも出せるだろう、そして金で動く人間がこの街には大勢いる。

 一も二もなく飛びついてくる筈。


「私が誰か、知っているだろう」


 ……そうでした。

 利益を最大限に追求する人種。

 その中でも最高峰の。

 恐らく先ほど語った情報も、まだ街に流していないのだろう。


「欲望に忠実だねェ、おっさん」


 ルデラフィアのけらけらと笑いながらの言葉に、マクロレン商会のトップは笑みで返した。


「それはお互いさまだろう。エクスフレア家の才女」


 おお……?

 ルデラフィアを才女と言うのは若干以上に齟齬がある気がするけど、既知の間柄なのかな。


「船を一隻よこせ。五枚帆のやつで手ェ打つぜ」


「冗談が過ぎるぞ魔女。あれが幾らすると思ってる」


「こっちの台詞だ『金判持ち』が。 『渦巻く海竜』丸ごと一頭独り占め、釣りで家がいくつ買える?」


 白熱する舌戦、置いてけぼりの俺、眠るソラ……!

 現実逃避気味にソラの唇をぷにぷにと撫でる。柔らかいなぁ。


「断言するぜ、いくら積んでも有象無象の傭兵じゃあれは殺せない。外にいる連中でも無理だね」


「貴様ならできるとでも?」


「あたしじゃない。やるのはこいつだ」


 そう言ってルデラフィアは、諦めて焼き菓子をもしゃもしゃしていた俺の肩を抱いた。

 ……えっと、どこまで話進みました?


「えー……無理だと思いますけど……」


 もにょもにょと口答えをするも、ルデラフィアに頭を撫でられ霧散した。

 だけどトルデリンテは知っている筈だ。

 『地均す甲竜』との戦いのとき、俺はただの囮役でしかなかったことを。


「恩を売っとけよおっさん。こいつがその気になれば、この街ごと消えるぞ」


「えっ」


 思わず声に出てしまった。

 いやいや、どう考えても無理だと思いますけども。

 なんか妙に高く買われてる気がする……。

 あ、もしかしてお姉ちゃん呼びの意趣返しかな?


「シエラちゃんはすごい子ですから」


 俺の股座に顔を突っ込んだまま、ソラまでも。

 くすぐったいからやめてほしい。


 そもそも河口にある村とやらのことは、港湾都市リフォレの偉い人がどうにかする問題だろう。

 この話が明るみに出た場合、動くのは……もしかして、ダルセイ・クリシュかな?


 ソラの耳がピク、と動いた。

 柔らかなそれを撫でると、応接室のドアから控えめなノックの音が響き、誰が返事をするでもなく開かれた。


「失礼いたします」


 緩やかな癖のついた琥珀色の長い髪、そして豊満な、んん。

 スティアラ・ニスティとその後ろ、アイファ・ルクが遠慮がちに部屋に入ってきた。

 顔色が良い。元気そうでなにより。


「お久しぶりです、トルデリンテ様」


「ああ、スティアラか。……少し、雰囲気が変わったな」


 流石はどの街にも根を張っているというマクロレン商会のトップ、顔が広い。

 トルデリンテの言葉に、スティアラは微笑みを返した。


「シエラ様のおかげで。その、こちらにいらっしゃると聞いて」


「へェ、なかなか」


 ルデラフィアは入ってきた二人を見やりつつ口にすると、俺の頭を少し乱暴に撫でた。


「お前、節操ねェな」


 分かるものですかそうですか。何も言い返せないです、はい。

 多分アイファへの挨拶だろう、寝転がったソラのローブの裾が捲くれ上がり、尻尾が揺れる。

 待って、お尻見えてるから待って!


「リターノ様から伺いました。白き魔女シエラ様の『渦巻く海竜』討伐に、是非私どもも随伴させていただきたく」


 既に決定事項になってる……。

 隣のルデラフィアがニヤリと笑う。


「後ろのおチビちゃんもか?」


 ルデラフィアの声におチビちゃん呼ばわりされたアイファがムッとした表情になるが、


「大丈夫ですよ、フィアちゃん。私が保証します」


 ソラの声に目をキラキラさせて、少しだけドヤ顔になった。

 へェ、と呟いたルデラフィアは、対面のトルデリンテに向かって、再び口を開いた。


「五枚帆の船一隻、二週間分の食料と酒。こいつらの面倒も見るんだ、安いもんだろ」


 長い脚を組み替え、不敵に笑う三姉妹の末っ子。


「私の交渉相手はシエラ殿だぞ、魔女」


「悪ィがシエラはあたしの妹分だ。譲らねェよ」


 やっぱりお姉ちゃん呼びを根に持ってますよね?

 こちらをちらりと見るトルデリンテの表情は硬いが、不思議と面白がっているようにも見える。


「えぇと……。そんな感じです、はい」


 俺の言葉にトルデリンテは諦めたように嘆息したが、僅かに口元を緩め、手を挙げた。


「それならば仕方ない。条件を呑もう……だがあくまでも船は成功報酬だ」


 書面を作ってこよう、と言いトルデリンテは席を立った。

 ドアの横に佇んでいるスティアラがソファを回り込み、深々と頭を下げる。


「申し訳ございません、シエラ様。勝手な真似を……」


 続けて語ったスティアラの話では、その河口にある小さな漁村は、街からのはみ出し者が多く住んでいるという。

 何かが起きていても、情報が流れるのは終わった後……いや、既に終わりきっているかもしれない。


 揺れるそれを目で追いかけつつ、少しだけ考える。

 国同士の大きな戦いが起きると赤く染まる川。

 その終着点にあるという、閉鎖的な村。

 そこに現れたという海に棲む竜。


 これだけの条件だ、何か起きているに決まってる。

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