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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第三章 無知なる罪
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三話 おどけて甘えて

 御者の男の言う通り、兵士たちは街へ入るものに対してはほとんど無警戒だった。

 港湾都市リフォレの門兵も、御者の男は常連なのだろう軽い挨拶でほぼ素通り。


 何日ぶりだろう、相変わらず街の中は賑やかで、街の西門から中央広場へ抜ける道は多くの人でごった返している。

 荷馬車は一度道を左に曲がり、半分程度になった道幅をゆっくり進んでいく。

 喧騒は後ろに遠く、ガタガタと車輪の音がまた耳を占有していく。


 しばらくして目的地に着いたらしい、男は手綱をゆるく握るように引いて、馬の脚を止めた。


「それではフィアお嬢様、お気をつけて」


「あァ。また頼むわ」


 地味な濃緑色のローブを纏ったルデラフィアは、軽く手を挙げて荷馬車を降りた。

 降り立ち、深々と頭を下げる御者の男からは、親愛の情を感じる。


「あの」


「はい、なんでしょう」


「……ありがとうございました」


 俺の言葉を受けて、恰幅の良い御者の男はにっこりと笑った。


「……ええ。道中、お気をつけて」


 ソラの手を取り、大通りへ足を向ける。

 再び頭を下げる気配を背中に感じながら、ルデラフィアを追いかける。

 御者の男は多分、俺たちが見えなくなるまでずっとそうしていた。



「んあぁ……いい匂いしますね」


 ぐしぐしと目を擦りながら歩くソラの声に頷く。

 ……確かに。

 調子に乗ってルデラフィアに魔力をあげすぎたか、俺の身体にも空腹感に似た感覚がある。

 恐らくこの身体は、飲み食いしたものを体内で魔力に変換しているのだろう、飲食は無駄ではない筈。


 そう自分に言い訳しつつ、ケープのフードで遮られている視界を広げようと首を廻らせる。

 と、ソラが口を開いた。


「フィアちゃん。私はお腹空いてますよ」


「……それが、どうした」


 今ルデラフィアは、右手を俺に、左手をソラに握られている。

 両手に花(?)……いや、端から見れば引率者だ。

 ルデラフィアを挟んで左、黒いローブにフードを被っているソラの、露骨なお腹ぺこぺこですよアピールに返すルデラフィアの声は冷たい。

 ……最後にソラに魔力あげたの、いつだっけ。


「おいシエラ、こいつ……」


「フィア、私もお腹空いてますけど」


 みし、と握る手に力が入った。

 いたいいたい。


 通りには様々な人が行き交っているが、兵士らしき人間は見当たらない。

 道の端、建物の陰で遊ぶ兄弟だろうか、きゃいきゃいと可愛らしい声が聞こえる。

 ……これだ。


「フィアお姉ちゃん」


「……、……今、なんつった?」


 ルデラフィアの手がぴくりと震えた。

 ちらりと横顔を窺う……怒っている? いや、違う。これは、照れている。

 俺には兄弟姉妹はいなかったから、小さいときは仲の良い兄弟が少しだけ羨ましかったっけ。


 ソラの方を横目で見る……口元に笑みを浮かべた、あいつ多分、コリンを思い浮かべたな。


「フィアお姉さまっ、お腹空きました」


 ソラの抱き付きながらの声は、狼の癖に猫なで声だった。

 しかもちょっと似てる。


 三姉妹の末っ子のルデラフィアはきっと、姉たちに可愛がられてきたに違いない。

 だからこそ、下から頼られるという事態には、まったくと言っていいほど慣れていない筈。


 見上げたルデラフィアの首筋が少し赤い、けれど表情……口元は固い、これは我慢してますね?


「お姉ちゃん、お腹空いたー」


「ああ、お姉さま、お姉さまぁ……っ」


 両脇から抱きつかれ、ルデラフィアの足が止まる。

 ソラは瞳を潤ませながら、広場でのコリンを思い出させる熱演を……こいつ多分、俺への当て付けもあるな。

 やりすぎてちょっと周りの視線を集めつつある。


「……分かった、分かったよ。……しょうがねェな、くそ」


 城塞都市の一件のときもそうだったけど、この末っ子はなんだかんだで面倒見がいい。

 悪態をつきながらも、その顔には照れくさそうな笑みが浮かんでいる。

 ルデラフィアは俺とソラ、二人の頭にぽん、と手を置いて、フード越しに優しく撫で回した。



 『リフォレの大樹』を臨める、一等地ではないが広場から程近い場所にある、木椅子が乱雑に並べられたそこは時間帯の問題だろう、なかなかに混雑している。


「座って待っとけ」


 空いている椅子にソラと並んで座り、言われた通りぼぉっと待つ。

 相変わらず道を行き交う人々の足は忙しない。

 認知され慣れるまでまだ時間がかかるだろう広場の真っ白な大樹は、視線を一身に集めている。


「こういうのも、いいですねぇ」


 通りを眺めながら座って待っているだけなのに、ソラは随分と楽しそうだ。

 俺もソラも足が下に届かないので、小さな足を二人でぱたぱたさせつつ、ルデラフィアを待つ。


 ほどなくして戻ってきたルデラフィアは、器用に両手で三人分の食事を抱えてきた。


「こちらです、お姉さまぁっ!」


「いや、それはもういい」


 突っ込みつつ、たぷたぷに注がれた木のお椀を受け取る。

 小魚が丸ごと一匹入ったそれは見た目がちょっとエグいものの、香りは思わず声が出てしまうほど素晴らしい。

 どろりとしたあら汁みたいな感じ。


 ソラに手渡しつつ、さらにもう一品これは……団子?


「ここの名物だぞ。知らねェのか」


 何かが練りこまれたお餅っぽい握り拳よりやや小さいそれが十数個、木皿に盛られている。

 なかなかのボリュームですね。

 ひんやりと冷たいおしぼり付き。

 いただきます。


「うわなにこれめっちゃうまい」


 まんまくるみ餅……!

 砕かれた木の実だろうそれの香ばしさと歯ごたえ、それを包み込む微妙に繊維っぽいお餅に似た何か。

 そしてこの酷い見た目とは裏腹に、出汁の効いた濃厚なスープとたっぷりの具。

 丸ごと入っている魚は骨が丁寧に取り除かれ、味がしっかり染み込んでいる。


 見れば隣のソラも慣れない様子でスプーンを掴み、無我夢中で食べている。


「シエラ。あれ、お前の仕業だよな」


 餅を摘みながらのルデラフィアの視線は広場の方。

 その声にもぐもぐしながら頷くと、


「へェ……」


 ルデラフィアはそう呟いたきりそれ以上は何も言わず、食事を続けた。



 食事を終え、真っ白に染まった『リフォレの大樹』がそびえ立つ広場へ向かう。

 一瞬だけ目を切り替え、見回す。

 嫌な気配はしない……けど、見られているような気がした。


「私はマクロレン商会に寄りますけど、フィアはどうします?」


 広場は相変わらずの人ごみで、手を繋いでいないとはぐれてしまいそうだ。

 両手に俺とソラを連れて歩くルデラフィアは、眩しそうに大樹を見上げている。


「そうだな、あたしは……。いや、付いてくわ」


「? じゃあ一緒に行きましょう」


 広場の外周を沿うように三人で歩いていると、大樹周りの掲示板の辺りから、一際大きな声が聞こえてくる。


「『竜を統べる白き魔女』は、この街に福音をもたらした! 見たまえ、この輝かしい大樹を!」


 わぁお。


「……だってよ、白き魔女どの? 有名だなァおい」


「はは……」


 茶化すようなルデラフィアの声に、乾いた笑いが喉から漏れた。

 自業自得なので何も言えない……。


 広場の喧騒を聞き流しつつ、街の東側にある港の方へ足を向ける。

 街の三方にある門の外では城塞都市レグルスの騎士団が睨みを利かせているにも関わらず、中は至って平穏そのもの。

 関係のない人々にとっては些事なのだろう、きっとそれよりも、彼らは今日の稼ぎのことを考えている。



 港に着くと、ちょうど小さな漁船が幾つか戻ってきていた。

 おこぼれに与かろうと、羽の先を黒く染めた鳥が空をくるくると舞っている。

 景気の良い船乗りたちの声は大漁を予感させ、また忙しくなるぞと小間使いが駆けていく。


 そんな様子を横目にしばらく歩き、煉瓦造りの立派な建物に到着した。

 マクロレン商会リフォレ支部。

 見知った直立不動の見張りに挨拶し中へ入ると、ちょうどこの支部を預かるリターノ・マクロレンがロビーで何やら険しい顔をして話し込んでいた。

 ケープのフードを取り、控えめに声をかける。


「こんにちは」


「ん、ああ! シエラ様、ご活躍のようですね」


「あはは……」


 含みのある挨拶に返せた笑顔は曖昧だった。

 今日は毛並みの良い猫の姿が見えない。

 話し相手は誰……おや。


「シエラ殿。元気そうで何よりだな」


「トルデリンテさん」


 白髪混じりだが背筋がピンと張っている、そして冷徹な目。

 『渡り鳥の巣』から各地へアンテナを伸ばす、マクロレン商会のトップ。トルデリンテ・マクロレン。

 並べて見比べると体格は全然違うものの、神経質そうな口元がそっくりだ。

 どうしてこんなところに。


「ああ、そうか。リタ、解決策が見つかった」


 にやり、と笑みを浮かべたトルデリンテ……話が全く見えないけど、嫌な予感しかしない。

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